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    plntanightlunch

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    若いときに付き合って別れた30代後半の2人。
    大丈夫な人だけどうぞ。

    #リョ沢
    #沢リョ

    手放せない「今度こそって思ったんだけどさ……」
    そう言ってカウンターに肘をつき、その上に小さな顔を無造作に載せてこちらを見てきた頬がピンク色に染まっていた。目もこころなしかとろんと蕩けていて、そこでリョータは自分たちが思った以上に杯を重ねたことを知る。
    「うん」
    「だけど、俺の空回りだったっていうか」
    「うん」
    話はだらだらと続いている。さっきからずっと、同じところを行ったりきたり。古い遊園地のコースターみたいに、そのうち回り続けて気持ち悪くなりそう。
    「プライベートをバスケに影響はさせないけどさ、だけどプライベートが充実してたほうがいいパフォーマンスができるに決まってるじゃん」
    「うん」
    「俺もいい年だし」
    「うん」
    「今度こそって……」
    「うん」
    リョータはグラスを覗いた。氷が解けかけ、汗をかいたグラスの中身はあと1/3ほど。これがなくなったらそろそろ席を立とう、と思った。でも確か前の一杯を飲んでいたときも同じことを思った気がする。耳をすり抜けていく言葉たちが止まった、と思ったのはそのときだった。顔を上げれば、不機嫌そうに口を尖らせた男が言う。
    「なんかお前、さっきから「うん」しか言ってなくねえ?」
    「うん」
    「だから、うん、はやめろよ」
    「聞いてるよ」
    「じゃ、なんかコメントして」
    「コメント? 何をだよ。この話今日何周め?って感じだし、その前も同じ話を聞いたし、その前の前も似たような話だった」
    指摘してやれば、隣の男は「愛がない」とのたまう。
    「リョータは愛がない。もうすこし俺にやさしくしてよ」
    愛はない。二人の間に愛はいらない。愛がないにしては、優しさは十分にあると思わないか?お前から連絡がくればスケジューがあっても時間を空けてやり、同じ話を聞かされるとわかっていながら話を聞いてやる。「トモダチ」で「元恋人」に対するには十分すぎる優しさだろうと思う。
    「うまくいかないもんだよな。すれ違ってばっかりだよ。俺ばっかりだ。今度こそって思ってんのはよ……」
    今度こそ、なに? さっきから続く今度こそ、のあとに続く言葉はなんだろう? リョータは考える。今度こそ運命の恋? 今度こそ結婚? 今度こそ「正しい」相手?
    「どうすりゃいいってんだよ? スペック、そんな悪くなくない?」
    身長は十分じゃん、顔もどうしようもないわけじゃないだろ、一部には名も知られてるし、金も生活に困らないほどにはあるし、サイコパスじゃないし、人には優しくできるよ? スマートな誘い方知ってるし、空気読めないってこともない……
    指折り自分の価値を数え上げていく男は情けなさと自己肯定の間を行ったり来たりしていて面白い。リョータは笑いながらそれを聞いている。うん、身長は十分すぎるかもな。顔、悪くないと思うぜ?名前を出せばたいていの人はああ、って言うし、金はあるだろう。優しくできるけど、倍くらい優しくされたいタイプだな。スマートな誘い方ができるようになったんなら友人として喜んでやるよ――。
    リョータはしばし過去を振り返ることを自分に許す。宮城リョータと沢北エージ。二人の道は過去にほんのひととき交わったことがある。もうずいぶん前の話だ。夏の花火みたいに、期待に胸が膨らんで、花火玉が空に上がるのはあっという間で、パン、って音がしたと思ったら、世界の色がこれ以上ないほど華やかに輝いて、きれいだなと思う間もなく終わった。後悔はないし、双方話し合ったうえで納得済みの別れだった。だからまあ、今もこうしてたまに顔を合わせたりするわけだが。隣で終わったばかりの恋を嘆き、くだを巻く男はリョータが自ら連絡をすることはないってことには気が付いていないかもしれない。そういうがさつさもこの男のいいところではある。
    「じゃ、もう、残ってるのはひとつしかないんじゃないか」
    黙っているのもつまらなくなってきた。それにどうやらこいつはコメントを求めているらしいし。
    「なに?」
    悪くないスペックの男、と自らを位置付けたエージが身を乗り出してくる。数えられていない自分の欠点を知れば何かが変わると思っているその初心な向上心とも呼べそうなものがいじらしい。リョータの顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。
    「――セックス」
    「はあ?」
    期待の表情がみるみる崩れていく。いや、この席でなにか有用なアドバイスをするやつなんていないだろう。どう考えても。
    「なんだよ、もう……」
    エージは背もたれに背中を預け、天を仰いだ。リョータ、なんかいいこと言ってくれるって期待したのに……。お前、俺がそんな奴じゃないことなんかわかってるだろ、リョータは言いながら酒を口に含む。グラスの残りはもう少ない。グラスを置いた瞬間、さっきまで天を仰いでいたはずのエージの顔が間近にあった。こちらを覗き込んできた男の口調は酔っ払いの戯言にしては真剣みがありすぎた。
    「――ねえ、俺とヤるのってどうだった?」
    どうからかってやろうかと考えていたはずなのに、気がつけばリョータは口を開いている。ああ、俺も酔っているのかもしれない、とそこで思った。そうじゃなきゃ、こんな質問に答えることなどなかっただろう。
    「かわいかった」
    ぽろりと零れ落ちた答えにエージの頬がわかりやすく緩んだ。
    「ん? それって褒められてんの?」
    「どうだろ?」
    まあ、酒の席の話だよ、明日になったら忘れるような、さ。だけど実際お前はすごくかわいかったぜ。リョータは遠くなったはずの記憶を手繰り寄せる。ボールを持たせれば天才的な発想と恵まれた運動神経でクレバーなプレーを見せる男は、ベッドの上では全く違うていた。泣き虫で余裕がなくて、一生懸命で。
    「ごまかすなよ。可愛い俺が好きだったんだろ?ギャップ萌えだな」
    ずいぶん遠いと思っていた記憶も、なぜか今晩は鮮明だ。といってもこの鮮明さは記憶なのかそれともリョータの作り出した美しい恋の記憶らしき創作なのかはわからない。往々にして過ぎ去ったものというのは不純物を取り除いて澄んだ綺麗なものばかりを見せる。
    「いずれにせよ別れるたびにぐだぐだ愚痴を聞かされる役回りになるのは想定外だったよ」
    「俺もだよ。今ごろ幸せになってる予定だった」
    「俺のいない世界でな」
    「は? 俺そんなこと言った?」
    「言ったよ。ずびずび鼻啜りながら、お前がいない世界でも俺はうまくやれるって」
    何度かの危機とそれを回避、あるいは克服するための話し合いと、譲り合い。いつしかそれに疲弊して決めた別れ。後ろ向きではなかったけれど、余裕もまたなかった。いまのこれは元カレの余裕ってやつだな。お互いに、ちょっと狡くて、心地よい距離を知っている。
    「俺、リョータがいないとダメみたいじゃん。なんか納得いかないな」
    「その前にお前は俺に感謝しろ。こんなふうにどうしようもない話を聞いてやる友人を得たことにな」
    「うん、してるってば」
    大好き、リョータ。いやそんなのいらんからここはお前の奢りな。ぽんぽんと会話を投げ合いながら、ふと言葉が切れた時、エージが呟く。
    「リョータはさ、めちゃくちゃセクシーで、優しかった」
    「は?」
    何を言いたいのかわからず、問い返したのがよくなかったかもしれない。聞こえないふりをしておけばよかった。
    「だからさ、リョータとヤるのはさ、もうセクシーに酔わされっぱなしっていうか、だけど、やさしさに包まれてますって。そんな感じだった」
    その言葉にぶわっと熱が集まるのがわかる。頭の芯のところが熱くなり、言葉を返そうと思ってもうまい返しが思いつかない。
    「お前……」
    「なに? あ、リョータ、照れてんの? かわいー」
    エージの大きな手が背中を叩く。知ってる。長い付き合いだ。信じちゃだめだ。こいつは――。
    「やめろ。そんなこと言っても無駄だからな。俺は慰めねーぞ。絶対に慰めたりしないんだからな」
    リョータはほとんど自分に言い聞かせるように言う。エージは気持ちよく声をあげて笑う。そう言っちゃった時点でもうリョータの負けだよ。
    勝ち負けなんかあるはずのない舞台で、まだ勝ち負けを争いたい二人の夜は更けていく。
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    plntanightlunch

    DONE残響スピンオフ。もういくつめかわからない。三井酒店で働くモブの久保さんが、「7」に行く話です。
    おいしいお酒が飲みたいだけなのに 店に入る少し前に約束をしていた友人から遅れると連絡をもらった久保は急がずにきてと返信し、そのまま店に入るか本屋に行って時間を潰すか数秒迷った後で、やはりそのまま歩を進めるほうを選んだ。かばんには読みかけの本が入っていたし、今日行く予定の店は一人で飲むことに躊躇するような店の雰囲気でもない。なにより喉が渇いていた。

     歌舞伎町はそれほど行きたい街というわけではない。ごちゃごちゃしているし、道には人も多ければゴミも多い。そのくせ隠れた名店みたいなのが多いのが、ついつい好きでもない街に足を向けたくなってしまう理由でもあるのだが。「7」だってそのひとつかもしれない。ホテルほど敷居も値段も高くなく、だからといってカジュアルに振りすぎていることもない。外の喧騒とは逆に静かに飲むことだけを目的としている客が集まっているし、酒はうまい。カウンターに座るとわかるが、バーテンダーの後ろの棚に並ぶ酒は結構なコレクションで、これはまあ、うちの社長の営業の成果だろう。口はうまいからあの人は……考えるともなしに考えて、そこまで思考が到ったところで、久保は息を吐き出した。仕事が終わってまで会社のことを考えるなんてよくない。オフィスを一歩出たら仕事のことは忘れる。これが日々を穏やかに過ごす大原則だというのに。
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