舌 信一が木の枝にかじりついて、こりこりやっている。近ごろの趣味らしい。床に伏せて、前脚で枝を押さえて、枝の適当な部位を噛んでいる。噛み砕くほどの力加減でもなく、さらに言えば樹皮をはがすほどの力加減でもない。上下の歯をゆるく噛ませては離し、また噛み付いてを繰り返している。
噛みながらゆるく尾を振っているから、楽しみを覚えてのことだろうと見当はつく。毛足の長い、羽箒に似た白黒の尾が、土埃のうっすらした床を滑っている。信一の尾の通った箇所だけが、埃を拭われて光っている。
「信一」
洛軍はそっと、声をかけてみた。信一は枝から顔を上げて耳をすませ、洛軍を見やった。はじめて洛軍に気づいたような顔をするが、洛軍はもうずいぶん前から、信一から二メートルも離れない場所にいて、伏せて、信一を見ていた。
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