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    フカフカ

    うさぎの絵と、たまに文章を書くフカフカ

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    フカフカ

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    K2 一人先生と富永先生の戯曲のようなもの/富永先生が一人先生に傘を使わせようとする/コメディ/こういうのを詰めた再録本を作ろうと画策中/CP要素ない(いつもない)

    孔子も言ってました 村の診療所
     外から、雨音が聞こえている。
     神代が電話を取っている。富永が、廊下から入室してくる。

    富永 Kぇ……、(電話中と気がついて)おっと
    神代 (電話を終えて、富永へ)ああ、すまない
    富永 いや、全然(手にしていたケーキ箱を机へ置いて)いただき物です。あとでお茶の時にでも
    神代 中身は?(部屋の隅から、マントをとって戻ってくる)
    富永 当ててみては?(箱を持ち上げ、これみよがしに)
    神代 シュークリーム(やんわりと)
    富永 (肩をすくめて)どうして?
    神代 俺が食べたいんだ
    富永 (笑って)じゃあ、うってつけだ(箱を少し開けて、覗き込む)Kご所望のシュークリームですよぉ
    神代 (マントを着込んで)本当に?
    富永 こんなつまらない嘘、つくだけ無駄じゃないすか(箱を置き直す)……外へ?

     富永、部屋の隅のラジオをつける。この日一日、雨がやまないだろうと予報が聞こえる。アナウンサーの声で「傘や雨具をお忘れないように」と注意喚起がある。富永、ちらりと窓のを外を見る。景色が霞むような、強い雨が降りしきっている。

    神代 (頷く)電話があってな。昨日診察した家へ。急ぎではないんだが、すこし様子を見てくる。
    富永 (一歩踏み出す)人手が要りますか
    神代 いいや。どうも、ただ相談事があるという風だった。
    富永 なるほど(頷く)
    神代 (廊下へ出て)留守を頼む(玄関へ向かう)
    富永 (はっとなって)K!(廊下へ飛び出す)

     神代が足を止め、身を捻って富永を振り返り見る。舞台上、富永と神代にだけスポットが当たっている。神代のマントの裾が、神代の身動きにつられて膨らみ、ゆったりとしぼむ。
     ステージ照明回復。

    富永 (重々しく)K、忘れ物、ある気がしません?
    神代 (自分の両手を見つめる)……いや?
    富永 (もどかしく)こう……、便利アイテム……的な(横目に、窓の外を見る)
    神代 (まだ自分の両手を見つめている)……いや
    富永 (身を乗り出す)これがあったら快適だろうな!的な!!
    神代 MRI?
    富永 あ〜、欲しい! けど違います。もっと根源的っていうか、オーソドックスなやつ
    神代 (ほんの少し笑いを噛みながら)医師免許
    富永 (真面目に)もう持ってるでしょ
    神代 フフ……
    富永 俺も持ってます
    神代 そうだな
    富永 お揃いっすね
    神代 そうだな

     しばし、沈黙がある。雨音が響き、窓がしとどに濡れていく。
     富永、もう半歩前へ踏み出しながら口を開く。

    富永 K、雨!(大声で)雨が!
    神代 雨……(窓の外を見る)
    富永 雨! 強い雨!(窓の外を指差す)
    神代 (頷く)うむ
    富永 うむ!?
    神代 雨が降っている
    富永 そう、雨が降ってます
    神代 土砂災害が心配だな
    富永 (深く頷く)いやもう、それは本当に
    神代 (身を翻して)では、留守を頼む(玄関扉に手をかける)
    富永 (はっとして)K!(小走りに駆け寄って、神代と距離を詰める)
    神代 富永(平坦に)
    富永 雨です(きっぱりと)
    神代 富永では?
    富永 俺は富永です。外は雨です
    神代 お前は富永で、外は雨だ
    富永 あなたはKで、外は雨です
    神代 俺はKで、外は雨だな
    富永 …………
    神代 …………
    富永 K
    神代 ああ
    富永 (思い詰めたように)傘は?
    神代 傘(ぼんやりと)
    富永 (もったいぶって)俺、ここにきて驚いたことが一つあるんです
    神代 もっとあっただろう
    富永 比喩です(顔を上げる)
    神代 すまない
    富永 いえ……、そう、驚いたんです。あるはずものがないことに驚いたんです
    神代 俺が言うのもおかしいのは承知の上で言うが、お前にとってあって当然で、なおかつここにない物などそれこそ山のようにあるだろう
    富永 K
    神代 すまない
    富永 いえ、良いんです、今ではすっかり飲み込めてますから、この村のことは
    神代 ……(眉間に皺)
    富永 じゃなくて
    神代 ……(眉間に皺)
    富永 傘がないんです
    神代 ……傘(ぼんやりと)
    富永 傘がない。この家には傘がないんです
    神代 (真面目に)この間、一本増やした
    富永 一本て!!!!(大声)
    神代 (両手で耳を塞ぐジェスチャー)
    富永 一本!? なんで!?
    神代 お前が使う分だ
    富永 わー、嬉しいなー(平坦に)
    神代 富永(低く)
    富永 前々から思ってました。傘はね、K、あった方がいいです。それに、使った方がいい(言いながら、前へ進み出てくる)なのにあなたは平気で傘なしで雨の日も雪の日も
    神代 …………(一歩後ずさる)
    富永 今日という今日は、差してもらいますよ、傘を(さらに前へ出てくる)
    神代 (後ろへ下がって、玄関扉に背をつける)富永

     富永、素早い身ごなしで腕を伸ばし、神代の横の傘立てから、濃紺の紳士傘を取る。陶製の傘立ての縁に傘の柄が当たって、かん、と間延びした音が立つ。
     神代、その様をじっと見ている。
     富永が傘を開き、そのまま神代に握らせる。

    富永 はい、というわけで行ってらっしゃい(玄関扉を開け放つ)

     外から、ざんざんと雨音が飛び込んでくる。

    神代 (右手に傘を握ったまま)…………傘だな
    富永 (満足げに)傘です
    神代 しかしマントがあるのでな(傘を閉じようとする)
    富永 マントは傘じゃありません!!!(大声)
    神代 (つられたように)マントは傘ではない……(傘を開き直す)
    富永 それに、孔子も言ってました。お茶の時間にシュークリームを食べる資格があるのは、雨の日に傘をさして行くものだけだとね(得意になって頷く)
    神代 なんだと
    富永 はい、というわけで、行ってらっしゃい(玄関扉を閉じる)

     神代、しばらく濃紺の傘を内側から見上げている。それから、傘を差したまま、舞台端へゆっくりと歩き去っていく。雨音が続いている。暗転。

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