ノンケ燐音×HiMERU「え、何? もしかしてメルメルって俺っちのこと好きなの?」
どんな話の流れだっただろうか。たまたまレッスンルームに二人でいる時、唐突にそんなことを言われた。いや、別に唐突でもなかったか。何かしら天城がそう思うようなきっかけが前後の会話の中にあったんだと思う。ただその時の俺は頭が真っ白になっていたから、奴が半笑いで冗談めかして口にした言葉以外、何も思い出すことが出来なかっただけで。
「……、」
そんな状態じゃ当然自分がどんな顔をしていたかなんてことも覚えていない。“否定しなければ”と脳は指令を送っていたけれど、唇はぎこちなく開閉を繰り返し、細い息を吐くだけだった。ニヤニヤと意地の悪い意味を浮かべてこちらを見ていた天城は、そんな俺の様子に気付いてか、次第に笑みを引っ込める。その時僅かに奴の頬が強張ったのが分かってしまって、冷や水をぶっかけられたような気分になった。まぁ、そのおかげで却って冷静になれたんだろうけど。
「……あれ、もしかして……マジ?」
恐る恐るといった様子でそう尋ねてくる男に、俺は自嘲気味に笑う。
「だったらどうだと言うのです?」
俺がお前を好きだったらどうなんだ。“恋人”になってくれるのか?
天城の反応を見ていればそんなわけないことは明白だったから別に答えなんていらなかったけれど、案外真面目で誠実なこの男は、明後日の方向を向いて赤い髪を掻き回した。
「あー……えーっと……、悪ィ、俺っちそう言うのは……」
そう言うのってどう言うのだよ。そう出かかった言葉を飲み込んで、天城が次に何か発する前に先手を打つ。
「いいのですよ。別にあなたとどうこうなりたいわけではないですし、そもそも伝えるつもりもなかったことですから。忘れていただいて結構」
ここで小説やドラマなんかだと、こう言われた相手の男は「なかったことになんかできるかよ!」とでも言うのだろうか。ちょうど知り合いのアイドルが出演していた恋愛ドラマがそんな展開だった気がする。
だが、現実とはそんなに都合の良いものではなく、目の前の男は“忘れていい”と言われた途端頬の緊張を解きやがった。眉尻を下げて、申し訳なさそうな表情を浮かべて――。
「……ごめんな」
「……」
何に対する謝罪のつもりなのかもよく分からないままなのに、今まであの男の口から聞いた中で間違いなく一番真摯なトーンでそう告げられた。
かくして俺は、“冗談だった”と誤魔化すこともできず、思いがけずにしっかり振られたのだった。