「オマエな、今までの自分の言動を思い返してみろ」
と文字通り頭を抱えたKKに言われて僕は唇を押さえつつこれまでKKの『相棒』でいるために努力したことをぽつぽつと口にした。
ますますKKは頭を抱えて
「その『相棒』は家族の『相棒』だろうが」
「家族……」
そう言われれば僕がしてきたのは母親のそれだったかもしれない。でもKKは息子じゃなくて僕に食費を余るほどくれたし荷物も持ってくれたし外で食べる時は奢ってくれた。
「つまりKKは、夫のつもりだった……?」
「オマエを女だと思ったことはねえよ。ただオマエがやることをやってくれて、オレの方が年上で稼いでるから金を出した」
わかるなと言われて頷く。『相棒』だから僕たちは対等だ。僕はKKが苦手なことをして、KKは僕を支えてくれている。
「オマエがそこまで欲がないとは思わなかったぜ」
諦めたようにKKが煙草をふかす。空気清浄機がフル稼働してるから文句はない。ああこれも僕のために買ってくれたんだ。
「え……じゃあKKは僕に、性欲……とか、抱いてるってこと?」
「オレだってオマエに欲情するとは思ってなかったさ」
あの夜、KKはほとんどの僕の中にいて、僕の目からモノを見ていた。僕に対峙したのは数えるほどだ。けれども肉体を取り戻してKKの目で僕を見るようになった。それは普通のことなんだけど、二心同体だったせいか僕らの距離感は結構近くて、アジトのメンバーや麻里に何度か指摘されても直らなくて諦められた。その距離感で改めて僕を見ると、若いなとか肉付きがいいなとか顔がいいなとか表情が変わるのが面白いとかイニシャルだけど呼ばれる声が落ち着くとか胸とか尻がデカいなとか。
「セクハラだぞ!」
「オレは上司じゃないからハラスメントにならねえだろ」
思わず胸元を腕で隠したけど間違いなく男の胸だ。体重もBMI値も標準の範囲だし、服は着てみないとサイズが合わないことがあるけど。
「そんなつもりはなかったがムラッときたものは仕方がないだろ」
うう、と僕は呻く。KKが僕に性欲を抱いていたなんて青天の霹靂だ。考えたこともなかった。ついでに僕だって同性愛者ではない。
でもKKにそう言われて嫌じゃなかった。どちらかというと嬉しかった。だって発散するためじゃない性的な対象って『特別』ってこと、だよね?
僕は改めてKKを見つめる。
年相応の白髪と皺のある顔だけど、造りそのものは結構可愛いと思う。相変わらずしょっちゅう無精髭を生やしてだらしない性格だけど言ったことはやってくれる。僕のことが好きだからかもしれないけど。
自意識過剰に顔が熱くなる。
体は年齢にそぐわず引き締まっている。肉体労働だからで、傷痕もある。でも口は悪いけど暴力的な人ではない。むしろ優しくて繊細なくらいだ。
手先は印を結ぶだけあって器用で、よく僕の頭を撫でる。あの手で僕の胸とかお尻とかに触れて、それで……。
「おい、暁人……大丈夫か?」
敵の攻撃を受けた時みたいに心配してくれるけど、今僕に攻撃してるのはKKだ。真っ赤になった全身を見られてるだけで、なんか、変な気持ちになってくる。
「だから、勘違いするからそういうのをヤメロ」
背中を向けて僕を尊重してくれるKKは多分あの夜に変わったKKで、多分僕もその要因になっているのだろう。それが嬉しくて嬉しくて、やっぱり僕だけの『特別』であってほしくて、
「……勘違いじゃないって言ったらどうする?」
「は!?」
食い気味に振り向くので笑ってしまう。全然嫌じゃない。獰猛な、けれどマレビトを狩る時とは違う視線は格好いいし、むしろそんな目で見られながら裸で触れあったり、KKに気持ちいい顔をさせたり、僕が抱かれてKKが中に入ってくるのもいいなって思い始めている。
僕が望んでいるのはKKの『恋人』じゃないけど、KKの『人生の相棒』と思えば完璧ピッタリ当てはまる。
「あ、でも今日は待って!」
さっきまではそういう気持ちは1ミリもなかったから、無駄毛の処理はしてないし爪も先週切ったきりだし下着はコスパ重視の味気ないヤツだ。相手がKKだからって、いやKKだからこそちゃんとしたい。
「……オレは犬じゃねえんだぞ」
国の番犬だった癖に。
でもKKは嬉しそうで、その顔を見ると僕も嬉しい。こういうのを『愛おしい』と表現するのだと気づかないほどガキではない。
だから僕は調子に乗って
「キスならいいよ」
と言って腰を抜かす羽目になるのだった。