雨が連れてきたはじまり<後編>新たなる決意、そして始まり【第四夜◇◆◇ 重(かさね)】
「ん・・・・・」
優しい重みで暁人は目を覚ました。身じろぎしてほんの少しだけ重いまぶたをひらけば、目の前に裸のまま自分を抱きしめて眠るKKの姿がある。
途端に昨日のことを思い出して、暁人は思わずもう一度ぎゅっと眼を閉じた。
(・・・・あんなの反則だろ・・・!)
昨晩ーいや正確にはつい先刻まで。散々啼かされて喘がされて、身体の奥の奥まで何度も穿たれて。
思い出せばそれだけで、また身体が反応してしまう。待って待って待ち焦がれて、やっと得たものは、愛されているという実感そのもので、そして何よりも。
(・・・こんなに、気持ちいいなんて)
ほう、と思わず吐息が漏れる。本当なら昨日はまずは「お試し」であって、またこれから少しづつ何度も身体を重ねて気持ち良くなって行ければいい、なんて思っていたし、そうKKにも言われていたから安心していたのに。
それでも、と思い返す。あれはー初めてではない、あの感覚は、確かに。
(・・・あれって、やっぱり)
未だ夢の中にいるKKの胸にすがるようにぴたりと顔を寄せれば、んん、と身じろぎした腕が無意識に暁人を抱き寄せる。
嬉しくて胸元にキスを落とせば、くすぐったげにその無骨な指が暁人の髪を梳いて、暁人は小さく微笑んだ。
絶対共鳴ーからだをひとつとして、ふたつのたましいが寄り添っていたあの夜に発動したあの唯一無二の力。
身体の奥から力があふれ出して、敵を一掃したあの時の胸の高鳴り。全身が満ち足りたような高揚感は、忘れようにも忘れられない。
魂が溶けあって、ひとつになる。その力が外に向けられるか、内を満たすかだけの違いだけ。じわじわと身体のなかから快楽が満ちて、肉と肉が繋がったところから一気に融け合って、脳内がただ気持ちイイという欲望を満たしたい本能でいっぱいになる。
(元々同じ身体に居たから・・・なのかな?嫌じゃなかったし。確かに最初はちょっと怖かったけど)
腹の中をこじ開けられる感覚はやはりどうにも慣れなくて、圧迫感とこのまま突き破られてしまいそうな恐怖にも似た感覚はあったけれど。
それでも奥までたどり着いたそれが律動を始めた瞬間、ぶわりと襲ってきたのは快感と何とも言えない多幸感。それだけだった。
あまりに馴染んだ彼の魂。身体さえも、ひとつに繋がることを求めていたように、暁人は与えられる快楽に身を委ねることしかできなかった。
(どうしよう・・・こんなの知っちゃったら、もう、)
暁人の胸に漠然とした不安がよぎる。いちど知ってしまったものはもう、無かったことには出来ない。
この先、彼の唇を、背中を。指を見るたびに、抱かれたい気持ちが抑えられなくなってしまったら。
そんな自分がありありと想像できて、うすら寒い気持ちが暁人の背を震わせた。
(・・・・はしたないって、思われちゃう、だろうか)
一度満たされてしまえば、よくも悪くも欲というのはある程度昂ぶりを潜めてしまうものだ。
釣った魚には餌はやらないとばかりに、彼の興味が自分から離れてしまったら。
抱いてはみたものの、やはり女性のほうが・・・なんて、思われていたら?
抱かれることを知らなかった今までよりも深い悩みを抱えることになるなんて、今まで思いもしなかった。
自分がどうしたらいいのかわからなくなって、思わずぎゅう、と目の前の広い胸にしがみつく。
「ん、・・・・暁人。起きたのか。・・・身体・・・辛くねぇ・・・か?」
「だいじょうぶ、だよ・・・KK、ごめん、起こしちゃって」
うっすらと開いた暗鼠色の瞳が自分をうつして、微笑む。嬉しいのに、苦しくて。
不安げな表情を見てか、KKの眉根が寄せられ、優しく頬を撫でられる。
「昨日は無理させちまったな、すまん。よく眠れなかったか?」
「そんなことない・・・!!・・だってすっごく、きもち、よかった、よ・・・?」
かあ、と頬を染める暁人を見て、深くなる目元の皺。そっとキスをして、オレもだ、と囁いて。
「・・・・やっぱり離れられねえ、って思い知らされたよ。身体を重ねて、改めて思った。」
KKに優しく抱きしめられたまま、うっとりと目を閉じる。しかし、くっつけたままの身体にふと違和感を感じて何気なくベッドに視線を映せば、ー目の前に飛び込んできた惨状に、思わず暁人がぎゃあ!と声を上げた。
KKは暁人を抱きしめたまま、声を殺して笑っている。おおかた予想通りの反応だったということだろう。
慌ててKKから身体を離せば、薄い腹の上にこびりつく白濁は乾きかけているとはいえ、生々しくその跡を残しているし、シーツのあちらこちらにも飛び散っている。
たっぷりと中身の詰まったゴムはかろうじてゴミ箱には放り込まれていたが、拭きとったティッシュが散乱し、微かに残る精液の匂いも相まって朝から淫靡な雰囲気が漂っていた。
それでもそれらは確かに、昨夜思うままに愛し合った証。怒るに怒れなくて、はあ、とため息をつく。
「わりい。・・・・オレも限界だった」
「うん・・・・それは、僕もだし。二人で決めたことだから」
とは言え、少なくともシーツは早急に洗濯が必要だし、気づいてしまったからにはシャワーも浴びたい。
「シャワー・・・浴びたい・・・」
「ああ、そうだな。でもまだ、だりぃなあ」
「それはKKが年甲斐もなく頑張っちゃうからだろ」
「おい年寄り扱いすんなっつったろ、大体オマエがエロすぎるから我慢できなかったんだぜ?」
それにオマエだって欲しいって言ってくれたろ、そう言われて赤面する。さっきまで胸を覆っていた靄が嘘のように晴れていく。
そうだ、体の関係があろうとなかろうと、このひとを愛している事実に変わりはない。それでいいじゃないか。
思わず抱っこして、と言うように手を広げて見せれば、甘えん坊だな暁人くんは、
と言いながら抱きしめてくれる。
「ずっと寂しかったんだろ。もっと早くこうしてやればよかった」
「うん・・・・でももう大丈夫。だってこれからはいつだってこうして抱いてくれるんだろ?」
「ああ、オマエが望むなら毎日でも頑張っちまいそうだ」
「それはさすがに無理」
言いながらも頬が緩む。もちろん毎日は過言なのだろうけれど、それでもどんなに忙しくとも。身体を繋ぐ行為が許された今、こうしてふたりは繋がれる。愛されている、愛していると、実感できる。
しばらく黙って抱きしめていたKKが、不意にそっと暁人の両手を取り指を絡める。唇を重ねて、触れるだけのキスを、何度も。
ーところで。やっぱよお、ダブルベッドのが良かったんじゃねえのか?
今更だが抱き合って眠るには少々狭いと駄々をこねる男に吹き出しながら、暁人はまあいつかね、と笑う。
そう、「いつか」だ。
あの日もう二度と叶わないのかと落胆した「いつか」も、いまの自分たちには望むことができる。
未来をともに歩むことができる幸せを噛みしめながら、ようやくベッドから降りる。
「・・・・シーツ洗濯したら、干すの手伝ってくれるよね、”ハニー”?」
「ふっ。しゃあねえな、手伝わされてやるよ、”ダーリン”」
いたずらっぽく笑う。きっと本当ならその呼び名は逆なのほうがしっくりくるのだろうけど、そうだ、僕たちにはきっとこういう方がお似合いだ。
とは言え本気で腰が立たないから、洗濯もKKにお願いすることになるんだけど。
向こうも腰をさすりながら、それでも「愛しいハニーのお願いならしゃーねえなぁ」と結局は甘やかしてくれる。愛されてるなあ、なんて思って顔がにやけてしまう。
そうだ、僕らは生涯を共にするパートナーになったんだ。だから何にだってなれる。どちらにだってなれるんだ。何にでもなれるこんな関係が愛しくてたまらない。
そうだろ、ね、”愛しのダーリン”?
【第五夜◇◆◇ 祈(いのり)】
時は進み、なんだかんだと暁人の就職先も首尾よく決まった。
色々と悩んだ末に、やはり食べるのが好きだからと選んだのは食生活アドバイザーという仕事。大学在学時に既に資格は取得していて、そこが強みになったようだ。
だがKKとしては多少複雑な心境だった。
「なあ暁人。オレに構わず自分の好きな仕事していいんだぞ」
暁人はアウトドアも好きだし、人当たりも良い。もっと人と関わる仕事のほうが力を生かせるんじゃねえのか、そう苦言を呈するKKに、暁人は笑う。
「なんか結婚したばかりの時とは逆のパターンだね。大丈夫、だってKKだって結局僕のために職場変えたけど上手くいってるだろ?お互いのことを思選んだ仕事ならきっと続くし、後悔しない。それに同性婚のこととかあまり根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だしさ。割とこっちのほうがあってる気がする」
そうしっかりと告げられてしまっては、もはやKKに否、という言葉を口に出す選択肢などあるわけもなく、思わず天を仰ぐ。
(ああ、昔は自分のほうが暁人を守ってやっているつもりでいたのにな。もう今じゃ、オレの方が暁人に守られる側みたいな気分だ。)
今までこいつの手を取ったことを、ほんの少しだけ後ろめたく思っていた自分。
ー暁人の幸せを奪うようなことはしたくないと、身を引こうとしていた自分よ、
なあ、オレは間違ってなかったんだ。暁人はオレと一緒にいることで、どんどん強く、逞しくなってる。きっとそれは、愛する人と一緒にいる。それが力になってるってことだ。
自信過剰かもしんねえが、オレたちは確かに一緒になってよかったんだよ。なあ、暁人。
ぐ、と涙が出そうになるのを堪えて、暁人を抱きしめる。もう何度となく交わしたキスも、今日はとびきり甘く感じる。
「ん、けぇけ、」
背中に回る腕がぎゅ、とシャツを掴んだ、その瞬間、KKの尻ポケットに突っ込まれていたスマホが大きく震える。
「オイ誰だよクソっ!せっかくイイトコだったのに・・・・って、ああ!?」
画面に表示されたのは、かわいい猫の写真と「恵梨佳」の文字。彼女から直接電話なんて、珍しい。
ひょっとして何かあったのかと、二人の表情に緊張が走る。
「恵梨佳か?!どうしーーー」
『KK!?ねえ!もう指輪どうするか決めちゃったーーー!!?』
「・・・・「は?」」
全く緊張感のない内容に、思わず二人とも絶句する。
電話のむこうでは未だに『ねえちょっと!KK!KKーーー??聞いてる??』
という恵梨佳の声が響いていた。
よくよく話を聞けば、「せっかくの結婚指輪なのに!絶対2人ともよく調べもしないでテキトーに決めちゃいそうだから、私が一緒に選んであげる!!」とのことだ。
「何でアイツが一番張り切ってんだよ・・・・」
「まあまあ。それに僕たちだけじゃ確かに選ぶのめんどくさくなっちゃってただろうし、そこは助かるじゃん。本人もかなり乗り気だし、お願いしちゃおうよ」
「そりゃまあ、そうだけどよ・・・今からアジト集合ってのも急すぎねえか?」
急遽アジトで作戦会議を開くからすぐ来てね!何も持ってこなくていいから!!という恵梨佳の権幕に押され、渋々2人はアジトへと向かう。
でも、二人のために色々考えてくれているのは素直にうれしかった。暁人には、皆からたくさんの祝福を受けてほしいとKKは思う。
もちろん誰よりも自分が暁人を幸せにするのだという心づもりはあっても、こうして後押ししてくれる存在があることは本当にありがたいことだ。
「ねえ、KK。僕ら・・・幸せだね。こんな風に助けてくれる人たちがいてさ」
「ああ。・・・・全部オマエのおかげだよ。暁人、ありがとうな」
「何言ってんの。僕こそ・・・KKがいなきゃ、きっとこんな風に生きられてなかったよ」
あの日・・・KKが来てくれなかったら。いや、そんなこともう考える必要はないよね。今はこれからのことを、未来の事だけを考えてたい。
声にならずとも、ちゃんと通じている。その証拠にほら、腰を引き寄せる手の力が僅かに強くなって。
「ー傍にいる。これからもずっと。」
「うん。・・・・ちゃんと、伝えてね。これからも。」
そう、絆や誓いに頼りすぎることなく、ちゃんと言葉にして伝えることの大切さを、二人は学んだのだから。
二人がアジトにつくと既に恵梨佳は到着していた。準備してくれていたのは、なんとオンラインで直接ショップとやりとりしてオーダーリングを作るというサービスだった。
一緒にお店行くの、恥ずかしいって言うかなって思って、という彼女の心配りと、ゲイカップルのリングも多く作っているというスタッフのおかげで、リング選びは拍子抜けするほどにあっさりと決まった。
内側にふたりのイニシャルと誕生石が埋め込まれ、半分だけがゆるやかにカーブを描いたデザインのシンプルなリング。ふたつのリングを並べれば、まるでふたつがつながったように見えて、二人を繋いだ「ワイヤー」のイメージにぴったりだった。
お受け取りは奥様ー暁人さまが来られますか、と聞かれ、暁人がはい、と応えようとしたところをKKが遮る。
「・・・いや、受け取りくらいは2人で行こうかと。せっかくの結婚指輪ですし・・・暁人、どうだ?」
この言葉には暁人も、そして恵梨佳も驚いた。絶対に『自分は行かない』、と言うにきまっていると思っていた暁人は面食らって、ええ、あ、ああうん、はい、としどろもどろな受け答えをする。
「・・んだよ、やっぱりこんなオッサンと二人でそういう店には入りたくねえか?」
「ち、違うよ!KK嫌がるかと思ったから・・・!」
「ああ・・・今までのオレならオマエ行ってきてくれ、だったろうな。・・・でも、一生一度の思い出だから、な」
その言葉の奥に、「オマエと一生添い遂げるんだから、もう二度とそれを作り直すことはない」という強い意志を感じて、今度は暁人が天を仰いだ。
出来上がりは2週間後、ということでいったんは打ち合わせも終了する。
もう時間も遅い。まだ未成年の恵梨佳を夜の繁華街にひとりで出歩かせるのは、と見送りを申し出ると、大丈夫凛子がバイクで迎えに来てくれるから、とのこと。
「相変わらず甘々だな、オマエのナイト様はよ」
「ナイトだなんて・・・んー、でも、昔よりはずいぶん自由にさせてくれるようになったんだよ?これでも」
照れたように笑う恵梨佳。こっちはこっちで色々あるだろうが、まあもう大丈夫だろう。彼女たちもあの夜を超えて絆を深めた二人だ。きっとうまくやっていける。
暁人も安心したように、じゃあ気を付けてね、と笑顔で送り出す。
玄関先でああそうそう、と恵梨佳がスクールバッグから分厚い封筒を取り出した。
「これ、レストランのリスト。今回見たいに家族でひっそり披露宴できるとこ、いくつか探しておいたから。あーできたら第三希望くらいまで欲しいかな。期限は来週まででお願いね!」
「うん、わかった。ありがとうね恵梨佳ちゃん」
「そんなの!暁人さんは私と凛子の命の恩人みたいなもんなんだから、絶対素敵な式にするからね!KKもよろしく頼むわよ!」
「へえへえ、なんだよオレは信用ねえってか?」
「そういうわけじゃないけど!じゃあ後よろしくね!」
凛子が待ってるから!と言い残し、慌ただしくドアを出ていく恵梨佳の後ろ姿を見送り、暁人がふふ、と笑う。
「・・・なんか、いいよね。こういうのも」
「まあ・・・アイツらなりに考えてくれてるんだろうからな。悪い気はしねえな」
「もう、そんな素直じゃないこと言って」
弾む声を聞けばもうわかる。そう、この体のなかにいたときからずっと、声だけは聴いていたけれど、これからはKKのことを、表情やいろんなところでもっと知れるのだ。
見て触れて、言葉だけじゃなく纏う空気すらも交わしていける。それだけ近くに、今自分たちは居ることができるのだ。喜びが溢れてこないわけがなかった。
「・・・さて、式場もさっさと決めちまうか」
「式っていっても、本当に身内だけの会食でいいんだよ?男二人の新郎新婦なんて、正直地味だしさあ」
「あ?暁人はドレス着ねえのかよ?」
「は?!着るわけないだろ!何言ってんのさ!」
顔を真っ赤にする暁人に悪い悪い、冗談だよと両手を挙げる。
別にKKとしても、公衆の面前でドレスを着てほしいというような趣味は持ち合わせていない。そりゃ着れば着たで暁人の場合は可愛くはなりそうだが、それを言えば多分機嫌が悪くなるので黙っておく。
それでも、リングと同じで。形だけでもちゃんと誓いたいと思った。この日を死ぬまで覚えていられるように。
そのためなら、多少の恥ずかしいことだって我慢してやれる。
KKが真剣に考えてくれているのを知り、暁人は思わず本当に泣きそうになってしまう。
「式の準備に入ればまた忙しくなるぜ。覚悟はいいか?」
「ふふ、こういう忙しいのは大歓迎だよ」
強気に笑う暁人の髪をくしゃりと撫でる。いい度胸だ、さすがはオレの相棒だぜ。
そう、だってKKの相棒だもん。KKを支えられるくらい、強くならなきゃね。
ー父さん、母さん、麻里。今更だけど、僕、すごくすごく幸せだよ。心の中で手を合わせて、暁人はそっと願う。
ただこの幸せをずっとそばにとどめておけるように、僕に出来ることは何だってやりたいんだ。
暁人の横顔を見ながらKKも思う。きっと自分が今もこうして生きているのは、暁人を幸せにするためなんだと。そのために、生かされたのだと。
二人でひとつ。あの初めて出会った夜から、きっと運命は決まっていたのだろうと思う。
死がふたりを分かつまで、というが。自分たちは、互いの死によって引き寄せられたようなものだ。これを運命と言わずして何と形容すればよいのだろう。
あの時ふたりがあのタイミングで出会わなければ。自分が肉体を失い、暁人が事故に会い、そして同じ場所に存在しなければ、出会うことのなかった二つの魂。
そうなりゃもう一生、いや、永遠に分かれることなんてありえねえよな。
「なあ暁人、最強だな、オレたち」
「うん、そうだねKK」
もう一度そっとキスをして、どちらからともなく抱き合って。
「・・・今日はもう泊まってくか」
離れるのが惜しい、と視線で訴えられて、暁人も素直に頷く。
放り出されたままのカタログは、結局明日までそのまま放置されることになった。
ー翌日、凛子からの電話に出た暁人の枯れた声を聞いて「今日はアジトへの出入り禁止ね」と残りのメンバー全員に通達が出されたことを、二人は知る由もない。
【最終夜◇◆◇ 誓(ちかい)】
ようやく訪れた式の当日。この日もやはり、朝から雨だった。
でも今日の雨は別れの涙なんかじゃない。きっとこれは、新しい世界を作るための、
浄化の雨だ。
「・・・はぁあ」
窓辺から覗く真っ白な空を見上げて、真っ白い服に身を包んだ暁人が大きくため息をつく。
「オイ縁起でもねえな、こんな日にため息つくんじゃねえよ。幸せが逃げちまうぜ」
「だってさあ・・・ほんと絶対KKが雨男なんだってこれ・・・やっぱり河童好きだから水の神様に愛されてるんじゃないの?」
「そんな事あるかっつーの!まあ午後には止むって予報だしよ、仕方ねえだろ6月なんだし・・・」
同じように白いタキシードの襟元を大きく開いたままのKKがやれやれと呟く。
そもそもなぜ雨の多い6月に、と言えばそれは恵梨佳の意向によるもので。
「どうしても、ジューンブライドにしたい」という言葉に、恵梨佳ちゃんがそういうなら、と了承した結果がコレである。
当の本人も申し訳なさげに「ごめんね・・・前日からいっぱいてるてる坊主作ったんだけど・・・」と謝られた。
いやアジトの窓一杯に下がるてるてる坊主を見て、照法師のキヒヒヒヒという笑い声を思い出し背筋がぞわぞわしたことは死んでも言えない。
そんなこんなで朝からバタバタしていた二人だったが、
貸し切りのこじんまりとしたレストランで、互いに最高の晴れ姿に向けて準備をするこの時間は暁人にとっては何にも代えられない特別で、神聖なものだった。
側に置かれたちいさなテーブルには、最後まで手放さなかった家族で撮った写真。そして、みんなから贈られた色とりどりのバラのブーケが置いてある。
本当は3人にも祝福してほしかった気持ちと、3人がもし今も生きているのなら自分はKKと出会うことすらなかったのだろうな、という気持ちがないまぜになって
鼻の奥がツンと痛んだ。
だめだめ。今日は特別な日なんだから。
白いタキシードに、サムシングブルーをイメージしたシルクの蝶ネクタイ。
そして、出会った夜を思い出させるような深い紺色のベストも併せて、ブーケを手に持ち、ドキドキしながら入場のサインを待つ。
「・・・暁人、いよいよだな」
「うん」
KKが同じ色で合わせたシルクのネクタイを締め直す。
ふたりでこうして揃いの服を着ていることがむずがゆいような、嬉しくて叫び出しそうな、そんな感情が沸いてくる。
ホールから音楽が鳴り始める。入場のサインだ。うし、と椅子から立ち上がり、
KKが暁人へと手を差し出す。
「じゃあ、行くか。・・・今日からは名実ともに、愛しの伴侶殿だな、暁人」
「うん。そうだね。ねえ、僕を選んでくれてありがとう、KK」
「ああ、オレも。オレと生きる未来を選んでくれたことを、感謝してるよ」
ふたりで嵌めた銀色のリングが、きらりと光を反射して。
そっと絡めるその指先が、少しだけ震えていた。
KKがそっと、ブーケを持ったままの暁人の両手を包む。ゆっくりとその指先にキスをして、そしてぎゅ、としっかりと手を握る。
「さあ・・・みんなが待ってるぜ」
「うん、行こう」
小さな扉をくぐって、メインホールに向かえば、
いっぱいの笑顔と拍手で迎えてくれる大切な人たちがーそこにいた。
「暁人さん!おめでとう!すっごく素敵だよ!KKもいい感じじゃない!」
「ありがとう。恵梨佳ちゃんもすごくかわいいよ」
はしゃぐ恵梨佳は目の覚めるような空色のワンピース。側には紺色のパンツスーツに
赤いリボンタイをした凛子が立っている。
対照的な色使いの二人だったが、よく見れば胸元には対になるデザインのネックレスが光っていた。
向かい合う猫の尻尾は重ねればハートを描く。猫が好きな恵梨佳ちゃんらしいデザインだね、すごく似合ってる。そう暁人が言えば、
「恵梨佳がプレゼントしてくれたんだ。貴方たちがオーダーしたリングの店でね。びっくりしたけど、こういうのも悪くないな」
と凛子が照れたように笑った。
エドとデイルは二人とも普通の黒いスーツだったけれど、こちらも二人で揃いのバングルをつけていて、KKが何だよオマエらもか、と笑う。
バングルはトライバル模様が彫られたシンプルなものだ。よく見ればその模様が、デイルの腕に彫られたタトゥーと同じ模様であることがわかる。
『ボクはこういうのには特に拘らないんだけど、デイルがね』
こんな時までレコーダーの音声で話すエドに暁人は苦笑する。けれどきっとこれは照れ隠しなのだろう。憮然とした顔でレコーダーを突き出すエドの耳は真っ赤に染まっていて、エドも人間だったんだなあ・・・などと失礼な感想が胸をよぎる。
「オイオイ、俺だけが嬉しいみたいな言い方すんなよ。お前だってまんざらでもないって顔だったろ」
「・・・そういうことにしておくよ」
ようやく肉声での答えが返ってきて、自然と笑顔が浮かぶ。
笑い声が響くホールの中、暁人の眼にうっすらと涙が浮かんだ。KKがそっと腰を抱く。
「・・・・幸せだね。僕たち」
「ああ。・・・・きっと今日は、忘れられない日になる」
「さあ、誓いのキスをしなよ、お二人さん。・・・こういうのはちゃんとしなきゃね?ボクは信じていないけど、神様が見てるらしいから」
エドに促され、そっと向かい合う。
唇へのキスは流石に恥ずかしいから、KKからは額への誓いのキス。暁人からは、頬へ。
嬉しくてとうとうぽろぽろと涙を零す暁人を優しく抱きしめて、KKは改めて暁人に誓う。
「暁人。辛い時も、嬉しい時も、オレたちはこれからも、ずっと一緒だ」
「ああ。あの日誓ったこと、忘れてないよ。僕はKKと、これからもずっと、最後まで生き抜いて見せる」
笑って頷くKK。気づけば先ほどまで降っていた雨もあがっていた。
ふと、暁人が手に持ったブーケを見つめる。赤、橙、黄、緑、水色、青ーそして紫。
虹色に輝くバラの花束が、手の中で揺れている。
雨上がりに永遠を誓う僕たちに、ぴったりだな。そう笑って、暁人は笑った。
「ありがとうーそれから、これからもよろしくね、KK」
「・・・雨上がり、か。またここから始まる人生っていうのも、悪くねえ。」
ーオマエと虹の橋を渡るその日まで、ふたり、一緒に往こう。
祝福のライスシャワーが降り注ぐ、雨上がりの6月。
そう、二人の人生は、ここからまた、始まる。
END.
ーーーーあとがきという名の言い訳。
やっと!やっと書き上げました・・・!
6月中にアップするという縛りがあったからこそ何とか書き上げられたようなものです。もうどっかでバッサリ切ってしまおうかと考える中、なんとか形に出来てよかったです。
それでも、何度も元ネタのイラストを拝見して、
幸せそうに笑う暁人くんの涙を、ここに至るまでのふたりの葛藤やいろいろを、どうにか形にしたい。そんな気持ちで何とかここまで来れました。
実を言うとこの話の組み立て、「自分がどこまでやれるかを試す」そのために、
わざと難しい内容を選んで書き出したところもありました。
正直書いていて自分才能ないなあ・・・!と落ち込んだことも何度もありますが、
せめて1人でも喜んでいただけたなら、それはきっと力になると思うので、
例え評価はされなくとも書いてよかったと思っています。
最後にイラストを描いてくださったぽすわい様、本当にありがとうございました!
これからもK暁楽しく書いていけたらと思っています。
まだまだお付き合いいただけたら嬉しいです。
2022.6.26 蜜月 拝。