深淵=カーンルイア説を採用しています。
「さぁ、めしあがれ」
「うわぁい!!いただきまーす!!」
瑠璃亭の一番高い個室、そのテーブルにところせましと並べられた璃月の名物料理達を前に、パイモンが大喜びで歓声をあげて箸を握りしめた。
あれも!これも!と自分の小皿に取り分けては頬張っていく。
気持ちのよいたべっぷりだが、空はパイモンのように素直に料理に箸をつけるのを戸惑っていた。
なにせ、この部屋の代金も料理の代金も全部出しているのは璃月七星の凝光なのだから。
すなわち、ただより高いものはない。
「遠慮せずに食べて頂戴旅人。大丈夫、この後の話を貴方が蹴ってもここの代金を請求するような狭量なことなんてしないわ」
「それはどうも…」
つまり、裏を返せば"狭量ではないこと"はする可能性がある、と。
凝光からの食事の誘いを受けてしまった時点で詰んでいることを再確認して、空はあきらめて箸を手に取った。
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結局デザートまで追加注文し、お腹いっぱいもう食べ足られないー!とパイモンが大満足し、空もなんだかんだ久しぶりの瑠璃亭の食事を満喫してしまった。
食後のお茶をのみながら、凝光が本題を切り出した。
「軽策荘の棚畑が、一夜にして枯れたの。貴方には、その調査を頼みたいのよ」
「枯れた?一晩で?!」
「軽策荘の棚畑って、よく瑠璃百合を摘みに行ってたあそこだよな?!なんでそんなことに?!」
「冒険者協会に最初は調査依頼を出したの。でも、引き受けた冒険者が二人意識不明の重体に陥ってしまって、協会側から千岩軍に緊急通報。事態を調査しようとした千岩軍の軍人一人が同じように意識不明の重体よ。一番不可解なのは重体の内容で、三人とも大量失血による血圧低下と●●●なのよ」
「失血?出血ではなく?」
「ええ。それも、外傷はほとんどないの。唯一共通しているのは首筋に2つ小さな穴が空いていたこと、そこに微量の出血跡があったことから、そこから血を抜かれたのではないか、というのが現在の見解ね」
「それって…吸血鬼みたいだね」
「ひえぇぇ…!こ、怖いこというなよ旅人ぉ~!!」
「棚畑が一晩で枯れたことと、失血による重体者三人が関連しているかどうかはわからないわ。でも、タイミングが合いすぎていることも事実よ。旅人、貴方の実力を私は買っているの。それでも十分注意を払った上で、調査をお願いしたいわ」
「ところで、凝光さん。藍さんは元気?」
「藍?あら、貴方達友達だったの?」
「えーっと、俺じゃなくて俺の友達が友達で、璃月に行く機会があったら顔を見てきてくれって言われてて」
「ふうん?特別変わったことはないはずよ。ただ、亡き御両親の法事のためにここ数日まとめて休みを取っているの」
□■
空が凝光に言わなかったことが2つある。
一つは、モンドでも同じように一晩で草原や畑が枯れる事件が起こっていたことだった。
璃月とは違い不審な失血で重体になった話しは聞かなかったが、それでも復数ヵ所の畑や森が枯れる異常事態で西風騎士団のジンから内密にと念を押されており凝光に伝えるわけには行かなかった。
そしてもう一つは、モンドでのその事件の調査を引き受けたガイアの行方がわからなくなっていることだった。
「空、どうだった」
「うん。璃月でも棚畑が一晩で枯れる事件が起きてたみたい。でもそれだけじゃなくて…」
空は凝光からの依頼をかいつまんでディルックに話した。
「亡き両親の法事、か。嘘だろうな。…"あの国"の人間が二人同時に姿を消した。無関係ではなさそうだ」
「ディルックさん、ガイアや藍を疑ってるの?」
「いや…あらゆる可能性を検討しているだけだ。判断材料が少なすぎる」
「せっかく相棒が来てくれたのに!戦いのお誘いじゃないなんて残念だ。それどころか、あの失血事件の犯人疑惑で詰問だなんて、悲しいなぁ、どうしてうたがわれるのかなぁ」
「とりあえず、胸に手を当てて考えてみたら?」
「いくらなんでもわざとらしすぎるぞ公子」
「ははっ!ごめんごめん」
けろっとばかりにタルタリヤは笑う。
「ま、君達が心配してるようなことをファデュイはしてないよ。他の執行官が駐在してる国は知らないが、少なくとも璃月におけるファデュイの活動の最高責任者は俺で、俺はその事件についてノータッチだよ。ついでに、モンドは淑女の管轄だったけど今はトップ空席でね、なにかしら動きがあるとは思えないな」
「……わかった。行こう、パイモン」
「ええっ?!旅人、今の一言で信じるのか?!」
「信じた訳じゃないけど、建前として動いてないってだけでも収穫だよ。本当のファデュイの任務を俺みたいな部外者に言うわけもないし」
「君も大分この世界に揉まれて成長したみたいだね、旅人。じゃ、一つ良いことを教えてあげよう。少し前、稲妻で一緒に行った秘境を覚えてるかい?式大将と出会ったあそこさ」
「?覚えてるけど…」
「あそこで俺は式大将と『戦い』について問答した。そのなかで俺は式大将に"根の間で戦ったことがある"と言ったよね。あれは子供の頃の話で、根の間は勿論例えだ。根(死)の国、すなわち深淵、カーンルイアさ」
「!!」
「あそこに俺が落ちたのは純粋な事故だった。まあ、幸運な事故だったけどね。あそこでは命のやり取りをする戦いが日常で退屈しない…おっと、話がそれた。何が言いたいかというと、俺はそこで同じように首筋に小さい穴があき血を大量に失って死んだ遺体を見たことがあるってことなんだ」
「じゃ、じゃあ!事件の犯人はカーンルイアの魔物か?!」
「いや、そうじゃない。カーンルイアの魔物に襲われたら、骨の一本も残らず食い尽くされるだけだよ。あの死に方をするのは、カーンルイア人に食われたやつさ。カーンルイアの民は、他人の血を吸って己の栄養にすることが出来る特性を持っているのさ」
「カーンルイア人が?!それは、全員?」
「さあ?俺が知っているカーンルイア人は少ないからね。でも、少なくともカーンルイアに落ちた俺を拾って面倒を見てくれた師匠は、その特性で何人も血を吸い尽くして自分の力にしていた。初めてみたときは驚いたよ。師匠曰く、カーンルイア人はもとより、深淵に関わった人間には多かれ少なかれ他者の血を求める性質があるらしいね」
「……じゃあ、その深淵カーンルイアに落ちたタルタリヤも、"そう"なの?」
いつでも剣を取り出せるよう構えながら、空がタルタリヤに問う。
「た、旅人ぉ…!」
「あはは!良い顔だ。影響がないとは言わないよ。けど、この性質には代替が効くんだ」
「代替?」
「そう、とても可愛い代替だ。"花"だよ」
「…花?」
「花?!」
「見せた方が早いかな。ちょっと待ってて」
タルタリヤは応接間から早足で出ていく。
空とパイモンが顔を見合わせている間に、タルタリヤはすぐ戻ってきた。片手に瑠璃百合の一輪挿しの花瓶をもって。
タルタリヤはその花瓶を応接間の中央テーブルに置くとその花弁に指を当てた。
すると、瑞々しく咲き誇っていた瑠璃百合が、見るまに萎れ、枯れ、朽ちてしまった。
「うわっ…!」
「ひょわぁぁっ?!」
「こんな感じさ。理由はよくわらないけど…まあ、花が咲くためには水と風と…岩は土と、光は火と言い換えられなくもないし、そういうものがたくさん必要だろう?転じて、花にはそんな"恵み"が詰まっててそれを吸い上げてる感じ?全部感覚的な話しか俺には出来ないんだけど。この瑠璃百合一輪なら、あめ玉一つ分くらいのエネルギーになるかな?」
「それは、花じゃなきゃ駄目?」
「さあ、どうかな?俺は花が一番満足感があるけど、それこそその辺の草でも食えなくはない。果物は食べた方が満足感があるから直接食べるし…ああ、食べ物なら酒はいいね、特にモンドのワイン。水を使わずに葡萄の水分と酒精で出来ているから満足感がある…だから、『彼』も好きなのかな?」
「って、食い物になると普通に食べるのと何が違う?って話になるな。ともかく、俺が言いたいのはカーンルイアの民は他人の血を吸ってその力を奪う能力があるってこと。その代替として花や植物から力を得ることもできるってとこだね。ただ、エネルギー効率でいうなら血の方が何倍も良い。」
「鍾離先生の洞天が、花畑やらでやたらめったら花まみれなのはタルタリヤのせい?」
「………さあ?」
「…いや、正解だな」
「先生?!」
「見ろ。もう"限界"だ」
ぱん、と。
弾ける音ともにその肥大化した肉体が"破裂"した。
「え?」
「なっ?!」
「…助けてやりたかった」