桂花 珍しい物を貰った、と差し出された瓶には白い物を纏った濃いオレンジの小さな塊が幾つも入っていた。
何だろうと思いながら開けてみると、懐かしい芳香が鼻先をくすぐる。この香りは…。
「……金木犀?」
「なんだ、知っていたのか」
少々残念そうに言いながらオルテガが俺の隣に座る。どうやら瓶の中身は金木犀の砂糖漬けのようだ。
「遥か東国にある珍しい花だそうだな」
オルテガの口振からするに、この国には金木犀は生えていないらしい。くん、と香りを確かめるとやはり懐かしい香りがする。
「食べ物なのか?」
甘い芳香が特徴的な花ではあるが、食べ物として認識するのは初めてだ。スミレの砂糖漬けがあるくらいなんだからあってもおかしくないか。
「冷えや鎮痛に効果があって体に良いらしい」
「ふーん、薬と言った方が近い感じだろうか」
試しに一つ摘んで口に入れてみれば、砂糖の甘さと同時に仄かな苦さと金木犀の香りが口の中に広がる。うーん、やはり漢方とかそんな感じな気がするな。パクパクつまむものではなさそうだ。
懐かしい香りを楽しんでいれば、不意に俺の腰にオルテガの腕が絡み付いて来る。そのまま、ぐいと抱き寄せられて近くなる熱についドキリとしてしまう。
「お前には言わなかったが、もう一つ効果があるそうだ」
「な、何の効果だ?」
わざとらしく低いいやらしい声で耳元に囁きかけてくる声音に嫌な予感を覚える。こんな事してくる段階で聞かなくとも何となく予想ついてるけど!
「媚薬としても使われるらしい」
「俺」からすれば秋になるとそこかしこで幽かに香る秋の風物詩であるが、金木犀を知らない人達からすればあの香りはそんな風にとらえられるのか。ちょっとした文化の違いを感じて感心していれば、油断した隙に大きな手が俺の体をなぞる。
「っ……! こら、お前はすぐにそうやって……んっ」
悪戯するように触れてくる手をペチペチ叩いて抵抗するが、そんな俺を見てオルテガはにんまりと微笑むと自分も一つ金木犀を摘んで口に運んだ。差し出される濡れた紅い舌の上にある白とオレンジのコントラストに思わず生唾を呑む。
黄昏色の瞳で見つめながら、俺に見せつけるように彼は金木犀を口に含んで咀嚼する。砂糖の塊を噛み砕く微かな音に、飲み込む時に上下する男らしい喉仏にドキドキしてしまう。
オルテガが俺の事をその気にさせるのが上手いのか、俺がちょろいのか。……多分後者だな。
「口を開けてくれ」
甘い声で強請られるままに小さく口を開ければ、金木犀が一欠片放り込まれた。甘い芳香にくらりとしながら唾液で溶ける砂糖の甘さに酔う。
嗚呼、何もかもが甘くてあまくて堪らない。
「フィン……」
我ながら物欲しそうな声が出た。こうなればもう彼の思う壺なんだろう。嗚呼、それでも彼が欲しくて仕方ない。
俺をこんな風にした責任は取ってもらわなければ。
逞しい首に腕を回せば、オルテガは焦らすように俺を無視して金木犀をまた一つ口に含む。焦れて彼の唇の横に吸いつけば、漸く応えるように口付けられた。
熱い舌の上で溶けた砂糖を俺の舌に塗り込むように動かしながら口の中を犯される。ざらついた砂糖の感触と金木犀の芳香、それからオルテガの熱と匂い。
全部に酔いながら金木犀のせいだと言い訳して熱い腕に体を預けた。