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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    オルテガと涼介の話

    幻夢の邂逅 夢を、見ていた。
     知らない街なのに、何故か懐かしさを覚える。
     共にいるのは黒い髪の青年。でも、見知ったものよりずっと短い髪だ。
     彼は楽しそうに見知らぬ夜の街を歩く。鼻をつく独特の香りは硫黄だろうか。見慣れない服装は随分と無防備に見える。木製の変わった形の靴が、石畳を蹴る度にカラカラと小気味の良い音がする。
     夜の風が柔らかく彼の黒い髪を揺らす。微かに甘い爽やかな香りがした。
     全く知らない筈の光景なのに、それは酷く心を掻き乱す。
     見た事があるような錯覚に陥り、同時に胸が締め付けられた。
     これは幸せだったほんの一幕。嗚呼、この後暫くして隣を歩く彼は……。
     不意に光景が切り替わる。
     見覚えのない部屋は酷く狭いが、干し草のような清々しい香りがする。広さこそ狭いものの洗練された部屋に困惑していれば、部屋の奥にあるスペースに設られた椅子に誰か座っている事に気が付く。
     窓から穏やかに射し込む陽射しが逆光となり、相手の姿はあまり良く見えない。だが、オルテガは直感的に思った。
     あれは自分なのだと。
     困惑しながら近付けば、相手は向かいの椅子に座る様に仕草で勧めてくる。やや明るい茶色の髪にヘーゼル色の瞳をした男は細身だが整った顔と体付きをしていた。
     勧められるままに座れば、薄いガラス窓の外には滴る様な緑が広がっているのが見える。
    「初めまして、と言って良いものなのか……」
     男からは聞き覚えのある声がする。幼い頃から胸の奥から絶えず聴こえてきたあの声だ。
    「オレは加賀美涼介。元は別の世界の人間だ」
     加賀美と名乗った男は、先程黒髪の青年が着ていたものと同じデザインの服を着ている。見た事のない光景やその服装に、男の言っている事が真実なのだと素直に飲み込めた。
     目の前にあるものは、自分達の世界にあるものとは違い過ぎる。しかし、初めて目にする筈のものなのに、それが何なのか分かる事に困惑を覚える。
    「……ここはオレにとって思い出の場所なんだ」
     懐かしむ様に外を眺める加賀美は愛おしそうに呟いた。思い出というのは先程共に歩いていた黒髪の青年との話だろうか。
     光景と共に感じたのは確かな愛おしさだった。それはオルテガ自身がずっと抱えていた幼馴染に向けた想いに向けたものに良く似ていた。
     だが、自分達との差はその距離だろう。共に歩いているのに、二人の間には明確な距離があった。恋人といった甘さはなく、友人といった方が正しいであろうその距離。
     胸の内には狂おしい程の愛情が渦巻いていたのに、目の前の男はそれを伝えてはいなかったらしい。
    「……伝えなかったのか?」
     オルテガの一言に、言いたい事を察したのだろう。加賀美は困った様な笑みを浮かべた。
    「オレ達の世界は同性同士の付き合いに対して不寛容だ。むしろ、倦厭されがちなものだった。……そんな世界でオレは彼に嫌われるのが怖くて一歩を踏み出せなかったんだ」
     静かに語る声に滲むのは悲痛な後悔。幾度となく夢に見たあの黒髪の青年が辿る未来に、オルテガはそっと目を伏せた。
     共に、居たのだ。
     ほんの少し上の段にいて、必死に手を伸ばして。でも、届かなかった。
     暗い地下道に響く鈍い音、散る緋色。
     諦めたような、安堵したような僅かな笑みだけが脳裏に焼き付いている。
    「オレ達はお前とセイアッドのように初めから関係に下地があった訳じゃない。仕事の同僚でしかなかった。……オレはただ隣に居られれば、それだけで良かったんだ」
     ぽつりと呟かれた言葉は静かながらに重い。同時に脳裏に浮かぶのは自分の肩に頭を預けて眠る青年の姿だ。これはきっと加賀美の言う光景なのだろう。
     微かな振動を感じながら暗い道を駆ける乗り物の中、肩に触れる温もり。ほんの短いこの時間が彼にとっての全てだった。
     目の前にいる男の心情を思い、オルテガは胸が痛んだ。
     手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、触れられない。想いすら伝えられない。
     どれ程切ない事なのだろうか。
     自分にはいつでも隣にセイアッドがいてくれた。幸運な事に想いを重ねられて、共に未来を歩む為に足掻いている。
     もし、自分が彼と同じような状況だったら、同じ事を思ったのだろうか。
     相手の幸福だけを願って静かに寄り添う。
     否、きっとオルテガにはできなかった。何が何でも手に入れようとしていた筈だ。
    「オレはお前が羨ましいよ」
     オルテガの考えを読んだ様に加賀美が微笑む。
    「……ここは会社の慰安旅行で来たんだ。それまで神様に祈った事なんてなかったのに、どうしても彼と同じ部屋になりたくて神頼みまでして。念願叶ってくじで勝ち取った同室だ。それまでは一緒の部屋で寝た事もない」
     懐かしそうに室内を見つめる加賀美の表情は優しくも切ない。
     きっとこの部屋に泊まった時もただの友人として過ごしたのだろう。狂おしい程の想いを胸にしながら…。
    「お願いがあるんだ」
     不意に加賀美が真剣な表情でオルテガを見た。
    「何があっても彼の事を離さないでほしい」
     嗚呼、その「彼」とは一体誰の事なのだろうか。ふと脳裏に過ぎるのは愛しい幼馴染だ。
    「彼はどこまでも優しくて孤独な人だ」
     もしかして、彼もまた今の自分達と同じなのだろうか。
     断罪の時から幼馴染は少し変わった。時折酷く寂しそうにしているのはもしかすると…。
    「きっと今も自分の事を要らないと思い込んで自分を追い詰めている」
     ふとした瞬間に翳る月色の瞳。オルテガには見せないようにしていたのだろうが、それでも時折彼の瞳は所在無さげに揺れていた。
    「だから、オレの分まで彼を抱き締めて離さないで欲しい」
     真摯な願いにオルテガは知らず頷いていた。
     誰を指すのか、魂はもう分かっている。
     ずっと、ずっとずっと欲しかった。この衝動がいつから存在するのか分からないけれど、この飢えを満たせるのはどの世界でもかの人だけだ。
     月のように穏やかで、どこまでも優しい人。

     彼を守り、愛しむ為にこの命は在るのだから。
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