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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    出奔魔術師の旅日記3です

    出奔魔術師の旅日記3 3 黒の森の道行
     
     火の始末を終えて支度を整え、街道へと戻ると二人はいよいよ本格的に歩き出す事になった。
     ユークが逃げてきたのは森の西側からなのだが、ノエルがどこを目指すのか具体的には知らない。しかし、先程の話ではダンジョン群を目指すと言っていたからなんとなくの予想はついていた。
    「迷宮都市ミゴン・アルシペルを目指す。ここからだと東に半日くらい歩いた距離だ」
     予想通りの街の名前にユークは小さく頷く。
     迷宮都市ミゴン・アルシペルはその名の通りダンジョンを多く有する大きな街だ。大小合わせて50程のダンジョンが街の中やその近隣に存在し、それを攻略する為に集まってくる冒険者や観光客に向けた商売をして栄えている。街の中心にはこの国でも有数の大きなダンジョンが口を開いており、内部の一部は観光地化もされているのだという。
    「案外近いんですね」
    「この道自体、ミゴン・アルシペルと近隣の街との近道の為に整備された道だからな。尤も、使う奴は多くないが」
     二人がいる「黒の森」はミゴン・アルシペルの西側に存在している森で、街の西側半分程をこの「黒の森」が囲っている。比較的森の侵食の浅い南西側には迂回する街道もあるが、北西側に行くには森の中を通った方が早い。
     その為に整備されたのが二人が今歩いている石畳の街道だ。魔物避けに忌避剤が置かれていたり、魔物が嫌う素材で造られているが、それでも襲われる者も少なくはないというのだから、使う者が限られるのも当たり前だろう。
     しかしながら、二人の道行は順調だった。特に魔物の気配もなくのんびりと歩みを進めるのはユークにとって新鮮な事だ。こんな森でも獣も生息し、梢の間では小鳥が囀り、リスが忙しそうに走り回っている。
     場違いなほど長閑な光景に癒されながらしばらくのんびりと歩いていた時だった。
     隣を歩いていたノエルが不意にその歩みを止める。
    「……」
    「どうかしました?」
    「魔物だな。何か襲ってる」
     前方にの気配に集中しているのか、真紅の瞳は前をじっと見据えている。微かに降り注ぐ陽光の中、その真紅の中に金色の光が散る事に気が付いてユークは思わずじっと見入ってしまった。
     金の光はどうやら虹彩が光を反射して煌めいているようだ。
    「……近い」
    「ああ、すいません。綺麗だったのでつい」
     素直に言えばノエルは眉間に小さく皺を寄せ、ため息をつく。どうやら呆れられたらしいと苦笑して見せれば、ノエルはふいと前方に視線を戻す。
    「少し先で魔物が暴れてるが行けるか?」
    「大丈夫です。足は引っ張りませんよ」
    「ならいい。ゆっくり着いてこい」
     同時にノエルがとんと一歩を踏み出す。その一歩は軽かったが、まるで飛ぶ様に遥か前方へノエルの姿が移動してユークは一瞬呆気に取られた。
    「え? ええ?」
     驚いているうちにもノエルはあっという間に遠くへ行ってしまう。小さな後ろ姿を呆然と見ていたが、前方から微かに響いてきた魔物の吠え声に我に帰り、ユークもまた街道を東へと急いだ。
     
     ようやく追い付いた時には全ての事は終わっていたようだった。目の前には街道を外れて脱輪した馬車とその周辺に斬り倒された大きな魔物の遺骸がいくつも転がっていて濃い血の匂いが漂っている。
     ぜえぜえと息を切らしているユークがやっとノエルのもとに辿り着くと、彼はちょうど剣に着いた血を拭っている最中だった。
    「いくら何でも早過ぎません!?」
    「お前が遅いんだよ。それより、さっき錬金術が使えるって言ったよな。コイツ、診れるか?」
     緋い視線の先には地面に横たえられた男がいた。
     その右肩に大きな一対の丸い傷があり、仲間らしき男が必死で手当てしている。出血はそれ程多くないが、それよりも傷口の周辺の皮膚が青黒く変色していることにユークは眉を顰めた。
     すぐに男の傍らにしゃがみ、変色した皮膚に触れて傷を診る。
    「失礼、少し触りますよ。触れられてる感覚はありますか? 息苦しさは?」
     問い掛けるユークとそれに微かに首を動かして応える男の様子を眺めながらノエルは周辺を警戒していた。
     血の匂いで新手が来る可能性があるのだ。
    「……恐らく神経毒ですね。どれにやられました?」
    「蛇だ。そこの青いやつ。いきなり上から襲いかかって来たんだ。毒消しの薬が足りなくて……」
     手当てしていた男が指さしたのは胴の途中で真っ二つになっている青黒い鱗を持った巨大な蛇だった。自分の知識の中にある魔物の種類を思い出しながら空間魔法の施してあるポーチに手を入れて必要な物を取り出していく。
    「ノエル、あの蛇の名前は?」
    「キュアノエイディス」
     即座に返ってきた答えが自分の記憶と合致した事でユークはその蛇毒の種類と調合するべき薬剤の内容を考え始める。
    「なるほど、やはり神経毒を持つ種類ですね。神経麻痺、それから……ああ、創部の筋肉弛緩も始まってきましたね……。モタモタしていると呼吸困難が始まるかもしれません。蛇毒は獲物を仕留める為に即効性が非常に高いのが厄介です。手持ちの材料が足りないので応急処置しか出来ませんが……」
     話しながらもゴソゴソとポーチを漁り、必要な材料を全て取り出すと、そのうちの一つである小瓶を手に取り、ユークはノエルにそれを差し出した。
    「ノエル、この小瓶一杯に蛇の血を、それから牙を一本採ってきてください」
     小さく頷いたノエルが蛇の血を取りに行くのを待つ間にユークは調合の準備を済ませた。数種類の薬草を細かく千切り、錬成用に作られた特殊な丸いガラス器具の中へ。ガラス器具は掌に乗るくらいの丸い瓶で、取り外せる蓋が付いている。錬金術で薬などを作る時に使う器具だ。
     更に簡易魔法陣の描かれた羊皮紙を地面に広げて魔力を通し、錬成に必要な魔法陣を起動する。その間にも隣の男の容態は徐々に悪化してきており、顔色も悪くなってきた。
    「これでいいか?」
    「十分です。すぐに作りますからもう少しの辛抱ですよ」
     千切った薬草を入れたガラス瓶に蛇の血液と牙を入れると、ユークはしっかりと蓋をして起動している錬成陣の上に置く。陣の上にゆらりと浮き上がった器具は光を放ちながらくるくると高速回転し、中に入れた物を調合していった。
     しばしして光が収まると、器具はゆっくりと羊皮紙の上に降りてくる。中には微かに赤みがかった液体がゆらりとゆれていた。
    「『鑑定』」
     ユークが静かに唱えると孔雀青の瞳が柔らかく輝く。陽射しを吸い込んだ深く澄んだ泉のような色合いはそれだけで美しく、周りにいた者達は思わず息を飲んだ。
    「……んん、やはり材料不足で解毒作用は正規の血清には少々劣りますか。品質には問題無し。街までもう少しですよね?」
    「ああ。目と鼻の先だ」
     淡く瞳を光らせたままノエルを見上げ、ユークが訊ねる。その眼を綺麗だと思いながら答えれば、すぐに治療をしていた男の方へと向けられてしまった。自分以外にその眼を向ける事を少々惜しく思いながらノエルは周辺の警戒に意識を戻す。
    「大きな街なら治癒院もありますね。そこでの治療も前提になるんですが、投与してもいいでしょうか?」
    「少しでも可能性があるなら頼む」
    「わかりました。……しんどいと思いますが、これを飲んで」
     仲間の同意を取るとユークは飲み込みやすいよう男の頭を支えてやりながら薬のうちの半量を飲ませた。残りの半量はポーチから綺麗な布を取り出し、それに染み込ませて傷口とその周辺の皮膚を覆うように貼り付ける。
     その作業をしている間にも苦痛に歪んでいた男の顔が少しずつ穏やかになり、呼吸も安定してきた。
    「これで一先ず大丈夫だと思います。先程も言った通り、薬効が完全では無いので応急処置にしかなりませんが」
     ユークはそう言うが、ノエルから見れば治療は完璧のように見えた。
     キュアノエイディスは樹上でじっと獲物を待ち、下を獲物が通り掛かると襲い掛かってくる魔物だ。厄介なのはその攻撃の速さと毒の強さで、神速をもって頭上から獲物に噛み付き、毒で弱らせてから丸呑みにする。毒の廻りは早く、噛まれたらすぐに高ランクの毒消しを使うか血清を使用しないと手遅れになってしまう。
     ノエルの見立てでは負傷した男は噛まれた位置も悪かったのだろう、相当危険な状況だった。ユークが治療しなければ、あと数分で呼吸困難が始まってあっという間に死んでいただろうに、今は呼吸も安定して顔色もだいぶ良くなっている。
    「いや、助かったよ。ありがとう。ミゴン・アルシペルに行きゃ薬もあるが、それまで持ちそうになかったからな」
    「お役に立てて何よりです」
     治療した男の仲間が明るい声で礼を言うのを聞きながら、ユークは柔らかく笑んで見せる。普段の仕事ではどちらかと言えば前衛に出る事が多いのでこうして治療にお礼を言われるのはなんだか新鮮な事だった。
    「治療が終わったならすぐ離れるぞ。血の匂いで新手が来る」
    「死骸はこのままでいいんですか?」
    「焼くか森の奥に捨てるかした方がいいが、今は先を急ぐ。魔物の様子がおかしい」
     脱輪した馬車を立て直すのを見ながらノエルは周辺の気配を探る。
     普段から強い魔物の出る森ではあるが、街道には魔物が近付かないように魔物が嫌う素材を使い、また嫌う匂いを放つ忌避剤が撒かれている。それをもろともしない種類もいるが、そういった魔物は普段森の奥深くに潜み、街道沿いに出てくる事は滅多にない。
     斬り倒した魔物は皆普段であれば街道に撒かれた忌避剤を嫌って積極的には近付いて来ない筈の種類ばかりだった。何よりノエルが倒すより前に怪我を負っているものが殆どで、魔法による火傷や剣による傷が見受けられた。どこかの冒険者が仕留めきれずに逃がしたにしては数が多い。
     思い当たるのは昨夜の追っ手だ。森の中を闇雲に走ったのなら魔物に襲われもしたのだろう。手負いになった魔物が荒れ、普段寄り付かない街道まで出て来て馬車を襲ったのは容易に考えられる。
    「……もしかしなくても、私の所為ですね」
     察したらしいユークが深いため息を零すと、彼は魔物の死体に向かって指を指す。
    「焔よ」
     ぽつりと落ちた呟きと同時に魔物の死骸に蒼い炎が湧き上がり、あっという間にその死骸を覆い尽くした。
    「魔力は大丈夫なのか?」
    「ノエルがくれた薬のおかげでこれくらいなら平気です」
     心配してくれた事を嬉しく思いながら答えれば、ノエルの緋い瞳も柔らかくなる。微かに落ちる木漏れ日の中、先程見た時のようにノエルの緋い瞳に金色の輝きが混じっている事に気が付いた。持ち前の好奇心が首を擡げかけたが、ぐっと押し込める。大して親しくもない人間にいきなり眼を観察させてくれなんて言われたらどんな人でも嫌がるだろう。
     意識を逸らすように燃える魔物の方へと視線を向ける。ゆらゆらと揺らぎながら蒼炎は魔物の死骸を骨まで全て焼き尽くしていく。
     暫しして全ての痕跡を焼き尽くした炎が消えると、丁度仲間の男が駆け寄ってきた。
    「あんた達ミゴン・アルシペルに行くんだろ? 良かったら馬車に乗って行きなよ。良いよな、叔父貴!」
     男が振り返った先には商人風の男が馬車の御者席に乗り込んでいるところだった。どうやら戦闘の間は馬車の中に隠れていたらしい。
    「ええ。是非ご一緒してくださると心強いです」
     人好きのする笑みを浮かべて答える商人に、ユークはどうするべきかとノエルを見上げる。
    「本調子じゃねぇなら乗せてもらうか」
    「その方がありがたいですが……ノエルは嫌ではありませんか?」
    「別にいい。護衛任務で馬車に乗ることもあるしな」
     自分のせいで本意ではない事をさせるのは申し訳ないとお伺いを立てれば、ノエルはあっさり了承した。さっさと馬車の方へ歩き出すノエルの後を追いながらユークはちらりとすっかり消し炭になっている魔物の死骸を見遣る。
     どれ程の傷を負っていたのか死骸の状態ではわからなかったが、追っ手の者達がつけたのならば相当数の魔物と戦っているようだ。上司と昨夜ノエルを恫喝していた騎士のことはどうでもいいが、同行している騎士のうち一人は常識のある者だった。
     生きていればいいなと思いながらユークは歩みを早くしてノエルの背を追い掛けた。
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