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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    出奔魔術師の旅日記4

    出奔魔術師の旅日記4 4検問にて
     
     馬車での道程はユークにとって案外快適だった。
     荷台に荷物と他の人と一緒にぎゅうぎゅう詰めになって乗るのは初めてだが、新鮮で面白い。怪我をした男も随分回復し、その仲間の男も混じえて話を聞いていると二人は兄弟なのだという。
     怪我をしたのが弟で名をマルコ、手当てしていたのが兄でニーノ、更に御者をしている男が彼等の叔父でブルーノというらしい。兄弟は冒険者をしている傍ら、商人兼宿屋を営む叔父の仕事を手伝っているそうで、今日は隣街への行商の帰りだった。
    「ついてねぇよな。街道も再整備されて忌避剤も新しくなってから魔物の数も減ってたし、魔物避けも使ってたのにいきなり襲われてよ。ほんと、二人が通り掛かってくれて助かったぜ」
     しみじみと呟くマルコに、ニーノは何度も頷く。
    「本当に運が良かった。まさかキュアノエイディスが出るとは思ってなかったから毒消しも足りないし、魔物は興奮して何匹も襲ってくるしで本気で死ぬのを覚悟したぜ」
    「あ、はは……お役に立てたなら何よりです」
     魔物が暴れた遠因が自分だとは言えず、曖昧に笑って見せながらユークは視線をノエルに向ける。
     あの場に倒れていたのはそこそこ高ランクの魔物が四匹。多少の傷はあれど、致命傷は真っ二つにされていたことだろう。
     ユークがノエルを追い掛けるのに多少時間は掛かったが、そこまでの距離でもなかったので、戦闘はまさに瞬殺だったのだろう。彼の得物は長剣のようだが、戦う姿が見れなかったのは少々残念だった。
    「なんだ」
     視線に気がついたノエルが憮然とした声で問う。一見無愛想な男だが、魔物が人を襲う気配を察知して素早く助けに入った辺り、今朝方話していた趣味は人助けというのも事実なのかもしれない。
    「いえ、良い人だなと思っただけです」
    「……寝る」
     照れたのか、ぷいとそっぽを向くとノエルはそのまま目を閉じてさっさと寝る体勢に入ってしまった。腕を組み、荷にもたれて目を閉じたノエルを見ながらニーノの方がそろりとユークに身を寄せて耳打ちする。
    「……なあ、この兄ちゃんて『黒狗』って呼ばれてる奴か?」
     こそこそとニーノに尋ねられた名前に首を傾げる。彼の二つ名か何かだろうか? それにしては趣味が悪い、とユークは密かに眉を顰める。
     黒狗はダンジョン深部にのみ生息する魔物の一種だ。黒狗というのは通称であり、本来の名は黒妖狼という。
     その名の通り真っ黒な毛並みと真紅の瞳をした大きな狼型の魔物で、群れを作らず自分よりも大きかろうが強かろうがどんな相手にもたった一頭で立ち向かうという性質を持つ。そして、相手が強者であればある程に猛るのだと言われている。
     黒い髪と緋い瞳に黒衣という組み合わせも、その魔物の姿を彷彿とさせるのかもしれないが、それにしたって趣味が悪い。何度かユークも黒狗を相手にした事があるが、彼はそれよりももっとずっと気高いだろう。
     どちらかと言えば、神話に出てくる神狼アドルファスに似ていると思った。月女神の夫にして奸計により貶められてなお気高く振舞った地上の英雄。
     その方がノエルには相応しい。そんな事を考えながら笑みを作ってニーノを見る。
    「……さあ。私も彼とは出会ったばかりなので」
    「そっかー。いや、本物の黒狗だったらすごい奴に会ったって自慢出来たんだが」
    「そんなにすごい人なんですか? その黒狗って方は」
     話を逸らすようにニーノに訊ねてみれば、知らないのかと驚かれた。
     どうやら黒狗なる人物は冒険者としてはかなりの有名人らしい。いわく、黒衣を好むソロの冒険者で単身で数あるダンジョンを踏破し、どこかでダンジョンの氾濫があったと聞けば駆け付けてまるで嵐のように魔物を屠るのだという。更には容姿も良く、何かと噂に上がり易い人物だが、性格は悪くて無愛想だとか、あまりの強さに人外疑惑がかかっているとか。
    「噂が独り歩きして悪く言う奴も多いが、俺ゃこういう奴が好きだね。実力がなきゃ一人で冒険者なんて出来ねぇからな」
     興奮気味なマルコの言葉にニーノが何度も頷いている。
    「俺達ももっと腕が良きゃダンジョン踏破も目指すんだがなー」
    「バカ言うなよ、兄貴。たまにこうやって叔父貴の護衛するくらいが俺らの性に合ってるよ」
    「お二人は仲が良いんですね」
     二人のやり取りに思い出すのは兄の事だ。三つ上の兄はユークの事をとても可愛がってくれており、旅に出る度に様々な土産話を聞かせてくれた。この半年ほど会えていないが、元気でやっているだろうか。
    「ユークには兄弟はいないのかい?」
    「離れて暮らしている兄が一人います。お二人が羨ましいですよ。私もこうやって兄と旅がしてみたい」
     マルコに答えながら荷台に取り付けられた幌の合間から空を見上げる。街道沿いだけは部分的に枝葉が切り取られているらしくこの辺りは陽射しが射し込み、空がよく見えた。多分今もどこかの空の下で兄は探究の旅をしているのだろう。そう思いながら風に乱された濃い灰色の髪を耳に掛ける。
     気候も穏やかで今のところ魔物の気配も遠い。ノエルではないが、眠くなりそうだと思いながら未だ本調子ではない体で思う。
    「平和ですねー。魔物も近くにはいないみたいですし。あとどのくらいで着くんですか?」
    「もう少しだよ。あそこに大きな岩があるだろう。あの辺りでミゴン・アルシペルの市壁が見えてくる」
     ユークの問いにブルーノが答える。膝立ちになって前方を見れば、少し先に大きな岩が道沿いにあり、更にその先では森が途切れて終わっているようだった。
    「君はミゴン・アルシペルは初めてなのか」
    「ええ。大きな街だと聞いているので楽しみです」
    「宿が決まってないようだったらうちにおいで。甥っ子の命を助けてもらったんだ、サービスするよ」
    「ありがとうございます」
     気遣いをくすぐったく思いながら隣にいるノエルをちらりと見遣る。なんとなく聞いているような気がするので後でまた相談すればいいだろう。
     だんだん近付いて来る大岩を見ながら踊る胸を抑えきれなかった。兄や他の人から散々聞いていた迷宮都市がもう目の前にあるのだ。
    「ほら、ミゴン・アルシペルの外壁が見えてきたよ」
     ブルーノが手綱を持ったまま指さす方向にあったのは高く聳える堅牢な壁だった。距離がある為材質は分からないが、陽射しを浴びて柔らかな乳白色に輝きながら聳える姿は正に雄壮と言える。緩やかな曲線を描く巨大な市壁は都市を守る為にぐるりと街を囲っているらしい。
     周囲に魔力が湧き出す場所が多い所為か度々ダンジョンの氾濫に襲われ、その度に人々が身を守る為に長い時間を掛けて築き上げたのがこの壁だ。この辺りに点在するダンジョンの殆どは市壁外にあるらしいが、ノエルが潜るつもりなのもそういったダンジョンなのだろう。
    「すごい、こんなに立派な市壁は初めて見ました」
    「だろう! ミゴン・アルシペルの名物の一つだぜ。上がって市壁の上を歩くのも観光客には人気なんだ。上からなら街の中に口を開けてるダンジョンがよく見えるからな」
     ニーノが言う通り、遠目に見ても市壁の上に人影がいくつも見える。見張りの兵士もいるのだろうが、それにしては雑然と市壁の上を歩いているからニーノの言う観光客なのだろう。
    「ダンジョンに一般の人は入れないんですか?」
    「入れるものもあるが、それも大した深さまでは行けねぇよ。初級ダンジョンでも冒険者の護衛雇った上でせいぜい表層の2階くらいまでだな」
     マルコの話を聞きながらノエルと一緒にダンジョンに入る為には何かしら手段を講じなければならないらしいと思うが、この辺りはノエルに聞いた方が早いだろう。
    「ユークは観光客なのか? 黒の森に徒歩でいたからてっきり冒険者だと思ったぜ。まあ、こんだけ強い護衛がついてたらあの森くらい屁でもなさそうだが」
    「まあそんな所です。整備されたダンジョンがどんな所か見てみたかったので、あとで相談してみます」
     不思議そうなニーノに曖昧に笑って見せながら誤魔化す。整備されていないダンジョンなら腐るほど目にしてきたが、常に冒険者の手が入っているダンジョンにゆっくり入るのは初めてだ。
     初めて尽くしの旅はまだ始まったばかりで、街に着けばまた目新しい物が沢山あるのだろう。
    「……ご機嫌だな」
    「あ、起きましたか。もう着くみたいですよ」
     隣から聞こえた低い声にそちらを見遣れば、ノエルがじっとユークを見ていた。陽射しを浴びた緋い瞳に金色の筋が奔るのを見ながらやはり綺麗だとユークは目を細める。
     同時にこちらに手が伸ばされていつの間にか頬に落ちていた髪を耳に掛けられた。長い指が微かに触れていく感触が擽ったい。
    「あんまりはしゃぐなよ」
     ごく自然な動作で触れるノエルの手を受け入れながら、ユークは曖昧に笑う。行き過ぎた好奇心の強さは短所になりうるのだと自覚しているが、自覚があっても抑えられなければ意味はない。
    「何かしらやらかす気がするので先に謝っておきます。ごめんなさい」
    「抑える気はねぇのかよ……」
     呆れたように溜息を零すとノエルは重い灰色の髪をくしゃりと撫でる。ノエルが思ったよりも厄介な人物かもしれないと気を引き締めながら。
     
     市壁と森の間には草原が広がっていた。話を聞けば、ここも元々は黒の森の一端だったそうだが、開墾して今はこうして青々と草の茂る原になったのだという。
    「元々は農業用に開墾したらしいけど、土壌が良くなくて何にも育たなかったそうだよ。で、放置されて今の草原になった」
    「なるほど。森の魔素でも残っているんでしょうか」
    「詳しい事はわからんがね。この壁が完成するよりずっと昔の話だから」
     ブルーノと話しながらくるりと草原を見渡す。弱い小動物系の魔物の気配が何匹かして、街道から少し離れた所では幾人かの冒険者らしき者がその魔物相手に戦闘をしていた。
    「この草原はランクの低い冒険者連中の狩場なんだぜ。弱い魔物を狩ったり、薬草の採取なんかをしてランクを上げてダンジョンに挑むんだ」
     ニーノの説明を聞きながらノエルと一緒にダンジョンに入るには時間がかかりそうだと密かに落胆する。同時に自分に付き合わせていいのだろうかという葛藤も生まれた。例えランクを上げてもノエルの腕なら低ランクのダンジョンなんてつまらないだろう。
     されど、一緒に居られる時間は然程多くない。
     ユークに許された時間は有限なのだから。そっと後ろで緩く結った髪を留めている髪留めに触れる。
     ユークの行動を見ていたノエルはその髪留めに目をやった。金をベースに細かな細工が施され、真珠や小さな宝石が散りばめられている如何にも高価そうな代物だ。
     しかし、よくよく見てみれば一番中央の目立つ部分がぽっかりと空いていた。何かしら宝石か装飾品が嵌まっていたようだが、紛失しているらしい。
    「……外したらどうだ」
    「大切な物なので肌身離したくなくて」
     申し訳なさそうなユークの言葉と表情に、言い知れぬ感覚が湧き上がる。面白くないと思いながら指先で灰色の髪を弄び、気を引くように軽く引っぱるが、困ったような笑み返ってくるのがやっぱり面白くなくてノエルは髪から手を放した。
     大切な物だと言われて細い指先に愛しまれる髪飾りを疎ましいと思ってしまった。出逢ってまだ一日も経っていないというのに。
     不意に髪飾りに触れていたユークが大きく瞳を開くと意識をどこかに向けているように、何かに耳を澄ませるように目を閉ざしてしまった。時間にすれば僅か数十秒の出来事だが、再び瞼を開いたユークの表情が、先程から一転して沈んでしまう。
    「どうした?」
    「……いえ、何でもありません。それよりそろそろ検問に着きそうですよ」
     ノエルが声を掛けた事でパッと表情を変え、誤魔化すように笑む姿が面白くない。無意識のうちに右手の拳を握り締め、この言い知れない感情をやり過ごす。
     ユークのどこの誰なのか、ノエルは知らない。
     本当の名前すら。
     何かしらの事情があってあれ程疲弊するまで追われていたのは確かだ。本人が言うのを信じるなら貴族か何かに無理矢理結婚させられそうになった事が発端のようだが、誰か他に想い人でもいて逃げ出したのかもしれない。
     肌身離したくない程大切な物だと言った髪飾りがそいつからの贈り物だったとしたら。そこまで考えて思わず舌打ちしそうになり、思考を打ち切る。
     検問の列はもうすぐ目の前だ。今は思考を切り替えてまずはユークの事を観察する事にした。
     ユークの事を知る為にも、自分でもよくわからないこの感情の正体を知る為にも。重い灰色の髪の上で輝く金細工の髪飾りを睨むように見つめながら、ノエルは密かに決意する。
     獲物を追い詰めるのは狩りの醍醐味だ。仕留めるその時まで緊張感を緩めてはならない。
     風に灰色の髪を踊らせ、初めて見るものに孔雀青の瞳を輝かせる様を見ながら虎視眈々と狙いを定める。
     狼の狩りは長期戦なのだから。
     
     検問の列は然程長くはなかった。ブルーノが言うには黒の森側から抜ける者は少ないし、そもそも午前中は比較的空いているのだと言う。
    「検問を通るの初めてなんですが、なんて言えばいいんでしょう」
    「……観光とでも言っとけ。検問つっても形だけで指名手配犯でもない限りよっぽど止められる事なんてねぇよ」
     まさか多少なりともその指名手配犯になっている可能性があるとは言えなかった。一抹の不安を抱きながらも順番待ちの列に馬車が列び、程なくしてブルーノの馬車の番が来た。
    「よお、ブルーノか。また仕入れかい? 積荷はいつもの食材と商品に護衛二人、それから……そっちのお二人は見慣れないな」
     気さくに荷物の確認をしながらちらりと検問の兵士がユークとノエルに視線を向ける。
     若干緊張していれば、ノエルの手がそっとユークの背に触れた。微かに触れただけなのに、その感触だけで一気に不安感が散る。
    「森で魔物に襲われてたところを彼らに助けてもらったんだ」
    「え、大丈夫だったのか?」
    「マルコが毒蛇に噛まれた。治療はしてもらったんだが、一応治癒院に連れて行きたいんだ」
    「わかった。通っていいぞ。アンタらもようこそ、ミゴン・アルシペルへ。楽しんでいってくれ」
     そう言って憲兵に笑顔で見送って貰えたことにホッと胸を撫で下ろす。ここで止められたらノエル以外の人も巻き込む所だった。
    「……心配いらねぇよ」
     ぽつりと呟かれた言葉には色々な含みが混ざっている。不安に駆られていたユークを宥める為の声掛けでもあったが、同時に万が一に何かあった時にはノエルが対処するつもりだったのだろう。
     検問の間、それとなくいつでも剣が抜ける位置にあった手がそれを証明している。荒事にならなかった事にも安堵しながらノエルに声に出さず唇だけ動かしてありがとうと囁く。
     満足そうに頷くとノエルはユークの頬を指の甲で軽く撫でた。
    「貴方にとって不利益になる事までは頼んでませんよ?」
    「俺がやりたいだけだ」
     それにしては随分と行き過ぎて過保護な事だ。憲兵とやり合えば被る不都合の方が多いだろうに、それよりもユークを取るのだとこの男は言う。
     そこまでしてくれる理由がわからなくてユークは首を傾げる。さらりと視界に流れ落ちる濃い灰色の見慣れない髪を耳に掛け、思案した。
     冒険者というものがこういうものなのだろうか。自分の狭い見識だけではノエルの行動は理解出来ない。
    「……お二人にお聞きしたいんですけど、冒険者の方って依頼を受けたら命や名誉を賭けるものなんですか?」
    「んー、依頼内容にもよるんじゃねぇかな」
    「お貴族様からの依頼なんかならそういう事もあるかもな。でもまあ、基本は自分の命優先するよな」
     マルコとニーノの答えを聞きながらますますノエルの事が理解出来なくてユークは眉を寄せる。
    「ノエル、私貴族とかじゃありませんから行き過ぎた気遣いは無用です」
    「は?」
     見当違いの訴えに思わずノエルは間の抜けた声が出た。しかし、当の本人はいたって真面目なようで真剣な顔でノエルを見ている。
     そして、そんなやり取りを見ていた兄弟は呆気に取られ、二人を交互に見た。
    「はー……なんでそうなる!」
    「え、違うんで……いひゃいれふ」
     軽く頭痛を覚えながらユークの頬をつねれば、孔雀青の瞳を潤ませながら痛いと訴える。ぱっと手を離してやれば赤くなった頬をさすりながらユークが不服そうにノエルを睨んだ。
    「痛いじゃないですか」
    「お前がズレた事言うからだろうが」
     溜息をつきながらくしゃりと重い灰色の髪を撫ぜる。柔らかな髪は手触りが良く、ノエルの手に良く馴染んだ。
    「俺がやりたいと思ってやってるんだ。お前の身分も立場も関係ない」
     ぱちくりと瞬く孔雀青は言葉の意味が飲み込めていないらしい。
    「……?」
     困惑といった表情を浮かべ、おろおろするユークを見てニーノとマルコはそれぞれノエルの肩をぽんぽんと叩く。
    「ダメだ、コイツ全然わかってねぇよ」
    「頑張れよ、兄ちゃん」
     兄弟の応援がこの上なく腹立たしく、また虚しかった。
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