出奔魔術師の旅日記6 冒険者ギルド 6 冒険者ギルド
ダンジョンに入るには幾つかの取り決めがある。
数多の危険が待ち受けるダンジョンは出現する魔物の強さや仕掛け、深度によってそれぞれランク分けがされていた。それ故に誰でも入れるものでは無く、冒険者・勇者登録のある者、あるいはダンジョンの管理をしている者に必要な申請を提出し、承認された者である事が必須だ。
また、入る者達にダンジョンの難易度に相応しい力量がある事がまず前提条件で挙げられる。更には内部の構造も深さも出現する魔物の強さや仕掛けの難易度も個々での差が激しく、ダンジョンに同じものは一つとして存在していない。出没する魔物が共通していても、その強さや行動特性はそのダンジョンの環境に依存し、あるダンジョンでは個別行動している魔物が別のダンジョンでは群れを成しているなど変化が多い。
無理な侵入での死者を減らす為に導入されているのがダンジョンと冒険者のランクだ。個々のランクが釣り合わなければダンジョン入り口で弾かれる仕組みになっている。
あげれば他にも幾つかのルールがあるのだが、今二人の壁となっているのは先の二つの条件だ。
冒険者登録するのが1番手っ取り早いが、ランクが低ければ難易度の高いダンジョンに入る事は難しい。同行する冒険者のランクによって現在のランクよりも高い難易度に挑戦する事は可能だが、それも精々一つか二つ上に入れる程度の話で、結局本人のランクが上がらない事には高難易度に挑戦は出来ないのだ。
ユークが冒険者登録しており、既にある程度の実績があれば共に行動するのに問題ないが、恐らく冒険者としての登録はしていないだろうとノエルは思っていた。その証左として、知識として冒険者が何たるかは知っているが、その活動がどういったものなのか詳細は知らないようだ。
仕事で魔物退治に関わる事があるようだからどこかの国の宮廷魔術師か貴族が雇っている私兵か傭兵といった類だろうとノエルは踏んでいた。ふとした仕草や身のこなしが優雅で気品を感じさせる事も大きい。高貴な身分の者が冒険者登録出来ない訳ではないし、中には冒険者として高名な貴族もいるが、やはりその数は少ないものだ。
最短でランクを上げるにはどうするか考えながら歩いているとふとユークがいない事に気が付いた。慌てて足を止めて振り返れば、少し後方の露店の前にいるのを見つけて安堵する。何やら話し込んでいるようで商品を見せられてはあれこれ質問しているらしい。
「おい」
戻って声を掛けると驚いた顔でユークが振り返る。
「ああ、びっくりした。急に声掛けないでください」
いきなり居なくなって驚いたのはこちらの方だというのに、悪びれた様子もない姿にノエルは思わず溜息を零した。予想外の行動を取られては何かあった時に対応出来ないと懇々と説明し、渋々ながらユークも大人しく着いていく事を了承する。
これでいいだろうと油断して再び歩き出すが、ノエルはユークの好奇心を甘く見ていた。というよりも、見た目に騙されたと言ってもいい。理智的な雰囲気からは想像出来ないが、ユークは好奇心の塊であり、行動力の権化だった。
ふと気がつくと隣にいたはずのユークがいない。そして、振り返ると露天商だろうが行きずりの人間だろうがお構い無しに話しかけている。話しているだけならまだいいが、装備品に触らせてもらったり、商品の説明を聞いては熱心に質問したりとヒートアップしている事も度々あった。
最初のうちは多少付き合ってやったが、放っておけばいつまでも話し続けるから強制的に打ち切らせ、引っ張って進み、そしてまた立ち止まり……。そんな事を繰り返し、冒険者ギルドになかなか辿り着けずにいた。
「……首輪と紐を付けてやろうか」
「すいません、気になってつい」
立ち止まる回数が両手に達する頃、ノエルがついにキレた。猫の子のように首根っこを掴まれてはユークも平謝りするしかなかった。
「先に謝っておいたじゃないですか」
「ここまでとは思ってねぇよ。ちったぁ自制しろ」
何でも質問したい時期のガキだってここまで酷くない。そう断じられては大人しくするしかなかった。しかし、それでも自由に見て回れる事で疼き出した好奇心は止められず、視線だけは忙しく左右に動く。
そんな様子を見て折れたのはノエルの方だった。
「はー……ギルドで用事済ませたら好きなだけ見て回っていいから今だけ大人しくしてろ」
「いいんですか!?」
ノエルの提案に表情を輝かせたユークは一転して早く行きましょうとノエルの腕を引く。そのはしゃぎ様に早まったかもしれないと早くも後悔しながらノエルはとりあえず冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドはノホ・カウムの入口のほぼ正面にあった。石造りの強固な建物はまるで要塞のようにどっしりと構えており、ひっきり無しに冒険者と思しき武装した者が出入りしている。
「ここが冒険者ギルドですか?」
「ああ。冒険者については知ってるよな」
「大体は」
冒険者とはダンジョン攻略や魔物退治、時には一般人や貴族から出された依頼を受ける事で報酬を得る職業を指す。稼ぎのスタイルは人に寄りけりで、ニーノやブルーノのように別の仕事の傍ら冒険者をする者もいれば、ノエルのように冒険者のみで生計を立てている者もいる。中には冒険者として功績を立て、勇者認定を受ける為に討伐依頼を受け続ける者もいた。
勇者とは国が認めた冒険者で、厳しい認定試験を合格した者やダンジョンの氾濫時などに功績を立てた者が選ばれる、言うなれば国家公務員のようなものだ。勇者の仕事は主に高難易度ダンジョン攻略や高ランクの魔物退治が仕事の中心だが、装備や旅の資金には国から予算が出るし、国によっては儀式などに出席する機会があるなど華々しい職業で多くの者の憧れでもある。ユーク自身、仕事の中で冒険者と関わる事もあったが、最前線に立つのは高ランクのパーティーや勇者がほとんどだ。それに、討伐と普段の依頼では大きく差もあるのだろう。
広い世界を自由に旅する冒険者に憧れていたから、そんな冒険者達の本拠地とも言える場所に心躍るのを抑えられずにいたが、ふと先程よりも周囲の視線を集めている事に気が付く。厳密に言えば、隣にいるノエルに周囲の冒険者達の視線が向けられており、何やらコソコソと囁き合っているようだ。
「……さっさと行くぞ」
ノエルも気が付いているようで煩わしそうに言うとスタスタとギルドの扉を潜っていく。慌てて彼の後を追って中に入れば、そこはユークが入った事のないような空間が広がっていた。
「わあ、すごいですね」
板張りのフロアは広く、中は冒険者で賑わっていた。奥にはカウンターがいくつかあり、職員らしい者達がそれぞれ忙しそうに業務に当たっている。
中程の壁際には椅子やテーブルがいくつも置かれたスペースがあり、地図を広げて話し合っている者達や食事を摂っている者達もいた。カウンター横の壁に設られた掲示板のような場所には沢山の紙が貼り出してあり、冒険者達はそれを吟味しているようにも見える。
初めて見る景色にユークが忙しく視線を動かしている横ではノエルが冒険者達の注目を集めていた。
「おい、見ろよ」
「黒狗か?」
「マジか、初めて見るぜ」
「隣の奴は誰だ?」
ひそひそと囁き合う声は徐々にギルド内に広まっていき、あっという間に2人は注目を集める事になった。煩わしそうに小さく溜息を零すとノエルはそのまま奥のカウンターの方へと歩き出す。
さざめくような声には崇敬や畏怖、それから嫉妬や侮蔑が混じる。それらを聴きながらなんだか嫌な感じだなとユークは思う。ノエルと出会ってから一日も経っていないが、こんな風に陰口を叩かれるような男ではないのに、と。
隣を歩くノエルを視線だけでちらりと見上げる。彼は周りの事などどうでも良いようだ。気にしていないといった様子のノエルは迷う事なく左側のカウンターへと歩んでいく。
上に掲げられた案内板には「新規登録・パーティー登録等」と書かれている。どうやらここで冒険者登録とパーティー登録をするらしい。
他のカウンターの列よりも空いていたそこに2人が行くと、列ぼうとしていた者達がそそくさと道を空ける。一組パーティー申請をしている様子の五人組の後ろに列びながら周囲の声に耳を澄ませた。
反応から見てどうやらノエルはニーノが言っていた黒狗に間違いないようだ。ユークが兄から聞いていた単身でダンジョンを踏破すると言う噂を持つ冒険者も恐らく彼の事だろう。そんな無謀な事をする人が何人もいるとは思えないから。合縁奇縁なんていうが、世の中わからないものだ。
前のパーティーが申請を終えて振り返ると、ギョッとした様子で2人を見て、それから場所を開けてくれる。周囲の喧騒はノエルがパーティー申請の窓口に列んだ事で更に大きくなり、ユークの方にも注目が集まっていく。
「黒狗の奴、パーティー組むのか?」
「冒険者には見えねぇから付き添いとかじゃないのか」
「何者なんだ?」
「お次の方、どうぞー!」
ざわざわと徐々に大きくなる喧騒の中、場違いに明るい声が2人に掛かる。声の主は登録窓口のカウンターの中でニコニコしている赤毛の青年だった。癖毛が強いのかふわふわと跳ねる赤茶の髪と明るい表情に人懐こい大型犬のような印象を受ける。
「担当させて頂きます、ユディ・ナランハです。本日のご用件は何でしょうか」
2人がカウンターの前まで進むと、青年はハキハキとユディと名乗る。まだ若い様子で冒険者ギルドで働くのが楽しくて仕方がないと言った様子だ。
微笑ましく思っていれば、ノエルが一歩前に出る。
「パーティー申請を頼む」
「承知しました。まずは貴方のギルドカードを拝見します、ね……!?」
言われてノエルが差し出したのは掌に乗るくらいの金色の金属プレートだった。これがギルドカードかと呑気に思っているユークとは対照的に金色のカードに書かれた名前を見て、ユディは栗色の瞳を大きく見開く。
「ノ、ノノノノノールさん!?」
驚嘆と歓喜の入り混じった叫びに、ギルド内は騒然となる。それまで疑惑だった黒狗が本人だと知れた事もあるが、誰とも組まなかった黒狗がパーティー申請をしに来たのだ。
ギルド内は一気に騒然となり、背後から突き刺さる視線に予想外の注目っぷりだとユークは苦笑を零す。追っ手の目を引く為にも程々に注目されればいいと思っていたが、これは完全に予想外だった。とはいえ、今更どうしようもないのですぐに思考を切り替える。
「ノノノノノールって名前なんですか?」
「ちげーよ。なんでそうなる」
わざと茶化すように訊ねれば、ノエルの眉間に深い皺が刻まれる。ここでノエルとの関係をアピールしておくのは互いにとって悪い事ではないだろう。
ノエルがどう言った理由で誰とも組まないのかは分からないが、軽いやり取りを見れば関係の良さは周囲に知らしめられる筈だ。彼が金で動く人間ではないと思っているが、他人からそう思われるのはユークの本意ではない。彼が望んでユークと組んでいると知らしめる必要があったが、これは丁度良い機会だ。
「だって、今彼がそう言ったじゃないですか」
「騒ぎ過ぎなんだよ……」
「え、本当に!? 本当にあのノールさんですか?」
うんざりした様子に、どうやらギルドに行く度にこれと似たような事が起きているらしいと察するには余りあった。しかし、ノエルの様子とは裏腹に興奮した様子のユディはキラキラと栗色の瞳を輝かせてノエルを見上げている。どうやら、彼は黒狗とやらの信奉者らしい。
「やっぱり有名人でしたか」
「そこそこ知れてるんじゃねぇ?」
「さっきから散見する周りの反応がそこそこ有名って人に対する反応じゃないんですけど」
「鬱陶しいだけだ」
「なるほど、その余裕は本物ですね」
軽いやり取りに周囲もユディも呆気に取られていた。黒狗と言えば、性格が悪いだの冷酷無比だのという良くない噂も付き纏うが、数々のダンジョンに一人で挑み踏破し、冒険者としての腕は超一流、氾濫鎮圧でも数多の武勇伝を打ち立てている英雄である事に間違いはない。
誰か親しい者が居るという話すら聞いた事がなかったというのに、隣にいる細身の男はやけに親しげに話していた。だからこそ、周りの者はあれは誰だとユークに注目する。
申請にはパーティーメンバー全員の冒険者登録が必須だ。一体この男はどこの何奴なのか、ランクは何なのかと周囲は固唾を飲んでユークの動向を見た。
「パ、パーティー申請ですよね。ええと、そちらの方のギルドカードをお預かりしても……」
周囲からの注目と重圧に我に帰ったユディが登録をしようとユークの方へと向き直る。
「私は冒険者登録をしていないのでまずはそちらからお願いしてもいいですか?」
「え?」
ユークの口から飛び出した言葉に、場の空気が一瞬で凍った。黒狗がパーティーを組むというだけでも衝撃的だというのに、その相手は冒険者登録すらしていないというのだ。
「ええと、再登録とかではなく……」
「初めて冒険者登録します」
「はじめて」
「はい。初めてです」
「し、承知しました」
にこにこしながら半ば鸚鵡返しのやり取りをする相手にユディは呆気に取られるしかなかった。
憧れの冒険者の担当を出来た事は喜ばしいが、まさかこんな不測の事態で担当する事になるとは。動揺しながらもユディは慌てて引き出しから冒険者登録に必要な書類を取り出す。
ユークは椅子に腰を下ろして興味深そうにその様子を眺め、ノエルは一歩後ろで二人の事を見下ろしていた。周囲からの注目とノエルの視線に居心地の悪さを感じながらも、若いギルド職員は必死で己を奮い立たせて職務を全うするべく説明を始める。
「まずはこちらの紙に必要事項を書いて頂いてもよろしいですか」
「わかりました」
差し出されたペンを取り、ユークは用紙に視線を落とす。必要事項といっても内容は予想よりもずっと簡素なものだった。
登録名、年齢、使う得物、出身地といった当たり障りのないものばかりで、名前に至っては本名を書かなくても良いらしい。更には書きたくない部分は書かなくても良いと追加で説明されてユークは驚いた。
とりあえず、と名前以外の欄をすらすらと埋めていくユークのペンの動きをノエルはじっと見ていた。丁寧に綴られる美しい文字を目で追いながらノエルは一字も見逃すまいと思っていた。
どこまで本当の事を書くのか分からないが、少しでも情報が得られるのならば逃したくない。
年齢22、使う得物の欄には魔法と錬金術、とここまでは出逢ってから話しているうちに聞いたが、新たな情報として出身地の欄には魔術師の国として名高いツァン・イシェルの名が書かれた。
魔術市国ツァン・イシェルは今いるロシュレーウ王国から南東に存在する国でその領土は大規模な街程度しかないが、この世界における魔術の最高峰だ。絶対中立を貫き、ダンジョンの氾濫時になどその力を振るう以外は魔術や魔道具の研究に没頭する者が暮らす国なのだという。
これまでのユークの様子からこの情報は嘘ではないとノエルは判断した。南東の出身と言っていたし、魔術に秀で、高ランクの魔物に対しても臆した様子もなく、その知識も豊富だ。
ツァン・イシェルの魔術師ならばダンジョン氾濫の現場に駆り出されていてもおかしくはないだろう。参加した鎮圧の場に、ツァン・イシェルから派遣された魔術師達がいた事も多かったから、ユークも同じように参加していた可能性が高い。
「名前は本名じゃないとダメですか?」
「お好きな名前で大丈夫です。ギルドに申請して頂ければ変更は可能ですが、色々手続きが必要になりますよ」
最後に残した名前の部分に対する質問に、ノエルは内心舌打ちする。ユークが偽名なのは分かっていたが、本当の名前はここでもわかりそうもない。
名を呼ばないのは、違和感が拭えないからだ。口にする度に違和感が残り、胸がモヤモヤする。
もっと相応しい名前があるのだろう。その名を知りたいが、今のノエルにはまだ赦されていない。
内心で舌打ちするノエルに気が付きもしないであろうユークはのんびりと名前の欄に今の名前を書き込んでいた。
「はい、出来ました。案外簡素な内容なんですね。名前も本名ではありませんが、防犯上問題はないのですか?」
「文字だけならいくらでも情報は誤魔化せますし、字が書けない方もざらにいますから。こちらの情報は緊急の際にギルド側が個々の能力を把握して適切に人員を割り振るために使ったりします。あとは、この水晶に個人情報の一環として魔力を登録するのと……犯罪歴の確認には此方を使うので問題はありません」
ユディが取り出したのコインほどの小さな水晶玉と天秤だった。天秤は真鍮製で片方の皿には掌大の赤い宝石が載せられている。
「魔力登録用の水晶と、犯罪歴の有無を調べる魔道具『審議の天秤』です。まずはこちらの水晶に魔力を流し込んでください」
そう言ってユディは滑らかな紺色の布が敷かれたトレイに魔力登録用の水晶を乗せてユークに差し出した。
指先で摘める程の水晶は内包物があるのか照明を受けて微かに虹色の煌めきを纏う。
「これはどれくらい魔力を込めればいいですか?」
「少しで大丈夫ですよ。魔力の特徴を登録出来れば問題ありません」
魔力は一人一人特徴が違う。誰一人として同じ者がいない事から個人認証に使われる事があるのは知っていたが、実際に目にするのは初めてだ。
壊してしまわないかと少々不安を抱き、質問をしてから水晶を手に取って言われた通りに少しだけ魔力を込められるよう集中する。恐る恐る魔力を注ぎ始めるが、ほんの少し入れた所で水晶が明るく輝き、ユディがもういいですよと声を掛けてきた。
「本当に少しでいいんですね」
「魔力が少ない方もいらっしゃいますからね。さて、次はこの水晶で貴方の犯罪歴を量ります。こちらの皿に乗せて天秤が吊りあえば問題なく登録可能ですが、万が一貴方の水晶側に傾いてしまった場合は犯罪歴を調べ、場合によっては登録をお断りさせて頂く事になります」
「なるほど。どちらも便利な魔道具ですね」
「犯罪歴の有無の確認しか出来ないのが難点ですけどね」
トレイに水晶を乗せてユディに返せば、彼は話しながらも天秤の用意を終えた。トレイにあるユークの水晶を手に取ると、そっと空いている皿の方へと乗せる。
天秤の腕は水晶を乗せた事でぐらつくが、すぐに平行に戻り、水晶と赤い宝石が釣り合った。
「犯罪歴にも問題はありません。登録させて頂きますね。カードを発行するので少々お待ちください」
「ああ、そういえば認識阻害の眼鏡を使用しているんですが……」
「登録に問題ありませんよ。一応、お顔を拝見させて頂いても?」
立ち上がりかけたユディは再び座り、そんな彼にユークは少し顔を近付けて眼鏡を外して見せた。ユークの素顔を目にした途端にユディと二人のやりとりを窺っていたカウンター内のギルド職員は思わず息を呑む。
それまで平凡で曖昧な印象しか受けなかったのに、眼鏡を外して現れたのはこれまで目にした事がないような絶佳だった。
「……確かに、着けておいた方がトラブルは無いと思います。では、手続きに入らせて頂きますね」
「お願いします」
顔が熱くなるのを感じながら何とか返し、ユディは水晶をトレイに戻して逃げるように席を立つ。
一方のユークは内心でホッとしながら再び眼鏡を掛け直し、カウンターの奥へと向かうユディを見送った。同時に後頭部をくしゃりと撫でられて驚いて見上げれば、ノエルがユークを見ている。
「引っ掛かる奴なんていねぇよ」
「罪を量るーなんて言われたら心当たりはなくてもやっぱり緊張するじゃないですか」
「殺人や強盗、その他凶悪犯罪に手を染めてなきゃ大丈夫だ」
「そういうものですか。割と緩いんですね」
「後で説明があると思うが、ギルドカードにはある程度個人の行動を記録する機能がある。悪い事すりゃそのうち暴露る」
「便利ですねぇ」
ノエルの話を聞いて感嘆しているうちにユディが再びトレイを手に戻ってきた。座り直しながら彼を待てば、お待たせ致しましたと柔らかに声をかけてユディが席に戻る。
「こちらがユークさんのギルドカードになります」
差し出されたトレイの上には先程見たノエルの物とは違い、くすんだ鈍い銀色のカードが乗っている。
カードにはユークの名前と見習いと刻まれていた。細やかな装飾の一部には魔石が埋め込まれているようで、照明を受けてちらちらと反射する。
「見習いからのスタートになります。ランクは上からSABCD見習いの六段階になっていて、ギルドに貼り出された依頼をこなしたり、ダンジョン攻略や魔物の討伐で功績を稼ぐ事で上げる事が可能です。高ければ高いほど高難易度のダンジョンに入れるようになったり、難しい依頼を受けられるようになるので是非頑張ってあげてみてください」
カードを作っているうちに冷静さを取り戻した様子のユディがすらすらと説明するのを聞きながらユークはカードを手に取った。薄い金属のプレートは微かな魔力を纏う魔道具で先程ノエルが言っていた事が事実なのだろうと察せられる。
「功績と言いますが、申請を誤魔化す方はいないんですか?」
「ギルドカードにはいくつか魔石が埋め込まれていて記録機能があります。魔物の討伐数やどこに行ったかという行動歴程度ですが、それでも犯罪を犯したり、討伐数を誤魔化してもギルド職員がカードの記録を閲覧すれば1発で暴露るので注意してくださいね。それに見栄を張って誤魔化してランクを上げても痛い目を見るだけですから」
「確かに。実力に不釣り合いな事をしても自滅するだけですね」
ユークの仕事は命懸けの事が多い。一緒に戦った冒険者の中には時折場に不釣り合いな者がいたが、そういった者達なのかもしれない。
それよりも、と掌の中で鈍く銀色に輝くカードを目にしながら、念願だった冒険者になる事が出来た感慨を噛み締める。
これが短い間だが、ユークがノエルと共に自由を謳歌する為の第一歩だった。