とあるロマンス作家の衝撃とあるロマンス作家の衝撃
ミゴン・アルシペルに着いた私は先に到着していた編集者であるヤーナ・ツヴェートと現地で落ち合った。
彼女は有能な編集者で、私にノール様についての一報を寄越した同志でもある。
「ノール様は不死鳥亭に泊まっているようです。冒険者が泊まるには少々高いところですね。その分、宿のクオリティーは抜群、食事も部屋もいいですし、何よりセキュリティが効いています」
「ノール様がいつも泊まるような場所ではないですよね…。という事はやはり相手は高貴な身分の人…?」
誰ともパーティーを組まない孤高の冒険者。これまでどれほど金を積まれても誰ともつるむ事がなかったというのに。
そんなノール様が組んだというのは一体何者なのだろうか。
私達はノール様と同じ宿に宿泊する事にして相手を観察する事にした。ついでにノール様を間近でみられるのは眼福だと思う。
そして、張り込みをしてすぐ、私達はノール様がパーティーを組んだという人を目の当たりにした。
凡庸というか、何度見ても印象がぼんやりしている。どこにでもいる有象無象。擦れ違っても全く意識も向けないであろう地味な人。着ている服を見てやっとその人だとわかるような、そんな人。
ノール様は何故あんなつまらない人と組んでいるのだろうか。心底疑問に思う。
せめて相手が美形だったらまだ許せたのに。
張り込みを続けて2日目の朝。そんな理不尽かつ自分勝手な怒りに任せながら朝食を食べている時だった。
不意に正面で食事をしていたヤーナが動きを止めて、手にしていたフォークを取り落とす。
皿にぶつかってカチャンと音を立てたカトラリーに彼女の方へと視線を向ければ、食堂の奥……客室へと続く階段がある方を見たまま呆然と固まっていた。
一体何事かと振り返れば、そこには衝撃の光景が待ち構えていた。
コツコツと静かな足音と共に食堂の奥から歩いてきたのはまるで伝説のエルフのような美しい人だ。
重い灰色の髪に輝く宝石のような孔雀青の瞳。
顔立ちは中性的だが、これまで見た事がない程美しい。すらりとした体躯はしなやかで身のこなしは優美そのもの。
美の女神の降臨、と言われたら納得してしまいそうだった。
その人はゆっくりと食堂を歩き、真っ直ぐにノール様のテーブルへと向かう。あまりの美しさに圧倒されていたが、良く見れば着ている衣服も彼を彩る色もノール様のツレと一緒だ。
いつもの違う事といえば、眼鏡をしていないことだろうか。
「眼鏡はどうした」
私の心を代弁するように優しくノール様が相手に訊ねる。その声は甘く優しく、まるで恋人に掛けるような声音だ。
それだけでも心臓に悪い。
「少し耳が痛くて。やはり掛け慣れていないとだめですね」
それに対して苦笑混じりに美しい人が答え、ノール様の向かいに座った。席に座る仕草すら、洗練されていてまるで貴族のようだ。やはり高貴な身分の人なのだろうか。
しかし、この国でも1、2を争う商会の娘として、また公爵令嬢の親友としてそれなりに社交の場に顔を出しているが、その場所でも貴族の噂話でもこんな美しい人がいるなんて聞いた事がなかった。
「大丈夫か?」
思わずユークという男に目を奪われていると、ノール様がその大きな手でゆっくりとユークの頬と耳の辺りに触れる。壊れ物を扱うようなその優しい触れ方に、心臓が馬鹿みたいに高鳴り、呼吸も思わず荒くなってきた。
なんて素晴らしい光景か!!
「先生、落ち着いてください」
「わ、わかってるけど……!」
嗜めるようなヤーナの声に深呼吸をする。
そもそも目の前に推しがいて、その推しがついぞ見た事がないような甘い顔をしてそれはそれは美しい人を愛でているのだ。興奮するなという方が酷だと思う。
美形と美形のやりとりはそれだけで絵になり、私のような人間の妄想活力になる。
触れられたユークはくすぐったそうにしながらも、「大した事ないですよ」とノール様の手を受け入れていた。
くそう、ラブラブか。朝からなんてものを見せつけてくださるというのか本当にありがとうございます。
「変な奴に目をつけられない様気をつけろよ」
「ノエルは本当に過保護ですね」
くすくすと可愛らしい笑みを零しながら揶揄うユークとは裏腹にノール様は不服そうに眉間に皺を寄せる。
「……嫌ならやめる」
「嫌ではないですよ。ただ少し、気恥ずかしいだけで」
柔らかく微笑みながらノール様の手に頬を擦り寄せる姿は甘やかで麗しい。まるで恋人のようなやり取りを眺めながら私は大きく溜息をついた。
なんて素晴らしい光景だろうか。大事な事だから二回言ってみた。
目の前に広がっているのはまさに私の理想とするものだ。これが私が描きたかったもの!
たった独り人のために戦う孤高の冒険者が、ただ一人心を開き慈しむ美しい人。
こんな素晴らしいものを見せて頂けるなんて創造神である女神様に感謝をしなければ!! なんて私が昂っているうちに彼らはそのまま運ばれてきた朝食を摂り始めた。
今日出掛けるダンジョンの話をしながら二人とも綺麗な所作で食事をするものだから、ここが宿屋なことを忘れそうだ。
ユークは姿勢も食べ方も美しく、本当に貴族なのではないか? と疑念が強くなる一方で、ノール様も大きな口で食べているにも関わらず食べる仕草が綺麗でその差にまた萌える。
穏やかな朝食風景に似つかわしくない動悸と共に、私の新たな作家人生の幕が開けた瞬間だった。