ガレット 客室でリテイナーの所持品やミラージュドレッサー内の整頓をしていると、珍しく扉をノックされた。誰だろうと首を傾げたルガディンが扉を開けるとやっほー、と見慣れたヴィエラが片手を上げる。何事だと困惑している間に客室内へ侵入し、ベッドに腰を下ろした彼女がにんまりと微笑む。
「お腹空かない?」
その問いかけに時計に目をやると、とうに昼を過ぎていた事に気付いた。
どこか行きたい店でも?と尋ねてきたルガディンに、わかってないと言わんばかりに彼女がゆるゆると頭を振る。ベッドの上で彼女が足を揺らしながら今すぐ何か食べたいぐらいお腹が空いてるんだよね、と唇を尖らせた。
「クランペットとかで良ければあるが」
自身の鞄を探るルガディンに肩を落としながら溜息を吐かれた。出来立てのが美味しいじゃん、と呟くヴィエラに嫌な予感がして、鞄を探る手が止まる。同意した場合と詳細を尋ねた場合の展開の予想が薄々つくが、気付かないふりをして鞄の中からハイクオリティ品のクランペットを取り出そうとした。
「……調理師のレベル、今どんだけだっけ?」
いつの間にか近付いてきていたヴィエラがその腕を掴んで静かに制し、魅力的な笑みをたたえ首を傾げてきた。
そういうわけで手料理を振る舞う羽目になったルガディンが溜息を吐きながら調理師の装備を身に付ける。
「……ちなみにどういうものが御所望なんだ?」
どういうもの、と繰り返したヴィエラに肉とか甘いものとかがっつり系とかあるだろう、と彼は製作手帳を捲りながら続けて尋ねた。材料と腕前に応じたものしか作れないが、と開かれた手帳のページにはレシピやそれに必要な食材が記載されていた。見たことのない項目を楽しそうに眺めながら彼女が口を開く。
「カフェっぽいのとか?」
カフェっぽいの。無茶振りにも程があるだろうとルガディンは顔をしかめるが、ヴィエラは期待に満ちた目で見つめ返してくる。鞄の中の食材を眺め、顎に手を添え少し考え込んでいた彼が首をかすかに傾げてから数回頷いた。
フライパンで細かく刻んだ肉をフラントーヨオイルで加熱している間に、ボウルに鶏卵を割り入れ小麦粉を振るいながら加えたものに牛乳を注ぎ緩めの生地を作る。火が通った肉をフライパンから取り出し、少しのバターを落として溶かし広げたところに先程の生地をレードル一杯程度流し入れ、広げていく。肉の脂が混じった生地の焼き上がる香ばしい匂いが室内に広がり、ヴィエラが身を乗り出す。
「クレープ?」
「そんな大層なものじゃない」
首を傾げた彼女に楽しそうに笑ってルガディンが返した。
火が通ってきた生地の周囲が乾いてきたのに合わせて先程焼いた肉と薄切りにしたチーズを乗せて少し加熱してから、その中央に卵を落とし、塩を振る。白身に火が通っていくのを確認し、生地の四隅を畳んで皿に滑らせるように移した。
「ガレットだ」
そう言いながらヴィエラが受け取った皿にブラックペッパーを散らす。蕎麦粉もなければレシピもないから味の保証はしかねるが、と言いながら食器を差し出してくる。丁寧に切り分けた半熟の黄身が絡んだ生地を口に含み微笑んだ彼女に、口に合ったなら良かった、とルガディンが苦笑した。
「美味しかった〜!」
ご馳走様!と空になった皿を受け取りお粗末様でしたと返し、いつもの格好に戻った彼がお茶をテーブルに載せてヴィエラの方に差し出してくる。
「これはレシピに倣って淹れたから不味くはないはず」
多分。と付け足しながら自身の分のお茶を飲む彼についヴィエラの頬が緩んだ。
ねぇ、とカップに手を伸ばしながら彼女が尋ねてくる。
「カフェっぽいのって、他にどんなイメージがあったの?」
聞かれると思った、と言いたげな表情を一瞬だけ浮かべた彼が頭を掻きつつ返す。
「エッグベネディクトとか、パスタとかサンドイッチ程度の認識しかないな」
喫茶店も混じってるじゃん、と楽しそうに揶揄してくる彼女に苦笑した。これは勉強しないといけませんなぁ、と胡散臭い口調でヴィエラが両手で持ったカップをテーブルに置く。
「今度おすすめのカフェ、連れてってあげるね」
手料理のお礼に、と笑った彼女にルガディンも笑って応えた。