飲み会「なんかこう、いい飲み物とかないかな……」
制作手帳と睨み合いながら呟いたヴィエラにルガディンは首を傾げた。明日の手土産、と唇を尖らせ制作手帳を捲る彼女にあぁ、と納得して、チャイを作る手を止める。彼女の隣で自身も手帳を捲り、一緒に頭を捻った。
「やっぱお酒が喜ばれると思ったけど……」
「作れるものに酒はないかな……」
「ないかぁ〜」
しまったぁ、と彼女が溜息を吐いた。ドワーフのエール、ワインポートの良質なワインなども悪くはないだろうが、店への手土産に持っていくために用立ててもらうには些か時間が足りない。自身の気の利かなさにうんざりしながらページを捲った彼が、お、と小さく呟いた。それを聞き逃さなかった彼女が何何?と彼の手元を覗き込む。
「……これ、とか」
彼の指先が示した先には今からでも制作しやすく保管も効き、持ち運びも容易なソーセージだった。うんうん、と材料を確認した彼女が目を輝かせてこちらを見つめてくる。
「いいじゃん!!」
じゃああと足りない材料買って、明日までに一杯作っとく!とやる気に満ちた彼女に頬が緩む。彼女が用意してくれた装備や制作方法ででようやく納品ができるレベルに仕上げられる自分の不器用さで喜んでもらえる手土産か、と考え込んだ。名案は浮かばず彼は静かに肩を落とした。
招かれたカウンター席にヴィエラと並んでルガディンは腰を下ろす。来店後に渡されたエールのジョッキを翳し、乾杯、と小さく呟くと隣の彼女もかんぱーい!と彼に倣った。カウンターの中で調理中のエレゼンがその様子を微笑ましげに眺めていた。店内の大半をルガディンが占めており、楽しそうな喧騒が耳に届く。部屋の角では眼光鋭い商人風のルガディンが、物腰柔らかな前髪を伸ばしたルガディンの仕事の話を興味深そうに聞いていた。また別の一角ではわいわいとボトルワインや料理を堪能しながらそれぞれの近況報告に花を咲かせていた。
「料理や酒の注文は気軽に声をかけてくれ」
配膳を終え、カウンター内に戻ってきたウェイターのルガディンが二人に声をかける。その横で私が作りますので、と胸元に手を添えたエレゼンが微笑みかけてきた。エレゼンの料理なども気になるところだが、もう少しこの楽しげな雰囲気とエールを堪能してからにしようと彼はジョッキを傾けた。
お待たせ、と目の前に出来立ての賢人バーガーが差し出された。一度目を瞬かせたルガディンは視線を上げ、ウェイターのルガディンに会釈して礼を述べる。隣で美味しそ〜!と弾んだ声のヴィエラに皿を差し出すと、半分こしよ!とつき返される。二人の掛け合いを見て、そうだと思ったと微笑んで頷くウェイターのルガディンが注文の入ったワインをトレーに載せ、テーブルに向かう。苦笑しているとカウンター越しに分けましょうか、と尋ねて来られた。頷いて答えると、エレゼンが皿を受け取り、慣れた手つきで賢人バーガーを4等分してくれる。
「冷めないうちに、どうぞ」
二人の間に差し出された皿を受け取り、均等に分けられた賢人バーガーに手を伸ばした。ルガディンには小さく、ヴィエラには少し大きい一切れを二人並んで頬張る。ふんわりと柔らかなバンズとジューシーなパティ、栄養バランスを考慮して挟まれた新鮮な野菜の風味が層を成して口内に広がった。美味いな、と噛み締めている彼の横で、美味しい!と彼女は声を上げた。お口に合えば幸いです、とカウンターの中で作り手のエレゼンが微笑む。その横でジャックの料理は絶品だからな、とウェイターのルガディンが頷いていた。も一個食べる〜、と残りの一切れに手を伸ばした彼女が、最初の半分しか食べていない彼に気付く。足りる?こっちも食べる?と首を傾げた彼女に咀嚼しながら首を振って応えた。自分だけ先に食べ終わるのも勿体無い気がして、いつもよりゆっくり丁寧に味わっているとわざわざ言葉にするのも憚られる。言い訳を考えながら嚥下して、たまにはいいだろう、とお茶を濁した彼は残りを口に放り込んだ。
「エールのおかわりはこっちのサーバーからセルフで、他の酒や料理の注文はこちらに頼む!」
ちらほらと店内の客の入りも落ち着いてきた頃、ウェイターのルガディンが良く通る聞き取りやすい声を張り上げた。そろそろグラスが空になりそうな絶妙なタイミングで、流石だなと思う。
「エール以外は何があるの?」
「ワインとフェアリーアップルのシードルをご用意しています」
どこかのテーブルから飛んできた質問に、柔和に微笑みエレゼンが答えた。口々に注文を行う客をウェイターのルガディンがスマートに捌き、エレゼンに伝えるのを眺め、ルガディンはジョッキに視線を落とす。地元であるグリダニアではよく甘い果実酒を呑んでいたのもあり、ちびちび楽しんでいたエールは1/3程残っていた。大量の注文を捌くウェイターへの申し訳なさもありまだ大丈夫かな、などと思う。と、隣のヴィエラがシードル……!と目を輝かせているのに気付いた。
「ねぇ、一緒に頼んでよ〜」
カズも呑むでしょ?と言わんばかりに頼まれ、苦笑しながら注文する事にした。
エレゼンの美味い手料理を堪能し、程良く酒も回って来たのか店内の賑やかさが増していた。部屋の隅でイチャついていたロスガルが服を脱ぎ出しそうになり、ウェイターのルガディンに休憩室になっているらしい地下に誘導されて行く。カウンター越しにロスガルの後に続いていったパートナーらしきルガディンの背中を見送った。アルコールは自制心を麻痺させるとは聞いたことがあるが、自分も気を付けないとな、と賢人バーガーと共に配膳されたミネラルウォーターを口に含む。そんな彼の横でヴィエラは巨大なパフェと格闘していた。真剣な顔で綺麗にグラスから回収した生クリームをほらあーん、と彼に差し出してくる。人目を気にしながら彼女に応じ、口内に広がる風味に頬が緩む。
「嫌いじゃないけど、量食べれないからねぇ」
そんな生クリームを彼に任せようやくフルーツに辿り着き、おいしい、と彼女も頬を緩めた。公衆の面前で、と思ってしまった矢先、カウンターの中では2人の親密さが伝わってくる程の距離感でルガディンとエレゼンが料理について話していた。他にも店内では仕事で来られなかったパートナーにトームストーンで現状を報告している人もいれば、エール片手にテーブルを回り気さくに声をかけている人々もいた。ここの居心地の良さの理由がわかった気がして、彼は目を細めた。
「媚薬いる?無認可だけど」
店内でミコッテが放った一言で店内の喧騒が一瞬途切れた。各々内心ひっかかる部分はあったようだが、また酒や食事、談笑に戻っていく。半ば呆れたような声色でウェイターのルガディンが許可した辺り、ミコッテの錬金術はそれなりの実績を伴ったものなのだろう。興味津々、といった様子で誰よりも早く手を挙げたルガディンが、隣でほろ酔い気味のルガディンのグラスにそっと受け取った媚薬を混ぜていた。その様子を大丈夫なんだろうかと心配していたが、ふと隣のヴィエラも同じように目を輝かせていたので小さく溜息が漏れる。
「あの子、面白いねぇ」
ミコッテの事だろう。遠慮なく全力でエールやこの場の空気を堪能し楽しんでいるミコッテの様子に、確かにと彼も頷いた。件のミコッテは同席についていたルガディンが協力してくれたらなぁ、とぼやいており、つい苦笑してしまう。同席のルガディンやエレゼンも巻き込んで毎日何かしら楽しく過ごしているのが想像できて、彼女と目を合わせて笑ってしまった。
店内に小麦とバターが焼ける香りが漂った。最も強く香るカウンター内からエレゼンがパンケーキ焼けたけどいる人?と歌うように声をかけてくる。店内がパンケーキ、とざわめき出した。いち早く手を挙げた席にパンケーキが運ばれていく。背後のテーブルだったようで、そちらへ向かうウェイターの後を追うようにふわりとバターの香りが残った。確か男性四人がけだったか、と座っていた面々を思い出していると、背後から歓声が上がる。皆好きだよな、と苦笑していると、隣で呟くヴィエラがパンケーキいいなぁ、と呟いた。彼女に頷きながら、次々追加で入るパンケーキの注文に続こうかな、などと考えた。
できたよ、と温かな湯気を纏ったシュクシャカが目の前のカウンターに載せられる。出来立ての皿をエレゼンから受け取ったウェイターのルガディンが注文先のテーブルへと運んでいくのを見送りつつ、ルガディンはジョッキを傾けた。料理名を反復しながら、どんなものだったかと思いを馳せていると、隣のヴィエラも同じように首を傾げていた。
「シャカシャカ美味いな」
注文先は背後のテーブルだったようで、複数の男性の歓声に混じって感想が耳に届いた。シャカシャカ。聞き間違いだろうかと隣の彼女に視線を向けると、また同じような表情で見つめ返される。件のテーブルに座っているであろう精悍な顔の男性達が無邪気にシャカシャカと呼んで堪能している様子が脳裏をよぎる。微笑ましさに二人で顔を見合わせたまま、ふふ、と笑ってしまった。
「これ、良かったら皆さんで」
ヴィエラが懐から出したソーセージをありがたい、とウェイターのルガディンは受け取った。すかさず店内を振り返り、ウェイターは息を吸い込む。
「ソーセージの差し入れだ。欲しい人?」
声を張り上げ店内に尋ねると、次々手が挙がった。一人一人にしるこ作だ、と説明を添えながら挙手している客にソーセージを配る背中を眺め、彼女へ視線を向ける。よかったぁ、と肩の力を抜いた彼女が安心したように笑いかけてきた。
「渡せた!」
見てた、と言わんばかりに微笑んで頷くと、ふふー!と満足気に更に頬を緩められた。先程まで誰に渡したらいいかなぁ?と不安そうだったのが嘘みたいで、つい笑ってしまう。受け取ったソーセージを早速頬張りエールを煽り、旨い!!と感想を述べた客の一人に彼女がまた破顔する。せっかくなら一本貰っておいた方が良かったかもなと思いつつ、美味いだろうといつでも彼女の手料理を堪能できる優越感に浸りジョッキを傾けた。