赤児🐇無題
「赤ちゃん、できるかなぁ」
ルガディンの腕の中、一糸纏わぬ姿でシーツに包まっているヴィエラが小さく呟いた。かつて迷子を見つけたものの声をかけただけで泣かれてしまった彼の代わりに、ミコッテと一緒に対応していた時の彼女が頭をよぎる。子供苦手なんだよねぇ、と苦笑していた彼女から聞こえた予想外すぎる発言にそっと自身の頬を抓った。彼の動きに何してんの?と背後を覗き込もうとする彼女に、頬の痛みや痕を気取られないよう何でもない、と返す。
「欲しいのか?」
異種族間での着床率は把握していないが、ヴィエラ族については彼女から多少聞き齧った程度は知っていた。念の為確認してみるとううん、と彼女は首を振る。違うのかと不思議に思っていると、そっちは?と聞き返される。
「自分の子供か、……」
農家として生まれ育った生家を思い出し少し考え込んだ彼の返答を、彼女はふさふさと耳を揺らしながら待った。
「子供は人手だったからな」
多ければ多い方がいい。力がある男がいい。女として生まれたならば子を宿し産み育てるのがいい。自分の村で当然とされていた多くのものがそうではないと冒険の中で知った。光の戦士として艱難辛苦ともいえる経験も重ねた上で、ぼんやりと生きる事の困難さを再認識する。不器用で鈍感な自分に上手く育児ができるとも思えない。
「望んではいないな」
「私も〜」
のんびり間伸びした声で間髪入れず同意され、尚更最初の呟きに疑問符が浮かんだ。しばらく黙り込んでしまった彼に、ふふ、と彼女が笑う。
「生まれるならどんな子かなって」
慈しむような彼女の声に一度目を閉じる。
「……女の子、じゃないか?」
顎をくすぐる彼女の耳の動きで、こちらを見上げて様子を伺おうとしたんだろうなと思った。他には?と尋ねてきた彼女に少し考え込む。
「綺麗な紅い瞳をしてると思う」
「ルビーみたいな?」
存在しない子の話をしながら、この人との子供なら育てられるかもしれない、などと考えてしまっていた。何気なく下ろした指先が彼女の腹部に触れ、そこに宿るかもわからない小さな命に想いを馳せた。
「そんな話をしてましたけども」
どうですか、と疲弊したヴィエラの傍らで安らかな寝息を立てる赤児を見ていた。彼女よりやや暗褐色の柔らかな髪から覗いたヴィエラ族特有の耳は本来のものより短く、どんな夢を見ているのか時折唇をあむあむと食んでいた。
「小さいな」
「そりゃあディンに比べたらねぇ!」
出生時の体重は優良健康に分類されると聞いてはいたものの、彼の掌に乗りそうなほど小さな身体だった。間髪入れずそれでも子を起こさないように小声での彼女の返答に苦笑する。ルガディンの小指の先すら包めなさそうな小さな掌はきゅっと握り締められていた。掌握反射、と単語を頭に浮かべながら、微かに揺れる耳に視線を向ける。
「ハーフだからか、耳が短いな」
「これから伸びるのかもよ?」
そうなのか?とあからさまに動揺した彼にそんな訳ないでしょ、と彼女は更に楽しそうに返す。
「鼻とか髪質はディン似かな」
気付いてくれなかったねぇ、と頬杖をついて赤児に声をかける彼女に苦笑するしか出来なかった。
「……母親に似て美人に育って欲しいな」
当たり前でしょ、と答えた彼女が反応のない彼に視線を向け、パパは泣き虫ですねぇ、とくしゃりと笑った。
「さっきから触らないねぇ」
寝ている我が子を眺めていたルガディンにヴィエラは笑いかける。一定で安らかな寝息の赤児に視線を戻した彼が寝てるから、と短く返した。
「起こすわけにはいかないだろう」
静かに小声で続けた彼にそれはそうだと彼女も頷く。しばらく2人に寝顔を眺め続けられた赤児がふわぁ、と声を上げた。泣き出した赤児にオムツかミルクか、とわかりやすく動揺した彼に彼女は苦笑しながは赤児を抱き上げる。はらりと露出させた胸元を子の顔に近付け、お腹空いたよねぇ、と彼女は呟いた。目は閉じたままんくんくと母乳を飲む子を、飽きる事なく2人はまた眺める。
満足したのか口の動きを止めた赤児を、
「はいパス」
普段通りの軽いノリで彼女は手渡してきた。慌てて下から掬い上げるように腕を回し、まだ座っていない首に注意しながら子を慎重に抱き留める。他種族よりも太く大きな自身の腕や掌に感謝しながら、落とさないよう力加減に注意しつつそっと支える腕に力を込めた。
「上手いじゃん」
弾んだ声の彼女に視線を向けると、にっこりと笑いかけられる。
「げっぷ」
そういえばさせていなかったなと慌てて胸元から肩にもたれかけさせ、ぽんぽんと子の背中を軽く叩き始めた。しばらく叩き続けても反応のない子を横目で見つめ、彼女に視線を移す。そんな目で見られも私も初見だが?と言わんばかりに微笑みかけられ、顔を顰めながら彼は手を動かし続けた。時折背中を下からさするのと軽く叩くのを続け、ようやく子がげふり、とその身体にに似つかわしくないげっぷをあげた。2人して顔を合わせ、安心したように深く息を吐いた中、赤児は彼の腕の中で安らかな寝息を立て始めていた。