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    burukare

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    burukare

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    忘羨の過去を書き出してしまった進捗
    なんちゃって中国かつ法律がちょこちょこ変わってるパラレル中国なので養子を迎えられる年齢とかも濁します

    錦上添花「その子供は?」
    そう問いかけて来た彼の顔は今まで見たことがない驚きの色を宿していて、とても愉しくなったのを覚えている。

    そもそも、彼と初めて出会ったのはまだ幼い時分の事である。
    それなりに裕福な家系に産まれたものは教養として音楽に親しむ。魏無羨の引き取られた江家も例に漏れず、姉の江厭離は声楽を、弟の江澄はピアノを習っていた。そこで魏無羨はフルートを選び、3人で揃って演奏を楽しんでいた。
    演奏会に出ることは教えてくれていた先生のおすすめからだった。他の人の音を聞くのもいいとのことだった。
    コンクールではなかったし、3人で一緒に演奏ができるとあって出ることを決めた。
    同年代も多く、たくさんの人の前で演奏するのは新鮮だったし楽しかった。
    その会場に居たのが 藍湛だった。
    その頃から天才と呼ばれていた 藍氏の兄弟ではあるがまだ幼いということもありコンクールには出ていなかった。順位の着かない場ではあったがその演奏は誰が聞いても上手いものだった。
    藍湛のバイオリンと藍曦臣のクラリネット。二人での演奏はとても息のあったもので、魏無羨は聴き惚れた。
    出演者は舞台裏にも入れる。演奏を聴いて興奮した魏無羨は 藍湛に突撃したのだった。
    「お前、すごいな!綺麗な音だった!バイオリンがあんな音だなんて初めて知った!」
    兄の藍曦臣は笑顔でこちらを見ていたが 藍湛は動かない表情でこちらをジッと見ていた。綺麗な顔をしているのに動かない表情が勿体ないと思った。
    「俺は魏無羨、友達になろう!」
    その表情が動くとこを見てみたいと思ったから友達になりたいと言ったのにふいっと顔を逸らされてツまらない。だから、顔を覗き込んで話しかけた。
    「なぁなぁ、お前の名前は?今度一緒に演奏しよ?」
    「不要」
    ツンっとそっぽを向かれてしまった。
    「この子は忘機だよ。魏さん」
    「藍忘機?」
    「そう。私は藍曦臣この子の兄です」
    「お兄さん!お兄さんのクラリネットもすごく良かったよ!」
    「ありがとう」
    優しく笑う藍曦臣とは正反対にジッと黙ったままの藍湛が気になって気になって、手を掴もうとしたら逃げられた。
    「何をする」
    「握手しようと思っただけじゃん」
    「しない」
    「なんで」
    「人には触れない」
    そんなことを言って去って行こうとするからむっとして、つい肩を掴んでしまったのだ。
    「今度会う時はお前の方から一緒に演奏してって言わせてやる!」
    「ない!」
    手を払われて、足早に去って行った。申し訳なさそうに藍曦臣が頭を下げてから後を追っていった。
    そこそこ人がいる場所でのやり取りに注目を集めていたらしい。
    後で江澄に怒られたし、虞夫人にも怒られた。
    それから毎年、その演奏会には三人で出た。その度に藍湛に声を掛け、冷たくあしらわれるのがお約束。勿論、その演奏会以外にも会うことはあった。
    家同士の付き合いのパーティーに出ればあちらも出席していて、少しだけ挨拶を交わす。
    だが、それだけだ。大人の会話の邪魔は出来ないし、騒ぎを起こすわけにも行かず、特に話をすることも出来ずに終わるのだ。
    いつかあの顔に色が乗るのを拝みたい、と年々強くなる思いも高校に上がるまでだった。
    高校に上がると同時に全寮制の雲深音楽学校に入学し、コンクールにエントリーするようになった藍湛と趣味でしていたプログラムが認められ、内々ではあるが江家の仕事の手伝いもするようになったために演奏会の出場をしなくなった魏無羨は更に接点を失っていった。
    金賞だったと噂を聞いて、そうだろうそうだろうと頷き、聞きたかったと落胆する。
    息抜きに演奏する程度になったフルートに合奏はもう出来ないだろうと寂しさを覚えた。

    大学に入学し、通学の傍ら江家の手伝いで長期休暇には海外に跳ぶことも増えた。自分がプログラミングしたものがシステムに導入される達成感は格別だった。江叔父さんの勧めもあって特許申請もした。ただ、それがトラブルを招くとは思いもしなかったが。
    「魏無羨、またなんか知らんが訴えるだのなんだの書面が届いているぞ」
    「またかよ!しつこいんだよ温家は!」
    どうやら特許を申請したプログラムが温家が開発しようとしていたプログラムと被っていたらしい。
    それからは、まぁ、面倒なことに盗作だのなんだのと難癖を付けられている。
    裁判所に訴えたとの通知が来て、江家の弁護士に対応をお願いしたり、資料を求められるので開発したもののデータをまとめたり。
    温家が政界にも通じている大きな家なのが更にことを面倒にしている。
    温家と徹底的に戦ってもいいが、変な噂が広がり、江家にまで迷惑を掛けることになれば申し訳ない。
    さて、どうしたものかと頭を悩ませている時にその姉弟と知り合った。
    温家の傍系だという温寧が大学構内で荷物を落とし、わたわたと拾い集めているのを手伝ったのが縁だ。
    最初は温家の傍系と聞いて距離を置こうかと思っていたが気弱でおどおどしている温寧を放っておけず、医学部に在籍している温情とも知り合い、本家から離れたいと思っていることを知るに至った。
    そんな感じでちょこちょこ温家の情報を流してもらいながら、友人として姉弟と付き合っていた。
    「江家の家業を手伝うのに就職するつもりだったけどこのままだと迷惑になるよなぁ」
    「珍しいわね。貴方が気を使うなんて」
    「珍しいってなんだよ!俺だってそれくらい気にするさ!」
    江家には恩を感じているのだ。
    俺のせいで巻き込まれるのは嫌に決まっている。
    「貴方なら企業なりフリーランスなり、好きにできそうなのに」
    「どっちにしても俺の評判が悪いままじゃうまく行くわけないだろ」
    温情のいうことも考えたことはある。
    ネットで世界中に繋がる時代だ。プログラミングなら自宅に設備を用意してすることも可能だろう。
    営業能力も江家の手伝いで駆り出されたりして鍛えられてきた。
    一人で生きていく上で問題ない程度には稼げるのではないかと思う。
    「魏さんは今でも色々作っているからすぐ評判になりますよ」
    「……作ったもの全てに難癖付けられそうなんだよなぁ」
    温寧に励まされたが溜息しか出ない。
    温家の次男が何かと粘着質で、昔パーティで会った際に言い負かしてしまったのが尾を引いているのだ。
    裁判の準備はしているが温家のことだから裁判官を買収するくらいしかねない。
    下手に突きたい家ではないのだ。
    「あ、あの、魏さんは大学祭は何かされるんですか?」
    空気を変えようと一週間後に控えた行事を持ち出してきた温寧に視線を向けた。
    サークルや部活に入っていれば出店もあったろうが生憎と所属していないのでそんな予定は全くなかった。
    「いや、なんも? 江澄も何もないし、特に興味ないからって叔父さんについて商談に行くって言ってたから俺は一人ふらふらするしかないなって思ってたところだ」
    「そうなんですか?」
    「そう。それは丁度良かったわ」
    予定がないのが可笑しいかのように目を丸くする温寧に対して口角を吊り上げる温情は姉弟だというのに全く雰囲気が似ていない。真反対だ。
    「な、なんだよ」
    「いいえ。私が学部の手伝いに入っている間でいいから子供の面倒を見ていて欲しいの」
    「子供?」
    「そう。従兄弟の子なのだけどその日に用があって、その子のことを頼まれているの。当番は二時間くらいだけど阿寧だけに頼むのは可哀想でしょう」
    「まぁ、子供は嫌いじゃないし、それは構わないけど」
    「貴方、寂しがり屋だし、精神年齢も近いのではないかしら?」
    その子の年齢を聞いたら二歳だというので、羨羨三歳と姉に甘えている身では否定できないものを感じ、つい唇を尖らせてしまったのは仕方ないことだ。
    その後、予定を教えてもらって別れた。
    江澄にも子供の面倒を見ることになったと伝えたら「子供に子供の面倒が見れるのか?」と鼻で笑われたので小突いておいた。
    姉さんには小さい子が食べられるお菓子を作っておくわね、と頭を撫でられた。
    そうして迎えた大学祭当日。
    まさか学内で藍湛に会うとは思いもしなかった。
    温情から阿苑という名の子供を預かり、少しばかり構内を散策していた時だった。
    大学もそのまま雲深音楽学校の大学部に進んだと聞いていた藍湛が何故ここに居るのか不思議で首を傾げた。
    「この子は俺が産んだ!んで、藍湛はなんでこんなところに居るんだ?」
    いつものように揶揄いの言葉混じりに話しかけると嫌そうに眉間に皺を寄せられる。
    「私はコンサートのために来ただけだ。それより、君が産んだとはどういうことだ? 相手はどうしたんだ? なんで一人で……」
    「あーあー、ちょっと落ち着けよ藍湛。阿苑が驚くだろ?」
    詰め寄ってくる藍湛を押し返す。
    コンサート、と思い返せば雲深音楽学校の学生がホールで演奏会をするとポスターを見た気がする。定期的に交流を学校がしているからこそのイベントだろう。
    その時間にホールに行けば藍湛の演奏が聴けるのだと思えば少し楽しみになった。
    「しぇん、あにゃ……おにぃちゃん、だぁれ?」
    「おうおう、俺は阿娘で藍湛はお哥哥か? 食いしん坊の阿苑め」
    柔らかい幼児の頬を突きながら、腕の中の阿苑に姉さん作のバナナマフィンを渡す。
    事前に温情にも話して食べさせても良いと許可は貰っていた。
    途端に食べることに夢中になった阿苑の頭に頬を寄せて、藍湛に目を向ける。
    「可愛いだろ? 親は今いなくって俺が面倒を見てるんだ」
    綺麗な顔をしているのに口角を下げて、眉間にも皺を寄せている藍湛も稚い子供を見れば和むのではないかと思ったのだが、さっきよりも酷い表情になってしまった。
    「君は……なんで、そんな……」
    「ん? 藍湛? どうした?」
    俯いてしまった藍湛を覗き込もうとしたとき、温寧がやってきた。
    「魏さんっ!」
    「あ、温寧!」
    「良かった。阿苑を連れてどこに行ったのかと……」
    「色々見せてやりたいから散歩してたんだよ」
    「えっと、そちらの人は?」
    「あぁ、藍湛だ。藍家の二の若様だよ」
    「あの、藍忘機ですか!?」
    温寧が驚きの声を上げると同時に藍湛が顔を上げた。
    「魏嬰、私と一緒に帰ろう」
    「は? なんでだ?」
    肩を掴まれ、詰め寄られる。
    帰るって言われても家はある。 藍湛の家に行く必要はない。そもそも、家に行く程親しかった記憶もないのだ。悲しいことに。
    「君に苦労はさせない。その子の面倒も私が見る。だから、その身を大事にして欲しい」
    「え? あの、 藍湛? 藍忘機?  藍哥哥?」
    「えっと、魏さんと 藍さんはそういう関係で?」
    「そういうってどういう関係だ?」
    何か勘違いをしているのでは?と落ち着かせようと名前を呼んでみるがジッとこちらを見ているだけだ。温寧まで混乱して訳のわからないことを言い出して、どうしていいのか分からない。ただでさえ顔のいい 藍湛がいるのである。注目され初めて居た堪れない。
    腕の中の阿苑だけがご機嫌にバナナマフィンを食べている。
    「しぇんあにゃ、あー」
    「はいはい、あーん」
    小さな手で差し出されたバナナマフィンは素朴な甘みだった。
    しかし、その様子に更に藍湛の顔が険しくなる。
    「ばぁも、あー」
    だが、その表情を壊したのも阿苑だった。
    肩を掴んで詰め寄っていた藍湛にも差し出していたからだ。
    「こら、阿苑。藍湛は食べない、よ?」
    人に触られるのも嫌がる藍湛が子供の鷲掴みした食べ物を食べるわけがない。
    窘めようとしたところで藍湛が口を開いて、それを口にした。
    「は? 藍湛、無理しなくていいんだぞ?」
    「……無理はしてない。美味しかった、阿苑」
    「そりゃ、姉さんが作ったんだし」
    少し目元を弛めている藍湛に目が奪われる。
    いつもならもっと滑らかに動くはずの口もうまく動かなかった。
    「ちょっと、魏無羨! 私が見れない間に阿苑を見ててってお願いしたのに何をしているの! 阿寧を困らせないで!」
    「温情!」
    「姉さん!」
    なんとも言えない空気を切り裂いたのは苛烈な温情の声だった。
    腰に手を当て、仁王立ちした温情の手にはスマホがあって、温寧が場所を教えたのだろうことが分かった。
    「まったく。私の当番も終わったから阿苑のことはもういいわよ。友人とどこか行くなら好きにしたらいいわ」
    「もう、そんな時間なのか?」
    「魏嬰」
    「藍湛、お前の演奏会の方は?」
    質のいい腕時計に目を落として藍湛が三十分後と言い出した。
    「はぁ? 出演者がこんなところに居てもいいのか?」
    押し黙っているということは良くないということだろう。
    阿苑を温寧に手渡して、頭を掻いた。
    「なぁ、藍湛。もうチケットはないのか?」
    「魏嬰?」
    「俺、久々にお前の音が聞きたいよ。もし、余ってるなら譲ってくれないか?」
    「うん」
    ぎゅっと腕を掴まれ、引っ張られる。
    急な動きについて行けずに蹈鞴を踏むと腰を支えられた。
    昔はそれほど差はなかった筈なのに身長差が出来てしまったことが少し悔しい。
    「温情、温寧、またな! 阿苑も今度遊ぼうな!」
    振り返り手を振る。
    呆れた顔の温情と微笑んだ温寧が手を振ってくれる。阿苑も小さな手を揺らしてくれた。
    ホールに足早に向かう藍湛は俺の腰に腕を回したままだ。
    「藍湛、藍湛! 一人で歩けるよ」
    「……魏嬰、あの子は?」
    「阿苑のこと? 温情たちの従兄弟の子だよ。温情の当番の間だけ面倒みてたの」
    「君の子だと」
    「藍湛、あの冗談を信じたのか!? 俺は男で産めるわけないだろう?」
    「だが、あの子も阿娘と呼んでいた」
    「理由なんかわかんないし。おやつくれるのは阿娘ってだけだろ?」
    懐かれていたのは確かだけど呼び方についてはそう言えと言った覚えはないのだ。
    普通なら絶対に信じるわけのない冗談を真に受ける藍湛を可愛いと思う。
    しかも真に受けた結果あんな……
    「プロポーズみたいなこと言われるとは思わなかったよ、藍湛。お前にそんなこと言われたら普通の女の子はすぐにコロッといっちゃうよ。本気の相手以外には気を付けろよ?」
    あの時は混乱していたが改めて考えれば決して嫌な気分ではない。どころか、どこかふわふわと浮き立った気分だ。
    思えば藍湛とこんなにも長く会話をするなんてあまりないことだ。
    今日は珍しいことが起こる日だと笑った。
    「必要ない」
    「え?」
    「魏嬰にしか言わないから、気を付ける必要はない」
    足は止まらないが頭の中は止まった。
    「私は魏嬰が好きだから、みたいではなくてプロポーズで間違ってない」
    「は? ……藍湛?」
    「魏嬰、終わったら連絡するから待ってて」
    ホールの入口にいつの間にか辿り着いていた。
    チケットを渡してから藍湛は関係者入口に去って行く。
    「……連絡するって、連絡先知らないだろ?」
    交換しよう、と連絡先を渡しても無視されたのは一回どころではない。
    呆然としたまま、流れに任せホールに入る。
    指定された席は少し左寄りの席だった。
    ただただ、ぼんやりと座って舞台を眺めていると開演のブザーが鳴り、人が壇上に上がってくる。
    一番背が高く、綺麗な男が藍湛だ。
    吸い込まれるように藍湛を目で追ってしまう。
    揃いの白いスーツは運新音楽学校の正装だ。それを着て、前髪を後ろに流して、秀でた額が見えている。短い襟足から伸びた首筋が色っぽく見えて仕方ない。
    そのまま正面に藍湛が座った。第一バイオリンの一番端、コンサートマスターが座る席に彼が居る。
    調弦をして顔を上げた視線がこちらを見てから指揮者に向いた。
    もう、それだけでダメだった。
    心臓がずっとうるさい。
    それでも、藍湛の音と姿を追いかけていた。
    そうして、学生のコンサートとは思えないほどの拍手で幕が下りる。
    呆然と椅子にずっと座っている訳にも行かず、立ち上がりホールを出たところで電源を切っていたスマホのことを思い出す。
    来るかもわからない藍湛からの連絡を思って電源を入れた途端電話が鳴った。
    知らない番号で、まさかと思って出てみれば間違いなく彼だった。
    『魏嬰?』
    「藍湛」
    直接耳に入る声に背筋が粟立った。
    『今、どこ?』
    「ホールを出たところだけど?」
    『動かないで』
    「藍湛?」
    動くなと言われても、と周囲を見回しているとスマホを片手に駆け寄ってくる藍湛を見つけた。
    いつも落ち着いている藍湛が慌てた様子で走っているのを見るなんて初めてだ。
    耳に当てていたスマホを下ろし、通話を切る。
    目の前に立つ藍湛に心臓がバクバクした。
    「魏嬰」
    「お前、俺の連絡先知ってたんだな」
    「君が教えた」
    「へ?」
    言われた言葉の意味が分からなくて目を瞬かせる。
    連絡先を渡したのは数年前だし、確かに番号はずっと変えてなかったけど。
    つまり、その連絡先を藍湛は?
    「もしかして、捨ててなかったのか?」
    「何故捨てる必要が?」
    不思議そうな顔で首を傾げるから思わず笑ってしまった。
    「一度も連絡なかったから捨てられてるんだと思ってた」
    「そんなことはしない!」
    手首を掴まれた。藍湛の手は大きくて力強い。
    そのまま引っ張られてどこかに連れて行かれる。
    「ちょっと、藍湛? お前、片付けとかあるんじゃないのか? 大学で来てるんだろ? 他のやつらとか良いのかよ?」
    「問題ない。頼んで来た」
    あの藍湛が、真面目で堅物な藍忘機が、しないといけない仕事を誰かに任せてここに居るということに驚きを隠せない。
    人が多い筈なのに藍湛を見ると人波が割れていくのだからとんでもない男だ。
    何の問題もなく校門に辿り着き、そこには車が一台止まっている。
    当たり前のようにそれに俺を押し込む藍湛に抵抗しようとしても藍湛の方が力が強くてどうにもできない。
    藍湛が乗り込むと運転手が車を発進させる。
    どこへ行くかを問わないということはすでに指示がされているということなのか。
    十分すぎる程広い車なのに腰を抱き寄せられ、密着している。
    こんな近くで藍湛の体温を感じるなんて今までなかったから妙に心臓がどきどきしている。
    いつも考えなくても言葉が出てくるはずなのに何の言葉も出て来なくて、藍湛の無口が移ってしまったかのようだ。
    何か言おうと顔を藍湛の方に向けるとジッとこちらを見ていて慌てて顔を逸らしてしまった。別に目が合ったくらい構わないだろ、と思い直して顔をあげる。
    「魏嬰」
    「ら、藍湛」
    逸らされない視線に頬が熱くなっていく。
    どこかむず痒いような気持ちに叫びだしたくなった頃、ゆっくりと車が止まる。
    「着いた」
    先に降りた藍湛が女の子にするように手を差し伸べてくる。
    「いや、そこまでしなくても……」
    断ろうとしても手を引かないものだから仕方なく手を乗せるとしっかりと手を掴まれ、エスコートされた。
    雲深音楽学校の広い敷地の奥に藍氏の本家はある。藍湛も当然そこに住んでいる。
    目の前にあるのは古風な建物であるが逆に歴史ある建物で維持費がとんでもないことになっていそうな佇まいだった。
    「こっちだ」
    手を引かれ連れて行かれたのは意外にも大きな屋敷ではなく、その脇を通り抜けて品よく整えられた庭の奥、これも植栽として植えられているのだろう竹林の傍に平屋の建物があった。
    はなれというものなのだろう。同じ様式で建てられたその建物には静室と名が掲げられていた。
    「ここは?」
    「私の部屋」
    その名の通り静かな、物の少ない部屋だった。
    ぐるりと見回すと譜面台に楽器のケースがある。バイオリンもあるけれど他にも楽器があるようだった。
    他にもいくつか部屋があり、ここで生活が完結するになっていた。
    促されるままに椅子に腰掛けると目の前に藍湛が座った。
    向き合ってからおもむろに口を開く。
    「魏嬰、あの人は君のなんだ?」
    「あの人って……もしかして温情のことか? やめてくれ! そんなこと知られたら俺が殺される! 温情は友人で協力者だよ」
    「協力者?」
    「そう。俺が今、温家と裁判してるって知ってる? 温情はその温家の遠縁で、俺に協力してくれてるの」
    ジッとこちらを見て瞬きする姿も絵になる男だが、何を考えているのかはさっぱり分からない。だが、恐ろしい勘違いだけはしてくれるなと言葉を重ねる。
    「温情たちも本家からは距離を置きたいみたいで、俺の裁判に負ければそれどころじゃなくなって干渉が減るだろうからその隙に逃げ出したいっていう話なんだよ」
    「……その裁判に私も協力する」
    「はあ? いや、協力するってお前に協力してもらうようなことは特にないだろ」
    「する」
    手を取られ、真剣な表情で断固とした態度の藍湛に困惑する。
    確かに藍家の力を借りられるのは助かるのだ。
    藍家は音楽学校を経営しているのもあって学校教育関係に強い。そのせいか藍家は全体的に真面目でお堅い雰囲気がある。
    飲酒などもあまり好まないようでパーティでの乾杯もノンアルコールだ。
    そんな藍家なので世間からの評判は高く、公明正大だともっぱらの噂だ。
    その藍家の誉れ高い本家の次男が魏無羨側に立つとあればそれだけで世間の目は変わる。
    あの藍忘機が口添えするのなら、と。
    「藍家が目を付けられるぞ?」
    だが、あの温家のことだ。ますます悪辣な手段に出るだろうことは想像に難くない。
    それで藍家にまで火の粉が降りかかれば居たたまれない。
    「問題ない。あなたは噂のようなことは何もしていないのだろう?」
    全寮制の学校という箱庭で生活している藍湛でも噂を耳にしたのかと目を見張る。
    「噂も何も俺は江おじさんのが困ってたからあのプログラムを作ったんだ。特許申請したのも江おじさんが勧めたから。あいつらが作っていたというのならそれを組み込んだソフトやシステムを出して来ればいい。それが俺が作ったものより古ければあいつらが先だったっていう証明になる。途中でも経過はあるはずだしな! 別に俺は特許とかはどうでもいいけど、ここで俺が負ければあいつらが特許を取るんだろう? そうしたら江家でつかっているシステムが使えなくなる。あいつらに特許料を払ってやるなんて腹が立つしな!」
    「うん」
    ジッとこちらを見てくる藍湛の目が細められる。
    微かではあるが微笑みに見えるその表情に体温が上がる。
    あまり変わらない表情が怒りに変わるのを見るのが好きだったけれど、こうして穏やかな表情に変わるのはそれ以上に心臓に悪かった。
    「ら、藍湛?」
    「魏嬰、私はあなたが好きだ。だから、協力したい。あなたの名誉を守りたい。守らせて欲しい」
    「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
    あの藍忘機から二度目の告白に心臓が休まる暇がない。
    忘れたわけではなかったが幻聴か何かだと思いだしたところだったのだ。
    一方的にちょっかいを掛けていただけの関係だったのにいつの間にそんなことになったのか誰か教えて欲しい。
    「あの、な? お前、今までそんな素振り見せたことないだろ? どうかしたのか?」
    「君が………私の知らないうちに誰かと結婚するのかもしれない、と」
    握られた手の力が強くなる。
    「お前、本当に俺のことが好きなのか?」
    「嘘はつかない」
    じわじわと実感がわいてきて顔が熱い。
    阿苑や温情と居るところを見て焦った末の行動だったのだと聞いても、あの藍忘機がそんな行動をするなんて思いもしない。思いもしなかったことが起こってどうしていいのか分からない。
    ただ、嫌な気持ちは微塵もなくて、むしろ嬉しくて仕方ない。こうしていても顔が笑ってしまうのが分かる。
    「魏嬰」
    「藍湛……俺、嬉しいみたいだ」
    そう言って笑えば藍湛がガタッと立ち上がった。
    ジッと見上げていると何度か口を開け閉めしてそれから机を飛び越えてきた。
    腕を掴まれ引っ張り上げられて、気付けば腕の中にしまわれていた。
    昔は同じくらいの身長だったのに知らない間に差が生まれていて、肩幅も何もかも敵わなくなっていた。
    腰に回された腕も肩を力強く掴む手も知らない大人の身体だった。
    「藍湛、俺も、好きだよ」
    「っ……魏嬰、魏嬰!」
    肩に頬を寄せて囁いたら、あの藍湛が声を詰まらせて名前を呼ぶ。
    それがあんまりにも可愛くて笑ってしまった。
    「藍湛、藍哥哥、ほら、顔を見せてよ」
    頬にキスをしたら驚いて顔を上げたから鼻先にもチュッとキスをした。
    どこもかしこも整っている藍湛が目を落っことしそうに丸くして、それから牙を剥いた。
    「んっ……ぁ、んじゃっ……んんっ」
    口を塞がれ驚いて口を開けた瞬間、ぬるりと舌が入り込んできた。
    初めてで息の継ぎ方も分からないというのに、唾液を啜られ、口腔内を舐られる。
    離ようにも腰をしっかりと抱き寄せられて上から覆いかぶさられて逃げ場もない。
    「あっ……ん、ふぅ……はぅ……んふ……」
    口内に溜まる唾液を飲み込んだら喉を擦られる。
    それがよくできたと褒められているようで体の芯に熱が灯る。
    立っていられなくなって質のいい藍湛の服に爪を立てて縋りつく。
    そうしてようやく離れたと思ったら、垂れた唾液をゆっくりと舐められた。
    「ら、んじゃ……」
    「魏嬰」
    頬に、額にキスをされ、耳を食まれる。唇も何度も啄まれ、舌を噛まれた。
    ガクガク震える足はまともに身体を支えてくれない。それでも立っていられるのは藍湛の腕が支えているからだ。
    そして、密着した体の中心で主張するものも明確にする。
    「だめ、だ……」
    「どうして?」
    「家に、連絡してない……帰らなきゃ」
    お互い引き返すのは難しいことは分かっているけれど家族に心配を掛けるわけにはいかない。
    「あなたは今どこに住んでる?」
    「江家にまだ住んでるよ」
    藍湛の眉間に皺が寄る。
    そのことに慌てて言い募る。
    「俺だって家を出るつもりだったよ。流石にいつまでも世話になってるのも悪いし。江おじさんの手伝いとかそれこそプログラミングで稼いだ分とかあるし、家を出るって言ったんだけど」
    成人をしたのをきっかけに家を出る予定ではあったのだ。
    一人で暮らせるだけの稼ぎはあるし、問題ないとも思っていたのだが。
    「セキュリティに不安があるからダメだって言われて……」
    「セキュリティ?」
    「温家の件で色々あって、一人暮らしは危ないって言われちゃって」
    そう、暴漢に襲われかけたり、事故に遭いそうになったり、江家にも泥棒が入った。
    それらのタイミング的に温家が絡んでいるだろうということで家を出してもらえなくなったのだ。
    連絡なく外泊したら心配性の江澄から鬼のように電話が入るし、下手したら警察沙汰になってしまうのだ。
    「魏嬰……あなたはっ……!」
    何かを言いかけて飲み込んだ藍湛がスマホを取り出した。
    どこに連絡をしているのかは分からないけれどすごいスピードで指が動いている。
    藍湛が誰かに連絡を取るというのがあまり想像つかなくて、そんな風に指が動くのかと意外に思ったが、考えてみれば動かすだけならもっと器用に動くのだからそれくらい当たり前かとぼんやりと思った。
    「魏嬰、兄上から江家に連絡をしてもらう。今日は泊って行って」
    「おまえ、いつの間にそんなっ……」
    「もう、黙って」
    キスで黙らせて抱き上げるなんてどこで覚えたんだと問い詰めたい。
    そのまま連れ込まれたのはベッドルームで藍湛に逃がす気がないことだけが分かった。
    別に俺だって、藍湛とそういうことをしたくないわけじゃない。
    外泊の連絡を藍曦臣がするということが気になるけれど、旧友に久し振りに会って盛り上がることはおかしくない。相手が藍湛というのがあれかもしれないけれど、知らない相手じゃないし、問題はないだろう。
    それよりも簡単に抱き上げられていることの方が問題な気がする。
    「藍湛」
    ベッドに下ろされて見下ろしてくる藍湛の乱れた髪に何故か興奮する。
    両手を伸ばして、更に乱しながらにんまりと笑う。
    「初めてだから優しくしてくれよな?」
    大きく見開かれた目が細められ、それから唸るような声で名前を呼ばれる。
    「覚悟して」
    低い声を合図に、藍湛の手が肌を暴いていく。
    今日は阿苑と遊ぶ予定だったからラフな格好だった。そのせいで藍湛にすぐに脱がされてしまう。
    藍湛の大きな手が素肌の上を滑り、その後を追いかけるように唇が降ってくる。
    「ぁ、んぁ……、んあ、あっ!」
    藍湛に触れられているというだけで体の熱は上がっていく。何でもない筈の乳首に藍湛が吸い付いただけなのに背筋が震えた。
    「魏嬰」
    「ぁあっ、やっ、噛むなぁ……ひぃ、んん!!」
    歯を立てられて、コリコリと舌で転がされ、強く吸い上げられる。反対も指で捏ねられ、押し潰され、抓られて、身体が仰け反る。歯形が残る程噛みつかれて、痛みもあるのに体は興奮している。
    真っ赤に腫れた乳首を満足気に見下ろしてくる藍湛がネクタイに指を掛ける。
    まだ、服をほとんど乱していない藍湛の下であられもない恰好をしているのかと思うと恥ずかしい。
    「あっあ、らんじゃっ……だめっ、ぅあ、いっ、あぁ、やぁあ」
    しゅるりと外されたネクタイで手首を縛られた。そのまま、下着ごと脱がされて、片足を持ち上げられる。すでにしとどに濡れた陰茎が藍湛の口に含まれる。
    じゅるじゅると啜られ、舐られる。藍湛の指が陰嚢を揉み、会陰を撫でた。
    「あっああ、らんじゃあっ……だめっ、でる、でるからぁ……っ」
    「出して」
    「ひゃっあ、あ、っあ、ァア!!」
    喉の奥までの飲み込まれて吸い上げられたらひとたまりもない。
    残滓も残らず吸い出される。
    脱力して、荒い息をするだけで精一杯な俺の前で藍湛が口に含んだものを飲み下す。
    「ちょ、藍湛……のんだのか?」
    「うん」
    「いやいや、やめろよっ!」
    「何故? 君のだ」
    「だからだろ!」
    慌てて起きあがるが藍湛はてんで分かってない。
    大きく息を吐き出して、藍湛を押し倒す。まだネクタイしか外していない藍湛の腹に乗り上げ、縛られたままの手でゆっくりとボタンを外していく。尻の下に熱く硬いものがある。それを圧し潰すように腰を揺らしながら、服をはだけていった。
    「魏嬰っ!」
    「藍湛だって俺の服脱がしたろ? お返しに脱がしてやるよ」
    「んっ……は、……っ」
    白く滑らかな肌が露わになっていくのを見下ろすのは楽しい。
    首筋を舐めてキスマークを付ける。
    初めて付けたにしては上出来だと思う。
    「魏嬰、君はっ……」
    「うわっ、ちょ、んあっ!!」
    腹筋で起き上がった藍湛が尻を鷲掴む。揉んでその狭間にある慎ましやかな窄まりに指を掛けた。両の親指でそこを開かれると空気が入って、驚いて悲鳴のような声が上がってしまった。
    ひやりとした感触と共に指が入ってくる。
    振り返るとワセリンのボトルに乱暴に指を突っ込み、秘処に塗りこめているのが見えた。
    「なに、んあっ……ひっ……んんっ」
    最初は入口だけを柔らかく広げていた指が奥へと侵入してくる。体内の温度で溶けたワセリンのぬめりで潜り込んだ指が内壁を押し広げていく。異物感に逃げそうになる腰を掴まれ、指を増やされる。腕の間に藍湛の頭を通して抱き着いた。
    ぐちぐちと濡れた音が響く。
    「あっあ、ふゃあっ……あん……ひ、ぃあっあ、そこ、だめっ……あっ、や、ぃいっ!!」
    「っ……魏嬰、煽るな」
    「やっ、してなぁあっあ、あっあ、そこ、だめっ……ぃやっあっあ、いじめないでぇっ……」
    腹側の腸壁を押されるだけでビリビリとした快楽が走る。
    「君はっ……」
    「なんでっ、あっあア……だめって、いったぁあっ、ァアっ!」
    そこばかりを指で押して、捏ねて、引っ掻かれる。肩や首筋を噛まれながら、ぎゅうぎゅうと藍湛にしがみつく。
    痛みと快楽に涙が止まらない。先端からとぷとぷと先走りが溢れて、それが藍湛の腹を汚している。腹筋に亀頭が擦れてそれも気持ちよくて、頭が馬鹿になりそうだ。
    「やっあ、あっ……らんじゃっ、はやくっ……も、なかっ、いれてぇ……」
    「っ……言ったな」
    「ぁ、あっあ……ぁああっ、ああっ!!!」
    ずんっと音がした気がした。
    腰を掴まれていきり立った藍湛のものを入れられる。
    反り返った怒張がごりごりと媚肉を押し広げながら奥に入ってくる。
    自重でどんどんと奥に侵入してしまう。
    あの快楽のツボのようなところも張ったエラで圧し潰されて目の前がチカチカと明滅する。
    腹の中がうねっているのが自分でもわかる。
    「ぁ……あっあ、やぁあっ、うごくなぁあっあ、あっあ、そこ、いいっああ、やぁあ……んっああ!」
    「魏嬰、魏嬰っ!」
    「はっ、ああっ……ぁう、らんじゃっ、らんじゃんっ、あっあ、そこ、おくっ……!!」
    とちゅとちゅと奥を突きあげられて、中を掻き混ぜられて、何度も視界が弾ける。
    その衝撃が絶頂なのだと理解した時には奥を突かれるだけで達するようになっていた。
    「あっあ、イったあぁ、も、イッてるっ、やあっああ、つかなぃでぇえっ!」
    「無理だっ……!」
    「ひんっ……あっあ、イイっ……きもちいいよぉ……ひっああ、あっ、やぁんっ!」
    頭がぐちゃぐちゃで何を言っているかもよく分からない。ただ気持ちよくて、気持ち良すぎて、ツライ。藍湛がどこに触れても気持ちよくて堪らない。脳が溶けそうだ。
    「らんじゃんっ、きすっ……キスしてっ!」
    「っ……」
    頭を引き寄せて唇を重ねる。
    柔らかな髪を掻き回しながら唾液が顎を伝うのも気にせずに舌を絡ませる。
    上も下も繋がって、全部藍湛でいっぱいになるのが嬉しい。
    「あっああ、もっ……、だめぇっ……あっああっ、らんじゃっ、だしてぇえっ!!」
    「魏嬰っ」
    足を藍湛の腰に絡めて、一番奥に招き入れる。
    そうして強請れば藍湛が息を詰めて、奥で熱が爆ぜた。


    意識が浮上し、明るい室内に目を開く。
    ゆっくりと身体を起こし、顔に掛かった髪の毛を掻き上げた。
    それほど時を置かず、部屋の扉が開いて藍湛が姿を現した。
    「魏嬰、朝食の時間だ」
    何も言わずとも身体を抱き上げてくれる藍湛にくふくふと笑う。
    「どうした? 今日は随分と楽しそうだ」
    「んー……夢を見たんだよ」
    不思議そうな顔をする藍湛の肩に顔を寄せ、ふっと耳に息を吹きかける。
    抱きかかえる腕の力が強くなったが落とされる心配はしていない。
    「おまえが俺を初めてここに連れて来た時の」
    囁いたらみるみるうちに耳が赤くなる。
    それがあまりにも可愛くて声をだして笑った。
    テーブルには料理が並べれていて、あの時と同じように向かい合うように椅子も置かれている。それなのに藍湛は俺を膝に乗せて座るのだ。
    初めての朝から変わらず、何度下ろせと言っても変わらなかった。
    「藍哥哥は初めての俺が泣いて許してって言っても許してくれなくて、あまつさえずっとここに居るって約束するまでイかせてもくれなかった。あんまりだと思わないか?」
    羞恥にかそっと瞼を伏せる藍湛の睫毛の影すら美しい。年々、美しさを増していくように思うのは惚れた弱みというやつなのだろうか。
    柔らかな頬をつついて、数年前の行いを揶揄う。
    「……君も気持ちいいと言っていた」
    「そりゃ、気持ちいいよ。藍湛にされてるんだからな。気持ち良すぎておかしくなりそうなくらい」
    その瞬間怖い顔に変わる藍湛に腹を抱えて笑う。
    手を縛られたまま、ずっと奥を虐められ、入ってはいけない場所を捏ねられた。ひんひん泣いても中の圧が増すだけで藍湛は止まらなかった。それで、苦しそうな顔で「ずっとここにいて」と請われたら頷かないでいられないだろう。
    ぎゅうぎゅうと強くなる腕に笑いながら口を開く。
    「ほら、早く食べさせてよ」
    難しい顔をしたままの藍湛が食べさせてくれる。
    全部藍湛が作った料理だ。
    辛いのが得意ではない癖に姉さんに聞いて唐辛子や花椒を使う料理を作ってくれる。
    なんて出来た恋人なのだろうかと思う。
    「今日は講師の仕事なんだっけ?」
    「うん」
    粗方食べ終わって今日の予定を尋ねる。
    楽団で公演が入ってない時の団員はそれぞれ自主練習もしているが講師だとかスタジオミュージシャン的なことをしている人もいる。
    藍湛や藍曦臣は雲深音楽学校で講師をしている。
    学生であれば受けれる講義なので人気は高く、それを受けたいがために受験してくる学生もいるのだそうだ。
    その中から抽選で受講者が決まるというのだからすごいものである。
    「魏嬰は?」
    「俺は江澄に頼まれたシステムのプログラムを考えるよ」
    「ちゃんとご飯は食べて」
    「分かってるって」
    信用できないと言いたげな視線に鼻を掻く。
    集中し過ぎるとついつい時間を忘れ、空腹を忘れてしまうのだ。
    悪い癖だとは思っているが自分ではどうしようもないので仕方ない。
    「今日は大丈夫だって!」
    「どうして?」
    「昼には出掛けるからな!」
    江澄の仕事はまだ始まったばかりのプロジェクトのものだから時間はある。
    それに相談したいことがあると温姉弟から連絡を貰っていたのだ。
    昼からならと返事をしているので昼食がてら出掛けることにしていたのだ。
    「どこへ?」
    「昼を食べに行くんだよ。ついでに温姉弟と会う」
    「そう……あまり遅くなるようなら迎えに行く」
    「心配性だなぁ」
    支えている腕の力が強くなったことに笑う。
    この男は涼しい顔をして見えるけれど中身は情熱的なのだと身に染みる程思い知らされている。
    「お前もそろそろ準備が必要な時間だ」
    「何かあれば連絡して」
    離れがたいと抱き締めてくる藍湛を宥めて送り出す。同じ敷地内とはいえ、校舎は遠いのだ。何度もキスをされ、唇が腫れぼったいがこれもいつものことだ。
    思いが通じ合った翌日に死にそうな顔で見下ろしてくる藍湛についつい口が滑って毎日でもいいと言ってしまって本気で毎日されるとは思いもしなかった。
    でも仕方ないだろう? 本当に死にそうな、青い顔をしてくるんだぞ? 普通、恋人になった翌日なんて幸せな顔をしているもんだろう!? なのに、俺を抱き潰したことで嫌われたのではと怯えて真っ青になっているなんて、許せるはずもない。そんなもんだからついつい、気持ちよかった、毎日したい、なんて調子よく喋ってしまったのだ。
    しかも、一緒に暮らすと頷いたこともあって本気で毎日になってしまった。
    江家に家を出ることを説明しに翌日向かったが、説明している俺が腑に落ちていないので怪訝な顔をされたし、江澄にまで心配されてしまったのだ。
    そのせいで朝は起き上がれないし、酷い時は昼過ぎまで怠くて動けないのだが、減らしてくれと言うとその言葉を盾に絶対拒否の姿勢を見せるので叶ったことはない。
    それでもそれが年を数えるくらいになれば多少慣れるというもので、昼には出掛けようという気も出る。
    それが藍湛のお気に召さないらしいが元々ジッとしていられる気性でもないので諦めて貰っている。
    そんなわけで、どういう機能を組み込みたいかを書き出して、システムの骨組みについてメモしたところでパソコンを閉じた。
    財布とスマホを持って静室を出る。鍵には白いウサギのキーホルダーが付いている。
    藍湛とお揃いで、初めての翌日露店で買ったのだった。
    藍家のプライベートエリアを抜けて、校舎があるエリアと別方向へ歩く。藍家の車もあるけれど大仰になり過ぎるので公共交通機関を使って約束の場所に向かった。
    母校にほど近い所にあるカフェに入る。オーナーは学生の頃からの顔見知りだから何も言わずとも席に案内された。
    「久しぶりだな」
    「そうね。ここのところ忙しかったから」
    「お久しぶりです、魏さん」
    先に来ていた温姉弟の向かいに座る。
    二人は先に注文をしていたらしい。店員にコーヒーを注文して、近況を簡単に話している内に注文の品が揃う。
    「それで、相談ってなんだ?」
    コーヒーを一口飲んでから切り出した。
    温情は相談を俺にしてくるタイプではない。
    優秀だし、自分で何とかしてしまえるタイプだからだ。
    その温情が俺に相談というのだから余程のことだろうと促した。
    「阿苑を覚えている?」
    「勿論だ。というかそこまで忘れっぽくはないぞ? 何回もあったし、遊んでやっただろ」
    藍湛と付き合う切欠になった子供を思いだす。
    実際、あの後も一緒に遊んだし、藍湛とも一緒におままごとをしたのだ。
    柔らかなほっぺをくっつけて笑ったことを忘れるはずもない。
    「そう……実は従兄弟が事故に遭って、あの子は今孤児院に居るの」
    「え?」
    温情の従兄弟にも会ったことはある。
    阿苑とよく似た笑顔をしていた。
    「それは……残念、だったな」
    「えぇ……あの子を残して逝くなんて本当に残念よ……」
    少しばかり気落ちして見えるのは気のせいではないだろう。
    二人にとっては親しかった親戚なのだ。
    「阿苑を引き取りたいのだけど、現状引き取るのが難しいの」
    温情曰く、金銭的には何とかなるけれど子供の養育と言う意味であまり環境が良くないというのだ。温情は医者で温寧も看護士をしている。不規則な生活だし、家に居ない時間も長い。親戚だから養子にすることは出来るかもしれないが、その状態は阿苑には可哀想だということらしい。
    確かに、両親を亡くしたばかりの子供が一人家に残されるのはあまりよろしくないだろう。
    「それで、なんで俺に?」
    「魏さんなら何かいいアイディアがないかと思って」
    「それに、あの子は何故か貴方に懐いていたから、会いに行けば喜ぶと思ったのよ」
    温姉弟の言葉に少し考える。
    俺としても阿苑に寂しい思いをして欲しいわけではない。
    確かに懐いてくれたし、実際可愛いと思って入る。
    だが、アイディアと言っても温姉弟の仕事に介入は出来ないし、ベビーシッター宜しく出向いて面倒を見るのも難しい。
    「貴方の時間が良ければこれから孤児院に向かうのだけど」
    「俺も行っていいのか?」
    「言ったでしょ、貴方に会えば阿苑も喜ぶと思っているの」
    温情が肩を竦める。
    孤児院には元々行く予定だったらしく、人数を一人増えたと連絡しておけば問題ないというので同行させてもらうことにした。
    温情に案内されて向かった孤児院は古い建物ながらきちんと手入れをされてる。
    広い庭に幼い子供たちが駆けまわっている。
    その様子を眺めながら院長室に向かう。事前に話をしていたからすぐに阿苑のところに案内された。
    そこには随分と大きくなった阿苑が居た。
    「情姐姐、寧哥哥……だれ?」
    「阿苑? 覚えてるのか? 阿娘だぞぉ?」
    抱き上げてこつんと額を合わせる。
    阿苑は少し視線を彷徨わせてふにゃりと笑った。
    ふくふくだったほっぺは少しすっきりしてしまったがまだ柔らかく、すべすべだ。
    「阿苑に変なことを教えないで」
    「なんでだよ。昔、阿苑が言ったんだぞ?」
    「ぼくが?」
    「そうだぞ? 阿娘、阿娘って懐いてくれてたのになぁ」
    「ん……男の人なのに?」
    「なぁ、なんでかなぁ?」
    「魏無羨、いい加減になさい!」
    温情をこれ以上怒らせないために阿苑の頬を突いてにこりと笑う。
    「羨哥哥って呼んでくれたら嬉しいな」
    「うん、羨哥哥」
    「イイコだ」
    頭を撫でて、下ろしてあげる。
    それから膝にのっけて沢山お話をした。
    人懐こい阿苑は今日合ったこととか色々お話してくれたし、にこにこと笑っていてとても可愛かった。
    帰りは俺の方が離れがたいと思ったほどだ。
    寂しそうに手を振る阿苑をどうにかしてやりたい。
    「温情」
    「なに?」
    「俺が、阿苑を引き取ったらダメか?」
    ジッとこちらを見てくる温情を見返す。
    温寧がそわそわしている。
    「あなたが本当に面倒を見れるの?」
    「仕事は自宅で出来るからひとりにすることは無いし、阿苑の養育費くらいは十分賄えるくらいの蓄えはある。慣れないこともあるけど姉さんに聞いたりして、何とかなるとは思う」
    「藍忘機は?」
    ぐっと言葉を飲み込む。
    藍湛は俺が言えば受け入れてくれると思う。
    だが、藍湛が望むかというと分からない。
    嫌でも、俺のために受け入れると言われるのは苦しい。
    「……藍湛が嫌なら、別れるよ」
    嫌だけど、どっちも取れないのなら阿苑を取る。
    今まで十分幸せだった。そのきっかけになった阿苑を幸せにしてあげたい。
    だから、藍湛が望まないのなら仕方ない。
    「はぁ……あなたって鈍い鈍いと思ってたけどどこまで鈍いのかしら?」
    「なんだよ」
    「まぁ、良いわ。あなたが本気ならなるようになるでしょ」
    温情の呆れたような視線が突き刺さる。
    鈍いと言われるのが解せない。
    温寧を見ても困ったように笑うだけだ。
    「定期的に阿苑に会いに行くのだけどあなたも一緒にいくのかしら?」
    「そうだな。俺も行くから予定を教えてくれ」
    「分かったわ。間違っても阿苑に悪影響を与えるような言動は慎んでよね」
    「そんなこと言われなくても分かってるよ」
    「どうだかね」
    肩を竦めた温情に舌を出す。
    そろそろ夕暮れ時でこれ以上遅くなるのも悪い。
    「じゃあ、俺は帰るな」
    「えぇ。また、メッセージを送るわ」
    「待ってる」
    手を上げて二人に別れを告げる。
    スマホを確認すると藍湛からのメッセージが数件入っていた。
    今日は講師の日だから早く帰っていたようだ。
    どうしようかと考えて、今から帰るとだけ送る。
    そうするとすぐに既読が付いて、返信が来た。
    「迎えに来るって言ってもこっちが帰った方が早いだろ」
    だが、あの頑固者のことだ、絶対に譲らないに違いない。
    仕方なく、現在地を告げ、歩いて帰っているから拾ってくれとだけ送っておいた。
    のんびりと歩いては居たが、距離を考えれば信じられないスピードで迎えに来た藍湛に乾いた笑いしか出なかった。

    そうして、度々阿苑に会いに行き、そのうち俺一人でも会いに行けるようになった。
    絵本や玩具、お菓子なんかを持っていけば喜んでくれる。
    会えなかった時間の話をして、出来るようになったことを聞く。
    懐いてくれる阿苑が可愛くて、構い倒した。
    簡単な計算や文字や絵を一緒にする。
    イイ子だなって頭を撫でてやって、抱っこしてやる。
    そういう、家族にしてもらったことを阿苑にもしてやりたいと思った。
    ところで、藍湛は楽団に所属している。ということは公演があるということで、それが間近に迫っていた。
    「温情、姑蘇楽団の公演があって暫くこれなくなるんだけど、阿苑にパソコン渡したらまずいよな」
    「そうね。流石にそれは許可が出ないと思うわ」
    年齢一桁の、監督できる大人が傍に居ない子供に渡していいものではない。
    まして、与えるのが血の繋がりもない、定期的に通っているだけの大人ということであれば尚更だろう。
    溜息を吐くと温寧が首を傾げて問い掛ける。
    「魏さんは渡して何をしたいんですか?」
    「ほら、最近はカメラ通話とか、ネット会議機能とかあるだろ? パソコンの方が画面が大きいし、いいかなって思って。タブレットも考えたんだけどさ」
    いきなり会いに来なくなった、と阿苑に思わせたくないし、説明したら分かってくれるかもしれないけれど子供の一日は大人よりも長いのだ。
    長く寂しい思いをさせるのは本意ではなかった。
    「それなら、僕がパソコンを持って阿苑に会いに行きます。そうしたら、魏さんと連絡を取って繋げられるでしょ?」
    「良いのか? 温寧にも都合があるだろ?」
    「僕も阿苑には会いに行くし、その時に一緒に持っていけば問題ないですよ」
    のんびり屋で優しい温寧の提案がありがたい。温情も反対はしなかった。
    出立する日を伝え、その前日に阿苑の元に一緒に行くことを約束した。
    それまでにパソコンなんかを用意しなければならない。
    今日のところは別れてそのあたりは次回また話をすることにした。
    公演が近く、藍湛も忙しい。個人練習にパート練習、それが終われば全体を合わせての練習がある。特にコンサートマスターである藍湛は各パートのことも気に掛け、指揮者の藍啓仁の意図を汲まなければならない。
    だが、最低限の会話しかしない藍湛はそのあたりが不得手だ。ポイントは分かっているのに伝えるのが下手。みんなプロだから察してくれるが感情の部分が拗れると面倒なことになる。そこで出てくるのが藍曦臣だ。自分のパートをまとめ上げ、言葉少ない弟の表情を読み、時折通訳のようなことをする。落ち込んだ者にはフォローを入れ、それとなくアドバイスをする。
    藍曦臣と藍忘機は飴と鞭のようである。
    そんなわけで、普段は隣から離したくないとぐずる藍忘機も朝に出掛けて帰ってくるのは夜も更けてからである。それでも、夜は離してくれないのであいつの身体はどうなっているのか。そんなことを考えながら一人食事を取り、湯船に浸かっていると帰って来た藍湛に美味しくいただかれてしまうのだった。

    翌日、最低限の機能が付いたパソコンを手配するついでに江澄のところを訪れた。
    「江澄は行かないのか?」
    「お前と違って忙しいんだ」
    「俺だって暇な訳じゃないぞ?」
    ただ、パソコンがあれば仕事の場所を選ばないだけである。
    毎度のことながら、演奏会に着いて行くことを報告に来たのだ。
    一応、お得意様なのでしばらく国内に居ないことの連絡が必要なのだ。
    「ふん、うちの仕事を疎かにされては困るからな」
    「分かってるって。ちゃんと考えてる」
    今も一件受けている仕事は期間的には余裕があるが色々細かい所にも手を入れたいので大変は大変なのだ。俺の手を離れた後のメンテナンスだとかそう言うのも考えて作らないといけない。
    「それならいい。……お前が着いて行くと曦臣が煩いのが面倒なんだがな」
    「そんなこと言って、俺が付いて行かなかったことなんて無いだろ」
    姑蘇楽団は毎年、長期公演を打つ。海外公演も多く、その度に付いて行っているのだ。
    行かないと言ったこともあるがそうするとあの表情の変わりにくい顔を情けないほどに変え、哀しいと訴えてくるのだ。その顔に怯んだところで「行く」と言うまで貪られる。最終的に「イく」と訴えたのか「行く」と同意したのか分からないが、言質を取ったと録音までされて連れて行かれた。しかも、その音源は消して貰えていない。
    なので、行かないという選択肢を取ることは実質不可能なのである。
    そんなことを訴えたところで恥知らずと罵られるだけなので言わないが。
    「期間中に休みが取れれば観に行く」
    「そうしてやってよ。曦臣兄に羨まし気に見られるの居心地悪いから」
    毎回のことながら、仕方ないとはいえ、やっぱり気になってしまうのだ。
    どうでもいい相手なら開き直るし、見せつけてやるが藍曦臣に対してそれをする気はない。
    そんなわけで、いつ来てもいいように関係者席のチケットをいつも押さえてはいるのだ。
    「あ、そうだ。江澄、子供向けの楽器でなんかいいのないか?」
    「はぁ?」
    「いや、手頃で音を出したりしやすいのでなんかいいの無いかと思って」
    折角だから阿苑とオンラインでも何かできればと思ったのだ。
    音楽は身近だったのでそれが良いかと思ったのだが、何か面白いものがあればとも考えた。子供でも音が出せて、場所を取らないものがいい。
    金凌ともよく接する江澄なら何か知らないかと思って尋ねたのだった。
    「そんなもの、適当に笛でも与えれば……そういえば」
    「何かあるのか?」
    「阿凌が最近気に入って鳴らしているものがあってな」
    そう言って動画を見せてくれた。
    小さな手が丸い何かをぷにぷにと揉みながら楽しそうに音を出している。何か曲を奏でている訳ではなく、ただ音が変化するのが楽しいようだった。
    だが、ちゃんと音階があることも確かなようで、形状も面白かった。
    「こんな動画撮ってたのか! 叔父馬鹿だな!!」
    「ふんっ、お前だって阿凌が目の前に居たら撮ってただろ!」
    「そりゃあ、撮るに決まってる! 何だこの可愛いのは!」
    くすくす笑いながらそのおもちゃのような楽器にことを教えてもらう。
    阿凌と阿苑は同じくらいの歳だから楽しんでくれるだろう。
    暇を告げて、静室へと帰る。
    藍湛はまだ戻っていないから早速、楽器を注文する。
    最近はネットで購入が出来るのでとても助かる。
    一緒に演奏が出来たらいい、と二つほど購入しておいた。
    どんな楽器なのかも改めて調べて、中々に遊べそうだと楽しみになる。
    「魏嬰? 何をしているの?」
    「藍湛! おかえり!」
    気付かないうちに藍湛が帰ってきていた。
    パソコンを閉じて、藍湛に抱き着く。
    すかさず腰に腕が回り、首筋に息が吹きかかる。
    耳元のほど近い所から、甘く低い声で「ただいま」と響いて腰が震えた。
    「ん……藍湛」
    キスを何度もされて、腰を押し付けられる。
    そこはすでに昂っていて、固いものが擦り付けられて堪らなくなる。
    「魏嬰」
    「藍湛、ごはんは?」
    「先に君が食べたい」
    「んあっあ……らんじゃぁあっ」
    尻を揉まれ、首筋に歯を立てられるだけでひくりと孔が蠢いた。
    布の上から割れ目の間を擦られて、孔を掻かれる。
    しっかりと躾けられた身体はそれだけでジワリと濡れた。
    「だめ?」
    「……だめじゃない」
    甘えるような声でねだられて駄目だと言えるわけがない。
    そのまま、ベッドに押し倒されるなり、ズボンをずり降ろされ熱杭を埋められた。
    慣らしてもないというのに毎日のように可愛がられているお陰で苦も無く納まった。むしろ狭くなっている内壁をごりごりと擦られ、奥をごつごつと突き上げられるのが良すぎて身を捩る。。
    串刺しにされたようなものなのに馬鹿みたいに気持ちがよくて、泣きながら藍湛を呼ぶ。
    「あぅ、ぁ、ああっ、らんじゃっ……ひっあ、ァア!」
    「かわいい……もっと、気持ちよくなって」
    トロトロとずっと涙を零す陰茎を握られて、先端を擦られて身悶える。
    ガチガチに硬い杭が体内を蹂躙しているのに敏感なところまで刺激されて大きく身体を仰け反らせた。
    足先がビクンと跳ねて、空に浮く。
    腰を持ち上げられて、更に奥へと突き進もうとする藍湛に悲鳴のような嬌声を上げた。
    ぐちぐちと奥を捏ねられて、視界がパチパチと弾ける。
    服を捲り上げられ乳首を抓られ、噛まれるだけで腹の奥がきゅぅんとする。
    藍湛の腰に足を巻き付けて、腰を揺らしてしまうのは許して欲しい。
    「だめっああっ……あぁ、ひんっ、らんじゃんっ、藍湛っ、イイっ、そこ、しんじゃっ、ああ!」
    ぐぷんっと音がした気がする。
    上から圧しかかるように藍湛が動いて、奥を押し開く。
    そこを突かれるだけでも頭が真っ白になるというのに何度も出たり入ったりを繰り返されては堪らない。昇り詰めて降りられなくて、気持ち良すぎて、恐ろしい。
    「やぁあ、ああっああ、らんじゃっ、イっへりゅ、っああっあ、イッてる、きゃや、ぁああっ!」
    「何度でもイッて、魏嬰」
    腰を動かすことを止めない藍湛に泣いて、許してと言っても無駄なことは知っているがそれ以外に出来ることがない。
    どこを触られても気持ちいいし、噛まれたって、何されたって快楽に繋がるのだ。
    きゅうきゅうと腹の中が動くのが分かる。
    その度に藍湛の形を感じて、それが嬉しいと思ってしまうのだ。
    「あっああ、やっ、あひっ……らんじゃっ、だしてっ、あぁっ、はやくぅ……」
    そこにあるのだと腹を引っ掻いて、胤を求める。この気持ち良すぎる地獄の終わりをねだった。
    「魏嬰っ、君は……っ!!」
    「あっあああっ―――!!!」
    腰を強く掴まれて、一際強く突き入れられた。
    奥で何かが弾ける感覚がして、頭が真っ白になった。

    結局、一度で終わるわけもなく。
    体勢を変えてして、風呂でもした。
    そのまま泥のように眠りたいところを膝に乗せられて、食事を取らされた。
    いつものことながら、藍湛の体力は化け物じみている。
    その後、ようやく寝ることを許されて目が覚めたら昼を回っているのもいつものことだ。
    重い身体を起こして伸びをする。
    今日も朝早くから出て行った藍湛の用意してくれた食事を温めて食べてから、パソコンを立ち上げる。
    江澄からのメールに返信をして、少しだけディティールをまとめていく。組み込みたい機能を書き出してみて、取捨選択をする。気付けば集中していて、身体を動かせば関節が音を立てる。
    少し体を動かしたくて、外に出れば強い日差しに少しくらりとした。
    広い敷地内をのんびり散歩しながら阿苑のことを考える。
    一緒に暮らしたら何をしてやろうか。合奏も楽しそうだけど、一緒に遊びにも行きたい。そこに藍湛にも居たら本当に楽しいだろうな、と思う。
    けれど、と思考はぐるぐると戻っていく。
    「魏嬰」
    「藍湛!」
    ぼんやりしていて、全然気づいてなかった。
    振り返った先に居た藍湛に抱き着いた。
    「今日は終わりか?」
    「うん。君は?」
    「飽きたから散歩してたとこ」
    どれだけ力を込めてもびくともしない肉体に惚れ惚れしてしまう。
    長時間の演奏に耐えるように、と姑蘇楽団では体力作りも課せられている。
    小さい頃からその教えを受けている藍湛は日常的に筋トレをしている。
    汗を掻きながら腕立てをしている姿を初めて見た時はキュンキュンして、すごく盛り上がったのを覚えている。
    「どうだ?」
    「うん、だいぶ良くなった」
    「それは良かった」
    手を繋いで静室に向かって歩く。
    ここに阿苑が居たら、と考えてしまって少しだけ寂しくなった。
    「魏嬰?」
    「なんか、お腹空いたな」
    「うん、早く帰ろう」
    藍湛に抱き上げられたので、返事の代わりに唇を啄んだ。

    「荷物が届いていた」
    「お、ありがとな」
    先日頼んでいたものが届いたようだ。段ボール箱を藍湛から渡されて、早速開けていく。
    モバイルパソコンをセットアップしている間に頼んでいた電子楽器に不備がないかを確かめる。ちゃんと音も出るし動作に問題がないことを確認して、電源を落とした。
    「魏嬰、それは?」
    「んー、ちょっと人にプレゼントする用」
    「そう」
    立ち上がったパソコンに必要なアプリをインストールして、問題なく動くことも確認してから落とす。
    「明日はまた温情たちと出掛けてくるな」
    藍湛が眉間に皺が寄る。
    随分と素直になったものだと思う。
    にじり寄って、膝に乗って眉間にキスをする。
    「ちゃんと、お前が帰る頃には戻ってるよ」
    「……うん」
    渋々といった体で頷く藍湛にひとしきり笑ってから、甘やかすように唇を舐めたら逆に噛みつかれてしまった。
    零れた唾液まで舐めとってから、夕食の準備をすると部屋を出た藍湛の耳が赤くなっていたのを見てまたひっそりと笑う。
    「あぁ、幸せだなぁ」
    思わず零れた言葉に、改めて幸せを実感して目を閉じた。

    用意したものを無事に温寧に渡し、阿苑に電子楽器も渡した。
    「これ、なあに?」
    「オタマトーンっていう楽器だよ」
    スイッチを入れて使い方を教えてやると早速音を出して、丸い部分をフニフニしだす。その様子があまりにも可愛くて思わず動画を撮ってしまった。
    それを今日来れなかった温情に送り付ける。
    小さな手を取って目印にゆっくりと指を当て、音を教える。もうひとつ用意したもので簡単な曲を弾けば目を輝かせた。
    「阿苑。哥哥はしばらく会いに来れないんだ」
    「え、羨哥哥に会えないの?」
    途端にうるうると目を潤ませる阿苑を抱き締める。
    「ここには来れないけど温寧がお話出来る機械を持ってきてくれるから、それでお話しよう」
    「お話する」
    「それで、阿苑がこれを上手に弾けるようになったかも教えてくれ」
    「うん!」
    明るい顔になった阿苑の頭を撫でて、頬を寄せる。
    簡単な曲の楽譜を渡して約束をした。
    「ここでは他の人の迷惑になるからお外が暗くなったら弾いたら駄目だぞ」
    「はぁい」
    「いいこだな、阿苑」
    くふくふと笑う幼子を撫でまわす。小さな笑い声にこちらの顔も緩むというものだ。
    温寧も一緒に笑いながら、面会時間ぎりぎりまで阿苑と練習をしたのだった。
    そうして、阿苑に会って数日後には異国の地に降り立った。
    「藍湛、今回はみんなと別のホテルか?」
    「いや。ホテルは同じ」
    「そうなのか」
    「うん。会場から一番近いから」
    移動距離が一番少なく済むホテルだということだ。
    長期滞在が必要な場合はそれ用にホテルを楽団で押さえるものだが藍湛はそれを断り自身で部屋を手配する。理由は言わずもがな。
    大きなスーツケースを転がしながら歩く姿も人目を引く男が恋人と居る時間をそれは大事にして、獣も斯くやと言わんばかりのセックスをするとは思わないだろう。
    「魏嬰、こっち」
    ふらふらと歩く魏無羨の腰を抱き寄せ、車道から離す様子はどう見ても紳士的だというのに。
    その格差に腹を抱えて笑い出したいような、そんな姿を知っているのは俺だけなのだと自慢して回りたいような気分で腕を絡めたのだった。
    実際のホールでの音の響きを確認しての練習期間が終わればいよいよ公演が始まる。
    藍湛が取っていたのがスイートルームだったお陰で他の部屋への気兼ねも少なく通話が出来る。
    毎晩、鳴かされているので音が漏れていたらそれだけで含羞ものであるのだけれど。
    藍湛が居ない時間を利用して、温寧と連絡を取り、阿苑と通話をしていた。
    時差があるので長時間は難しかったが、曲を一曲奏でて、近況を話すくらいは余裕がある。
    画面の向こうで一生懸命音を奏でる阿苑を微笑ましく見守りながら頭を撫でてやれないことを寂しく思う。
    『どうだった? 羨哥哥』
    「上手だったぞ! よく練習したんだな」
    『うん!』
    満面の笑みで頷く子供にこちらも笑顔になる。
    「今度はここの部分でこうして……」と持ってきていたオタマトーンを鳴らす。
    単調になりがちな音が揺らぎ深みが出る。拙いながらも真似をする阿苑にゆっくりと同じ動作を繰り返してやれば少しずつ滑らかな動きになっていく。
    「そうだ、上手だな」
    嬉しそうに笑う阿苑のふくふくとした頬を抓んでやりたい衝動に駆られる。
    だがそういうわけにもいかないので我慢するしかない。
    この楽器については阿苑と同じく初心者だが、阿苑に教えてやらなければいけないのでこっそり練習をしているのだ。それも藍湛の居ない時にしか出来ないので中々大変だけどそれでも元々音楽をやっていたので出したい音を出せるようになるまで然程時間は掛からなかった。
    「そろそろ、時間だな。阿苑、またな」
    『……うん、羨哥哥。練習がんばるね』
    「おう。楽しみにしてる」
    『魏さん、それでは』
    「温寧も、またな」
    寂しそうな阿苑に別れを告げて、温寧にも挨拶をする。
    ぷつっと切れた画面を落として、深く息を吐く。
    あの寂し気な顔を見てしまうと胸がぎゅっと締め付けられる。
    早くしなければいけないことも分かっているのだが、どうしても切り出す勇気がなかった。
    それが良くなかったようだ。
    「魏嬰」
    「おかえり、藍湛」
    「うん、ただいま」
    掛けられた声に振り向くと衣装を身に纏ったままの藍湛が居た。
    ハグをして、キスをして顔を見るとどこか拗ねたような顔をしていた。
    「どうした? 今日の公演で何かあったか?」
    「ない……君は?」
    「俺に何かあるわけないだろ? 今日はずっと部屋でパソコンを弄ってたからな」
    「そう」
    瞼を伏せると長い睫毛で影が出来て、それすらも美しいなんて罪な男だと思う。
    明日は休演日だということは知っていたのでホテルのレストランを予約してある。
    阿苑と通話するために服だけは着替えていたのでジャケットを羽織ればすぐに出掛けられる。
    「ほら、食事に行こう」
    藍湛の腕を引けばすんなりとついて来る。
    それに気をよくしてあることないこと話をしながら食事をした。
    藍湛の顔を見ながら食べるだけで料理の味が格段に上がる。ワインもいい味をしていたし、食後に飲んだブランデーも美味しかった。
    そうして上機嫌で返って来た途端、ベッドルームに引きずり込まれた。
    明日は休みだし、予想はしていた。勿論期待もしていた。だが、それはこんなことではなかった。
    「魏嬰」
    「嘘だろっ、藍湛!」
    上着を中途半端に脱がされ、後ろ手に拘束されて、スラックスごと下着を脱がされた。
    「教えて」
    「え?」
    何を、と問いかけようとしたら無防備にさらされた陰茎にネクタイを結ばれた。
    「藍湛っ!!?」
    「君が隠していることを教えて」
    ぎくりと身体を震わせ、そろそろと顔を上げる。
    真直ぐな金の目がこちらを見下ろしていた。

    「ぁぁああっ、やらっ、らんじゃ、だしたっああ、らめ、そこはぁあっ!」
    「魏嬰、答えて」
    教えてくれるまで外さないと言われた通り、何度お願いしてもネクタイは外して貰えない。
    敏感なところを嫌と言うほど弄られても決定的な刺激は貰えない。
    乳首は腫れて、息を吹きかけられるだけで痛みにも似た疼きを産む。
    中を指で掻き混ぜられ、前立腺を撫でられるけれど柔らかなその刺激はいつも激しく犯されてる身からは物足りないものでしかない。
    内腿に歯を立てられ、吸い付かれ、尻を揉まれ、臍を舐められる。
    耳殻は舐められ、噛まれ、そのまま甘く名前を呼ばれる。
    「魏嬰、いい子だから」
    「ひあぁっ!!」
    こうして欲しいのだろう、と問いかけるように前立腺を捏ねられた。
    びゅくっと先走りがネクタイを濡らす。
    教え込まれた悦楽が欲しいと身体は熱を上げ、身悶える。
    足がシーツを乱し、腰が大きく仰け反る。
    それでも精液を出すことは出来なくて、反り返った陰茎からはとろとろと先走りが垂れている。中でイくにも刺激が足りず、ひくひくと切なく蠕動する腸壁を持て余すばかりだ。
    「魏嬰、教えて。何を隠しているの? 私には言えない?」
    甘く、優しい声だけど、容赦なく与えられる責め苦はだんまりを許してくれない。
    「あっあ、らんじゃぁあっ……やぁあ……も、なかいれてぇ、だしたぃいっ」
    「ちゃんと中に入れてる」
    「ひゃああっあ、ちがっああっあ、ゆびじゃ、やだあっ」
    訴えればそれの存在を知らせるようにコリコリと前立腺を抉られて、ふっくらと盛り上がった縁を親指が撫でる。
    それだけでひくひくと飲み込もうと動いてしまうように躾けたのは藍湛なのに、と快楽に融けた頭は悲しくなる。
    「やっ、やらっ……らんじゃ、のほしぃ……ちょうらぃ」
    「なら、教えてくれる?」
    「いうっ、いうからっ……も、いじわるやらぁ」
    「うん」
    藍湛の声が聞こえると同時に中の指が抜かれて、身体をひっくり返される。
    そうしてようやく、熱くて硬い肉茎が与えられた。
    「あぁ~~――――っ!!!」
    肉輪を潜り、ごりごりと内壁を擦り上げながら奥へと突き進むものに身体が歓喜する。
    パツンッと尻たぶが肌に当たり音がする。その刺激で中を締め付け、絶頂に至る。
    ずっと我慢をさせられて、熱を上げていた身体は何度も昇り詰め、降りて来られない。
    「ひっあ、あ、イってりゅ……イってるからああっ」
    「うん、こっちもイって?」
    グイっと身体を起こされて、藍湛の膝に座るような体勢にされる。自重もあって、更に奥に入り込んでくる。それに悲鳴を上げているというのに、ネクタイを外され、大きな手が陰茎を握って擦りあげる。
    中も外も揉みくちゃにされるような快楽に耐えられず、逃げようと腰が浮く。それを許さない藍湛が腹を抑え、更に突き上げてくる。
    頭を振り乱しながら吐精したのに、まだ残っていると言わんばかりに鈴口を擦られ潮まで噴いてしまった。
    藍湛の肩に後頭部を預け、息をするので精一杯で足先までぶるぶると震えているのに中でドクドクと脈打つ熱は硬さを保ったままなのが恐ろしい。
    「ぁ……じゃ、ん」
    「魏嬰、もっと……」
    「ひぁ、あっあ、あ、だめっ……そんなの、むりぃ」
    「無理じゃない」
    両膝を膝裏に回された腕で抱えられた状態で奥を突きあげられる。
    狭くなった中をちっとも衰えない怒張が遠慮なく犯していく。
    藍湛に抱えられている以上、自分で動くことも、身体を支えることも出来ずに、成すがまま揺さぶられて、快楽に落とされる。
    「らんじゃっ、ァあっ、やさしくしてぇ」
    「おしおきが終わったらだ」
    蕩ける程に甘い声が紡いだ言葉に諦めるしかないことを知った。


    気が付いたのはすっかり夜も空け、昼に差し掛かろうとする頃だった。
    ガタガタの身体を起こすことも出来ずに居るといつもよりラフな格好をした藍湛が起こしてくれた。そのまま、水を飲まされ、服を着せられる。
    顔を拭かれ、髪も梳かれて、ようやく人心地付いた。
    身体を起こしておくのも腰が立たず、凭れておくしか無理で藍湛の膝に乗せられて、ルームサービスのサンドイッチを口に運ばれる。
    ほとんど介護の領域だが、藍湛はどこか楽しそうだし、大体藍湛の所為なのでされるがままになっている。
    「魏嬰?」
    「もう、お腹いっぱいだよ」
    まだ口に運ぼうとするのを断って水を飲む。食べかけのそれは藍湛が食べた。
    食べ終わったけれど膝から降ろす様子のない藍湛に内心で溜息を吐く。
    前後不覚の状態とはいえ約束をしたのだ。これで言わないとなればもっとひどいことになるだろうことは分かっている。
    分かっているのだが、怖いのだ。
    「魏嬰、大丈夫だから。教えて」
    宥めるような優しい声にグッと喉が詰まる。
    ずるい奴だと詰りながら訥々と阿苑のことを話す。
    「俺は、阿苑を引き取りたい……お前が、子供は要らないと言うのなら別れてもいい」
    そう言った瞬間思いっきり腹を締められた。
    「魏嬰、君は私と別れたいのか?」
    「そんな筈ないだろっ!」
    「なら、どうしてそんなことを言うの?」
    後ろから覆いかぶさるようにして藍湛が尋ねてくる。
    回された腕がぎゅうぎゅうと締め付けて、逃がさないとばかりだ。
    「だって、親子ごっこじゃないんだぞ? 絶対大変なことはあるし、そもそも子供なんて考えたことも無いだろ? だけど、俺は阿苑をひとりにしたくないんだ」
    「私も同じだとは思わないのか?」
    その言葉に思わず首を横に向ければ、肩口に顔を寄せた藍湛と目があった。
    弛んだ腕の中で体勢を変えて、藍湛に向き直る。
    「あの子が孤児になったと聞いて私がなにも思わないとでも?」
    「それは……」
    「私ひとりなら躊躇ったかもしれないが、君が居るなら躊躇う必要もない」
    澄んだ目がジッと見ている。
    ひとりじゃないから、躊躇わないと言い切った藍湛に胸が熱くなる。
    「魏嬰、私と結婚して欲しい。君と阿苑と家族になりたい」
    「っ……、うん……うんっ!」
    ぎゅっと抱き着いて頷く。
    目が熱くて、ボロボロと涙があふれてくる。
    背中を抱き締めてくれる手が優しくて、涙が止まらない。
    「藍湛っ……だいすき」
    「私も、愛してる」

    と愛を再確認したところでまた盛り上がってしまい、ベッドから出ることなく一日を終えてしまったのは余談である。
    翌日、夕方まで重怠い身体を休めてようやく起き上がれた俺とは裏腹に、藍湛は朝から元気に出て行って二公演を熟したというのだから不公平だ。
    まだ公演期間中ということもあり、このことは二人の間で留めておくことにして、休演日や時間の合う日は一緒に阿苑と通話をするようになった。
    最初は知らぬ顔に驚いていた阿苑もすぐに懐いて、にこにこと笑顔で話すようになる。たまにしか会えない藍湛に興味津々な阿苑のために、練習成果の披露は藍湛の居ない時にとなり、藍湛が居る時は阿苑に慣れないながらもいつもより話そうと頑張っている姿を見守るのが役目となった。
    そんな公演も途中で江澄が来たりと色々あったが最終日を迎え、ようやく本国へと帰ることになった。
    長期公演が終われば短いがオフになる。藍兄弟は次が控えているので特に貴重な休みだ。
    「兄上、叔父上、少しお話をよろしいでしょうか」
    その休みに入るなり藍湛が話を切り出した。藍湛の隣でドキドキしながら二人を見る。
    「なんだ?」
    「魏嬰と籍を入れ、養子を迎えようと思います」
    「は?」
    藍啓仁が一音発して固まってしまった。
    困ったような顔をした藍曦臣がそっと肩を叩き、話の続きを促す。
    「忘機、お前たちは結婚をするつもりがあったのだね」
    「私はいつでも魏嬰が望めばするつもりでした」
    「え、そうだったの?」
    数年前に世界の流れに押される形でこの国でも同性婚が合法になったが偏見は根強く残っている。恋人であることはパパラッチのこともあり、半分公然のようなものであったが結婚となると当たりは段違いになるだろう。
    楽団であるとはいえ、藍湛には固定のファンも居るため同性婚はマイナスになる。それもあるから考えていないのだと思っていた。
    だから驚いたのだが、藍湛に咎めるようなじっとりとした目で見られてしまった。
    「阿苑を養子に迎えたいと考え、それなら名実ともに夫夫として、家族になりたいと思いました」
    「俺も! 藍湛と阿苑とちゃんと家族になりたい」
    藍湛の言葉に続けて発言すると、ぎゅうっと手を握られた。
    それを聞いた藍曦臣は嬉しそうに微笑んで、藍啓仁を見た。
    「叔父上」
    「ふんっ、もういい年だ。責任も取れる男に反対する必要もなかろう」
    藍曦臣に促されるように告げられた言葉に藍湛と顔を見合わせて、笑う。
    認められることがこんなにも嬉しい。
    「ありがとうございます!」
    「叔父上、兄上、ありがとうございます」
    その喜びのままにお礼を言うと必要ないとばかりに手を振られた。
    話がそれだけなら行け、と追い出されても嬉しい気持ちは消えなくて、藍湛と手を繋いで跳ねるように静室に帰るのだった。
    それから二人で結婚のための書類を用意するために役所に行く。
    籍を入れてすぐに養子に迎えるのは難しいので少しでも早く籍を入れる必要があった。
    年齢も足りて居らず、条件付きになってしまうのでそのあたりも色々と準備が必要だ。
    勿論、阿苑にも二人で会いに行った。
    そんな事をしていたらオフはすぐに終わってしまって、藍湛は曦澄兄さんと一緒にするコンサートの準備に入った。
    二人で様々なジャンルの音楽を色々な楽器を使って奏でるコンサートは公演数が少ないということもありとても激戦なのだ。
    そこは関係者枠というか、招待枠で用意されているわけではあるが。
    そういうわけでひとり考える時間が出来た。
    江家からの仕事を進めながら、いつ江澄や姉さん、おじさん達に伝えるかを考える。
    温情と温寧は阿苑の通話に藍湛が一緒に居るようになった時に伝えている。
    江澄が姑蘇楽団の公演に来た時とも思ったがそれどころではなかった。改めて伝えるとなると言い出しにくいものなのだ。
    綿綿からの呼び出しを建前に江澄のところに向かう。連絡を寄こせと文句を言うが決して追い出そうとはしないところがこいつの優しい所なのだ。
    共通の話題は多くて、話が尽きることはない。
    今は特に、藍兄弟主演のコンサートの件で色々とネタがある。
    衣装のこともだが、演目なんかについてもそうだ。
    二人の作るセットリストに俺たちが影響を強く与えることも自覚しているので気を付けているのだが、中々難しいこともある。
    まさか、あの二人が子供向け番組の曲を演奏するとは思いもしないし、ただでさえ高級な楽器を簡単に購入するとは思いたくはない。
    それでもやらかしてしまうのがあの二人なので、過去のあれこれを考えて迂闊だった自分たちが悪いのだろう、という結論に至る。
    実際に演奏をすればこの上なく素晴らしい出来なのだろうことも予測できるのだが、夢を見て観に来るファンには申し訳ない気分になることもある。
    そんな話に花を咲かせていると喉が渇いたのか、江澄がコーヒーメーカーをセットした。香ばしい匂いがふわりと漂い始めると江澄の眉間の皺が少し薄くなる。
    目の前にコーヒーカップが置かれた。
    「魏無羨、このコーヒーが無くなるまでに話さなければもう聞いてやらん」
    ハッと顔を上げれば鼻で笑われた。
    気付かれていたのかと気恥ずかしさに鼻を掻く。
    「江澄、その……」
    「なんだ」
    「籍入れることにした」
    ようやく口にした言葉に江澄が驚いた顔をする。
    「……そのつもりがあったんだな」
    その言葉に思わず笑う。
    同性婚が可能になっても互いにそれについて話題にすることは無かった。
    このままでもいいと思っていたから。
    「俺は入れなくてもいいって言ったんだけど藍湛が……子供を引き取ろうと思って」
    「子供?」
    「うん……阿苑って子。温情と温寧の親戚で」
    「あぁ、覚えている。お前の散々惚気られたからな」
    事情を含めて簡単に伝える。阿苑を連れている時に江澄にも会ったことがある。
    どうやら覚えていたようだ。
    「事故でその子が孤児になっちゃったみたいでさ」
    「そうなのか」
    「それなりに蓄えはあるし、何度か会いに行って、引き取る条件とかも調べてたんだけど」
    阿苑の状況も含めて説明していると呆れたように肩を竦められた。
    「どうせお前、あいつに言ってなかったんだろ」
    「よくわかったな」
    そして、何も言っていないのに行動を読まれていることに苦笑する。
    「温寧たちと相談して、引き取れる条件をどうにかできるって話になった時に藍湛には言ったのかって言われて……」
    「それで結婚か」
    「ん……」
    本当はそれでも言い出せずに怪しまれた結果、言質を取られて吐かされたというのが真相だがそこまで言う必要はない。
    とりあえず円満に収まったのだからいいのだ。
    「いつするんだ?」
    「籍だけ入れて養子縁組の手続きをする予定」
    「は?」
    「それを藍忘機は受け入れたのか?」
    「書類が揃ったらすぐに、っていう話はした」
    「そうか……」
    江澄が訝し気な顔をするが何の問題があるのかが分からない。
    書類自体は取り寄せたりもあるのでもうしばらく掛かるがコンサートの終わりには揃うだろう。そうすれば暫く落ち着くし、養子縁組の手続きのためにも丁度いいだろうという心積もりだ。
    なるべく早く阿苑を引き取りたいという話には藍湛も同意してくれたから予定としてはそんな感じだ。
    秋は長期休暇を取るのでその時に必要な書類を集めて、阿苑を迎えるための物品の購入やら色々と回りたいのだ。
    そんな感じの計画について江澄に話していたら何故か溜息を吐かれたので江澄も疲れているのかもしれない。
    仕事中に来てしまったし、そろそろ帰るべきだろう。
    ずっと告げたいと思っていたことを伝えることが出来たのでなんだか足取りも軽い。
    「それじゃあ、俺は帰るな」
    「あぁ、気を付けて帰れよ」
    見送られて、江家を後にする。
    スマホを確認すれば藍湛は今日のミーティングを終えたようで、迎えに来てくれるらしい。今、終わったことを伝えて藍湛の迎えを待つことにした。

    「魏嬰、待たせた」
    「いいよ。お前のこと待ってるの嫌いじゃない」
    「そう」
    少しだけ表情を緩ませる藍湛に笑いながら手を伸ばす。すぐに手を握られた。大きな手に包み込まれるのはとても幸せで、嬉しい。
    そのまま繋がった手を揺らしながら家に帰るのだ。
    「どう? 曲決まった?」
    「うん」
    「そうか、よかったな」
    「うん」
    「じゃあ、パンフレットとかその辺の話も進んでるのか?」
    「兄上がリストを送ると言っていた。後、使う楽器の選定が少しある」
    「そうか。後は写真撮影とタイトルが決まれば正式告知だな」
    パンフレット用に撮り下ろす写真のお陰でチケット数の数倍売れるのである。
    通販もしているが年々売れ行きが上がっているというのが恐ろしい。
    藍湛自身はあまり撮影が好きではないようだがこれも営業の内なので諦めるしかないのである。
    「タイトルは決まりそう?」
    「まだ……」
    姑蘇楽団の公演は定期演奏会と銘打たれ、何回目かだけが変わっていく味気ないものだった。それを藍氏兄弟のコンサートにも適応しようとしたので待ったを掛けたのは他ならぬ俺自身なのでちょっと考える。
    竜吟虎嘯、愛月撤灯もその時の気分で決めた。前者は二人の合奏の息の合い方から付けたし、後者はファン心理だったり藍氏兄弟の愛情的なものから付けてみた。
    さて今回はどうするか、と隣の藍湛を見上げる。
    昔は同じくらいだったのにすっかり見上げるようになってしまった。
    どの角度から見ても極上の男なので文句はないけれど。
    この顔を見ながら、天上の調べを聞けるというのは本当に得難い経験だと思う。
    チケットが瞬殺されるのも無理はない。
    その凄まじい勢いを見越して、専用のサイトとシステムを組んだし、細かく金額分けをして、前方の席は桁が違う金額にしたというのに瞬時に消えたのだから恐れ入る。
    所謂S席はプレイガイドには回さず、完全に姑蘇楽団のチケット予約システムだけでの販売だというのにだ。
    と言うところまで思考が飛んだところで、ふと思いつく。
    「錦上添花はどうだ?」
    「錦上添花」
    「そう。お前と曦臣兄さん。良いものに良いものが合わさってるだろ?」
    顔の良さに音の良さ、ひとりではなく二人の極上の男によるコンサート。これ以上ないタイトルだと笑えば、しばし考えてからうんと頷く。早速、藍曦臣にメッセージを送っている藍湛に気分が上がる。我ながらいいタイトルだと思う。
    それからしばらくして、藍湛のスマホが震える。
    「兄上からも許可が出た」
    「じゃ、決まりだな」
    「うん」
    これでタイトルも決まった。後は撮影だがこれは二人の練習風景を使うのがお決まりなので近日中に撮影が始まるだろう。
    所謂、オフ写とかバックステージとか言われたりするやつだ。練習という普段の様子が垣間見えるというのが貴重なのだろう。
    「俺も練習見に行ってもいい?」
    「……いいけど、全部は駄目」
    「分かってるよ。本番までのお楽しみは必要だものな」
    よく演奏するような曲目は見せてくれるけど変わり種は本番を楽しみしていてと見せてくれないのもいつものこと。
    あまり弾きなれてない曲は下手だから聞かせたくないというのを知ったのは間違って藍湛が酒を飲んでしまった時のことだ。
    「阿苑も呼んでやりたいんだけどいいかな?」
    「構わない」
    「ありがとう、藍湛」
    「家族になるのだから当然のことだ。ありがとうは必要ない」
    「はは、大好きだ」
    「それは嬉しい」
    べったりとくっ付いて、笑いながら歩くのはとても楽しかった。

    藍湛に許可をもらったとはいえ、阿苑を連れて出る許可は必要だし、保護者も必要だ。
    それもあって、温情と温寧にメッセージを送る。少し先だから予定を空けると言ってくれて嬉しい限りだ。どうせなら最終公演がいいだろうと日時を伝えて三人分のチケットを手配する。
    江澄は俺と一緒に半強制的に観に行くことが決まっているが、姉さんやおじさん達の予定は確認しておかないといけない。その当たりは江澄が連絡をくれるはずだ。
    阿苑にも会いに行って、コンサートのことを伝えた。最近は音楽が楽しいようで、とても喜んでくれた。
    綿綿のところにも初回の採寸に行った。去年までと大きく差がないことを確認されるだけだったのでそのまま作ればいいと言ったら怒られてしまった。身体に合わせようと思えば細かくなるのも分かるのだが、面倒なことには変わりないのだ。
    次は仮縫いでと言われて肩を落とす程度には疲れる。
    だが、藍湛が選んでくれた服を着ること自体は楽しみなので仕方ないと諦めてもいる。
    あぁ、阿苑にも服を用意してあげないといけない。
    カジュアルでも問題ないが観客が気合を入れてくるのがコンサートというものなので浮かない程度の服装は必要なのだ。
    一応、温情にも伝えて同意を得る。服のサイズが必要だからと孤児院にも連絡をしてある程度のサイズを教えてもらう。
    子供はすぐにサイズが変わるからと完全なオーダーではない方がいいだろう。
    綿綿にサイズを伝えれば次までに用意してくれるということなのでそこは安心する。
    藍湛の服の相談もする。金家はスポンサーであり、衣装提供者でもある。
    形や色合いを相談して、後は藍曦臣とのバランスがある。まだ、江澄が決めていないようなので大雑把な話だけをして店を後にした。
    そうやって、意外と忙しく過ごしていると江澄から連絡が入る。
    仮縫いの衣装合わせに行く日を教えろ、という内容にスケジュール表を見る。
    ひとりで行ったところで着せ替え人形となるだけなので江澄が居た方がマシだろう。
    江澄がいつ行くのかを尋ねると日程が返ってくる。
    その日なら丁度空いていたので俺も一緒に行く旨を送った。
    そうしたらすぐに時間が返ってきたが随分と朝が早い。
    起きれる自信はまったくなかったので藍湛にお願いする羽目になった。
    あいつは何故か江澄が絡むと一層頭の固さが増すので頷いてもらうのに随分と苦労した。主にベッドの中で。
    そうして、当日は何とか朝起きられる程度に止めてくれて、江家まで送ってくれた藍湛に感謝する。
    おじさんとおばさんも居て、久し振りに会ったけど元気そうで安心した。
    江澄と藍湛は反りが合わないのか、あまり仲が良くない。今もふんっと鼻を鳴らしている江澄を藍湛が恨めしそうに見ているのが可愛らしい。随分と表情が出るようになったものだと思う。
    藍湛は藍曦臣と練習があるから、と帰っていった。
    そのまま、クルマに乗せられてどこかに運ばれる。
    綿綿のところならそこまで遠くない筈だが今日は別の所らしい。
    来たことのない倉庫のような建物を見上げていると江澄は場所を知っているのか先々進んでいく。慌てて追いかけると姉さんと綿綿が居た。
    「阿澄! 阿羨!」
    「姉さん!!!」
    久し振りと抱き着くと背中を撫でられた。それから両手で頬を包まれて顔を覗きこまれる。
    「久し振りね、阿羨。顔を良く見せて」
    「姉さんに会えて嬉しいよ。今日はどうしたの? 江澄からも聞いてたけど姉さんまで来るなんて」
    「ふふ、良いことよ」
    「ほら、魏無羨行くぞ」
    姉さんと話していたというのに江澄に襟首を掴まれ、更衣室に引っ張って行かれる。
    折角会えたのに、と頬を膨らませていると綿綿が服を渡してくる。
    江澄も同じように渡されて、当初の目的である仮縫いの衣装合わせだ。
    綿綿が手際よくサイズを細かく合わせていく。
    一着合わせたら次と脱いでは着てを繰り返すことを三度。そんなに必要ないだろうというのに用意すると言って聞かない藍兄弟の要望がふんだんに盛り込まれた衣装だ。
    江澄の衣装を見て藍曦臣の好みとはこんな感じなのかと藍湛との趣味の違いを感じ取る。
    三着目が合わせ終わり、ようやく終わりだと脱いでいると何故か元着ていた服を放り投げられた。文句を言うと別の服を渡される。
    先ほどまでのものよりもずっとフォーマルなその服はとても手が掛かっていることだけが分かる。
    「お前はまだ終わってない」などと言われて着せられた服を綿綿と江澄が上から下まで確認している。しかも江澄はどこからかカメラまで取り出しているのだ。
    細かいところを綿綿が手直ししたら何故か姉さんのところに連れて行かれた。
    一体何なのか、と首を傾げていると姉さんに両手を取られてしまう。
    「よく似合ってるわ」
    そう言って喜ぶ姉さんに逆らえる筈もなく、いつの間にか用意されていた椅子に座らされてしまった。
    座った途端、何人もに取り囲まれて目を白黒させていると姉さんに怒られた。
    「阿羨、動かないで」
    姉さんに窘められたら動けるはずもない。
    化粧水に始まり、乳液やら色々つけられて、化粧をしていく姉さん。
    藍湛が結んでくれた髪紐が解かれた気配に思わず振り返りそうになるが姉さんの手がそれを許さない。
    仕方なく大人しくしていると髪にも何か付けられている気配がする。
    両手をそれぞれ取られ、何かの上に置かれたかと思うと爪にひやりとした感触がする。
    視線だけを動かして江澄に訴えるが、カメラをずっと回していて助けてくれない。
    どこもかしこも、何をされているのか全く分からない。
    姉さんが唇に刷毛を滑らせ、ようやく終わったと思ったら薄い布が目の前を覆い隠す。
    「さあ、立って? 阿羨」
    頭が重くて、ふらふらする気がする。
    それでも姉さんが望むなら、と立ち上がる。
    薄布一枚隔てただけなのになぜか少し心細い。
    「何なんだよ」
    「ふふ、阿羨にはモデルになってもらおうと思って」
    「モデルぅ!?」
    これはどういうことなのかと思わず零れた言葉に笑いながら返された答えに目を剥いた。
    「お前が姉さんの役に立つんだ。光栄に思え」
    江澄は鼻で笑うように言うが、姉さんの役に立つのは嬉しいけれどいくら何でも。
    「……これ、俺には合わなくない?」
    こんなかっちりとした、それでいて華やかな装いは柄じゃない。
    「まぁ! 阿羨は私がデザインした服が気に入らない?」
    「姉さんが!? そんなことないよ! でも、こう、かっちりした綺麗な服って俺のキャラじゃないっていうか……」
    「ふふ、これは特別な時に着る服なのだから阿羨が一番綺麗に見えるように作ってるのよ」
    姉さんが本当に嬉しそうに言うから、気恥ずかしいのに嫌だとは言えなくなってしまう。
    それに特別って言うのが気になる。
    姉さんの仕事のモデルということは?
    「大丈夫よ。顔は写さないから」
    「えっと?」
    「同性婚、特に男性同士の場合、衣装に遊びが少ないでしょう? それでもハレの席ですもの。少しでも幸せな式のお手伝いになればと色々とデザインを作っているの」
    「うん」
    「その一環として式の衣装を合わせている姿のプロモーションを作っているのよ」
    「それでこれ?」
    「ええ」
    確かに着心地のいい服なのだ。
    手を持ち上げて指を見ればあの短時間でよくここまでと言うくらいに磨き上げられ、色が付けられている。
    惰性で伸ばしていた髪は藍湛が切ることを厭い、自分が全て手入れをすると言い切ってそのまま伸ばされていたのだが、きっちりと結い上げられていてその技術の高さに関心する。
    「さあ、次はこれに着替えてもらうから外すわね」
    「は?」
    姉さんのまさかの一言に、あれよあれよと脱がされてまた別の服を着せられた。
    そのまま、さっきとはまた別のメイクやネイル、ヘアセットをされて、撮影をされるというのをこれまた繰り返し、すっかり疲れ果てていた。
    姉さんは嬉しそうなので決して嫌ではないのだが服を着て脱いで、メイクをしてまた落としてを繰り返すのは体力が居るのだと改めて知った。
    ようやく、元の服を着ることを許されてほっとする。
    「この事、藍忘機には言うなよ」
    江澄がそんなことを言うので首を傾げる。
    「なんでだよ」
    「プロモーションだと言っただろう。まだ発表されていない内容を告げるなと言っているんだ」
    「成程な」
    突然連れて来られモデルにされたわけだが内容としては理解する。
    同性婚での挙式率を上げたいということだが衣装についての宣伝もあるだろう。
    不用意に情報流出させるのはよくない。
    「姉に着せ替え人形にされたとでも言っておけばいい。間違ってはいないだろう」
    「そうだな」
    姉さんだけではなかったが、確かに脱いで着てを繰り返す姿は着せ替え人形だ。
    来た時同様車に乗せられる。疲労が出て完全に身を預け、うとうとしたところで江家へ到着した。
    そうしたら、外には藍湛が立っているではないか。
    「らんじゃーん、迎えに来てくれたのか~」
    「うん。約束した」
    「その割に、連絡の一つもお前はしていなかったけどな」
    「金夫人から連絡は貰った」
    江澄に肘で突かれて、そう言えばと思いだした。
    藍湛が姉さんから連絡を貰ったと言ったので流石姉さんと笑うと疲れた身体を労るように抱き上げられた。
    呆れた顔の江澄に別れを告げて、藍湛の車に乗る。
    滑るように動き出す車に今度こそ瞼が落ちた。

    ポスターが出来上がったと送られてきた。
    雲深音楽学校にも貼り出されると聞いているそれを一部貰って江澄の所に持っていく。毎年恒例となっているが会社の掲示板に貼ってくれることだろう。
    ついでに姉さん達のチケットも渡しておく。
    その足で温寧にも会いに行く。
    「はい、これ」
    「こ、これ、プレミアが付いてるというあれですよね?」
    「うーん……まあ、でもこれは元々関係者席で回らないやつだし」
    最終公演のチケットではあるがボックス席だし、そこまで高価な席でもない。
    そこを気にされると困るのだけど。
    「阿苑に服も用意したから」
    「はい、ありがとうございます」
    当日は一緒に行くことが出来ないから先に預けておく。まだ日にちはあるけれど二人とも忙しい身の上であるので早いに越したことはない。
    そうやって準備をしていればあっという間に日は過ぎていく。
    「藍湛、行ってらっしゃい」
    「うん」
    「見てるからな」
    「うん」
    今日は早くから会場でリハーサルがあるからと出ていく藍湛に起こして貰い、お見送りをする。膝の上に抱えられてセット前の髪をくしゃくしゃにして頬に額にキスをする。そこじゃないとばかりに見てくる可愛い視線に笑って唇を塞いだ。
    「頑張れよ」
    「魏嬰も気を付けて来て」
    名残惜しいと言わんばかりに口の中を散々舐められてふにゃふにゃにされてしまった。
    それでも、仕事に向かった藍湛を見送って、自分も用意を始めることにした。
    風呂に入ってから用意されいた服を着込む。髪は櫛を入れ、普段はしないハーフアップにする。チケットとスマホを持って部屋を出た。
    会場の前で江澄とは落ち合った。
    江澄は前髪を上げ、しっかりと固めている。その耳にピアスが光っているのに気付いたが触れないでおいた。
    スマホには劇場にすでに入ったと温寧からの連絡もあった。姉さんには事前に伝えているのでもしかしたら挨拶されているかもしれない。
    「そろそろ俺たちも入るぞ」
    人の流れが疎らになったところで会場に足を踏み入れた。
    流石に女性が多いが有名な姑蘇楽団の二枚看板である。音楽好きには堪らない公演でもあるので男性の姿も見られる。
    前方の席はかなり値のはる席であるが若い人や老夫婦の姿も見えて、楽しみにしてくれているのだと我が事のように嬉しく思う。
    最前ではなく、数席後ろ。真正面に舞台の見える席がいつもの指定席だ。
    舞台からも良く見える席をあの二人が指定するのだ。
    深く腰を掛けて周囲を見る。
    若い女性がそわそわと舞台を見ているのがわかる。
    どちらを目当てにしているのか知らないが先約済みだ、と意地悪な気持ちが湧くのは許して貰いたい。
    そんなことを思っていると開演のブザーが鳴る。注意事項に合わせてスマホの電源を確かめてから様々な楽器が並べられた舞台に視線を向ける。
    今日はどんな演奏を聞けるのか楽しみに二人が出てくるのを待った。

    両サイドから二人が出てきた瞬間、周囲で息を呑む音がした。
    そうだろう、そうだろう、と内心思ったがやりすぎだろうとも思った。
    姑蘇楽団の色である白のタキシードにネイビーの蝶ネクタイ。ポケットチーフの色だけが赤と紫で違う兄弟が楽器を構える。楽器を見て伏せていた目がこちらに向いてあの藍湛の口元がかすかに弛む。
    ひゅっと息を呑むと同時に曲が始まった。
    懐かしい曲があの頃よりずっと音に深みを増して奏でられている。
    視線はただただ藍湛に釘付けで、向けられる視線に縫い止められている。
    あの発表会で聞いた曲がメドレーとなって会場に溢れている。
    いつもの二人の楽器で、馴染みのあるクラシックメドレーで始まった演奏会。始まったばかりなのに胸がいっぱいだ。
    テレビを見てカッコいいと言ってしまったエレキのチェロ。白と黒の変形のそれを後ろから抱き締めるように奏でる二人。確かに楽器はカッコ良かったが、それ以上にそれを弾いてる藍湛がカッコ良くて心臓に悪い。
    最後の一音が消えて二人が立ち上がりあたまを下げると大きな拍手が起こる。
    それが静まると藍曦臣がマイクを取った。
    「本日は私たちのコンサートにお越しくださり大変嬉しく思っています。まさか、こんなに続くとは思ってなかったので驚いてもいます」
    藍曦臣が藍湛を見ると藍湛が頷く。
    「いつもとは違う曲、楽器というのは新鮮で、とても勉強になります」
    「兄と二人で曲をアレンジしたので楽しんでください」
    マイクを持たされてるとは思ったがちゃんとトークをしているので随分と成長している。
    「それではそろそろ次の曲に行きましょうか」
    そう言って構えた楽器は見覚えがある。見覚えはあるがここで出てくるものではないだろう。
    曲も覚えがあるし、予告は受けていたが衝撃はある。それが重なることでより大きな破壊力になる。
    ポップなメロディーには合っているのかもしれないが藍湛が無表情で手を動かしている姿に開いた口が塞がらない。
    気付いたら終わったようで藍曦臣が説明を始める。
    「この曲は甥っ子のような子のお陰で知ったのですが、中々に奥が深い番組でした」
    「この楽器はオタマトーンと言います」
    「忘機が持ってきたときは驚いたけど使ってみると面白いね」
    にこにこと笑う藍曦臣と真顔で頷く藍湛に頭を抱えたくなった。
    藍湛に特に教えた覚えはないが阿苑と練習したりしていたのを見ていたのかもしれない。
    それで、何故ここで弾くことを思い付いてしまったのかは分からないが。
    いや、楽器であることに間違いはないのだけれど。阿苑や阿凌は喜ぶかもしれないけど。
    やっぱり、おかしいだろ?
    真顔でワウワウと音を奏でるオタマトーン。
    藍湛も藍曦臣も大きな手をしているのですっぽりと収まってしまっているのがまたシュールだ。
    だが、オタマトーンの出番はここだけだったようで、それ以降は普通の楽器でほっとする。
    藍湛がピアノを弾いて、藍曦臣がサックスを吹いてジャズアレンジした曲を奏でる姿を見て、そうだよ! これだよ! と内心叫んだのは許して欲しい。それほどの衝撃だったのだ。
    最後の曲を終えて、二人がお辞儀をしてはけていく。
    拍手は鳴りやまず、また二人が出てくる。
    アンコールの拍手がおさまると藍曦臣が藍湛を見た。
    藍湛が一礼をしてバイオリンを構えた。
    視線が合う。
    滑らかな滑りだしで流れたのは最近流行のポップミュージックだ。
    タイアップしたドラマが結構面白く、よく見ていたのを覚えていたらしい。
    いや、主人公の一人が藍湛に性格がよく似ていたのだ。
    そんなことは興味もなさそうなのにこうして、覚えていて演奏までしてくれることに愛されているなぁ、と実感する。
    テレビサイズの短い曲ではあるがバイオリンの演奏というのはまた印象が違うものだ。
    弓が離れるとまた拍手がおきる。
    二人が礼をして、また舞台袖にはけていく。
    次は藍曦臣の番だろう、と拍手が続く。
    暗転したままの舞台上で何かが動いている。
    パッとスポットが照らされ、両袖から二人が出てくる。
    拍手が止むとスポットが消えて、いつの間にか降りていたスクリーンに映像が映されると間の抜けた音が結婚行進曲を奏でだした。
    映像はどう見ても覚えがあるものだし、演奏自体は素晴らしいのに楽器がオタマトーンでどこか力が抜けるしで情緒が落ち着かない。
    映像の提供はどう考えても江澄か姉さんなので二人は知っていたのだろう。
    たぶんこの曲を選んだ藍曦臣も知っている。
    藍湛は、知らなかったみたいだ。
    舞台の上なのに客席に背中を向けて、スクリーンをガン見している。
    服を作ったテーラーとか、アクセサリーショップ、ネイルサロンなんかのクレジットが入ったりしているので確かにプロモーション用の映像となっている。
    顔は全く映ってないのに、あの様子だと俺がモデルなのだとバレてるんだろう。
    まったく落ち着かない心地で二曲目のアンコールが終わってしまった。
    金家のロゴだけが映るスクリーンからようやく客席へと向き直った藍湛と目が合う。
    なんだか怖い目になっていて、鳥肌が立った。
    オタマトーンを持った藍曦臣が礼をして、それに倣って藍湛も礼をする。
    盛大な拍手で幕が下り、会場の明かりが灯る。
    アナウンスに従って、観客が退場していくのを見送りながら隣の江澄を肘で小突く。
    「やってくれたな」
    「何の話だ? ちゃんと事前に言っていただろう? プロモーションだってな」
    確かに嘘は言ってなかった。
    きちんと確認していなかった俺の負けである。
    してやられたと悔しい気持ちで江澄を睨むが、鼻で笑われた。
    「後二本も同じようになってるんだろ?」
    「そうだろうな」
    ムカつく顔をしているが決して嫌な気分ではない。
    ほとんど人が居なくなったホールからゆっくりと退場する。
    スマホの電源を入れると間髪なく藍湛からのメッセージが入って乾いた笑いしか出なかった。
    翌日の二公演目、最終公演も、曲目は変わったが同じく結婚式などでよく使われるような曲をオタマトーンで演奏する藍曦臣。普通にクラリネットで聞きたい。
    そして、そのどれも藍湛は視線をスクリーンから外さない。
    なんというか分りやす過ぎて、ネットであることないこと書かれているのがまたすごい。
    一応、藍兄弟に相手が居るというのは公表はしていないが隠しているわけでもない。
    というかこの公演自体、俺と江澄の予定最優先なのは各種関係機関に居ればすぐに分かる。
    その片割れである藍湛がガン見して、微動だにしないということであのモデルは藍忘機の恋人である、というのがネット上でガンガン燃え上がっている。
    まあ、間違っていないので藍家からの発表が特にあるわけでもない。
    この辺りはちゃんと藍曦臣に確認済みだ。
    藍湛の反応を予想した上でこの計画を実行したんだろうから気にはしないだろう。
    というか、何故こんなにも恋人について気にされるのか不思議がっていたので一般的なファン心理を理解しろというのが無理な話だ。
    「あーあ、本当にお前のせいでネットにあることないこと書かれてるんだぞ」
    「それは藍忘機に言え」
    「えー、可愛いだろ? あんなに熱心に見てさ」
    「どこがだ」
    あの可愛さが分からないなんて勿体ないと思うが俺だけが分かってればいいことだとも思う。
    それに、これが素直じゃない義弟の祝福の形なのだと思えば嬉しいことこの上ない。
    「本当にしてやられたよなぁ」
    観客が居なくなり、そろそろスタッフが片付けに入るだろう。
    藍湛たちも片づけを終えただろうか。
    「ありがとな」
    悔しい気持ちもなくはないけどそれ以上に幸せで笑みを堪えられない。
    片付けの邪魔にならないように俺たちも出るか、と立ち上がってスマホを立ち上げると『待っていて』とだけあった。
    まさか客席に来るわけがないので部屋で待っていろということだろうと江澄を振り返るとスマホを片手にすごい顔をしていた。
    「……魏無羨! 藍忘機に本番で十分だろと言っとけ!」
    それだけ叫んで足早に出て行こうとする江澄を慌てて追いかける。
    何があったのかは分からないが珍しく藍湛からメッセージが来たらしい。
    「本番ってなんの本番だよ!」
    「煩いっ! そんなもの藍忘機に言えばわかる!」
    取り付く島もない。
    ホールからロビーに出るとすっかり人の気配はなくなっている。
    スタッフさんに迷惑を掛けたな、と思いながら出口に向かおうとすると腕を誰かに掴まれた。
    驚いて掴まれた腕を見ると着替えもしていない藍湛が立っていた。
    「藍湛!?」
    「待っていてと言った」
    あのメッセージはホールで待ってろという意味だったらしい。
    「いやいや、お前がここに来たら騒ぎになるだろうが」
    「もう誰も居ない」
    「いや、そうだけど」
    これで誰か残ってる人が居たら大変なことになってる。
    江澄が呆れた顔でこっちを見ているのが分かる。
    「魏嬰、全部終わった」
    「あー、そうだな」
    「今日は覚悟していて」
    腰をしっかりと掴まれて、覗き込むようにして告げられた言葉にゾクゾクと背筋を這い上がるのは期待だろう。
    昨日は夜公演で、翌日に昼夜と公演控えているということもあって色々と我慢をしたらしい藍湛である。
    後のことを考える必要もないとなればどうなるか。
    「お手柔らかに頼むよ」
    「知らない」
    拗ねたような声で言うけれど決して逃がさないとばかりに腰に回された腕を可愛いと思ってしまう時点で負けである。
    これから藍曦臣の元に向かうという江澄と別れて帰途につく。
    用意されていた車に乗りこむなりキスをされた。
    これがパパラッチに撮られていたらどうしようか、と思わないでもなかったが籍を入れるのだし、問題はないかと首に腕を回してもっととせがむ。
    舌を絡めて、唾液を啜る。じわじわと体温が上がっていく。
    チュッと派手な音を立てて藍湛が離れていくのをぼんやりと眺めているとシートベルトを付けられた。
    「早く帰ろう」
    キスしてきたのは藍湛だというのに、どんな顔をしているのかと見てみれば涼しい顔をして見えるが耳は真っ赤出し、目はギラギラと光っていて思わず熱い吐息が漏れてしまった。
    安全運転を心掛けている藍湛がいつもよりスピードを出しているというのが興奮具合を示している。
    雲深音楽学校でも利用するホールなだけあって、それほど遠くなかったことが救いだ。
    駐車場に車を停めると、抱きかかえられて静室に運ばれてしまった。
    降ろしてと言っても無視されて、降ろされたのはベッドの上だ。
    今日の服は黒のマオカラースーツで、右の肩口に赤い芍薬が刺繍されている。釦は隠しになっていて脱がすのは難しいかと思っていたらブチッと音がして釦が弾け飛んだ。
    「藍湛っ!?」
    「邪魔」
    「いやいや、これ今日初めて着た服だぞ!?」
    袖を通したばかりのオーダーメイドの服をこんな乱暴に扱って、テイラーが泣くこと間違いなしだ。
    聞く耳を持たない藍湛は止まらない。
    中のシャツも同じように脱がそうとしてkるうから、服が布切れに変わるのを防ぐために自ら釦を外す。
    顕わになった肌の上を待てないと藍湛の手が滑っていく。
    くにくにとまだ柔らかな胸の頂を藍湛の指が抓む。
    快楽を覚えたその場所はそれだけで芯を持ち、びりびりと悦を呼ぶ。
    「あっ……はぁ、んんぅ」
    硬くなった指の腹で転がすように捏ねられて、押し潰され、引っ張られる。
    腰に溜まっていく熱に身をくねらせれば咎めるように捻られた。
    「そこばっかり、やあっああっ、らんじゃんっ」
    「だめ」
    腰を押し付ければすっかり硬くなった藍湛のものに触れるのにそこはお預け、と押さえられる。
    太腿に伸し掛かられ、押し当てられている熱が欲しいのに、藍湛は乳首を可愛がることに熱心だ。
    ピンッと立ち上がって、腫れているそれは藍湛によって昔よりも大きくなってしまった。
    ふくっらとしたその実を食べ頃だとでも言うように小さな口を開き、舌で迎えるように喰まれた。吸われて、唾液を塗すように舐られる。
    腰が浮き上がりそうになるけれど藍湛の身体で押さえられていて動けない。
    反対側はずっと指で可愛がられている。乳暈ごと摘まみ上げられ、先端をカリカリと擽られて、甘い声が喉を飛び出る。
    「なんでぇ……ひあ、あぅあ、あっあ」
    「全部、私のものだ」
    ちゅうっと音がする程吸い上げられて、それから歯型が付くように噛みつかれる。
    痛みも快楽に繋がるようになっていて、まだ脱がされていないスラックスの中がしとどに濡れるのが分かった。
    「藍湛、なに? どうして、そんなに拗ねてるんだ?」
    いつもならとっくに全てを脱がされているだろうに、少しばかり不機嫌さを匂わせる声色で自己主張をして、一か所を執拗に責めてくる。固まった髪をくしゃくしゃと掻き混ぜながら問い掛けると耳が赤く染まっていく。
    「私が最初に見たかった」
    「え?」
    首筋に顔を埋めて、噛みついては舐めるを繰り返す藍湛が何を言っているのかを考えるがよく分からない。
    「君は私のものなのに」
    「えっと、藍湛?」
    「いつ、あれを着たの?」
    腰を撫でる手がスラックスを弛めて、尻を掴む。
    藍湛は俺を尻を揉むのが好きらしい。覆いかぶさったまま、尻を揉みしだくので耳元に息が吹きかかるし、動けないし、あらぬところが期待に震えるし、で全く落ち着かない。
    「んっ……あれって……あぅ、映像の?」
    「ん」
    「あれは、姉さんに着せ替え人形にされた日に」
    耳に噛みつかれ、ねっとりと舐められた。
    「ずるい。私が居ないのに」
    ようやく、藍湛があの映像の衣装を見られなかったことに拗ねているのだと気付く。
    と言っても、ただのモデルをしただけで、いつ公開されるかも知ったのは公演中なのだけど。
    「でもっ、ぁあっ、あれ、は俺も、急に着せられただけでっ、あっあ、知らなかったっ」
    「魏嬰」
    指が菊門をなぞり、広げるように横に引っ張るからきゅうっと腹の奥が収縮してしまう。
    藍湛が起き上がり、抱き上げられる。
    膝の上に乗せられるとさっきよりも自由に動く指が先走りを纏って中に入ってくる。
    下着がズラされ、スラックスが膝に落ちる。
    不満を湛えた目をした藍湛が可愛くてちゅうっと触れるだけのキスをすると、そのまま噛みつくようにキスをされる。
    舌が中に入ってきて口の中を掻き混ぜる。それと同じように動きを指もするものだからたまったもんじゃない。
    溢れた唾液まで舐められて、こつんと額を合わせた。
    「魏嬰は私のものなのに、あんな、みんなに見せるなんて」
    「顔は映ってないただのプロモーションだろ?」
    「それでもだめ」
    独占欲を顕わにする藍湛を嬉しいと思ってしまうのでもう末期なのだろう。
    眉間にキスを一つして、そういえばと思いだしたことを口にする。
    「そういえば、本番で十分だろって江澄からの伝言」
    それを聞いた藍湛が目を丸くしたかと思うと苦虫を噛み潰したような顔になったのでこちらが驚く。
    「何の話だ?」
    「……魏嬰」
    「うん?」
    「私と結婚して?」
    パチパチと瞬きをする。
    それから藍湛の言葉を咀嚼して、破顔一笑。
    「するだろう? 明日、籍を入れに行く」
    「……うん」
    「俺はお前のものだ。だから、お前がしたいようにすればいい」
    「言ったな?」
    金の目がゆらゆらと燃えるような色をしてこちらを見ている。
    それだけでゾクゾクと背筋が粟立った。
    「藍湛、お前のものだよ」
    早く食ってくれと、身を投げ出してしまいたい。
    藍湛の唇に噛みつけば、入れたままになっていた指が引き抜かれ、いつの間に取り出したのか藍湛の怒張の上に引き下ろされた。
    熱く、固いものに侵略されたというのに俺の胎は悦んでいる。
    背中を仰け反らせ、戦慄いている体に藍湛がいくつも後を残す。
    吸われて、噛まれて、藍湛の痕が残される。分かりやすい執着の痕が嬉しくてたまらない。
    奥まで迎え入れた熱杭を締め付け、絞り上げる。自制できない内壁の動きに追い詰められるのはお互い様。
    「あっああ、ヒンッ……らんじゃあっああっ、ひゃうっ……イイッ、あっあ」
    「魏嬰、かわいいっ……もっと」
    「だめっああっ、いっちゃぅ、……そこあっああっ、きもちいぃっ」
    「うん、よくなって」
    ガツガツと突き上げられ、引き摺り下ろされる。身体を支えるために藍湛にしがみつけば噛みつかれ、舐められる。そんなので持つわけもなく、とろとろと精を吐きだしてもまだ足りないと蹂躙された。
    藍湛が満足するまで中に出され、愛されて、落ちて行った。

    すっかり日が昇った時刻に目を覚ます。
    言うことを聞かない重怠い身体を藍湛が丁寧に整えていく。
    「らんじゃん」
    舌も回らない。
    何度も水を飲ませられ、果物を口に運ばれている。
    ゆっくりと咀嚼してからほぅと息を吐く。
    「お前の愛は相変わらず重いな」
    「すまない」
    「謝る必要はないぞ? 俺くらいしか受け止められないからな。絶対離してやらない」
    「うん」
    嬉しそうに笑う藍湛に手を伸ばせば過たず抱き上げられる。
    「車まで運んで」
    「うん」
    「役所はちゃんと歩くからな」
    「……わかった」
    ずっと腕の中に囲っておきたいと言いたげな藍湛の目元にキスをした。
    空は抜けるように青かった。
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