就寝前 夜の整容を済ませたベレトが寝室に入ると、いつものように化粧台の椅子にリンハルトが腰掛けて待っている。昼間邪魔にならぬよう、まとめあげている緑髪は今紐を解かれてリンハルトの背中まで流れていた。毛艶の良い髪にベレトはさらりとしたヘアオイルの詰まったスプレーを噴霧し丁寧にくしけずる。
ほのかに漂う花の香りが鼻腔をくすぐる。
リンハルトは気持ちよさそうに目を細めて、ベレトの指先や柔らかいブラシが頭皮を柔らかく刺激する感覚に身を委ねている。鏡台が目の前にあるので、背後でブラッシングをするベレトにもリンハルトのうっとりした表情がありありと視える。彼が幸せそうだとベレトも嬉しくなる。最後にゆるく髪を束ねて、準備はおしまいである。
終わったよという合図にとんと肩を叩き、二人で寝台の前へ移動する。そして二人は微笑みあうと就寝の挨拶をする。
「おやすみリンハルト」
「おやすみなさいベレト」
そうして二人は軽い接吻を交わし、ベッドに潜り込む。結婚後、毎日の習慣となっている行為である。
初めは照れくさそうだったベレトも今では流れるような仕草でごく自然に口づけしてくる。特別だったことが少しずつあたりまえに変わっていく、それがちょっぴり寂しく幸福でもある。
大司教のベッドはキングサイズで広いのに、リンハルトは毎日ぴたりと彼にくっついてくる。ベレトはそんな伴侶を可愛らしく思い、いつも抱きしめて眠る。
だがそこからは普段と流れが違った。布団をめくりあげ、ベッドに皮膚が触れた瞬間「ひゃっ!」とリンハルトが変な声を出してきたのである。
「どうした?」
「うう……ベッドが冷たいです」
訝しげに尋ねるベレトにリンハルトが情けない声で訴える。
確かにここ数日、めっきり冷え込んできた。触ってみるとたしかにベッドはかなりひんやりしていて、このまま入るのは少し抵抗があるが……。
「二人で入ればすぐに温まるよ」
「そうですけど……あらかじめ懐炉を入れておけば良かったですね」
リンハルトの甘えた言葉にベレトは少し考えて提案する。
「今から湯の支度を頼むのも悪いし……なら蜂蜜ミルクを作ろうか?温かい飲み物を飲めば、よく眠れる」
「わあ是非、お願いします」
子供みたいに瞳を輝かせて喜ぶリンハルトにベレトは微笑むと自ら厨房へ向かった。
しばらくして甘い匂いのするカップを二つ手に持って再び二階の寝所へ戻ってくる。
冷たいベッドに並んで腰掛け、一枚のケープを二人で被り、肩を寄せ合って温かいミルクを喫飲する。湯気がたち昇るカップが冷えた指先に心地よい。
なんてことない日常、この小さな幸福が今後もずっと続けばいいと二人は胸中で思うのだった。