To / From 照りつける太陽を片手で遮り、ルークは目を細めた。帽子を被っているとはいえあまりにも暑い。いつもはジョギングやピザのカートに人が集まる公園も、今日は歩道橋の陰に休む姿をちらほらと見るだけだ。
あいつはまだ寝てるんだろうな。
思い出すのは、青空も太陽も似合わない男のことだった。宵闇が編み込まれた髪を優雅に揺らし、人工の灯りに飾られた街を根城にする彼と会うのは夜に限った話ではない。だが、彼が強い日差しに晒された姿もまた想像がつかない。何せ活動開始の遅い男だ。
しかし、彼にも一つだけこの季節と結びつくものがあった。いつも着ている明るい黄色の服だ。それはちょうど、足元の花壇に植えられた花の色に似ていた。
『彼』の暗い瞳のような円盤の周りに山吹色の花弁を纏ったそれは、太陽に向かって咲く花だ。あまり興味のないルークでさえそのくらいの俗説は知っている。太い茎を真っ直ぐ上に伸ばし、光を求めるそれらは不思議といじらしく思えた。
「お、そうだ」
ルークはジャケットからスマートフォンを取り出し、花と空をカメラに収めると、ある連絡先に向けて無言で送信した。朝の遅い彼に、太陽のお裾分けだ。
淡く光る月を紅い盃に浮かべ、ジェイミーは長椅子の上で軽く息をついた。注いだのは本当の酒だ。大通りを行く人の声が届くこの屋上でまったりと嗜むのが、一仕事を終えた後の生きがいになっている。
今日は見回りに時間をかけてしまい、いつもよりは静まりかえっていたが、それはそれで心地がよかった。どんな日でも結局はこの街を愛してしまうのがジェイミーという人間だ。
ルークからのメッセージに気付いたのはその時間になってからだった。ジェイミーはあまりスマートフォンを触る方ではない。彼もそれを知っているから、用があれば電話をかけてくるようになった。こうしてチェックする習慣が定着しないまま放置されている。
「あ? なんだこりゃ」
内容を確認するなり、ジェイミーは片眉を潜めた。届いていたのはメッセージどころか一枚の画像だけだった。時間は今日の午前中、まだ自分が冷房の下で眠っていた頃だ。
画像には、鮮やかな空と数輪の向日葵が写っていた。
「なんでこんなもん寄越したんだ、あいつ……」
呟きながら盃に口をつける。今日の酒は甘い。お世辞にも美味しいとは言えない薬湯を日頃飲んでいるジェイミーにとっては、かえって馴染みのない味だ。それ以上に花の写真を黙って送られること自体の馴染みがないのだが。
意図がわからないにせよ、何も返さないのはばつが悪い。しかし同じような写真を撮ろうにも辺りには夜の帳が落ちている。そう『映える』ものは見つかりそうにない。
悩んだ末にジェイミーは天を見上げた。少し欠けた月が仄かに浮かんでいる。一度はそれにカメラを向けようとして、止めた。どうせ同じ空の下で夜を過ごしている。
しばらく躊躇って視線を落とした。長椅子に置いた酒瓶と目が合った。新しく盃に注ぎ、揺らぐ水面に月と星を捕らえる。それを、撮った。だが送るよりも先にジェイミーは夜空を飲み干した。
星のタトゥーが刻まれた彼をこうして手中にしたいだなんて、言えるはずもない。
スマートフォンのアラーム音で目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら、ルークは画面をタッチした。耳障りな電子音が止まる。惰性で見たディスプレイには未読のメッセージを告げる通知が表示されていた。
ジェイミーからだった。深夜のうちに受信していたようだ。
「何時まで起きてんだ」
欠伸まじりに呟く。添付された写真から察するに、酒も入っていたらしい。いくら彼が人を守る側とはいえ、遅い時間に外で一人嗜む夜を心配しないでもない。
「しゃーねえ、今日は家に帰らせてやっか」
こうして近況を送り合う仲も良いが、やはりそれだけでは物足りない。会って拳を交えなければ自分達の関係は始まらない。その後は、何をしたっていい。何かと理由をつけて彼を早めに家まで送り届けても、自分の家へ連れ帰ってゲームで決着をつけてもいい。
邪な決意と共にベッドから起き上がった。
カーテンで閉じた窓の外に、どこかで見た山吹の光が今朝も輝いている。