双方向の熱量差について王宮では宴が催されている。
来客は世界中の王族や貴族である。
サミット前のレセプション、いわば歓迎と自己紹介、そして各国のPRの場である。
毎年持ち回りでの開催となって、今回の主催国はパプニカ王国だ。3度目のホスト役となる女王のレオナは多くの各国の王侯貴族官僚から挨拶を受けていた。
若く美しき女王はその見た目だけで多くの男性を惹きつける。いまだ独身と聞いて、その王配に候補として名乗りをあげたいと考えるものも少なくはなかった。
「陛下もそろそろ婿をお迎えにならないと」
皆がこぞってそう言われるのに飽きてはきているが、外交を考えると邪険に扱うわけにもいかず、見合いの話や口説いてくる男たちの相手をする話術はとうの昔に身につけていた。
かといって彼女の中では王配候補がいないわけではない。
それを公にはしていないだけに厄介だ。
だが公にするためにはまだ時間を必要としている。
その候補、ダイが珍しくその宴に出席していた。女王の昔からの友人で、武芸指南役の騎士として。
このサミットに集まっている人々はひとむかし近く前の魔王軍との大戦の頃からほとんど代替わりしており、あの頃のダイを知るものはロモス王とカールの国王夫妻しかもういない。
カール国王夫妻は公務があるからと明日のサミットには戻ると挨拶だけして、ルーラで国へ一旦戻った。
さらに当時の王たちの中で若いほうであったベンガーナ王は継嗣の息子のいち早い独り立ちを願い、早めに譲位し、その余生をさらに国を富ませることに注力していた。
そして背も伸びて青年となったダイもまた亡国の美しき王女であった母の面影と、精悍な父の遺伝を受け継いでいて、その立派な見た目は女性の目を引くようになっていた。
「ダイ、久しぶりじゃな」
女性に囲まれつつあるところへ声をかけたのはロモスのシナナ王だった。
もう年だしと今年を最後に引退して息子に王位を譲るつもりだと公言している。
随分と大きくなって、と昔ダイを小さな勇者と認めてくれた優しき王はその成長ぶりに目を細めた。
「思えばおれが小さい頃、王様が勇者って呼んでくれた初めての人ですね」
昔を懐かしみ笑いかける。見知った顔があるとほっとする。ダイは見知らぬ女性に囲まれてやや居心地が悪くなっていたところだ。人見知りするほうではないのだがこういう席が苦手だからかもしれない。
「おお、そうだったかな。おまえの友達のために戦う姿こそ勇気あるものの姿だと改めて思い知らされた」
「必死だったんですよ。ニセ勇者たちにゴメちゃんを攫われて」
「大事な友達だったんじゃな。あのときは本当に悪かった」
「いえ、王様は何も知らなかったんですから。それに王様に会えたことでレオナに会えて、そしてアバン先生にも会えたんです」
「その流れか。いまおぬしがここにおるのは」
ロモス王がパプニカにダイを紹介したことで全てははじまったのだ。
「そうですね。いろんな縁ってやつなのかな」
「で、どうするんじゃ。これから、ほれ」
ロモス王はビールの入ったカップを持ち上げて人の輪が途切れないレオナの方を指した。
「誰かに取られる前になんとかしないと、な。わしはそなたの味方だ」
いたずらっぽい笑いで王は言う。珍しくこういった話をするとは、とダイは思ったが奥を見やると若い貴公子たちが集まり、レオナを囲んでいる。
はっきり言ってあまり好ましい光景ではない。
「なんとかしたいのは、やまやまなんです。でも王様みたいな人ばかりではないみたいで」
「まあ、色々仕方はないことだ。本当はわしの娘にめあわせたいとも思ってたが、レオナ姫とお似合いだ。つくづく惜しいがな」
「・・・そう言ってくれるのは光栄です、かな」
「そんな言葉も出るようになったんじゃ、成長したのがよくわかる。もう少しだ。」
白い髭をなでて優しい笑みを返してくれる。
実はダイは何度もレオナにプロポーズしている。
だがその度に断られているのだ。まだ時期尚早だと。
あまりにも断られすぎて既成事実でいっそ子供でもできればとも密かに思っているが、それもなかなか叶わない。ロモス王の言う通り、色々仕方のないことだと思っているのだが。頭で理解できても気持ちが納得しない。日に日にその気持ちが強くなる。
「さて、老体の最後の仕事に若き王たちに我が子と国をよろしくと頼んでくるとしよう」
そう言って別のテーブルにいる息子の姿を認め、ロモス王はその場を辞した。
「恋人はいるのですか?」
ダイはハッとした。ロモス王が去ったのを見計らったのか急に話しかけられた。
若い小柄な娘だ。どこかの貴族の娘だろうか。先ほどダイを囲んでいた女性陣の一人だ。
「恋人いないよ」
即答する。
恋人、というか自分が結婚する相手はレオナしか考えられないダイは、そもそも恋人という存在で彼女を見ていなかった。おそらく魔王軍と戦っていた頃からずっと。
「あなたならモテそうなのに、もったいないですわ」
ふふっという意味深な笑みを投げかけられる。言ってることはなかなかなのに、ふんわりした優しい笑顔だ。なんとなくメルルみたいな雰囲気だと思う。未だポップを想って独身だ。別に振り向いてくれなくてもいい、と言う。
で、こういうときにそのポップがいてくれれば気の利いた返しをしてくれるだろうに、あいにくアイテム探しに師匠のマトリフと老人介護だと言いながら旅に出ており、明日のサミットの終わりごろに顔を出すと言っていた。
「そ、そうかな。自分では分からないや」
「パプニカの女王様の想い人だって噂もあるけど」
これだけはまだ知る人ぞ知ることにしとかなければ、と固く皆から言われている。
「ぜ、全然違うよ!それは!ただの噂だよ」
全力で手を振って否定した。嘘をつきたくはないがこれだけは。
「じゃあ、私の恋人になりません?すごく私の好みだわ。あなたが」
ダイの否定に得心したのか、今度は予想外のセリフ。
赤いワインの入ったグラスをダイの持つ白いワインの入ったグラスにカチンと合わせた。
「いや・・・」
ダイは男性に囲まれて華やいだ笑顔を見せるレオナを見てると自分ばっかりどぎまぎして、という不公平をいつも感じる。それでもレオナ以外は女性として考えられない。
だから女性に好意を示されて嬉しい気持ちはあるが、彼女の言葉にも全く心は動かない。
「悪いけど結婚したい人はいるんだ。でもなかなかうんと言ってくれなくて」
ダイは正直に話した。彼女の優しそうな雰囲気に流されてしまったのかもしれない。
「そうなの?残念ですわ。あなたにプロポーズされたら私なら即うんというのに」
あっさりと彼女は笑う。
「ずっとずっと好きなんだ。子供の頃から。彼女以外におれのお嫁さんは考えられないんだ」
「まあ、そんなに想われている方は幸せね」
熱を込めて言うダイに少し驚いたのは一瞬で再び彼女は微笑む。
その想われている当人は少し離れたテーブルで談笑しているのだが。
ダイは目の前の彼女に悟られないようレオナをちらっと見る。
話が盛り上がっていてこちらに意識はないようだ。
「こっちの気持ちにもなってほしいよ」
ため息交じりにつぶやいた。
「まあ。おのろけかしら。妬けちゃうわ。本当に残念」
「そんなんじゃないよ、苦労してるってだけだよ」
「でも、面白いわ。どんな方なの?その方」
思わず彼女が興味を示してきた。
「え・・・?」
ダイは面食らった。まさか聞かれるとは。
「あなたにはフラれちゃったけど、私、恋バナは大好きなんです。立ち話もなんですから詳しく聞かせてください」
きらきらした笑顔を向けられる。女性とはこういうものか、そういえばレオナも他人の恋愛事情が大好きだ。
ささ、座ってゆっくり、と彼女はビュッフェにあるチーズといちじくの盛り合わせの載った皿とおかわりのワイングラスを器用に片手で持ち、もう片方の手でダイを引っ張ってベンチのあるバルコニーへと連れ出した。
「わわっ!ちょっと!」
ダイは一瞬抵抗したが、少しくらい聞いてもらってもいいかなという気になり、彼女のされるままになった。相談できるポップがいないのだ、仕方ない。名前を出さないでいいなら聞いてもらおう。どれだけ彼女が好きなのか。そして一刻も早く結婚したいことを。
◇◇◇
「・・・ダイ君、今日はお疲れ様」
ようやくレセプションが終わり、レオナの私室で二人きりになった。
「いや、レオナこそ」
ダイはソファに腰かけたレオナの隣に座った。少しだけ間を置いて。あまりにも事務的だったからだ。
「で、・・・あの女の子、なに?」
少し険しい言い方だった。
「あの?ああ、見てたんだ。リンガイアの貴族の子なんだ。ノヴァの話も聞いたりして」
「そう・・・楽しそうだったわね」
「うん。色々話して楽しかったよ。リンガイアって寒いから温泉がいっぱいあったり、りんごが名産だったり」
何気なく答えたのがいけなかったのか。
「それだけ?」
レオナの目がさらに厳しくなる。
「な、なんだよ」
「女の子と話してまんざらでもなかったようだけど」
「まんざらって、普通にお話してただけだよ」
ダイは心外だという風に”普通に”を強調した。
「鼻の下伸ばしてたんじゃないの?」
「・・・レオナぁ。分かってるだろ、おれはきみにしか興味ないよ」
レオナの不機嫌な様子が鈍感なダイにもようやく伝わったようだ。全く意識を向けてない風なのに見てたのか。
「ほんとかしら?」
レオナはさらに追求してくる。実はさらっと今ダイが言った言葉にくらっと来たのだが。
「なんだよ、レオナこそ男の人に囲まれて嬉しそうにしてたじゃないか。おれがいつもハラハラしてるのに」
ダイはこことぞばかりにいつも持つ不満をぶつけた。
「仕方ないじゃない、公務なんだから。愛想ふりまくのも私の仕事なのよ。ダイ君こそ嬉しそうだったじゃない」
「おれだって男だから女の子といるのは悪い気はしないよ。でもレオナ、きみとは違うんだ」
「その男の子だもん、分からないわよ」
「もう、なんだよ」
ダイは埒が明かないと思い、レオナの手を引いて強引に唇を重ねた。
「んっ!ちょっと!」
抵抗の言葉を息と共に飲み込み、深く深く口づける。息苦しくてレオナがダイを突き飛ばして離れた。
はぁはぁと息を切らせている。
「こういうことしたいのはレオナだけだよ、他の誰にもしない」
冷静に言い放ちダイは再びレオナの手首を取る。
「逆にこういうことするから、他の子にもって思うわよ」
何か言われたのだろうか、いつもより絡んでくるのが珍しい。そうまで言うなら、とダイの心に火がついた。
「いつもキツいお姫様だ」
そう言い捨ててダイはレオナをソファに押し倒す。強引にはしたくない。だが分かってもらいたいことは言葉だけでは足りない。
「ちょっと!ダイ君!」
レオナはダイを押し返そうとするが、今度はダイは動じない。
元々力の差は歴然としていて、ダイが本気で力を行使すれば抵抗など無駄だ。
「レオナが悪いんだからね」
いつにもなくダイが強い。レオナはダイを攻めたことを後悔した。多くの人に好意を寄せられて、ゆるぎないダイの気持ちを確かめたくて少しからかうつもりだけだったのだ。実際はダイの自分への想いは一ミリとも疑ってはいない。ずっとお互い好きなのだ。息を吸うくらい自然に。
だが一方でレオナはダイが持つレオナへの執心が彼女が思う以上に強いことを知らない。
「おれがどれだけ・・・」
そう言ってダイはレオナを見下ろしながら、自分を見上げる茶色い目に視線を注ぐ。
以前ポップに相談したとき、いらいらする気持ちは嫉妬だということを知った。そして焦っているのが分かる。とにかく自分のものにしたいのだ。その気持ちがどんどん募っていく。
だからその証も欲しい。
早く、おれの子をみごもって―
これはダイの血に流れる竜の本能的なものなのか。
ダイは祈るようにレオナの首筋に顔を埋め、きつく抱きしめる。
隙間なく触れ合うダイにいつにない熱を感じたレオナは心の中で白旗を上げざるを得なかった。これから激しく抱かれるのだろう、覚悟を決めるしかない。