バランスとりあえず、適当にお相手してお帰り頂こう、と思いながらも、どうもかわせない。
見た目も中身も魅力的な人だとは思うけれども。
私の好きな人はただ一人だけ。
それは変わらない。
私の好きな人は真っ青な空に消えた勇者。
いや、違う。
南の島で厳しくも大切に育てられ、優しくて純粋で、強い勇敢な男の子。
私より背が低いし、年下で勉強も苦手、難しい話なんかできやしない。
でもお日様の匂いとそんな笑顔。側にいてくれるだけでどこか気持ちが和らぐ。
「姫、どうされましたか?」
これだ、似ている。優し気な瞳。
限りなく透明に近い、でもうっすらと彼が育った島のような海と空の色。
目が彼に似ている。
「なんでもありません、ただ、あなたに少し似た人を思い出したのです」
取り繕うようにやや早口になってしまったことを悔やむ。
目の前の彼はくすっと笑う。
ああ、その顔。
少しお話しませんか、と言われて出た城の中庭。温暖なこの国の庭園には常に何かの花が咲いている。
紅い花はハイビスカスだろうか、緑の中で風に揺れていた。
当たり障りのない会話を交わして、交易の話を手土産に持って帰ってもらえればこの方の顔も立とう。
目の前の殿方はベンガーナの王子だ。
魔王軍との戦いから数年、世界の国同士のつながりは以前より強まり、使者が行き交う。
ベンガーナ王の息子は豪胆な父王とは異なり、物腰の柔らかい紳士だった。
今後の交易の話を、という名目でレオナの元を訪れた。
しかし、彼の訪問の意図はもうひとつあった。彼は彼女よりふたつ年上、婚姻の相手としては申し分ない。
「かつて魔王軍との戦いに参加された勇猛果敢な方だと伺っておりましたが、全くそんな剛毅な方には」
初めて会ったレオナにそう言った。
レオナもその彼の訪問の意図は分かっていたが、婚姻などまだ考えていない。
だが、勇者を待って4年が経ち、周囲もそろそろ考えては、という者も現れだした。
大魔王を倒して消えた勇者ダイとレオナは親しい友人であり、お互いの年齢もあって決して男女の仲ではない。
その交流をほほえましく周囲は見ていた。時間が彼らの関係を思い出に変えていると思っていた。
女王となるレオナはしかるべき相手を迎えて跡継ぎを生むこと、過去の交流はあくまで過去であり、未来志向ではない。
だが、数人はそう思っていなかった。
「でしょ、よく言われます。外見だけは姫らしくしようと思って」
「でも、お美しいのは間違いありません」
「お上手ね」
レオナは微笑んだ。
そして安堵した。
ダイに目が似ている、と思ったが、こんな口説き文句を彼はきっと言わないだろう。
違う部分を見られてよかった。
しかし誰かをダイと比べてしまうことに自己嫌悪を感じる。
相手に悪い。そして自分の彼へのあきらめの悪い想いも自覚するのだ。
「あの戦いは、わが父は最大の賭け事だったと言っています」
「ええ、お父様のご協力があったこそ、世界はひとつにまとまったと思います」
「そして今、さらに強固な結びつきを、と私を姫の元に」
おや。
何の後ろめたさもなく、正直に意図を話してくる。正直には正直で応えようではないか。
「どう思われますか、私のこと」
「美しさはもちろん、知性と、気遣い、秘めた強さ、どれも素晴らしい方だと」
「会って少ししか経っていないのに?」
レオナは吹き出した。
「王位を抜きにしてもあなたの夫になりたくない男性なんて、いませんよ」
「一体何人の女性にその言葉、言ったのかしら」
「あなたが初めてですよ」
「まあ」
大真面目に胸を張ってそういう彼をレオナは好ましく思った。
正直な人だ、それがダイに似ていると思った所以かもしれない。
「でも、お断りするわ、あなたも魅力的な人だと思いますが」
穏やかにそう伝える。
「おや、残念だな」
彼は寂しそうに自身のほおをなでる。
「ベンガーナ王には申し訳ありませんが。さ、表向きのお話を進めましょ」
「どなたか、想い人でも?」
話を逸らさせずに彼は聞いてくる。
「うーん、まあそんなところかしら」
「あなたに思われる、その幸せな彼はどこに?」
「どこにいるかもわかんないのです」
「失礼な男だな、あなたほどの女性を待たせて行方不明なんて」
「気が向いたら帰ってくるかしら、なんてね」
茶目っ気たっぷりに笑うレオナ。
「では、しばらく保留、ということにしていただけませんか?」
「面白い人ね」
「父に似て賭け事は好きですよ」
「じゃあ、交易の話をしましょうか。パプニカの布や金属をそちらでも売りたいと」
「おや、かわされましたかね」
それには答えず肩をすくめて笑う。レオナは城の中へ戻りましょうか、と歩き出した。
そろそろあきらめどきかもしれない、でももう少し待っていたい、そう思ってしまうのだ。
◇◇◇
「お見合いの話、断ったんだってな」
「何よ、藪から棒に。久しぶりにやってきたと思ったら」
バルコニーから入ってきて執務室のソファに足を伸ばして座り込むポップ。
この国の主にそんな態度を取れる人間は彼くらいかもしれない。
「お茶でもしない?おいしいお菓子も持って来たんだぜ」
紙袋をテーブルに置く。
「あら、珍しく気が利くじゃない」
レオナは人を呼んでお茶の用意を頼んだ。
「まさか受けるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだぜ。相手は王族でイケメンだしな」
「だからどこからそんな情報仕入れてくるのよ。国家機密よ」
「まあ、それは企業秘密だ」
ふん、とレオナはポップの正面に腰かける。どうせ三賢者の誰かか、はたまたバダックか。
この国の情報管理の脆弱性に頭を抱えたくなる。
「いい人そうだったわ。少し気が動いたわね」
窓に目をやり、流れていく雲を見る。外は少し風が出ているようだ。
「あんたのことだから、国のためとか言ってうかつに見合い話を受け入れるんじゃないかと気が気でなかったぜ」
「うかつ、って何よ。失礼ね。国のこと考えて身の振り方考えるのは王として当然だわ」
ぷいと横を向いたレオナをポップは苦々しく見る。綺麗な顔だ、と改めて思う。まずこの見た目だけで相手は気にいったはずだ。
中身はともかくとして。
「ほれ、アバン先生特製のケーキだ」
ポップは取り出した紙の包みを広げた。バターの香がふわっと漂う。
「まあ、美味しそう。相変わらず料理好きなのね、先生」
コンコンと扉を叩く音がして侍女がお茶を運んでくる。
ありがと、と言ってティーセットを受け取り、手づからカップに紅茶を注ぎ、ポップの目の前へ。
「どうぞ」
「ども」
レオナとポップはそれぞれケーキを口に運ぶ。
「おいしい」
甘いものは心を和らげる効果があるという。執務に疲れた脳にはてきめんだ。
「あと、フローラ様からの伝言もあるんだよ」
お茶を行儀悪く啜ってからポップは言う。
「あら、何かしら」
カップを置いてレオナは尊敬する女王の言葉を聞こうとあらためた。
「一言、まだ4年よ、ってな」
レオナは頭に手をやった。一体誰だ。
今度とっちめてやろう。
生真面目なアポロは違う。
いや、分からない。
それともマリンか、エイミか。
エイミのほうが可能性が高い。
何しろ未だにヒュンケルを追いかけてるのだから。
ときどき世界の様子を報告に戻ってくるが、彼女自身の成果はまだ聞いていない。
誰もかれもみんなどうして恋に対しては強いのか。
「みんな、そんなに私に結婚してほしくないわけ?後継の話をしてくるくせに」
「いや、逆だよ」
ポップは大きく口を開けてケーキを口の中に放り込む。
「何よ」
「あんたに幸せになってほしいんだよ、好きな人とな」
「あたしの好きな人って」
「一人しかいないだろ」
「あたしがダイ君のこと好きだなんて誰かに言ったことあったっけ?」
とぼけて返すがポップはケーキを飲み込んで再びカップからお茶をぐい飲みする。
「そんなの公然の事実だろ?」
涼しい顔だ。まるで今日の天気を語るように。
レオナは天井に目をやり、ふうっとため息をついた。
「人の恋路が好きよね、みんな」
「それ、あんたに一番言われたくないセリフだよ!」
ポップが身を乗り出してレオナを指さす。
「他人の話は大好きなのに自分のことは棚に上げる、タチが悪いったらありゃしねえよ」
「ふん」
今度はレオナがポップを睨みつける。
ポップもレオナを睨み返した。
しばしの沈黙のあと、折れたのはポップだ。
「まあもうちょい待ってやれよ、おれたちが必ず見つけてやるからさ、ダイを」
「別にダイ君が見つかったからといって、ダイ君と私が結婚するなんて決まってないわよ。そもそも私とダイ君は」
「それはダイに会ったときに聞いてくれよ」
やれやれ、強情なお姫様だね、と被せて加える。
やれやれ、失礼な魔法使いね、とレオナも返す。
「国と自分の幸せ、天秤にかけるにはまだ早計だぜ、レオナ」
にやっと笑って残りのお茶を飲み干し、ポップは立ち上がった。
「何よ、捨てセリフ?」
「見つけたんだよ、魔界への入り口」
「・・・え?」
レオナも立ち上がる。
「ダイを見つけてあんたの元へ連れて帰るのはおれの役目なんだよ、だからもう少し待ってくれ」
「ちょ、ちょっと!」
胸を叩いてポップはルーラを唱え、あっという間に彼方へと飛んでいく。
レオナはその光を茫然として見送った。