★仮 気が付くと何やら硬いものの上で寝ていた。
疲れが溜まっていたのか、敷いてある布団にあと一歩届かないところで寝ていたようだった。
寝がえりを打とうとすると、硬いものにぶつかる。硬すぎず柔らかすぎず。そして温かい。
首を捻って見えたのは、おそらく髪の毛だった。
「うわぁ」
寝起きで大きな声が出ず、なんとも間抜けな声が抜け出ていった。
後ろが塞がれているなら前に逃げようとしたが、温かい、ああこれは腕だ!腕に捕まれていて抜け出せなかった。
どうやら後ろから抱き着くようにして捕まえられている。
こんな格好でしっかりと寝ていた自分がこわい。
「なんでこうなったんだ」
「……うるさい」
独り言のつもりだったが、返事が返ってくる。
この声は。
「先生」
どういうことだかわからなかったが、人間の手だったので化けている先生が俺を腕で囲っている、これが今の俺の現実のようだ。
強張っていた肩の力を意識して抜いていく。
「一応聞くけど、妖がなにかしていたりするのか?」
「妖の私が、なにかしているが」
「そうじゃない」
つっこみたいところだが、その隙もなかった。ぐ、と腹に回された手に力が入り腰が後ろに引き寄せられる。変な声が出た。
その手に、自分の手を重ねてみると自分のより少し大きくてごつごつしていた。人に化けるときは大体がレイコさんなのにこれはレイコさんでないらしい。
「……先生の身が危険だとか、そういうわけじゃないんだよな」
「そうなら今頃こうしてないだろう」
普段の先生なら、こんなことをしないことはよく知っているつもりだ。
だからこうなったのにも何か理由があるのだろうと思った。例えば、何か妖に脅されているとか。あとは酒の席で賭け事に敗けてこうなったとか……いや、そんなことは、ないか。
色々考えてみるが、思いつかなかった。
ごつごつした指を撫でる。
先生は俺の手を振り払うでも握るでもなく、ただ俺の腹に手を当て這わせるような形のまま崩さなかった。
首筋に短い毛が当たる感触があり、ぱちぱちと肩をくすぐっている。先生の睫毛が当たっている。
くすぐったいなと思い、反対に首を倒すとその空いた空間に先生の頭が乗った。
はあ、と温かい息が肩に当たって留まる。
「……どうしたんだ先生」
先生がこんなことをするだろうか。
今のこの格好は、まるで人に縋っているような姿に、違いない。人を抱きしめて囲うなんて。いつも「高貴な」先生が。
肩上ですり、と頭を擦り付けてくる。
「お前が苦しそうだったからだ」
手が離れた。
身体を起こしてみると、おれも先生も床に寝ていてすぐそこに布団があるというのに変だな、と笑ってしまう。
全身が固まっていたようで、少し動かしただけで痛い。
「床で寝てたからだろうな。起こしてくれたらよかったのに」
「お前はいつも苦しそうだぞ」
「そんなはず」
ないとは、言い切れない、か。
昔は、他人に言われて知ったが歯ぎしりがひどく顎が痛くなったりもした。でも今はない。そこまで苦しんではいないと思うが。寝ている時のことはわからない。
「だから、私が助けてやったというのに」
「ああ、ありがとう」
先生はいつの間には猫に戻っていて、その姿で布団の真ん中に猫らしからぬのびのびした格好で寝ころんでいた。
そういえば先生が離れたからか、特に寒いように感じる。
すぐ布団に入り、先生も布団の中に入れるように首元を開けてやったが首を振った。
「入らないのか」
「まだいい」
「じゃあもう少ししてからだな」
もっと、冬が近づいて肌寒くなったら。一緒に布団で寝ればいい。
そういえば、と思い出して声をかける。
さっきまで寝ていたせいか、横になってすぐ眠気に襲われていた。
「どうして、先生が人の恰好で、俺のことを」
抱いていたんだろう、と声に出したかどうかはわからなかった。眠気が急にきて、起きているような寝ているような曖昧な感覚になる。
枕元で丸くなる先生と目が合って、そのまま答えも聞かずに眠ってしまった。
翌日、身体が痛いせいか眠りが浅くいつもより早く起きてしまったようだった。
部屋の明るさや、光の差し込み具合からまだ起きるには早いなと感じる。
―――既視感。
背中が温かい。
昨夜のような声をあげないようゆっくり振り向いてみる。
同じだった。
見慣れない男の人だが、先生が昨日化けていた人だったのでこれが先生だと気付くのに時間はかからなかった。
また、後ろから手を回している。
このまま寝るべきか手を振り払うべきかと考えていると背中をぐりぐりされる。頭だろうか。
「ばれたか」
「何してるんだ」
低い声で問う。
こうも連続でしてくるのには理由があるだろうが、なにか切羽詰まった事案ではなさそうだしそうなると揶揄われているのではないか。
「……遊んでるのか?」
「そうみえるのか?」
「わからないから聞いてるんだろ」
にゃ、と言って離れていく。やはり、離れると寒い。
……寒い?
「いつもは、寒くないのに」
「そうだろう、私がいるからな」
先生はそれだけいって、部屋の戸の隙間から逃げるように出て行ってしまった。
いたたまれなくて出て行ったのだろうがそのせいでこちらの気持ちは晴れず寝なおすのにももやもやした。
いつも、一緒に寝てくれていたのか?
こうやって?
しばらくこのことは聞くことが出来ず、そういうことがあってもお互いに暗黙の了解のように口に出すことはなかった。
数か月して、真相を聞くことはできなかったがふと先生が男の人の恰好になったことがあったのでその恰好は何かと聞いてみた。
「これは、お前を包み込むのにちょうどいい大きさにするとこうなる」と、そういうことらしい。
「妖の恰好とは違うのか?」
「あちらの方が私はもちろんいいが、遠いだろう」
距離がな。
暗黙の了解を崩さないために、これ以上聞くことはできなかった。