アロンダイトの錆になっておしまい/ルクジェミ ドッ、と重々しい音を立ててベッドに押し倒されたジェイミーがやや億劫そうな眼差しで自分に覆い被さる恋人を見上げる。普段穏やかな浅葱色の瞳は薄っすらと翳り、冷たく細められていた。
「……俺の話、聞いてたか?ジェイミー」
「……聞いてたけど」
「ふうん。それなのに、やったんだ」
ルークの低い声が冷えた空気を震わせる。常の爽やかで優しい低音ではない、何の感情も乗っていない声色だった。
今日、ジェイミーは久方振りに男と会っていた。特に理由があったわけではなく、恋人の帰りが遅くなるというからそれまでの暇つぶしとして選んだ手段だった。セックスはしていない。身体の接触すらなく、ただ飲み屋で他愛ない会話を楽しんでいただけだった。
男が家まで送ると言って聞かなかった為、ルークの家まで渋々二人並んで帰路に着いていたところを同じタイミングで帰ってきた恋人に見つかってしまい、今に至る。
「何回も言うけどよ、誤解してんだよ。ホントにただ話してただけで……」
「俺が怒ってるのはそこじゃねえよ」
「……えっ?」
「ジェイミーさあ、コレ、気づかなかった?」
そう言ってジェイミーの眼前に突きつけられた物は、今までも何度か見たことのある盗聴器のような機器だった。
さあっと青ざめたジェイミーの顔を見て、ルークはため息を吐く。小型のそれを指先で転がし、そのまま砕こうとして──手を止めた。
「せっかくだから、壊すのは遊んでからでいいか」
「あ、遊ぶ……?」
「うん。だから、付き合えよな」
盗聴器をベッドサイドのテーブルに置いて、その手でジェイミーの服を脱がしにかかるルークに慌てた様子でジェイミーが声を上げた。
「ま、待てルーク!今からすんのかよ!?」
「する」
「これ向こうに聴こえてるんだよな?」
「ああ、……だから何?」
「っ……」
冷えたあおの目に射抜かれ、息を飲む。ここまで彼を怒らせたのは初めてかもしれない、とジェイミーは思った。
いつもなら身体中にキスをされ、優しく撫でられ、甘く名前を呼んでくれる彼が、今は一方的に荒々しく事を進めようとしている。
怖いのに、しかし一方でどこか喜んでいる自分がいることにも気付いていた。
「っぅ、や、やめ……っルーク、」
「ほんとに嫌なのか?」
「んあッ……痛っ、!」
あっという間に下着だけの姿にされ、晒された素肌に歯を立てられる。快感ではなく、痛みを与える為だけの行為にぞくぞくと肌が粟立つ。手足をバタバタと暴れさせてもルークの恵まれすぎた体格の前では無意味だった。
ルークは微かに笑いながら、首筋、鎖骨、胸と順に歯を立て痕を残していく。
「う、んあ……いてぇっつの……、」
「気持ちよさそうに見えるけどなあ」
「ちがっ、ぁっ、お前だから……なんでも、きもちい、だけ……っ」
「……そうかよ」
痛みを甘受しながら必死に訴えるジェイミーに、顔を上げたルークがにっこりと微笑んだ。怒りが収まったわけではなさそうだが先ほどより幾分か柔らかい表情をしていて、ジェイミーもほうっと安堵の息を吐く。
薄く血の滲む肌がじんじんと痛むが、それすらも愛おしいと感じた。自分の為に怒ってくれる恋人が愛おしい。誰にでも優しいこの男が自分だけにはこうして感情をぶつけてくれるのが嬉しい。
ジェイミーはゆっくりと身体を起こして、愛しい恋人にそっと口付けて笑った。
「ん、……なぁ、続きシようぜ?」
「……今日は優しくできねえぞ、多分」
「いいよ、ルークなら、なんでも」
普段より垂れて揺れる前髪をかき上げてやりながらそう言ってもう一度ちゅっとキスをすれば、ルークの瞳にようやくいつものとろりとした甘さが戻った。
ジェイミーの細い腰を片腕で抱き寄せたまま、もう片手でサイドテーブルに転がっている盗聴器に触れる。
「……そういうことだから、good-by.」
嘲る声音が響いたかと思えば、次にジェイミーの耳に入ってきたのはパキッとしたやけに小気味良い破壊音だった。