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    machikan

    @machikan
    二次創作の字書き。

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    machikan

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    マレウスくんが迷子センターに行くのはとてもかわいいね!というお話をさせていただいたのが元ネタです。かわいいね!!!!
    マレ→レオぐらいのマレレオです。名前つきのモブが出てきますよ。

    召しませ、スープ。 迷える者が集い、しばしの慰めを得る場所。
     やがて時が来れば、相応しい迎えが現れるという。

    「と、いうことで良いだろうか?」
     曇りなき瞳であった。鮮やかなライムグリーン。見上げるほどの長身からさらにそびえるツノ。島で知らぬ者のいない名門校の制服をぴしりと着こなし、いかにも良家の子息らしい佇まいだ。恐ろしく整った顔立ちが浮かべる表情は、薄い。
    「ええ、そうですよ」 
     ユキコ・グレーはカウンターの内側で、にっこりと微笑みを返した。
     ここは賢者の島最大のショッピングモール「ヘルメス・ドリームショップス」D館四階ウェストエリアに位置する迷子受付センター。勤続七年目のユキコはこれまで多くの迷子に対応してきた。
     迷子になった子供も、迷子にしてしまった保護者も、動揺は激しい。ユキコを含め、このセンターの職員は、誰にでも慌てず穏やかに接するよう常日頃から心がけている。
    「お連れの方が迷子に? 今は、お預かりしているお子さんはいません。館内放送でお呼び出ししますので、お子さんの服装や特徴を教えていただけますか?」
    「招聘の必要はない。僕はすでにここにいる」
    「………………………はい?」
     さすがのユキコが聞き返したとき、青年の姿はすでにカウンターの前から消えていた。

    「迎えが来るまで待たせてもらう」

     空色のカーペット、角の丸いソファやテーブル。デフォルメされた動物のイラストが壁に描かれた迷子待合室の中央で、マレウスは堂々と宣言した。
     一度の瞬きでユキコは事態を受け入れた。世の中には色々なひとがいる。高校生が迷子になることだってあるだろう。
     ユキコは、マレウスにおもちゃ箱と本棚の利用ルールと、ウォータースタンドの使い方を説明した。
    「わかった?それじゃあお名前、教えてくれるかな? 年はいくつ? 誰とここに来たのかしら?」
    「我が名はマレウス。年は×××歳。孤独と迷いを伴ってこの地へ降り立った」
     ガチで人生が迷子のようである。
     だが、ふざけているようには見えなかった。切実な本気さがひしひしと伝わってくる。
    「そっか~~~~~~~。それじゃあいい子で待っていてね」
     受付カウンターに戻り、各所に所定の連絡を入れながら、ユキコはそっと溜息をついた。




     サミュエルはスパイである。島の老舗不動産屋の三代目という姿も嘘ではない。真実はひとつとは限らないのだ。
     さてサミュエルはいつものように、島のショッピングモールにある迷子センターを訪れた。
    「ハロー、ユキコ! 今日の迷える仔羊ちゃんは何匹だい?」
    「一匹よ。こんにちはサミュエル。いつもありがとう」
     ユキコは笑顔でサミュエルの渡す包みを受け取った。
     サミュエルは篤志家として知られている。新しいおもちゃや本、家具や家電を、迷子センターや児童福祉施設、学校などに寄付しているのだ。税金対策と言えば誰も疑わない。渡すだけでなく、古くなったものを引き受けて処分もしてくれるとあって、評判はいい。
     サミュエルの手を通じて行き来する品々に、時に重大な「情報」が隠されているとは、誰も思わない。
     迷子センターは好都合だった。多くの人間が行きずりに出入りする。子供を迎えにきて、ついでのように「それ」を回収することは難しくない。
     サミュエルが廃品として譲り受ける物に隠されていることだってある。今日はそれが狙いだ。
    「今日のおもちゃ、とてもきれいな色だし、かわいい音がする。子供たちも気に入ると思うよ。古い方はいただいていこう」
    「ボール落としよね。うーん……、ごめんなさい。今、それで遊んでいる子がいるの。引き取りはまたにしてもらえないかしら?」
    「新しいおもちゃの方が気に入るかもしれないよ」
    「それもそうね。見せてみましょうか」
     ユキコが新品のボール落としの箱を抱えて、待合室に向かう。
     首を伸ばして、サミュエルは彼女の肩越しに中を窺う。
    「マレウス、新しいおもちゃよ。どうかしら?」
    「ありがとう、ユキコ。ふむ……。悪くないが、僕はこちらのほうが好みだ」
     遊ばれているのは、古びたボール落としのおもちゃだ。ボール落としとはその名のとおり、ボールを落とし、落とされたボールの動きを楽しむ玩具である。
     シンプルながらバリエーションは多く、一歳から五歳頃までの子供に人気が高い。
     待合室に置かれているのは、高さ四十センチ、奥行十八センチ、幅三十五センチの木製で、鏡台に似た形をしている。鏡があるべき面にスロープが三段。
     マレウスと呼ばれた「迷子」は、優雅な手つきでボールをつまみ、そっと最上段のスロープの端に置いた。下までころころと転がり落ちていく。長年遊ばれているらしく、スロープにはがた来ていて、不安定に揺れながらボールを渡らせた。それでもボールに描かれた動物の絵はまだまだ可愛らしい。
     ユキコは肩を竦めて、サミュエルの元に戻ってきた。
    「ごめんなさい。やっぱり今はだめよ」
     苦笑するユキコ。
    「うん、わかった。後でまた寄るよ。っていうか、あの子が迷子? 大丈夫なのかい」
     恐る恐る尋ねるサミュエルに、ユキコは真面目に言った。
    「迷っているんだから、迷子です」
    「わかった……。帰りにまた寄るよ」



    「どうした、マレウスや?」
    「近頃、学園内の妖精が妙に騒がしい。僕が意識を向けると散ってしまうから、何が原因なのかわからないでいる」
    「それはレオナじゃな」
    「キングスカラーが?」
    「あやつ、めろめろの妖精が出来たのじゃ」
    「キングスカラーにめろめろの妖精が、ではなく?」
    「そちらは今更騒ぐような事ではないじゃろ。レオナをめろめろにした妖精がいるっていうので、小妖精たちも熱心に噂話をしておる」
     マレウスは何とも腑に落ちない気分で、リリアを見つめた。
     レオナといえば傲岸不遜、横柄でプライドが高く、何事にも冷笑的な男だ。何かに心を奪われ、それを傍目にわかるように表現する姿など、想像がつかない。
     リリアが首を傾げる。まっすぐな髪がさらりと流れた。
    「気になるか?」
    「まさか。僕には関係のないことだ」
    「わはは! わしは気になるぞ! なにしろドラゴンの妖精であるおぬしに牙を剥き、妖精の郷の女王の微笑にも心動かさぬ獅子。あやつをめろめろにする妖精とはいかなる者か。妖精界のダークホースといってよかろう」
     そう言われるとマレウスも気になってくる。所詮は仔猫のじゃれつきと、レオナの無礼を寛大に許してやっているのに、本人にはちっとも通じない。
     噂の妖精は、あのレオナの心を溶かす技をどのように習得したのだろうか。
    「どんな妖精なのだ?」
    「うまみがすごいらしい」
    「うまみ」
    「何でも遠い東の国の物づくりの妖精で、レオナの実家に売り込みに来たことが切っ掛けらしい。たまたま帰省していたレオナは一目でその妖精の虜となったそうな」
    「リリアは詳しいな」
    「わしはおぬしほど小妖精に警戒されんし、昔のツテもある。とにかくレオナはその妖精からの贈り物を大切に身に着けているし、これは本気なのではと噂が盛り上がっているというわけじゃ。レオナにぞっこんだった小妖精たちはすっかり葬式ムード、まさか卒業を待たず、東の果ての妖精国へ渡ってしまうのではと、……マレウス?」
     マレウスは瞬きした。
    「お、贈り物を?」
    「気落ちするでない。レオナはおぬしからの贈り物だけを頑なに拒んでいるだけじゃ。そのうまみ妖精からに限らず、理由のある物なら普通に受け取っている」
     フォローになっていない。
     リリアはわははと笑いながら、部活に行ってしまった。
     もやもやを抱えながら、マレウスも自寮を後にした。学園の敷地内に点在するガーゴイルを順に眺めながら、平静を呼び戻すよう努めた。
    (所詮は噂だ。あのキングスカラーがめろめろ? 想像がつかない)
     もし事実なら、何か魅了の呪いでも受けたのではないのか。あるいは、彼の企みなのかもしれない。きっとそうだ。
    「レオナサンが持っていたの、何なんですか?」
    「あれはマジでやばい。レオナさんがめろめろになるのも仕方ないっスね~」
    「えっ!? 何か、折れた木の枝みたいなあれが? 魔法の効果がある道具なんですか?」
    「エペルくんがそう思うのも無理ないけど、違うっス。あれは『うまみ』っスよ」
    「う、うまみ……? あれっ、急に雷が…!」
    「空が真っ黒に?!」
    「ブッチ、うまみとは何のことだ?」
    「は? マレウスさん、アンタ突然なにを、」
    「………………」
    「……はあ~。うまみはうまみっスよ。うまみの塊っス。じゃあ俺たち忙しいんで!」
     グラウンドで練習中だったマジフト部員たちが、ラギーの指示のもと慌てて道具を片付け始める。
     レオナは先に上がったらしく、姿が見えない。
     そのことが腹立たしいような、安堵するような、マレウスは奇妙な気分だった。ガーゴイルを見る気分もしおれ、自寮に戻るのも億劫だ。魔力濃度の高い学園内は、どこも小妖精たちが騒がしい。
     そうして、ふと思い出す。いつかのハロウィン・ウィークのときに耳にした話だった。迷子対応をしていた生徒たちが言っていたではないか。なんでも麓の街には、迷いを得た者を受け入れる場所があるのだ、と。
     そして現在、迷子センターである。
    (ここにいれば、相応しい迎えが来るというが)
     マレウスはシマウマ、ヒツジ、ゾウ、ライオン、クマの絵柄のボールを手慰みに繰り返し落としながら、その時を待った。
     レオナとどこかの妖精がどうなろうと、マレウスには関係がないことだった。ただ、マレウスの言葉ひとつさえ受け入れないあの男が、何に喜び、喜びをもたらした相手にどんな礼をしたのか、気にならないと言えば嘘になるだろう。
     あの耳をぴるぴると震わせ、尾を機嫌よく振って、笑いかけたりしたのだろうか。
    (うまみの塊……。何のことだろうか。当然キングスカラーにとって、価値があるという意味だろう。だがあの者がどんな物に価値を見出すのか、僕は知らない)
     たとえば玉座。勝利。怠惰な暮らし。
     もしもレオナが他者からそれらを施されて喜ぶ男なら、マレウスにだってもっとすり寄るのではないだろうか。
    (……わからない)
     からからごとん。ささやかな悩みの間、その手は延々ボールを落とし続けている。わからない、という呻き声は、少し離れたところからも聞こえた。様子を窺うサミュエルである。
     NRCの制服を着た、ツノを持つ青年。獣人だろうか。彼が迷子センターに延々陣取っている理由がわからない。かれこれもう六時間だ。ショッピングモールの閉店時間も近い。
     魔法士は空を飛べる。地上の道が複雑でも意に介さないはずだ。NRCは島の端、北の山の上にあるから、空路で迷うはずがない。
     サミュエルは考えた。
    (この不自然な状況……。そうだよな。結論はひとつしかない。スパイ行為が、ばれた)
     ばれたのは情報の受け渡し場所だろう。
     取引を阻止するために、見張りとしてあそこに居続けている。つまり、おもちゃが媒体だということや、サミュエルの事までは知られていないのではないだろうか。
     説明がついてしまった。
     なぜ学生が、とは思うが、あのツノつきが事情を知っている必要はない。知らなくても、現に十分邪魔になっている。
     彼が、取引を阻止したい誰かに利用されている可能性は高かった。たとえば迷子センターに一日居続けるバイトを頼まれているのかもしれない。怪しい依頼でも、小遣いが欲しい学生なら眼をつむって飛びつく。
    (ロイソなら飛びつかないところだが、ナイカレなら絶対だ)
     怪しまれたらスパイは終わりだ。
     サミュエルの最善は、回れ右をして帰宅することである。この取引場所は二度と使わず、スパイも休業すべきだ。
    (だが、これが最後の取引なんだ)
     この仕事が終わったら足を洗う事になっている。まとまった報酬で別の名前を手に入れ、島を出てジェニファーと暮らせる。
     サミュエルは理性と経験の制止を振り切り、賭けに出ることにした。
    「……そこの、ナイカレ生の君!少しいいかな?」
    「あ?」
    「アルバイトを頼みたい。閉店時間まででいい。あと50分だ。10万マドルでどうかな?」






    「リリア様、これは一体!?」
    「落ち着け、セベク」
    「マレウス様が惑って居られるのだぞ!落ち着いていられるか!」
    「ならばなぜ迷子センターからの連絡をガチャ切りしたのだ?」
    「ぐっ……、マレウス様に限って迷子などとは信じられなかったのだ。人間たちの悪質ないたずらかと」
     ところが夕飯時になってもマレウスが戻らない、
     改めて確認すると、マレウスが迷子センターに伝えた学園の電話番号に、連絡があったという。
     ディアソムニア寮の内線に転送されてきたそれを取ったのがセベク。不運であった。
     今になってリリア、シルバー、セベクの三人でショッピングセンターに向かっているのだが、おかしなことにまったく辿りつけない。
     街で一番大きな施設だ。道に迷うわけがなかった。だのに現に三人はぐるぐると同じところを巡らされている。飛んでみても同じだった。
    「これはマレウスの仕業じゃな。どうやら呪いがかけられている。この感じは、……わしらには迎えに行く資格がないようじゃ」

     
     迷える者が集い、しばしの慰めを得る場所。
     やがて時が来れば、相応しい迎えが現れるという。


     マレウスが迷子センターの受付で口にした定義が、知らず知らず魔法となった。
     セベクは声を裏返させた。
    「そんな……!?クッ、マレウス様……、なぜ……」
    「親父殿、どうにかできないのですか?」
    「迷子センターが閉まれば出てくる。迎えに頼らずに自力で出てくるなら、呪いは関係ない。わしらはこの辺りで待っていよう。どうせあと1時間もないようじゃ」




    「お断りだ。他を当たれ」
    「なっ……、ナイカレ生なのに怪しい高額バイトを断るだと!?迷子センターから同じ学校の子を連れ出すだけだよ!?」
    「知るか。その程度のうまみで俺を動かそうとは身の程知らず、」
    「おまえはいつもそうだ、キングスカラー。うまみうまみと……、うまみがそんなに良いのか?」
    「うわびっくりした」
     サミュエルは本当にびっくりしてそう言った。だが一瞬でこの場に現れたマレウスに、バイトを断ったナイカレ生ことレオナは平然としている。
    「突然割り込みとは妖精族の常識のたかが知れるな、マレウス」
     腰に手を当てて胸を軽くそらし、高い位置にあるマレウスを睨め付ける。無視されているサミュエルがたじたじの迫力だ。だがマレウスは意に解さない。白い頬を膨らませて、彼は言った。
    「僕にだってうまみがあるはずだ。おまえが気づかないだけで」
    「……は?」
    「いつになったら気がつく?」
     レオナは面食らった。マレウスのこれは、あれだ。拗ねているのだ。己のうまみを無下に扱われて。
    「おまえの機嫌取りが俺の仕事だとでも?どんなうまみがあるつもりか知らないが、出直してこい」
     ふいっとレオナは踵を返した。
    「待て、キングスカラー」
     後を追うマレウス。見送るサミュエル。
    「……えっ、チャンス!?」
     サミュエルは慌てて迷子センターの受付に向かった。ユキコはニコニコ笑っている。
    「マレウスくん、良かった。お友達が迎えにきてくれたのね」
    「本当に良かったよ!それじゃああの古いボール落とし、もらって行ってもいいかい?」
    「サミュエル、あなたもしかして……」
     露骨過ぎたか、と焦るサミュエルにユキコは肩をすくめた。
    「本当は自分があれで遊びたいんじゃないの?まあいいわ、持ってくるから」
     セーフだった。外箱はとっくにない。ユキコが適当な紙袋に詰め込んでくれたボール落としを持って、サミュエルは意気揚々と帰り着いた。
     だがしかし。
    「……ない!?」
     情報が隠されているはずのライオンのボールが、ない。





    「キングスカラー」
    「着いてくるな」
    「学園に帰るのだから同じ方向だ」
    「おまえは転移できるだろう」
    「おまえは飛ばないのか?」
    「ここは飛行禁止区域だ」
    「おまえはなぜあの店に?」
     関係ない、と言い返しても、マレウスは延々話しかけてくるだろう。
    「極東国の物産品フェアがやっている。マジフトショップに寄るついでに覗いてきた」
    「東……」
     レオナの執心はやはり真実だったのか。
     背後に響く軽快な閉店案内。夜八時。石畳を踏むレオナのサンダル。街灯に伸びる二人の陰。追い抜き、追い越す人間たちの無関係な騒めき。
    「妖精の手による物まで売っていたか?」
    「いや。なかった」
    「……そうか」
     道端のガーゴイルに笑われた気がした。悪意は感じない。ユキコの笑顔に似ていた。
     マレウスから飛び出してしまったが、一応レオナはあそこまで来てくれたのだ。
    「仕方がない。おまえで手を打とう」
     あそこまで行ったなら、この迷いにはもうレオナが相応しい迎えだったということでいい。多分。
    (そうだったらいい)
    「何を偉そうに意味のわからないことを、」
     尾をしたんと打って振り向いて、レオナは面食らった。
    「おまえ、何握りしめてんだ?」
    「ふむ?……うっかり持ってきてしまったな。返さねば」
     それは直前まで迷子センターで戯れていたボール落としのボール、そのひとつだった。
     だが、すんとレオナが鼻を動かす。
    「寄越せ。見せてみろ。…………。これは、」


     使い捨てのプリペイド式携帯端末にメッセージが届く。サミュエルは血走った目でそれを読んだ。
    『ボールはそこに?』
     ノーだ。だがなんとかして言い逃れ、金を得たい。ジェニファー、君のためだ。
     イエスのメッセージを返信する。顔も名前も知らない相手だが、今まで誠実に仕事をしてきた。最後くらい許されたい。


     その瞬間、レオナの手の中でライオンのボールが爆発した。
     サミュエルの最後の仕事は「知り過ぎたスパイ」、すなわちサミュエル自身の口を封じることだったわけだ。





    「無事だな?」
    「チッ……」
     防衛魔法はレオナも得意とするところだ。マレウスがいなくともこの程度の爆発、どうということもない。だが、周囲にまったく気取らせず収束させたのは、さすがの技であった。
     レオナはため息をついた。一応、自分もマレウスも要人だが、この爆弾が回ってきたのは偶然だろう。経緯はまた改めて調べるが。
    「……ガキのおもちゃにこんなものを仕込むとはな」
    「迷子センターの他の玩具も念のために調べよう。……大丈夫だ、同じ組成のものはない」
     レオナはもう一度溜息をついて、それを取り出した。
    「キングスカラー、これは?」
    「うまみだ。妙に気にしてやがっただろうが。見せてやる」
     防御と探査の借りを返すつもりで、マレウスに差し出す。
    「木片のようだな。触れてもいいのか?」
    「ああ。こいつはな、魚だ」
    「は?」
     マレウスは聞き返した。改めて撫でてみるが、くすんだ艶のある焦げ灰茶色といい、つるつるとした表面といい、魚を連想させる要素はゼロだ。非常に硬く、木でなければ骨やツノにも似ている。
     マレウスの驚きぶりに機嫌良く喉を鳴らすレオナである。
    「カツオブシっていう食材だそうだ。極東では一般的な食材で、魚を茹でてから燻製して、水分を飛ばして作るんだと。その国のカツオブシ作りの妖精がうちに営業に来たとき献上された」
    「それはわかったが、どう使うのだ?」
    「食べるに決まっているだろうが」
    「これを!?いや、僕ならいけるが、この硬度だぞ。獣人の牙なら耐えられるのか」
    「削るんだよ、馬鹿。おがくずみたいに薄くして食べる。うまみ成分であるイノシン酸が非常に豊富で、スープの出汁によく使われるそうだ」
    「なるほど……。うまみ?」
    「それはもう」
     うまみとは食に由来する表現である。今回はつまり、それそのもの、ということであったと。
     特定の人物の価値には関係ないと。
     マレウスはどっと疲労を感じた。八つ当たりかもしれないが、つい一言言いたくなる。
    「肉食のおまえが魚とはな」
    「おまえがどうしてもって頼むなら飲ませてやる」
    「えっ」
     くるりと背を向けて歩き出すレオナ。マレウスは咄嗟に言った。
    「頼む、キングスカラー。おまえのうまみを僕も知りたい」
    「俺のじゃねえよ。テメエのツノで出汁をとって食っちまうぞ」
    「そうか。確か、昔抜けたツノがしまってある」
    「冗談。ドラゴンのツノのスープなんて腹下す。おまえにうまみなんざ期待してない」
    「無礼な仔猫だ」
     言い合いながら、マレウスは結局サバナクロー寮までレオナについていった。
     目を白黒させるラギーに用意されたカツオブシのスープ、そのうまみといったら!
     並んで同じスープを機嫌良く飲む喉仏を横目で眺め、マレウスは満ち足りたような、物足りないような奇妙な感覚に戸惑うのだった。



    「リリア様……!なぜ若様に気付かれてはならぬと……!?」
    「zzz」
    「シルバー、寝るな!」
    「わっはっは!無事が確認できたのだから良いだろう。シーホースに蹴られるのはごめんじゃからな」




    「サミュエル……!」
    「ジェニファー!」
    「あ、ごめんなさい。もう違うお名前になったのよね」
    「いいんだ。君の好きなように呼んでくれ」
     ツイステッドワンダーランド、西の果て。
     とある島の古城の墓地だった。手に手をとって踊るふたりの側にある墓石には「ジェニファー・フォックス」と刻まれている。
     観光に来たサミュエルとゴーストのジェニファー。ジェニファーは因果のためにこの城を離れることが叶わない。
     保存費用が嵩む古城が解体された後は、この世に止まることもできなくなる。
    「もう心配はいらない。城のオーナーは僕になった」
    「サミュエル、ありがとう。無理をさせてしまったのね」
    「僕にとっては必然だった」
     あの日アルバイトを断ったライオンの獣人は、翌日サミュエルを突き止めていた。
    「迷子センターの受付に聞いたぜ。あんた、寄付と廃品回収が趣味だそうだな」
     人の悪い笑顔は、サミュエルの裏の顔を完全に掴んでいるが故だった。
    「あんたが欲しがってたおもちゃのボールで死にかけた。どう落とし前つける?」
     自分が始末されるところだったと知って、サミュエルは敗北した。
     死ななかったことは、どうせあちらにすぐにばれる。
    「俺に協力するなら、相応の褒美をくれてやる」
     サミュエルは藁にもすがる思いでこれまで知ったことをぶちまけた。
     あくまで情報媒体の移動係に過ぎないが、長くやっていれば知ることも増える。殺されそうになるくらいには。
     取引は成立し、サミュエルは賢者の島を出た。これからはここで生きる。
     サミュエルが売った情報を、あのライオンの彼はうまく使うだろう。その成果を知ることはきっとないのだが。



     
     後日、極東の国の名カツオブシが、正式に夕焼けの草原王室御用達となった。また、メーカーが経営しているスープ・バーの支店がかの国でめでたく開店し、多くの国民をめろめろにしたという。
     自寮の談話室でそのニュースを右から左に聞き流しながら、マレウスは取り寄せたばかりのレシピ本を読み込んでいる。
     だし巻き卵のページだ。あのカツオブシのスープを使った、東方のオムレツ。
     自分が作っただし巻き卵を嚥下する彼の喉を想像して、マレウスはまた奇妙な期待と戸惑いにツノを揺らすのだった。
     うまみとは、時に思いもよらぬ過程で生じるのである。





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