心に決めた人がいる(ジェ海友情)「またこんな怪我をしてきて」
眉の上に塗り込まれる液体からはこの国特有の草木の香りがする。
眼前には豊満とは言えずとも平らというには失礼な程度の胸が迫る。心が惑うことはない。ザズやアスコットでもあるまいし、とジェオは思う。
「今までおじいちゃんおばあちゃんの匂いと言ったらお線香の匂いだったんだけど、今ではなんだかこの匂いがおじいちゃんの匂いって感じ」
〝オセンコー〟が何だかは知らないが、きっとご本人に聞かれては雷の一つや二つ落ちそうな冗談を海が言ったことはわかった。
薬が垂れないようまぶたをガーゼで抑え、仕上げにテーピングを施す。随分手際が良い。
オートザムの医療班に勧誘したくもなるが、きっと『おじいちゃん』が許さないだろう。
テープをサクッとカットし「さ、出来たわよ」と笑ってみせる。
好きでもない男によくもまあと思う。
女を知らないわけではない。それを置いてもこの少女は別格だと思う。
危ないところだった。
順番が違えばもしかすれば、
いや、ないな。ないない。
頭の中で思い切り腕を振って否定する。
「ありがとよ、また頼む」
「なんで怪我する前提なのよ!」
凛とした怒声が背中に当たる。
肩のあたりで手を振って、部屋を出る。
あの声を、言葉を、表情を、仕草を、優しさを。
独占したいと願うことは男としてなんら不自然なことではない。が、実行に移すとなると話は別だ。
涼しい無欲の顔をしておいて、あの御仁はよくやってのけたなと、なかば感心にも尊敬にも近い思いを抱いた。
ちょっと、危なかった。