年を越せない!パパとママが年越しの外出許可をくれたのは、長年付き合いのある光や風の信頼感と、幼馴染でもあるクレフの同行。それから――
過保護な二人を最終的に納得させたのは〝ボディガード役〟として紹介したランティス、それからイーグルとジェオの体格によるところが大きかったんだと思う。
クレフやフェリオも、決して頼りのない体格なわけではない。
けれど、この大きな三人を前にすると、私たちと同様〝守られる側〟の人間に見えなくもない。
大みそかの夜、事前に決めていた順番で皆の家を回り、一人ずつ回収していく。
八人全員が揃った頃には年越しまで一時間と少し、という頃合いになっていた。
慌てて屋台を回る。参道にはすでに長い列ができていて、甘酒をすすりながら待つ人たちも多かった。私たちも、鳥居の向こうの神様に頭を下げつつ飲食を失敬する。とにかく寒くて、何か温かいものを口にせずにはいられなかった。
八人の固まりが、人ごみに混ざりながら年越しを待つ。男子たちが輪を作り、その中に私たちが囲まれる形となる。越冬する皇帝ペンギンの群れのようで少し笑ってしまう。楽しい。こんなの、楽しいに決まっている。
初めての真夜中の外出。それも大好きな友人たちと。
光と風も同じようで、ニヤニヤを隠しきれていなかった。
冷え切った手袋を握り合いながらクスクス笑う。ほんの些細な会話がいつもの10倍増しで可笑しく思える。
そのうちに、パンと乾いた花火の音が空に響いた。
年が、明けた。
参道が騒めき、あちこちで「おめでとう」とか「今年もよろしく」と楽しそうな声が上がりはじめた。
私たちもご多分に漏れず。微笑みあったり頭を下げたりして、各々に挨拶を交わす。
じわじわと列が動き始めた。皇帝ペンギンの群れの形が少し崩れる。
すると、腰に誰かの手が触れた。一瞬ドキリとして振り返ると、クレフが「前を見て進め」と顔で示した。
はぐれないように、それから私の体を守るために触れてくれたのだとわかって、思わず顔が熱くなる。
言われた通り前を向く。腰に触れる感触にどうしても意識がいってしまう。光と風とうまく話せている自信がない。
そのまま順調に列は進み、もうすぐ拝殿という時だった。
参道いっぱいに広がっていた待機列が、鳥居をくぐるため細い通路に一旦集約していく。細道に入る人の流れはまるで川を流れる水のように加速をつけ、私は前につんのめって転びそうになってしまった。腰に触れたクレフの手が、はずみで一瞬離れる。次の瞬間には人ごみの濁流に流され、私は視界から群れの一切を見失う。
今度はコートのバックリボンをぐいっと引っ張られ、それがきっとクレフの手であることに安心しながらも、とにかくは転ばないように人の流れに従うことしかできなかった。
***
すっかりはぐれちまった。と、ジェオは言った。
私はジェオに何度もお礼を言う。いいさいいさと大きく言いながら、ジェオはあたりを見回した。
「お、いたいた」とか「ありゃ無理だな」とジェオは言う。その高台のような視線から、皆の姿を見つけられたのだろう。言いっぷりから、だいぶ離れたところに発見したのだと察する。
「ランティスのとこに光と風、フェリオも見えたから大丈夫だろ。あとのメンズはまあ最悪…はぐれても、な」と言ってジェオはおかしそうに笑った。
あっちのお嬢ちゃんたちはランティスとフェリオが是が非でも守るだろうから。と、ジェオは言葉を足した。
今無理に集合しようとして私まではぐれてしまうのが最も危険だと判断したらしい。ジェオは、時々こういう考え方をする人だ。私が一人はぐれないように細心の注意をはらってくれているのがわかった。
「いやー、せっかくの参拝が俺とで悪かったなあ」
賽銭を投げ入れ、手を合わせた後でジェオが言った。私はもちろん首を横に振る。
参拝を終えた人たちが自然と流れていく。その通路の一角、石段の上にジェオは立っている。通り過ぎる人たちの視線が恥ずかしいけれど、そんなことも言っていられない。
『賽銭箱向かって右、ジェオ集合』
そんなメッセージをグループチャットに送ると、あっという間に既読が付いた。
顔を青くしたクレフが、ジェオに何度もお礼と謝罪を伝えた。まるで保護者のような物言いが少し大げさな気もする。結局クレフは参拝どころではなかったらしい。あんなに並んだのに。それはそれで少しかわいそうだ。
すると、少し遅れて私たちの元にたどり着いたイーグルが、自分のスマートフォンを見てクスクスと笑った。
個人チャットの画面を私たちに見せてきたので覗き見る。
『すまん、ふける』
それは、フェリオからのメッセージだった。
すると、私にも一通のメッセージが入った。光からだ。
見なくても、わかる。けれど一応開いて了解の旨のスタンプを送る。
微妙な気まずさが、私たち四人の間を漂った。
「おなか、減りません?」
イーグルの提案に、私のお腹が返事をした。
ドリンクバーのホットウーロンがこんなにおいしいなんて知らなかった。
冷え切った体に染みわたる。コートの前ボタンだけはずし、ファミレスの四人掛けでしばしくつろぐ。神社で頂いた甘酒はとっくに消化していて、イーグルががっつりのスイーツプレートを頼んだのをいいことに、私もしれっと軽食を注文した。
光たちがそれぞれ、とりあえずは安全な場所にいることを確認してからスマートフォンをカバンにしまう。
BLTサンドがサーブされてきたので、隣のクレフと、正面のジェオに一切れずつ分けた。
イーグルがハニートーストを取り分けてくれようとしたけれど、私もクレフも丁重にお断りする。
サンドをぺろりと食べ終えたジェオが、ハニートーストの生クリームを口の端につけ、舌鼓を打った。
それぞれ食事を終え、今年の抱負だとかをあれこれ話していると、イーグルが小さく咳をした。
朗らかに部活動の話をしていたジェオの顔が一瞬こわばり、イーグルの背をさすった。
「こいつ、昔からちょっと弱くてな」
言いながら、トーストについてきたハチミツを温かい紅茶の中へ注ぎ、手際よく混ぜる。
ジェオがそれを手渡すと「この人は本当に心配性なんです」と、イーグルは困ったように笑った。
私がおろおろとうろたえていると、イーグルは「ほら」と言った。
「ジェオがそんなふうに大げさに面倒を見るから、海が心配してしまっているじゃないですか」
大したことはないですよ。軽いものですから。僕の体育実習の成績しっているでしょう。本当に心配しないでください。
とイーグルは言って、紅茶を飲み干した。
先ほどからカバンをががさごそとやっているジェオのされるがままになっている。雪国かロシアか。イーグルはそういった地域を連想させるほどに厚着に仕込まれていた。
「こいつを家まで送ってく。悪いが先に失礼する」
と言って、数枚の千円札をテーブルに置き、ジェオとイーグルは去って行った。
すっかり冷めたウーロン茶を口にする。
こんな深夜に、クレフと二人きりになるのは初めてのことだった。
今まで彼とどんなふうに会話をしていたかを私はすっかり忘れてしまった。
イーグルの体のことを尋ねてみると、クレフは少しだけ知っていたようだった。いない人の体調のことを掘り下げるのもなんなので、あれこれと別の話題を探しては会話をつなぐ。
そのうちに、クレフが飲み物のおかわりを取りに行くと言った。
ドリンクバーに向かう背中を見送りながら、思わずにやける。
私は、クレフがいつ「送っていく」と言い出すか。それが気になっていた。
飲み物のおかわり。それは、解散までの遅延行為。
きっとクレフは何も考えていないだろうけれど。
クレフは席に戻ると、今までジェオが座っていた場所に腰かけた。
わかる。四人掛けの席に横隣りに座るのは少し気まずい。
今日、一応、門限の時間はある。さすがに朝帰りは許されていない。
腕時計をチラリと見る。クレフに門限のことを伝えたら、きっと即解散になってしまうだろう。
新年早々、パパとママに叱られてみるのも有りかな、と思う。
※クレさんの計らいにより、きちんと帰りました。