Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    harusika_ponpon

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 29

    harusika_ponpon

    ☆quiet follow

    鵼の碑で、もしかしたらあったかもしれない未来のお話。本編のネタバレを含みますのでご注意下さい。

    #百鬼夜行シリーズ
    theHyakkiYakkoSeries

    その手で掴まえた未来「冨美ちゃん!久しぶりだねぇ」
    「ご無沙汰してます、お元気そうで」

    「お二人とも、久しぶりです。
     お祝い、ありがとうございます」

    寒川の退院の報せを聞きつけて、快気祝いの果物の詰め合わせを抱えて可児と寺尾が自宅に訪れた。

    日光の一件のあと、寒川の病気を診てくれる大きな病院を探し出し、慌ただしく入院から手術の運びとなった。手術は成功したものの術後の経過観察やリハビリでひと月近く入院していたのだ、碌に薬局に帰れず、二人の顔をみるのは本当に久々な気がした。

    「可児さん、寺尾さん
     大変お世話をおかけしました」

    壁をつたって、寒川が応接間に顔を出す。
    直ぐに寄って行って、その手をとる。

    「大きな手術だったっていうから、
     すっかり窶れてやしないか心配だったけど、
     元気そうじゃないか、安心しましたよ」
    「ご病気だったんですね、驚きました」

    カラカラと笑う寺尾はまだ心配気な可児に辛気臭い顔すんじゃないよ、祝いにきたんだからさと小突く、そりゃあそうですけど…とやり込められるさまは、酷く見慣れた風景で懐かしかった。

    「お二人のおかげで薬局が潰れずにすみました、
     本当にありがとうございます。私事でお騒がせ
     して、誠に申し訳なかった」

    寒川は深々と頭を下げた、ああ頭をあげて下さい僕は大したことはしていませんと可児が慌てる。

    「なに、全部解決したんだから良かったじゃない
     ですか。それもこれも有能な探偵さんとそれに
     依頼した冨美ちゃんのおかげだね!」

    横を向いた寒川と視線があう、優しく見つめられて、反応に困って目を逸らしてしまう。それをニヤけ顔で見ていた寺尾が身を乗り出した。

    「で、いつするんだい?」
    「いつ?何をです?」
    「あらやだ、決まってるだろう。
     結婚式だよ、結婚式。入籍したんだろう、
     招待してくれなきゃ泣くよ?」

    ねえ、と横に話をふると可児は至極真面目な顔でいや僕は別に泣きませんが、と答えると本っ当につまんない男だねと首を振った。寒川は少し困ったような表情をして、ゆっくり口を開いた。

    「寺尾さん、私達は、その」
    「わかってますよ、今まではね、寒川さんの病気
     があったからさ、ままならない所はあっただろ
     うけどね。元気になったんならさ、夫婦らしい
     こと少しずつしていかなくちゃあ、あんた達に 
     はね、幸せになって貰いたいの!」

    また、ねえと横に話をふる。可児もええ勿論ですと応えたが、もっとそこは声張りなさいよと結局小突かれている。

    それから薬局での業務に関する事、いつ頃復帰できるか等、暫く話し込んで二人は帰っていった。



    お茶の片付けを済まして応接間に戻ると、
    ソファに座ったままぼんやりとしていた。
    疲れたのだろうか。

    「少し横になりますか?」

    近づいて声をかけると小さく冨美さん、と呼ぶ。
    何か言いたげな雰囲気を察して、傍に座る。

    「あの…ご存知だとは思いますが」

    伏せた視線を頼りなく彷徨わせていたが、
    迷いをふり払うように、此方を見た。

    「手術は成功して退院しましたが、私の病気は
     これで完治したという訳ではありません。
     ほんの少し、先が伸びたという程度です」

    「…はい、主治医の方から聞いています」

    今度はこちらが視線を伏せることになった。
    冷たい手が、そっと自分のものと重なった。

    「私は近い将来、先立つ身です。式も旅行も
     いつか、貴女と本当に添い遂げてくれる方が
     現れたときの為に…遺しておきましょう」

    夫の表情をみた。虚ろな顔だった。
    この人はいつもそうだ。
    自分を、居ないもののように扱う。
    どうしようもなく悔しさが込み上げてきた。

    「先立たれたあとのことなんて、
     心配して貰わなくて結構です」
    「しかし、私が貴女にできることは…
     それぐらいですので」
    また顔を伏せる、この人も悔しいのか。
    病気だからって、先に死ぬとは限らないと思う。
    誰だって、死ぬ時はあっけなく死ぬのに。

    「私、あのとき山で貴方を見かけて、無我夢中で
     追いかけて、何とか掴まえて、こうして
     帰ってこれた。それで…充分だと思いました」
    「…冨美さん」
    「でも夫婦になれて、病気も少し落ち着いて、
     これからも一緒に暮らせるのだと思うと」

    自分の気持ちを言葉に表すというのは難しい。
    相手にうまく伝わってくれるか、自信がない。
    でも伝えないといけない。
    伝えずにはいられないのだ。

    「私は、幸せです」

    重ねられていた手を、緩く引かれた。
    そのまま抱き寄せられる。
    コロンの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。


    「帰らない、つもりでした」

    顔が見えなくなったぶん、声が近い。
    心なしか、震えているようだ。

    「父のことでけじめをつけたら、
     何も心残りはないつもりでした。
     でも貴女の顔をみたら、声を聞いたら、私は」


    「私も幸せなんです、でも、だからこそ…」

    申し訳なくて。

    消え入りそうな声だった。
    優しい人だ、この優しさに戸惑う。
    甘えてもいいのだろうか、しかし
    どう甘えたらいいのかわからない。

    「あ、あの、私」

    戸惑いに気づかれたのか、ゆっくり体が離れていく。遠のく温もりを、少しだけ惜しく感じた。

    「何か、私にできることはありませんか」

    真摯な顔で問われる。

    何だか御伽噺の中の姫にでもなったみたいだ。
    もう若くもないし美しくもないのに、でも
    好いた相手に姫扱いされるのは存外に悪いものではなかった、この際思ったことを言ってしまおうか。

    「私…」
    「何でしょうか」
    「秀巳さんの紋付袴姿みたいです」

    肩幅があって病気で少し痩せたが、恰幅も良い。
    見た事はないが、和装もさぞかし似合うだろう。
    私の所望をきょとんとした顔で聞いていたが、
    少し照れたように視線を逸らすと。

    「私だって冨美さんの白無垢姿、みたいですよ」
    「私は肌が浅黒いから、似合わないと思います」
    「いや絶対似合います、きっと美しい」

    うっとりとした表情で言われて、
    此方まで頬を赤らめる羽目になった。


    いつかまた一人になると思うからこそ。
    今が大事なのだ、他愛もない日常の一つ一つが。

    こうして共に在れること自体が奇跡に近いのだと
    私は、何処かで感じているから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭💘👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works