Boostお礼うるさいくらいにセミが鳴いている。
ここに来る途中に買ってきたファーストフードの新作ドリンクはもう空になって、ローの手の中で残っていた氷が熱で溶けてカランと音を立てた。
焼けるような日差しを帽子でさえぎっては太陽の光を反射し眩しいくらいにキラキラ煌めく水面を防波堤に腰かけ見つめた。
隣ではまだ大量に買った安っぽいバーガーを両手にむぐむぐと食事を続けるアホが一人。
せっかくの夏休みだと言うのに、ローはこのアホこと、ルフィに巻き込まれわざわざ学校まで赴き小テストに付き合わされたのだ。
ため息を一つついて、遠く横切る船を目で追う。
ー遠い昔、それこそ前世と呼べる記憶の中で、ローは何もかもを奪われそして海賊になった。
この世界には海賊なんてものは居ないし平和で穏やかな日々が続いているけれど、それが時折酷く不自由で息苦しく感じていた。
今世でこのまま医者になることに不満はない、そのために努力だって惜しまないし、生活も不便なことは何一つとしてないのに、窮屈で居心地が悪い。まるで自分だけ異物のような、そんな奇妙な感覚。
前世の記憶を持っている人間がローの他に一人もいないというのもその気持ちを加速させる原因なのかもしれない。もしそうだとしたら、ローにはどうしようもない事なのだろう。
「……なぁ、麦わら屋」
「んぅ?」
ごくん、とバーガーを食べ終えたルフィが、首を傾げてローを見遣った。
生ぬるい風が吹いて、ルフィの頭に乗せていた麦わら帽子を首の後ろへと落としていく。
「このまま、……このままどっか、遠くに行っちまおうか」
吹いた風に負けそうなほどの細い声だった。届かないならそれで良かったし届いたとしてもきっとどうにもならない戯言なのだから。
どこにも行けない。そんなのローが一番よく分かってる。
「……」
ルフィが言葉を詰まらせるように口ごもったのを見て、言葉は届いたのかと他人事のように思う。
「……なんてな」
冗談だと、こずるく誤魔化してローは殆ど中身のない鞄を肩にかけて氷がとけてほぼ水だけになったカップを持ち立ち上がる。
「いいぞ」
逃げるようにルフィに背を向け歩き出したローに向かって、それを阻止するかようにルフィは真っ直ぐに言葉を投げつける。
「え?」
振り向けばそこにローと同じように立ち上がり、太陽を背にして真剣な顔をしたルフィが続きの言葉を放っていた。
「いいぞ、行こうトラ男。二人で、どこにでも。どこまでも」
「…、……」
今度はローが言葉を失う番であった。
どうしてそんな酷いことが言えるんだろうかと、人でなしと八つ当たりで叫んでしまいそうになるのを呼吸をすることで押さえつける。ローがどこにも行けないこと、その選択を取れないこと、わかっているくせに。
でも一番酷いのはきっと、その全てを知っていてわざわざ叶えられない願いを口に出して困らせたロー自身なのだろう。
肩にかけた鞄がどさりと落ち、手に持っていたカップも落ちて蓋が開き中身がアスファルトを濡らした。
ローは地面を蹴りつけ、飛び跳ねると一瞬でルフィとの距離を詰め、そのままの勢いでルフィに飛び掛り海へと押し倒す。
ドボォンッ!と二人分の水飛沫を上げて海の中へと落ちながら、ローは驚きで目を見開いたルフィの顔を見つめ腕を引き寄せては真っ白の泡に囲まれた海中で触れるだけの口付けをした。
まるで事故とも取れるその口付けは、相手の体温を感じる暇もなくあっさり離れ二人の体は自然と水面へと浮き上がる。
ローもルフィも海育ちだ、当然泳げる。
あの頃と違って、海の中を自由に泳ぐことが出来るから当然浮くことだって出来る。
出来るのに、自由なのに、どうしてこんなにも海を狭く窮屈に感じてしまうのか。ローは当たり前に出せる答えに気付かないふりをして蓋をした。
「どうだ麦わら屋、涼しくなったか?」
同時に浮かびあがって、相手が何かを言う前にローは見当外れのことをからかうように言った。先程自ら吐いた台詞に、触れてくれるなと願いながら。
この不自由な世界で、この狭い海の中で、いつだってこの眩い太陽だけが誰よりも自由だった。けれどそれは、この世界では異端で異質で、出る杭であり腫れ物でもあったのだ。
ローにとってそんな彼の存在は奪いたくなるほど愛おしくて、喉が焼け付くほどに羨ましくてそして目を逸らしたくなるほど哀れに見えたのだった。
解説
現実世界でルフィのような自由奔放なタイプは、学校という集団生活の中では変な目で見られて遠巻きにされて不自由なのでは無いかなと思って書きました。
ローは実は両親は亡くなってて意識のないラミちゃんと共に養子に出されていて、その上前世の記憶があって大変肩身が狭い思いをしてます。まさにこのルローは溢れ者二人って感じですかね。
海賊は自由でしたが、現代社会の未成年は不自由ですからね。悩んで迷って青春してくれルロー。