ミミロロと雨 ミミロロは雨が苦手である。
自分が濡れるのは平気だけど、思い出の詰まった毛皮が水で傷むのが許せないからだ。
だから、ミミロロは雨の日は大人しくしている。
それでも、運悪く降られることだってある。
これはそんな雨の日の話。
ミミロロとオズは雨から逃れるために走っていた。
さっきまでの青空がウソのように、バケツをひっくり返したような雨が急に降ってきたのだ。
市街で降られたのならまだ良かった、手ごろな建物や軒下に避難できたが、運が悪いことに自然の多い遊歩道では屋根が見当たらない。
お気に入りの毛皮が濡れることを嫌ったミミロロは、走りながら辺りを見渡すと雨宿りに丁度よい木を見つけて指差した。
「オズ! あの木の下!」
となりを走るオズにひと声かけると、ミミロロは返事も待たずに今しがた見つけた道沿いの一番立派な木に向かって一目散に走りだす。
オズの返事を背中で聞きながら、ミミロロは多少の泥はねも気にせずトップスピードで走っていく。
ミミロロの赤い長靴が出来たばかりの水溜まりを踏みつけると、舗装されてない道から泥交じりの水が容赦なく飛び散って足元を汚す。
そうして一足先に木の下にたどり着いたミミロロは、ひと息つく間もなく毛皮についた水滴を手で払いはじめた。
ミミロロが手ではたく度に、狼の毛皮に浮いた滴が次々と落ちていく。
「みーちゃん、早いね…」
少し遅れてやってきたオズが息を整えながら言うと、ミミロロは水を払う手をいったん止めて、
「うん! ミミロロ走るの得意!」
と胸を張って答えると、再び毛皮の水滴を払う作業に戻った。
毛皮にとって水は天敵だ。
払いきれなかった水滴が革まで染み込めば大きなダメージになる。
普段から物事にあまり頓着しないミミロロだが、この毛皮には特別な思い入れがある。
ミミロロの故郷は、一頭の狼を相棒にして生活を共にする。
寝食はもちろん、子育ても例外ではない。
子供が産まれたら母親の相棒狼が、その子供の姉貴分となって面倒を見る。
そして、相棒狼の子が産まれれば、将来、その相棒となる子供がその面倒を見る。
ミミロロが身に着けている毛皮は姉貴分の狼のものだ。
母様と共に、ミミロロが産まれた時から側にいてくれた強くて優しい姉様狼のもの、毛皮になった今もミミロロを悪いものから護ってくれる魔除けと思い出の詰まった品。
そんな宝物が傷んでは大変だと思いながら水を払っていると、スッとオズが予備のハンカチを差し出してくれた。
ミミロロはありがとうと礼を言って受け取ると、水滴が滴るほどずぶ濡れになった自分の髪など気にもせず、毛皮の水滴をふき取り始めた。
夢中で毛皮の手入れをするミミロロの様子に、オズは穏やかに微笑み、
「みーちゃん、髪の毛乾かすね」
と、一声かけるとミミロロの二つに結んだ髪を解き、自分のハンカチを使って丁寧に水気を取っていく。
借りたハンカチで毛皮の水気をあらかた取り終えたミミロロが、オズに視線を向けると、丁寧にミミロロの髪を拭いてくれる姿が見えた。
幼い子供に向けるように口元を少し綻ばせ、穏やかに微笑むオズの髪は、水滴が垂れていないまでもずぶ濡れのままだ。
だから、ミミロロもオズの髪を拭いてあげようと思って、手元の借りたハンカチに目を落とす。
「あ…」
真っ白いハンカチは、毛皮を拭いた時に付いたと思われる砂粒や泥のせいで、ミミロロの手に合わせて茶色く汚れていた。
野生児として生まれ育ったミミロロだが、この数か月カペラで過ごした生活を通して、砂や泥が付いてしまったハンカチで髪の毛を拭くのは好ましくないことを知っている。
それに、ミミロロ自身もオズの綺麗な髪の毛を汚したくないと思った。
同時に自責の念が湧いてくる。
毛皮を拭くのに夢中になるあまり、借りたハンカチを汚してしまったこと、それゆえにオズの髪の毛を拭けないこと、それが申し訳なくて悲しくなった。
「オズ… ごめんなさい、ハンカチ汚しちゃった。これじゃ髪の毛拭いてあげられない…」
ミミロロがしゅんとした様子で謝るとオズは、
「心配してくれてありがとう、俺は大丈夫だよ」
と、怒ることなくミミロロの頭を優しく撫でてくれた。
それでも、心苦しさが消えていないミミロロの様子を察したオズは、元気づけるように明るい声で、
「それじゃ、みーちゃんの髪の毛を乾かしおわったら、拭いてもらおうかな」
と、今しがたミミロロの髪を拭き終えた自分のハンカチを手渡した。
オズの明るい声に乗せられて、ミミロロも元気よく返事をする。
「暖かい風が出るから目を瞑ってね」
そういってオズは、風魔法を使ってまだ湿気を帯びたミミロロの髪を乾かしていく。
オズが生み出した暖かい風がミミロロの髪を優しく撫でていく、
ミミロロは火が苦手だけど、この暖かい風は好きだ。
ミミロロの気分は幾分軽くなったが空はまだ晴れず、雨雲が立ち込めている。
雨はまだ、止みそうにない。