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    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

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    ハイコルヴォ×ロウダウド、続き

    Destructive Circuits 65


    ダウドが持ってきた狼と何匹かのテンを見た肉屋は、今までにないほどの笑顔を見せた。

    “ダニロ! これからは忙しくなるぞ。毛皮は国外の金持ちが好むから、今後は胴を狙わず正確に目を撃つんだ。”

    肉屋は腿の辺りが傷ついたテンの脚を持ち上げて言った。昼でも氷点下まで気温が下がっていたが、なにやら懐が温まりそうな報せを受けたらしい彼は店の外にいても寒さを感じていないようだった。

    “年が明けたら首都ですぐに新しい上級議員の発表がある。そして月半ばにはその就任祝いとクッシング長官の退任祝いとを兼ねた、盛大な祝典が開かれることが今日発表されたんだ。”

    彼は肉の詰まった頬を吊り上げて大きな声で言った。首都での祝賀会か……、ダウドは唇を揉んで考えた。

    老年のクッシング長官の後任を決める選挙が行われているのは彼も新聞で知っていた。クッシングはジェサミンの前代、ユホーンの頃から長くティヴィア大統領府の長官を務めており、帝国やカルナカ公爵家とも懇意で知られている。彼の退任祝いならば各国の代表や議員や貴族、文化人などの有力者は当然招待され、国を挙げての盛大な祝宴になるに違いなかった。

    “既に商工会や各組合から獲物を沢山仕入れるよう要請が来ている。大統領府はとにかく食糧庫をいっぱいにしたいらしい。肉に魚に毛皮、なんでも高値で売れるぞ。”

    彼のにやにや笑いは止まらなかった。彼は抱える猟師たちにいつもより良い値で買い取ると発破をかけて、それを誰かに倍額で売りつけるに違いなかった。彼のわかりやすさにダウドは髭の中で笑みを漏らした。“じゃあ銃でなくなるべく罠を使うようにしよう。それから大物も狙う事にする。”

    ダウドの答えに肉屋は期待しているぞと大げさな身振りで腕を広げた。更に彼は獲物の血が付いた手袋を外しながら目を細めてこう尋ねた。

    “ダニロ……、あんたは虎を見た事があるか?”

    突然の問いにダウドは眉を寄せた。

    虎。猫科の猛獣で、かつてこの島の各地に存在していたらしいが、国外からの毛皮需要のため乱獲され今やその数は絶滅寸前まで減ったと言われている。アカデミーの生態学の授業で彼が聞いた話だ。ダウドが子供の頃にはもうほとんど目撃情報はなく、最早伝説上の生き物に近いかもしれない。

    肉屋は口ひげを撫でた。“大統領府は虎を欲しがっている。”

    “本物を用意できたら、国外へのいい見世物になるだろうな。” ダウドの返しに肉屋は頷いた。

    “虎はかつてのこの島の象徴だ。虎を仕留める事ができた者は祝賀会に招かれ、それが生け捕りならば何かの勲章を頂けるかもしれないとまで噂されている。それに……、俺の株も上がる。”

    彼は狡猾な目つきでダウドを見た。ダウドは目を開き、彼の意図を悟ると顔を歪めた。虎か。存在自体疑わしいというのに。“あんたは他の猟師連中とは少し違う、俺にはわかるんだ。” 彼は少し声を落として言った。

    “どこかで何か情報を得たのか?”

    “それを今探しているんだ。一番近い情報は5年ほど前、タマラの辺りだ。森の中にある銅だか木材だかの労働収容所の囚人が見たと聞いているが、詳しくは調べている最中だ。”

    それはダウドにも信じられる話だった。山脈には餌となる動物がいないし、視界の開けた凍土や氷河の方であればもっと目撃情報があってもいい筈だ。ここダヴォクヴァからタマラまでの辺りは、海沿いを外れるとすぐに果てが見えない広大なタイガ樹林に行き当たる。もしも生きている虎がいるならば獲物の豊富なタイガ奥地だろうと彼も考えていた。樹木の伐採も狩りも、森のほんの入り口だけでも充分こと足りる。樹林のほとんどは人間が足を踏み入れた事のない未開の地だ。ただいくつかある囚人たちの矯正労働キャンプは、噂に聞くところ脱走防止のため比較的奥のほうにあるらしい。

    黙って考え込んだダウドにまんざらでもない反応だと思ったのだろう、肉屋は情報が入ったら知らせるよと彼に言った。

    ダウドの頭のどこかではある考えが浮かんでいた。

    クッシングの退任祝いには彼と親交の深い帝国のカルドゥイン王家にも当然招待状が届くはずだった。エミリーは来るだろうか。もし彼女が来るのならば、当然護衛官も同行するだろう。

    もちろん幸運に恵まれ虎を狩ることが出来たとしても、ダウドは大勢の人間の前に姿を現す事など到底できない。けれど――、コルヴォは彼の虎を見るだろう。




    生身のコルヴォのことを考えると、ダウドの心はいつもかき乱された。彼がこの国に来るかもしれない、もしかしたら遠くからその姿を見られるかもしれない。それが脳裏によぎっただけで彼の内側は沸き立ちはじめる。

    ランプを点けない暗い小屋でいつものように彼は自分を慰めていた。閉じた瞼の裏に浸水地区のベッドと髑髏のマスクを詳細に描いて、彼は内部に入れた指を激しく動かした。飢餓感や渇きがなくなるわけではないが何もしないでいるよりはましだった。幾夜となく引き出した記憶にすがり、彼はただただ息を上げた。

    いつも同じ映像だ。感情のない声、手の力の強さ、彼を苛む杭の熱さ。

    そしていつしか、ダウドは夢の中にいた。

    もう日常になっているガゼボで、いつもの通り彼の足元には女王が眠る。ダウドは階段を降り、鉄柵を抜け、中庭の動かない護衛官を見つけるのだ。

    もう話す内容はあまり残っていなかった。サーコノスでの母親との記憶から、各国を旅したこと、ダンウォールでの出来事、そしてここティヴィアの地での日常。彼は持てる記憶の殆どを物言わぬ人形に打ち明けていた。

    ダウドはいつもより少しだけ、コルヴォに体を近付けてベンチに座った。肩が届かないくらいの距離だがコルヴォの膝の間で組まれたマークされた手がよく見えた。あの時ダウドを抑えつけるのに使っていたよりも、もっと指にも甲にも肉がついている。この手に骨がきしんで壊れるほどきつく捕えられたい、欲望が彼をよぎり去った。

    “……お前は、近くこの国に来るかもしれないな。”

    彼は今日肉屋から聞いた話を再生した。虎を狩るというのは夢見話のようだが、ダウドはもっと神話やオカルトに近い黒目の神にだって会ったことがある。図録で見たことしかない獣をコルヴォに見せたいし、自分の目で見てみたい。その思いは彼の中で大きく膨らみつつあった。

    “もし、俺が虎を狩る事が出来たなら――、” ダウドはうつむいていた顔を上げ、護衛官の横顔を見た。

    “遠くから、お前の姿を見る事を許して欲しい。”

    コルヴォの方は彼に一生会いたくないだろうという事などわかっているし、ダウドの方も決して姿を見せるべきではないと思っている。それが彼の命を見逃してくれた護衛官への最低限の礼儀であるともだ。

    だがダウドはずっと気にかけていた。一度は彼が壊してしまった男の、元のように覇気と活力に満ち、背筋を伸ばして昂然と胸を張り、女王の背後に立つ姿。それをもう一度自分の目で見たかった。そうすれば……、彼にはもう、思い残すことは何もなくなる。

    ダウドは自分自身に、後悔を抱えながらこの地で静かに老いていくことを許すことができるに違いなかった。

    “俺は正直、お前の事をどう思っているのか自分でもわからないんだ。”

    彼は独白した。苦い笑いのようなものがこみ上げ、彼の唇を曲げる。

    “会いたいわけではない。不思議だな。お前に関しては、いつも複雑なんだ。”

    彼に対して特に何かしたいわけでも、されたいわけでもない。彼に見逃してもらったが、それでもダウドがコルヴォにとって女王殺しの犯人であることは変わらない。会ったとしても言いたいこともかける言葉もないし、かけて欲しい言葉も何もなかった。元気な姿を見たいと思うのも、結局はダウドが自身を安心させるだけのエゴでしかない。

    “ただ……、夜中の浸水地区で、俺のベッドであった事が忘れられない。”

    彼の声は自然に小さくなっていた。夢の中なのに、言葉にした途端に強烈な羞恥がこみ上げる。彼は手で口元を覆い、しばらく落ち着くのを待ってから続けた。

    “お前にとってそれが、膿んだ熱を晴らす一番最低で最悪な解消方法だったのは理解している。” 感情を失くしていたコルヴォにとっては確かにそうだっただろう。“けれど、どうしてだか……。俺はあれをまた欲しいと思ってしまう。”

    “自分にはそういった欲がないと思っていたし、経験もほとんどない。今でも誰かに触れたいとは全く思わない。お前に触れたいわけでもないんだ。”

    ただセックスでもレイプでもないあれが死ぬほど欲しかった。最初は彼は単に耐えていた。ダウドには拷問を受けた経験も何度かあったし、苦痛に耐えたり逃がす方法も知っていた。そもそもどんな苦痛であれ脳を直接締め上げる監督官のオルゴールよりはましだった。

    しかし深夜に血の匂いを纏って現れる髑髏の仮面をコルヴォだと認識した瞬間に、ダウドの中でその行為の持つ全てが大きく変わった。

    彼のもたらす苦痛は罰に、拘束は戒めに変わり、彼から受ける全ては断罪と懲罰になった。打ち込まれる杭は激しい痛みの先に恍惚を残し、冷たく厳しい手は彼の体のあちこちに甘い痺れを与えた。特に命令は震えが来るほどの悦びだった。動くなと言われ、彼は電気棒でしつけられたハウンドのように従った――

    “お前は嫌がるだろうが、今でもあの時のことをよく思い出しているんだ。ここの夜は寒く、長いからな……。”

    ダウドは少しだけコルヴォに近付き、肩を寄せた。固いヴォイドの人形とは違い、なんの感触も返ってくることはなかった。







    肉屋は大金と名誉の可能性に大層張り切っていた。彼は馬車で首都やあちこちへ出ては虎に関する文献やその写しを集めて来た。それから彼の抱える漁師たちや、組合に属する漁師たちにも金を握らせ情報を得ていた。

    “やっぱりタマラの奥地だ。材木の強制労働キャンプで、最後の目撃は2年ほど前。最近巡回を終えてダヴォクヴァに戻った老看守が、姿を見たと囚人のひとりが話していたのを覚えていた。”

    この国の中心部にはタイガや不毛で厳しい凍土が広がるだけで、街や集落はない。その代わりに大小さまざまな流刑労働収容所が点在していた。ティヴィアは鉱石の産出で有名だが、その半分ほどは企業ではなく囚人の強制労働によって採掘されていた。特に国が決して採掘権を渡さない希少金属は彼らの汗と涙とによって国庫を潤している。

    労働収容所の場所は記録される事なく、全ての正確な場所を知る事が出来るとすれば大統領府と秘密警察部隊の幹部くらいのものだろう。氷河キャンプにしろ材木キャンプにしろ、この国の刑務所には監視がない事で有名だった。脱獄したとして方向もわからず果てもない凍土やタイガで生きていける人間はいないし、狼や熊、その他の生きるために獰猛になった動物たちはどこにでもいる。塀がなかろうが看守が見張っていなかろうが、囚人たちにとって日々淡々と採掘や伐採のノルマをこなす方が余程命が長引くのだ。

    “元看守も正確な場所はわからないと言っていたらしい。なにしろ目隠しをされるし、どこまで行っても視界は同じタイガだからな。馬車で移動した距離から割り出すと、おそらくこのあたりだろうとは言っていたが……。”

    肉屋は丸い短い指で、作業台に拡げられた地図に円を書き込んだ。その円の大きさを見たダウドは思わず顔をしかめた。“まず、その収容所を探し当てるのが難しいだろう。” 彼はつぶやいた。

    タイガ林は今彼らのいるダヴォクヴァ側から北、タマラの方まで延々と広がっている。ダンウォールの街すべてを入れてもまだ余るくらいに広大だ。その上肉屋が言ったように、どこまで行っても視界は変わらず目印になるようなものも何もない。頭上遥か上まで伸びた針葉樹は雪をまとって陽光を遮り、凍てつくような寒さは厳しく、獣たちは獲物を探し回っている。

    それでも、ダウドには黒目野郎がくれた能力があった。

    足場を作りトランスバースを使えば比較的上の方に登って見渡すこともできるし、ヴォイドゲイズは獣たちや、落としものなどの人間の痕跡も感知できる。いざという時は時間を止めてもいいだろう。

    “まずその収容所を探し、その近辺をベースに探すのがいいだろうな……。”

    肉屋もダウドの言葉に頷いた。山林ではまず大きな目立つ目印を見つけることから始める必要がある。

    “運良く虎に出会えたとしてもその先はどうする?”

    それに関してはダウドも頭を抱えている問題だった。ベンドタイムを使えば傷を最小限に抑えて仕留められるだろうが、どうやってその体を綺麗なままに運ぶのか。大物を得意とする猟師は運搬の為に犬を用いたり何人かで組んで行動しているが、ダウドは単独だ。相手が生きている場合より困難だろう。考えれば考えるほど様々な問題が浮かび上がり彼はため息をついた。

    “それについてはもう少し考える必要があるな。” 難しい顔をした彼に肉屋も真剣な表情で頷いた。

    “それと、例の薬をもっと探してもらいたい。” ダウドは言った。

    青いピエロの治療薬だ。ダウドの頼みで肉屋が既にいくつか集めてきてはくれていたがまだ足りなかった。ダンウォールから輸入する他に入手方法がないため仕方がないが、タイガ奥地に入れば能力、特にヴォイドゲイズは絶えず使う事になるだろう。ダウドの頼みに、肉屋は力強くそっちは任せろと笑った。




    年が明け、祝賀会は半月後に迫っていた。

    ダウドは肉屋を満足させるだけの獲物を集めながら、その間ずっと旅の計画と準備に当たっていた。

    簡易テントや雪の上に敷いても暖を取れるアザラシ革のマット、火起こしにピエロの治療薬やチョークダスト等の武器。煙草や食器。食料は狩ればいいし、猟師生活の間でダウドは必要なものをナイフや針で作れるようになっていた。それでも用意した背嚢は重くなった。彼は場所を取る猟銃を置いて代わりに扱いやすいクロスボウを持っていく事に決めた。矢は何度も使用出来る上にいざとなれば枝を使い自作も出来る。大型の敵対的な動物は避けて距離を取ることにし、食べるための小動物だけを狩りながら移動するにはクロスボウが最適だった。

    集められた本や資料によると、虎は単独で行動するという。攻撃性は高く人間を見かけても逃げるような事はない。雌に比べ雄の縄張りや行動範囲は非常に広く、どちらもその主張のため糞尿の跡を残す。大型の獲物をしとめた場合は食べきるまで、長い間は1週間ほどその付近から動かない。

    肉屋は材木キャンプの元看守から更に情報を引き出していた。収容所は中規模で囚人は50人程度、看守は5人ほどだ。運が良ければ近くになれば煮炊きの煙が見えたり、伐採の音が聞こえたりする。収容所の門は害獣が多いため堅固だが人間の出入りの可能性がないせいで鍵はかかっておらず、監視小屋の類もない。中には材木を引くための馬や橇がある。

    それらの情報を元に、最終的にダウドたちの立てた計画はこうだ。

    まずは目印を残しながら収容所を見つけ、その近くを拠点としながら足跡や糞尿など目的の痕跡を探す。運よく虎が見つかったら弱らせた大型の獲物を誘導し狩らせ、食べ終わるまでの数日を稼ぐ。その間に捕獲用具を自作しキャンプから馬や橇を盗み出して、戻ってチョークダスト等で麻痺させた虎を載せる。あとは村まで戻れば肉屋が何とかしてくれる。

    ……しかし、本当に虎を捕獲できるのかはダウド自身も半信半疑だった。

    調べれば調べるほどに確実性は高まったが、同時に不可能だと思う気持ちも高まっていた。捕獲よりも先に出会う方が難しい。探すと言うと簡単に聞こえるが、なにしろタイガは広大だ。キャンプを見つけるのも難しいだろうが、森の中で虎の痕跡を探すのは海に落とした針を探すようなものだろう。肉屋の方もそれに気づいたのか、最近では彼が虎に関して語る時はどこか夢見心地だった。

    それでも、ダウドはとある早朝、重い背嚢を背負いナイフとクロスボウを腰に下げ小屋を出た。僅かでも可能性があるならば留まる理由はないと思っていた。
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