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    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

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    ハイコルヴォ×ロウダウド、続き

    Destructive Circuits 7

    うっすらと雪をかぶった土をブーツのかかとで掘り、浅く出来た窪みにコインを落とす。それから彼は足で元のように土を戻し、上から踏み固めた。

    埋めたコインはダウドの能力を使えば遠くからもよく光って見え、人工物のない暗い森の中ではなおさらだった。動物たちの興味を惹く事もないそれは彼にとってこれ以上ない目印になっていた。眼に虚無を召喚し振り返ると、彼の歩いた道には転々と黄色い光が続いている。少なくとも遭難の可能性を考えなくても良いことに彼は鯨神に感謝した。

    見上げた針葉樹の隙間から覗く空はだいぶ赤みがかかり、彼に夜の訪れを知らせていた。ダウドは煙草の代わりに砂糖を固めたものを口に放り、今夜の寝場所を探す事にした。

    タイガの中で過ごす2度目の夜だった。彼は松の幹にクロスボウで何本かのフックを撃ち込み、それらをトランスバースの足掛かりにして2本の樹の幹の間にハンモックを渡した。体重をかけて耐荷重を確かめ、背嚢と自分の体を横たえる。高所を寝場所にすれば狼を警戒する必要はなくなり、幹の間から差す光で日の出がわかりやすかった。

    ここまでは順調だった。

    彼はキャンプを見つけるのには最低でも3日はかかるだろうと予測していた。コンパスと地図、それから太陽の位置で絶えず方位を確かめながら北上し、大きな川に当たったら西へ方角を変える。そのまま半日から1日歩いた辺りが材木キャンプがあると予想されている場所になるが、彼は明日の早いうちには川に行き当たるだろうと考えていた。植生が変わり始めていたからだ。落葉針葉樹はだんだんと減り、モミや杉などの常緑針葉樹が割合を増している。タイガの中心部に入ったという証拠だった。

    寒さは予想したほどではなかった。氷点下ではあるが、肉屋は北方の氷河地帯で着用されているトナカイの毛皮でできたコートやブーツ、手袋を彼の為に調達してくれていて、歩いていると暑さを感じるほどだった。

    横になると1日ずっと歩き続けていた彼の体全体に疲れが染み渡る。目を閉じると眠りはすぐにやってきた。コルヴォに会える時間だ。

    “……今は娘と船旅の準備をしている頃だな。”

    彼はベンチに腰掛け、隣の男へ向けて呟いた。ダンウォールからダヴォクヴァまで途中いくつかの港で補給をしながら1週間という所だろう。

    “お前はティヴィアは2度目か。今回は良い思い出が作れたらいいが。”

    1度目は疫病の最中だった。そしてコルヴォが船旅から帰った日が、彼らが最初に会った日だ。その日からは4年近くが過ぎたことになる。ダウドはガゼボを見上げて呟いた。

    “あの日の事を後悔しない日はない。何年たってもそれは変わらない。”

    彼の中の全てが変わった日。そしてコルヴォの全てを変えてしまった日だ。あの日に帰る事が出来るのならダウドはどんな事だってするが、それが虚無の力をもってしても不可能だという事も知っている。償うことはできないし、赦される事もないだろう。

    ただこの1日の終わりにもたらされる虚無からの贈り物は彼にとっての救いだった。コルヴォと穏やかな時間を過ごすことが出来る夢の時間だ。




    翌朝になり日の出に起こされたダウドは変わらず歩き続け、そして彼の予想通り昼頃には川に行き当たった。地図で予測していたように川幅もあり深さは充分だった。これでキャンプはほぼ見つかったと言ってもいいだろうと彼は心中で頷いた。

    重量のある材木を、荷馬車や橇を使ってタイガ林のなか運搬するというのはどう考えても非効率なやり方だ。それは彼も肉屋も同じ意見だった。最も近くの加工場なり村なりに運ぶとして、丸太のままあるいは多少の加工をしたとしても、木の浮力を利用して川へ浮かべ流した方がはるかに効率が良い。それに生活用水の問題もある。キャンプがあるとすれば川からはそれほど離れていないだろうと彼らは予測していた。

    彼らの予想通り、木々に挟まれた川沿いを数時間歩いたところでダウドの視界の先に人工物が見えて来た。桟橋だ。係留されている小舟が左右に小さく揺れている。

    ダウドはヴォイドゲイズで誰もいない事を確認し、桟橋へ近づいた。あたりには焚火のための石を積み上げて作った簡単な炉や缶詰の空き缶、酒の空瓶などもあったがどれも最近使用されたものだった。彼は周囲を注意深く見回した。思った通り一本のモミの上部に、目立たないようにボルトが撃ち込まれているのを彼は見つけた。ボルトの尻は暗い赤い色で塗られている。

    それはおそらく人足のための目印なのだろう。ダウドはポケットから取り出した青い治療薬を飲み干してから樹林に入り、用心のため目に虚無を宿し他の印や人影がないかを探した。川のことは慎重に隠され囚人たちにも一般の看守にも知らされていないに違いなかった。だとしたらキャンプの場所はある程度川からは距離があり、道中に目立った目印や道などもないだろう。

    すぐに方向がわからなくなった樹林の中で彼は頭上のボルトを探し続けた。枝に隠されるように撃ち込まれたボルトは赤、青、黄色の順番で続いており、帰りは逆の色を辿るのだろうと予測できた。そしてしばらく歩いたところで、遠くから期待した機械音が響いてくるのを彼は捉えた。

    材木キャンプだ。彼は警戒し、樹の幹に身を隠しながら音のする方向へ近づいた。キャンプの周辺はそこだけ樹林が切り取られ、ぽっかりと明るく空間が空いている。背の高さほどの低い塀に囲まれている中に囚人棟や看守棟、加工場だろう丸太や木で作られた建物の屋根が見えた。

    ダウドはまずその屋根にトランスバースした。建物はどれも一階建てで、足の下に人物の黄色い光がいくつも見えるが、それぞれが皆座って何かをしているようだった。時刻を考えると夕飯の最中なのかもしれない。彼はまた飛び、一番小さな屋根に移った。ひときわしっかりとした作りをしているここが看守たちのための建物だろう。目の前には広い空間があり、切り出した長い丸太やそれを短く切って積み束ねられたもの、板状に切り出されたものが置かれていた。それを囲むように塀が続き、聞かされていた通りのどっしりとした鉄製の門がある。その左手には簡単な作りの厩舎があり、馬が2頭と荷馬車や橇が置かれていた。

    作業場では囚人の何人かが動き回り、ティヴィア軍のグレーコートを身に着けた看守は切り出された材木の一片に座っていたが、誰もダウドに気付かなかった。警戒するべきものが皆門の外にいるためか、この場所は彼が今まで侵入した中でも一番警備が手薄に見えた。

    ここから馬を盗み出すのは簡単だろう。ダウドは顔に出さず喜んだ。門から厩舎は近く、交代制なのか作業場に出ている人間は少ない。伐採のため門の外に出ている人間たちに出くわさないよう警戒すればそれで良さそうだった。

    彼は材木キャンプに問題がないことを確認した後、トランスバースを使い塀の外に出た。それから塀に沿って穴を掘り自作のボーンチャームを埋めた。鯨の骨はそれ自体に魔力があるわけではなく加工されたり単に捨てられたり、ハウンドに骨のおやつとして与えられたりしている。だが、魔力を送り虚無の文字を彫り付けた後は別だった。骨はヴォイドの歌を歌いだし、ダウドからは遠く離れてもその場所と距離とが見えるようになるのだ。

    一息つきたい所だったが、ダウドはすぐに出発した方がいいだろうと立ち上がった。問題はこれから先にある。




    キャンプを見つけてから5日が経っていた。

    しかし、彼は今のところ何一つ成果を得られていなかった。埋めたチャームを中心に川を避け、弧を描くように捜索範囲を広げながら、彼は夜明けから日が沈むまで地面の糞尿や幹についた爪とぎの跡を探し回っていた。ダウドに残された時間は戻りに馬を使ったとしてもあと3日がいいところで、祝賀会は丁度1週間後に迫っていた。

    ただ徒労だけで終わる日々に彼の疲れは限界に来ていた。その上、その日は朝から雪がちらつきなにより風が強かった。彼が用意したティヴィア軍の赤いゴーグルは視界を悪くし、雪を巻き込んだ風はコートの上からも彼を痛めつける。一般に風速が1メートル増すごとに体感温度が1度下がると言われているが、朝方や夕方は氷点下にもなるタイガで彼の体力は急速に落ち始めていた。

    まだ昼を少し過ぎたくらいだったが既に手足の感覚はなく、鼻まで覆ったマフラーの中の彼の息以外に温かいものはなにもない。ダウドは夜を待たずに休んだ方がいいだろうと考えた。視界が悪い中では目的を見落としてしまう場合があるし、狼たちはこの風の中でも動き回っている。

    風でハンモックは使えないため彼は適当な松の木の下に簡易テントを設置し、狼避けのため辺りにアークマインをしかけた。幹に縛り付けた革で出来たテントは雪避けの目的で天井と片面を覆うだけの簡素なものだったが、何もないよりは遥かに良かった。

    テントの下に敷いた小さなアザラシ革のマットに座り体を丸めると、ダウドは自分が震えていたことにここで初めて気が付いた。彼は少しでも風の妨げになるよう背嚢を正面に置き、足を腕で抱え込んで体温を極力逃さない姿勢を取った。石を集めて少し高めの炉を作れば火が起こせるかもしれない。そうすれば温かい湯を沸かせ、干し肉や押し麦を入れたスープを作れるだろう。体力を回復しなければいけない。それに、砂糖も取っておくべきだ……。

    頭はそう考えているのにも関わらず、彼の体は重くなり震え続けるだけで一向に動こうとしてはくれなかった。思考は鈍り、ゴーグルの下の視界はますます暗く狭くなり――、ダウドはまるで自分の体がゆっくりと森の大地に溶けだして行くような感覚を覚えていた。ひとりでに彼の瞼が落ちてゆく。

    ふと気が付くと、タワーの中庭に彼はいた。

    ベンチにはいつもと変わらずコルヴォが座っている。無表情で脚の間で手を組み、正面を見た動かない護衛官だ。

    “……疲れたよ、コルヴォ。”

    ダウドは率直に漏らした。夢の中だ。嘘をついても仕方がなかった。それに、彼はある危険性を感じていた。

    “俺の終わりはここなのかもしれない。”

    ダウドはコルヴォに肩を寄せて座り、灰色のダンウォールの街並みをぼんやりと眺めた。あんなに嫌い忌々しく感じていたのに何故だか今は恋しい気がして、ダウドは薄く笑った。

    “俺は夢物語を信じた愚かな猟師として、タイガで人知れず朽ちるのかもしれない。まあ、暗殺者として終わるよりはいいだろうが……。”

    言葉に自虐の笑いが混じるのを彼は止められなかった。かつて国外にまで悪名で知れ渡ったダンウォールのナイフが、タイガ林でひっそりと骨になる。それが運命だとしても今言ったようにまだましだと思えた。彼の肉は動物たちの糧となり、骨は分解されやがて植物の肥料となるだろう。狩りと同じだ。そこにはダウドのしてきた殺しとは違い、無駄はなにもない。

    “お前を見たかったな、” 言葉は彼の中から勝手に出ていた。

    “お前が生きて、元気にやっている姿を見たかった。”

    虎は彼にとってある意味で願掛けのようなものだった。伝説になっている獣を狩ることができたら、コルヴォの姿を見る事を自身に許してもいいと。ダウドはコルヴォの横顔に話しかけた。

    “お前は確かに魅力的だ、コルヴォ。それに強く優しい人間だ。もっと違う形で出会っていたならと思う。”

    ダウドは腕を伸ばし、コルヴォの頬にそっと触れた。手は届いているのに指先や手のひらには何の感触もない。彼が夢の中でもコルヴォにこうやって触れるのは初めてだった。最後になるかもしれないのだから許してくれ……、ダウドは心の中で彼に詫び、そっと額を彼の肩につける。

    これが最後の夢になるなら幸福だと彼は思っていた。




    しかし、彼の予想に反して朝はやって来た。

    ダウドが瞼を開けると辺りは薄明るく、風の音はやみいつものように遠くで鳥たちの声がこだましていた。彼はしばらくぼんやりと座っていたあと、固まった体を少しずつ動かし始め、腫れぼったい手を握ったり開いたりして感覚が戻るのを待った。

    膝に手を置いてゆっくりと立ち上がる。きしむ体は重い砂袋のようで、ひどい喉の渇きを感じていた。彼の中にじわじわと感情が戻って来る。朝だ。生き延びたんだ。

    彼がざっと見渡してもアークマインに作動した形跡はなかった。粉雪があちこちの幹の片面に沿って白い線を描いている。簡易テントや防風に使った背嚢、それからダウドの体にも不均衡な形で雪が積もっていた。

    彼は雪を落とすと、まずは砂糖を固めたものを口に入れのろのろと出発の準備にとりかかった。湯を沸かし簡単なスープを作って食事をし、治療薬で魔力を補充して荷物を纏める。

    踏み出す足は初日のような力強さを失っていたが、それでも彼は進んだ。

    タイガ奥の地上深くは固い凍土で、下に伸びることを阻まれた木の根は地上に複雑な形に盛り上がりを作っていた。根が出ている箇所に吹き付けた細かい雪は簡単に彼の歩を阻んだ。足を滑らせたダウドが手近な松の木の幹に手をついて体を支えた時――、それはあった。

    幹の表面を細く削ぐように、縦や斜めにいくつも彫られた爪痕。

    ダウドの手が届く所に付けられた印は熊のものではない。ここの地帯に生息する大型の熊であればもっと高い所に位置する筈だし、なにより今は冬眠の時期だった。

    アドレナリンが彼の血液を急激に動かし疲れを忘れさせた。心拍が上がり、呼吸がわずかに苦しくなっているのを感じる。ダウドは目に虚無を呼び寄せ、辺りを見回した。遠くに見た事のない形で黄色い光が浮かび上がっている。

    虎だ。

    ダウドは知らず息を止めていたが、やがてそっと一歩を踏み出しそれに近づいていった。虎は地面に寝そべっていたが、見知らぬ生き物の気配を感じて顔を上げ、そしてゆっくりと立ち上がった。

    ダウドはこれまで生きてきた中で、こんなに綺麗な生き物を見た事がなかった。

    密集した柔らかな毛は光の少ない森の中でも鮮やかな夕日のように輝き、腹の毛は新雪思わせる白だった。その表面には黒い毛が雷のように折れ曲がりながら、圧倒されるほど美しい縞模様を描いている。顔をふちどる白い毛は少なく、彼が読んだ本によると彼女は雌だろう。歩くために足を持ち上げる動作はこの上なく優雅だった。

    彼女はダウドを警戒する仕草でゆっくりと右へ左へと歩いていたがその場を動こうとはせず、彼を今すぐに捕食しようとは考えていないようだった。虎は空腹でなければ獲物を見過ごすという。それでも彼女の金色の目はダウドを補足し続け、けして逸らされる事はなかった。

    狩れない。

    ダウドは唾を飲み込み左手を握った。

    彼女を狩ることは間違いだ。彼の中のなにかがそう訴えていた。ここに住む漁師たちの獲物の血肉は彼らの栄養となり、骨は大地の糧となり、また革は彼らを寒さから護る。そこにはただ感謝があった。しかし彼女は違う。

    ダウドの中に、ここで彼女を殺せば女王を殺したのと同じ後悔を自分に深く植え付ける事になるだろうという確信があった。彼女を生きて持ち帰ったとして、見世物として檻の中で一生を暮らすことになるだろうし、魅力的な見返りをもって国外の有力者が求めればすぐにでも皮を剥がされるだろう。

    誰かの欲や虚栄心を満足させたり、汚い目的や権力の象徴として消費されるだけで――、彼女を殺す、または自由を奪いコインと交換することは、彼があの灰色の街でやって来た事となにも変わりがない。


    彼は握った左手のマークを光らせ、大きく後ろに飛んだ。急に位置を変えた生き物に彼女は戸惑っているようで姿勢を少し低くしたが、追いかけて来るような事はなかった。白い地面の上、木々の間に見える縞模様はどこまでも神秘的で心をゆさぶるものだった。

    ダウドは続けてトランスバースし、青い治療薬を飲み干し、更に樹林を駆け抜けた。彼はただひたすらに彼が埋めた、虚無の目が差し示す方向へと向かっていた。




    足に溜まった血は圧力となり重さを増していたが、ダウドは埋めたコインを道しるべに、今では唯一彼が落ち着ける場所である猟師小屋を目指していた。

    幸いずっと天気には恵まれていたが、帰りの徒歩を想定していなかったため疲労の溜まりきった彼の足取りは鈍かった。虎に出会えなくても馬を盗む計画だったのだが、彼はそんな気になれずただ歩き続けていた。

    肉屋はがっかりするだろう。ダウドはせめてもと彼のために、道中で高い値が付くクロテンを何匹か仕留めていた。腰に獲物を括り付け、彼はコインを辿ってはそれを掘り起こし回収することを続けた。

    コインの袋はだんだんと重くなり元のように膨らみ、落葉針葉樹が多くなりその密度が薄くなりはじめ、彼に小屋が近い事を知らせていた。式典は明後日だ。首都の商工会につながりのある肉屋は祝宴に参加すると言っていたが、ダウドはいつものように過ごすのだろう。狩りをし、生活に必要な細かな作業をし、眠り、夢でコルヴォに会う。平和で退屈で、穏やかな日々に戻るだけだ。彼は命があることに感謝した。

    木々はまばらになり、やがて、彼はその中の1本に自分がつけた目印が彫られているのを見た。仕掛けた罠や猟銃での事故を避けるため、猟師たちには木の幹にそれぞれの縄張りを示す印をつける決まりがあった。もうコインはなかったが彼は覚えのある道を進んだ。思った通りにだんだんと視界が開け、日の差す中によく知った小さい丸太小屋が見えた。そこでダウドは一度立ち止まった。

    彼の小屋の前に誰かがいる。黒い毛皮のコートの下に青いコートを着て、腕組みをしてこちらを見ている長身の男だ。

    彼は2、3度まばたきをし、顔から軍のゴーグルを引きはがして目を擦った。それでも消えない彼は幻でも夢でもなかった。彼は動けなかった。何故、コルヴォがここにいるのだろう。
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