8月1日『ブラッドさま、お疲れ様です。
今日、そちらへ伺ってもよろしいですか?』
ブラッドの私用のスマホへ唐突にオスカーからメッセージが来た。
お前の家でもあるんだ、いつでも帰ってきてくれて構わない――そんな素っ気ない返事を送りそうになり、手を止める。
13期ルーキー研修を終え、メンターを降りたブラッドはタワー外に部屋を借りて暮らしている。本当はオスカーと二人で住むはずの部屋だった。
メジャーヒーローになったオスカーはメンターを続投し、エリオスタワー内の研修チーム用のドミトリーで共同生活を行っている。オスカーが二人の家を訪れるのは彼の休みの日のみ。14期研修の1年目はルーキー達との関係性構築を優先するために研修チームで休日を過ごすことも多かった。
そんなオスカーが唐突に帰ってくると言うのだ。何かある。
ブラッドはメッセージアプリを閉じ、スケジュールを確認した。今日は8月1日、木曜日。明日がどちらかの休日というわけではない。
――何か約束をしていたか? いや、そうならオスカーもそう言うはずだ。
――あるいは記念日? 二人の誕生日ではない。出会った日でも、交際を始めた日でもない。
あらゆる可能性を精査してみたが、思い当たるものはなかった。これは本人に聞くしかなさそうだ。
◇
「すみません、遅くなってしまいました……」
「気にするな。おかえり、オスカー」
日付が変わる数十分前、玄関でハグを交わす。走ってきたのか、オスカーの身体からほのかに汗のにおいがする。突然司令から仕事を振られたか、ルーキー達がケンカでもしたのか――1年前までブラッドにとっても日常だった、忙しくも充実した日々が少し懐かしくなる。
リビングのソファーに並んで腰を下ろすと、待ちきれない様子のオスカーが口を開いた。
「今日は絶対ここに帰ってくると決めていました」
「すまない、オスカー……今日は何の日なんだ?」
「4年前、俺とブラッドさまが一緒に暮らし始めた日です」
アキラとウィルが入所した4年前の8月3日。その数日前、8月1日からブラッドとオスカーは研修チーム用のドミトリーで暮らし始めた。
「覚えていたのか」
「はい。ブラッドさまといつも一緒にいられるのかと思うととても嬉しくて――あの頃は毎日指折り数えていました」
オスカーらしい。
二人の間に落ちたブラッドの手にオスカーが手を重ねる。
「研修が終わった今も、こうしてブラッドさまのお傍にいられることがとても嬉しいです」
にこにこと無邪気な笑顔で好意を伝えてくるのは4年前も今もずっと変わらない。変わったのは二人の関係だ。
黙り込んだブラッドの顔をオスカーがのぞき込む。その視線から逃げるように、ブラッドはオスカーの胸に顔をうずめた。
「ブラッドさま?」
「俺も、同じ気持ちだ……」
そう伝えるのが精一杯だった。