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    ao_sumi

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    ao_sumi

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    1年以上放置してしまってる応珠の、白珠と鏡流の話。

    春眠春の暖かさに私は眠ってしまう。
    春の短さに、私は空を見上げてしまう。





    「泣いていません!空を、見上げていただけです」
    「なんだ。また応星に泣かされたのかと思ったぞ」
    「違いますよ……なんなんですか。最近そればっかりですよ。応星、応星って」
    「気にするな。ただのお節介だ」
     白珠、わけがわからない顔で首をひねっている。
     鏡流が背中を預ける。
    「私が背中を預けても良いと思える相手はお前だけだ」
    「景元も丹楓も、応星だっているじゃないですか」
    「あいつらでは話にならん」
    「もう、強情なんですから」
     白珠、鏡流にもたれる
    「分かってますよ。私も、こうやって鏡流と背中を合わせているときが大好きです」


    「空に返してくださいね」
     滅多なことを言うな。心の中に生まれた言葉は決して口には出さなかった。
    「狐族の風習だったか」
     そうです
    「もうナナシビトではないですし、今の時間も大好きです。でも、仙舟の外には未知の世界がずっと続いているんです。例えば、春、というものがある星もあるんですよ」
    「ハル……?」
    「桃色の小さな花びらが咲く木が立ち並んでいるんです。風が吹くたびに、空を桃色の花びらがフワフワ舞って、とーっても穏やかな気持ちになれるんです」
    「あたしが生まれ変わったら、風になって宇宙を旅します。鏡流はどうしますか?」
     生まれ変わりなど考えたこともない。冥差に迎えられるか、魔陰に落ちるか、戦場で命を落とすかだ。
    「そんなこと、考えたこともない。我はもうじき寿命が来るだろうし、終わった先のことなど考えぬ」
    「ちょとだけ未来が楽しみになりませんか?」
     ふ、と笑う鏡流。この子は本当に、人の笑みを引き出すのが得意だ。
     そうだな……
    「我は剣となろう。果てぬ身で、風の帰りを待っているのも良いかもしれぬ」
     瞳をキラキラ輝かせる。
    「かっこいいですね!鏡流が剣になったら、風になったあたしと、その剣を手にした誰かとで一緒に旅するのも良いかもしれませんね」
    「ふん、使いこなせぬ者は叩き斬ってやるわ」
    「それじゃあ凶剣ですよぉ!」
     

    「あ!今、とても良い詩を思いつきました!」
     さらさらと手帳に書き綴った白珠は鏡流に渡す。
    「お前らしい優しい詩だ」
    「強運の詩聖、と呼んでください。」
    「御利益がありそうだな。大切にする」
    「運が無くなるとかはないので、大丈夫ですよ」
    「そんなもの、お前といる間に気にしたことがない。気にする必要もない」
     鏡流には、ハル、というものは想像もつかないが、白珠の頭を撫でながらなんとなく、ハル、というものの心地よさは分かった気がした。ハル、が体現したなら白珠みたいになるのだろう。


     ハル、は心地よい。
     ハル、は眠りを誘う。

     
     だから気付けなかった。


     目を開けた鏡流。あれだけ美しかった波月古海は荒れ、魔音の身がそこら中を彷徨っている。

     それ、を一目見た瞬間、鏡流は分かった。理解はできなかった。しかし、それ、の毛の白さからなぜか目が離せなかった。全く違うものであるはずなのに、さらに言うなら、もういるはずのない人物なのに、見た瞬間、はっきりと分かった。分かってしまった。
     今、初めて相見える厄龍の姿が、何故か胸にしまい込んだ大切な琴線を強く爪弾いてくる
     どういうことだ。混乱しながら走り出した鏡流はそれ、とは異なる絶叫を耳にした。
    (生存者がいるか)

    「何が」
     あった。の言葉はそこで途切れるしかなかった。
     祭壇の上にはよく知る二人の男がいた。呆然と座り込む丹楓の側で「あ、あ、」と黒い長髪の男が言葉にならない声を絞り出している。男の服装には見覚えがあった。
    「お前、応星、か……?」
     しかし、なぜ黒髪になっている。訝しんでいると、蹲っていた男がのろのろと顔をあげる。赤い目を見開き、滂沱の涙が頬を伝っていた。

     皺が消えている。若返っている――!?
     
     気付いた刹那、ありえない考えが鏡流の体を電撃のごとく貫く。
     
     ――何者かが、そう忽を逃がしたようです。
     百冶様が新しい拘束具を作られた。
     所々に白い毛を生やした、それ、の咆哮が響く。

     おうせい、
     
     鏡流は唇を戦慄かせただけだった。
     剣を振るう理由は、それだけで十分だった。
     
    「応星、貴様ァ!!」
     新たな血飛沫が祭壇を染める。
     再生し続ける応星。
    「なぜ、なぜだ。なぜ、死ねんのだ。こんな……こんなはずではなかった!」
     何が、こんなはずではなかった、だ。白珠を見ていたくせに、肝心な部分で、この男は。

     怒りで振るった剣に、憎しみと哀れみが籠る。もっとも豊穣を憎む短命種の男が、その力を身に宿したというのか。
     こんな形で終わるのか。
     鏡流の力ではもう、この男は殺せない。他にしてやれることは、なんだろう。

    「応星、我の、この剣を覚えろ」

     もはや内側が忌み物と変わり果てた男に鏡流は再び支離を振りかぶった。確かに肉を斬り、骨を断った。しかし何度も再生する。もう人間ではない。張り付く恐怖もろとも仲間の体を刻んだ。痛みで応星が動かなくなったのと、支離が砕けたのは同時だった。
     ――剣首になった祝いだ。受け取れ!
     そう言って渡した男と同時に砕けた。

    覚えたか?

     幾度、質問を繰り返しただろう。

     何か力を使いすぎて動けないのか、ぐったり座り込む丹楓に歩を進めた鏡流は淡々と言う。

    「あれ、の弱点は」
    「頭部に生えた……逆鱗だ」
    「そうか」

     響いた咆哮に鏡流は飛んだ。

     襲いかかる尾を怒りのままに切断した。

     ――あの子は、もっと玉のような声だった。

     走りながらも止まらない涙が邪魔だった。いっそ凍ってしまえば気にする必要もなくなるのに。
     醜いそれ、は重たげな体をどうにか引きずって暴れていた。

     生まれ変わったら風になる。そう言った親友の言葉が蘇る。
     風を縛りつけることなど、誰ができようか
     そう忽。鏡流はこれをよく知っている。
     故郷呑み込んだだけでなく、たった一人の親友さえも、消そうというのか。

     すまない

     
     記憶の向こうでハルのようなあの子が振り返る。
       鏡流、もしあたしが風になったら――
     
     龍の目に向かって声を絞り出す。
     すまない。
     
     戦士として、弔うことができなくて。
       友よ、苦難に飲まれたなら私が風となり導こう。
     
     自由を与えられなくて。
       闇に立ち止まれば、私が光となり出口を示そう。

     痛みを与えてしまって。
       一人で泣くときは、雨となって涙を共にしよう。
     
     こんな形でしか救えなくて。
       もし笑い方を忘れたならば、いつでも私を思い出して。

     すまない、白珠。
       私が笑っているその隣では、君が必ず笑っているから。


     足元で、薄氷が砕ける音がする。
     皮肉なほど美しいその逆鱗に、鏡流は自らの剣で一閃を放った。

     
     耳をつんざく咆哮が、鱗淵境に長く長く響き渡る。
     古海の水と、凍ったどす黒い血が舞い散るなかで刻まれた祈りを誰が聞いただろうか。


     
     
     ――春よ眠れ。ここに眠れ。
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