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    ao_sumi

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    応→珠学パロ

    「で、どうするんだ」
    「何が」
     そう聞き返した応星は小籠包に箸をつける直前だった。質問の張本人である丹楓は、とっくによりどり小籠包セットを食べており、制服に肉汁が飛ばないよう慎重にレンゲを口に運んでいる。食べ方といい、まとめた黒髪といい、何をしてもどこか品のある雰囲気はさすが龍尊グループの跡取りといったところだろうか。
     律儀に箸を持ったまま次の言葉を待っていたが、相手の小籠包が減っていくだけだった。応星の隣に座った景元も焼売と水餃子のスープを前に箸を動かすだけで何も言わない。くせの強い銀髪は少し伸びたようだった。少し前髪を鬱陶しそうにして特大の焼売を口にする。さっきから何も言わないが生徒会がないからといって放課後に寄り道を提案したのはコイツだったんじゃないだろうか。
     黙々と食べ続けてる丹楓と景元を前に待ち続けているのもアホらしい。応星は湯気を立てる皮へ慎重に箸を入れ、レンゲをかまえたところでもう一度聞き返した。
    「何が」
    「白珠のことだ」
     ツヤツヤの皮が大きく裂け、レンゲに注ぐはずだった肉汁が見事に蒸籠の中に散る。箸がブレた原因は言うまでもない。あまりの悲劇と、思いがけない名前に動きを止めた応星は、やっとの思いで口を開いた。
    「……白珠がなんだってんだよ」
     なぜか、景元と丹楓が同時にため息をつく。なんだよ、と目で訴えると丹楓がボソリと呟いた。
    「クリスマス、白珠を誘ってないだろう」
     その言葉で応星が固まり、手から箸がカラコロと滑り落ちて机を転がっていく。
    「告白する、なんて言ってなかったかい」
     景元に追い打ちをかけられた箸が机の端まで転がって、重力に逆らえず視界から消えた。続いて床から乾いた音が響く。
     無言で丹楓が箸を拾い、代えの箸を応星の取り皿に置いた。その間、応星は何も言わなかった。いや、言えなかった。
    (なんで知ってんだ、どうやって知った)
     震える手でグラスをつかみ無理やり水を飲む。
     去年の十二月頭――約一ヶ月前、ぽろっと本音がこぼれた昼休み。
     グラウンドから白珠が手を振っていた。二階から短く手を振り返すと、側にいた鏡流とともに去ってゆく。冬の殺風景な土色際立つ景色の中で、一人だけキラキラしているから不思議だ。おかげでいつも彼女の姿が目に映る。子供の頃、迷子になっていた応星の手を引いて、ニッコリ笑いかけてくれた日からずっと。
     小さい頃からの付き合いの延長か、「三つ年上のお姉さん」の白珠は今でも応星のことを気にかけてくれる。同じ中高一貫校に合格したときもたくさん祝ってくれた。勉強も部活も手を抜かない背中は遠くていつも憧れだった。文字通りキラキラしているのだ。けれど、いつまでも「三つ年上のお姉さん」では嫌なのだ。背中を見ないために走り出したようなものだった。
     勇気が出なかった、というのは多分言い訳だ。追いつくために、追い越すためにどれだけ勉強をして、テストの成績で上位をキープしても、どれだけ褒められようと、キラキラには触れられなかった。
     むしろ距離が近くなればなるほど直視できない。憧れ以外が混じった感情が気持ちに反して白珠との距離を遠ざける。逆に、距離が遠ければ遠いほど会いたくて、もっと近付きたくて堪らなくなるのだからやりきれない。
     五限は体育なんだろう。ジャージ姿で同級生たちとはしゃぐ白珠の笑顔は二階の実験室からでも容易に想像できた。開け放した窓から出ていくカルメラの甘い匂いが心地いい。白珠が走るたびに、白珠をよく悩ませているくせ毛が跳ねている。かわいいな、と思う。いつ見ても。
    「告白してえな……」
    「そんなに好きなら早く付き合え」
     あんぐり口を開けて声の主を凝視したのは人生の後にも先にもこの一回だけだろう。真横に腕組みした丹楓と生暖かい視線を寄越す景元が立っていた。
     言ったの言ってないだの続けた攻防は六限の小テストで決着がついた。僅差で負けたことでついに白状すれば、とうとう二人に発破をかけられた。まだ告白してないのか、小学生からの初恋をいつ告白するんだ、相手は来年受験生なんだからクリスマスに決着をつけたらどうか――渋々提案に乗ったのが悪かった。三つ年上の幼なじみに抱えている想いを引きずりすぎているのは分かっている。それでも十五歳には、覚悟が足りなかった。
     勢いでクリスマスプレゼントを用意したにもかかわらず、そのプレゼントと一緒に年越しをしてしまったのだ。チャットで新年の挨拶をするのが精一杯だった。家が近く、かつ連絡先まで知っているというのに。どうしても二十四日と二十五日の予定が聞けなくて、クリスマス告白宣言はあっけなく消えてしまった。
     誰にも言っていないはずだ――と考えたところで、白珠の同級生の顔が思い浮かんだ。おおかた景元が先輩の鏡流にでも聞いたんだろう。あの二人は道場で顔を合わせる確率が高い。クリスマスに白珠の予定が何もなければ、応星が告白を決行しなかったことなど筒抜けだ。
    「でもよ、告白が去年のクリスマスなんて、誰も言ってないだろ」
     震える声で精一杯の悪あがきをしてみたが、丹楓はそれを許さなかった。
    「そんなことを言っているなら先に告白してしまうぞ」
    「は」
    「ああ、それはいい。応星が言わないなら私も告白してしまおう」
     おまえら何言ってるんだよ、の言葉は尻すぼみになって途中で消えた。
     二人の目は本気だ。無言で「お前はどうする?」と聞いている。急激に喉が渇いて、再び水を飲んだ。
     いつからだ? 二人とも白珠が好きだったのか? 疑問が頭をぐるぐる巡り、二人と白珠が付き合っている光景がそれぞれ浮かぶ。駄目だ、選ぶなら自分を選んでほしい。だからといって自分が告白するのは、まだ躊躇いがあった。
     助けを求めるように景元に視線を投げれば微笑みだけを返される。最後の抵抗も封じられた応星に道は残されていなかった。
    「…………俺だって言うよ」
    「すまん、よく聞こえなかった」
    「誰に何を言うか、もっと具体的に言ってもらえないかい?」
     こ、こいつら。口の端を引き攣らせる応星を前に、丹楓と景元は顔色一つ変えていない。特に隣に座る景元なんて、今の、絶対に聞こえてただろ。
     じっとり睨んでも二人はどこ吹く風だ。湯気が逃げていく小籠包を前に応星は唇を引き結ぶ。告白なんて自分にはまだ遠い世界の話だ。あるようでないような、鏡越しの世界を見ている気分で実感がない。
     それよりも景元と丹楓だ。同年代で告白という覚悟を前に、なぜそこまで涼しい顔ができるのか。本当に重要だと思ってんのか、と胸の内で悪態をついた瞬間、応星に火がついた。今まで白珠への好意を黙っていたことも、「告白」をさして大したことでもないように言いのけたことも、いつまでも想ってばかりの自分が小さく見えた気がして我慢ならなかった。
     素知らぬ顔を貫き通す二人に、応星は半ばヤケクソで言った。こいつらが白珠を好きだとしても主張は一つ。
    「白珠に、告白するって! 言ってんだよ!」
    「いつだ? 百年後か?」
     間髪入れず丹楓が畳み掛ける。
    「ば……バレンタイン」
    「どんな内容で?」
     身を乗り出したのは景元だ。
    「内容って、んなの告白するなら一つしか……」
    「君が言わなければ私と丹楓にチャンスが回ってくるだけだ。いつまでそんな煮え切らない態度をとっているんだい? 友人だから手加減していたが、君が土俵にも上がらないと言うのなら、こちから仕掛けるまでだ」
     口元だけで微笑する景元の目は全く笑っていない。普段の柔和な笑みは消え、こちらを油断なくうかがっているようだった。
    (こいつらなら、白珠は幸せになるのか…?)
     ほんの一瞬だけ頭をよぎった想像をすぐに追い払う。灯った決意が揺らぐのは、きっと普段の雰囲気からは遠い友人たちの姿を目にしたからだ。白珠の隣に誰かが立つ。例え友人だろうと、それだけで、もうたまらない気持ちになる。
     ここまで来たら背に腹はかえられない。応星は蚊の鳴くような声を振り絞った。
    「告白して……その、あ、あなたのことがずっと前から好きでした……って、言って、デート誘うんだよ」
     応星が言葉を終えるまで微動だにしなかった二人から短い拍手が起こる。違和感さえ感じたそれまでの静けさを気にかける間もなく、丹楓が口を開いた。
    「何か渡すのか」
    「いや、特に決めてねえけど……チョコとか」
     おおー、と今度は感心の声と一緒に拍手が鳴る。なんなんだこいつら。
     ようやく疑問の芽が出たところで、景元が晴れやかな表情でグラスの水を飲み干した。
    「では、私たちは応星の告白を応援するとしよう」
    「ああ、言質はとった」
     呆気に取られている間に丹楓の小籠包が消えたところで、ようやく応星は事の全貌に気が付いた。
    「おま、お前ら、さっき告白するって」
    「私たちは何も、好きと告げるとは一言も言っていないんだけどね。
    「告白の意味くらい辞書で調べなくとも分かるだろう」
    「お、おま、お前らまさか……まさか!」
    「はあ、白珠に学年末テストの結果を告白しなければならないのは気が引けるね……」
    「なに憂いてんだよ堂々の一位だったじゃねーか!白珠ぜったい知ってるだろ!」
     景元が大変困っていますと言わんばかりに眉尻を下げれば、応星の向かいからもため息がこぼれる。
    「まったく、料理店ができるたびに新規開拓せねばならん余の身にもなれ。また四店舗増えたことを告白せねばならん」
    「またお前んとこのグループ店出したのか…………待て、待てよ新規開拓ってなんだよ。白珠がこの前美味いって言ってた店、まさか一緒に行ったのか。一緒に行ってるのか、店が出るたびに!?」
    「落ち着け、白珠と密会などするわけがなかろう。行くなら皆で食卓を囲む」
    「あのレストランすげー美味かったよな。ホント楽しかった……じゃねーよ! お前ら、俺を嵌めたな!?」
    「人聞きの悪いことをいうな。余たちがそんな悪徳業者に見えるのか」
    「見えてるから言ってんじゃねーか。こんなの無効だ無効!」
     途端に周囲の雰囲気が変わった。丹楓と景元は顔を見合わせ、真剣な面持ちで口を開く。
    「応星、余たちはなにも揶揄うために一考したわけではない。告白するのかしないのか? 白珠といつまでも近い関係にいられるわけではないだろう。誰かに先行されてはもう近付けなくなるぞ」
    「どうしても君が行かないなら私たちが告白しよう。先程のような方便ではないよ。中高一貫校にどれだけ男子生徒がいると思うんだい? 他に白珠を好きな者がいれば、卒業というこの節目に大勢来るかもしれない」
    「そんな調子ではとても応星には任せておけぬ。余がいこう」
    「では私も」
    「お、おい!」
     次々に短い挙手があり、途端に冷や汗が背中を伝う。白珠は誰にでも分け隔てない優しさを向ける。二人とも白珠とは十分仲が良い。もし、告白が成功したら――あまりの動揺に立ち上がった。机に足の付け根を打ちつけたが、そんなことどうでも良い。
     渇いた唇を動かそうとして、応星はようやく気が付いた。小さく手を挙げた二人は何か期待する面持ちで待っている。
    ――嵌められた。
     全てを察した応星は半ばヤケクソに、そして渋々右手を挙げた。
    「……俺も」
    「どうぞどうぞ」
    「お前ら、……お前ら、ネタが古いんだよ!」
     結果的に告白に名乗り出てしまった応星はもはや半ベソである。そうして燃え尽きて灰になった中3男子は椅子へ崩れ落ちた。
    「そういえば、去年の話だが」
     白い灰になった応星には目もくれず、景元はジャスミン茶を淹れたカップをゆらして切り出した。
    「白珠からもらったチョコのお返し、君はあげたのかい?」
     ピクリと白い灰が動く。そして沈黙の後、のろのろ顔を上げた応星は二人から目を逸らした。
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