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    ao_sumi

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    ao_sumi

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    4枚に収めようとして大失敗した無自覚メッセンジャーズのボツ

     一人、深夜の神策府で書類を片付ける景元の前に雀が一羽。
     筆を止めた景元は、書類が散らばる長机の上で飛び跳ねる小鳥に指を差し出した。こんな時間に不思議なこともあるものだ。本来、雀は夜に活動しない。
     指に飛び乗った雀を息抜きがてら観察してみる。日頃の雀と同種だが、頭の毛が一房はねていた。目のふちも黄色い。
    「こんな時間にどうした。眠れないのか」
     つい癖で話しかけると、小首を傾げた雀はそのまま腕を辿って行った。ああ、肩に乗りたかったのか。自由な生き物に笑みをこぼした景元は、とうとう筆を置いて自ら構いに行く。差し出された右手に飛び乗った雀がややあって、景元の唇を啄んだ。
    「――」
     聞こえた言葉に金色の目が見開く。その隙に羽を広げた小さな雀は玉兆に向って飛ぶと、吸い込まれるように消えてしまった。再び訪れた静寂とは対照的に心臓が酷くうるさい。何が起きたのか理解できなかったが、景元が持つ玉兆と通じ合う者はごく限られている。それにあの声。
    ――すき。
     相当疲れているらしい。つい昨日まで羅浮に滞在していた少女の声がするなどと。
     しかし、唇を舐めると僅かにぬるりと血の味がした。



     雀は無垢な瞳で言葉を伝え、文字通り啄むような口付けを残して去ってゆく。
     そんな深夜の戯れが四日続いた朝、とうとう景元は最近何か変わった事はないかと星に連絡を入れた。
    ――至って普通だけど、急にどうしたの。
     嘘を付いているようには見えず、連日の出来事を打とうとしていた指が躊躇する。迷惑しているわけでも、困っているわけではない。ただ戸惑っているだけだ。故意ではないなら、あの不可解な現象は何なのか。よく眠れているかい、などと己の気持ちも見極めきれない世間話が続く。
     仕組みは全く不明だが、景元が唯一確信しているのは、あの鳥は紛れもなく星であるということだ。
     スマホが震えた。見れば星だ。
    ――そういえば、最近変な夢を見る。内容はよく覚えてないけど、鳥か何かになる夢だった。
     雑談を終えた景元は、古い説話を思い出して一つの仮説を立てた。おそらく、星は眠っている一定の時間に雀となり、何らかの力で玉兆を通って景元の元に来ている。何が引き金となっているか不明だが――と考えて瞑目した。この四日間でなんとなく気付きながら、あえて触れないようにしていた胸の底。深夜にしか現れず、何を話しかけても首を傾げる雀が来る理由。たった一言を伝えるためと考えるのは思い上がりかもしれない。
     仕事に追われていると時間はあっという間に夜を呼ぶ。
     そして、小さな灰色の頭を景元の頬に擦り付ける雀は今日も言葉を残して消えてゆく。
    「……そんなに、切なげに伝えるものではないよ」
     気持ちの淡さを象徴するように霧散する光の粒を見送りながら、天灯の温かな光が照らす中で一人玉兆に消えた小鳥を追って語りかけた。



     夢を見る。
     天井は遥か高く、間接照明に照らされた透明なガラス窓の外には銀河の海が果てしなく続いていた。わずかに照らされた赤い絨毯の上を歩く景元の視線はやけに低かったが、気にせず歩く。何かに導かれるまま自動ドアを通り、静まり返る廊下を渡ってまだ明かりが漏れるコンパートメントの扉を開けた。
     振り返って驚く少女の灰色の髪が揺れる。ふと姿見を見て、自分が白い獅子の姿になっていると気付いた。道理で視線が数倍も低いはずだ。危害は加えないと証明するように、ただ少女の横で寝そべって――目が覚めた。
     いつの間に朝日が昇っていたのだろう。何か夢を見ていた気がしたが、日付を跨いで持ち越してしまった仕事を手早く片付けるうちに忘れてしまった。まだ療養していろと言う声を、のらりくらりと躱して夜を待つ。しかし、その日を境に雀は姿を現さなくなった。
    (情が薄れたか)
     三日経って浮かんだ小さな思考に手元が狂う。墨で汚れてしまった書類を丸めた景元は私室の椅子に背を預けた。疲れている。すぐ終わる仕事をわざと深夜に持ち込んでしまうくらいには。誰を待っているのかと、降って湧いた疑問に自嘲した。どこかで期待していたかったのだろうか?
     煮え切らない思いを思考の波に浸していると、目を閉じていたせいか、また同じ夢を見た。過去に見た夢など覚えていない。しかし、夢の中の景元は何度も訪れて見慣れた・・・・・・・・・・薄暗い車内を歩いて、灰色の髪の少女の隣に座る。
    「――」
     何かを言ったらしい。少女は酷く狼狽えている。困らせたいわけではないのだが、眉じりを下げる表情にいたずら心が芽生えそうだ。
     別れてから十日にも満たない時間など、仙舟人にとって何気ない瞬きと同等にすぎないはずが、何百年も隔たれていた感覚に囚われる。意識の片隅では夢だと理解しているのに、永遠のような一瞬を引き伸ばしたい衝動に駆られた。
     そこからはもう記憶に留まらなかった。
     剥離した意識が戻る感覚に、ふと目が覚める。薄暗い中で玉兆の周りを見渡したが、好きと一途に囀るあの鳥はどこにもいない。
     夜明け前の空の気配を感じて風が吹き抜ける廊下に出た。白み始めた空の美しい水色が町全体を満たしている。
     聞こえた羽ばたきに思わず視線を向けた。自然と頬が緩んだのは言うまでもない。後を追って来た雀は景元の横に舞い降りた。
    「星」
     おもむろに名を呼ぶと、雀は瞬く間に人の姿へ変わる。夢の狭間にいるのか、半透明の体は薄明の空気にとけ込んでいた。灰色の髪が風になびく。眠たげな目を開けた少女は、手すりにもたれかかると明ける夜を眩しそうに見つめる。
    「羅浮の夜明けってこんなにきれいなんだね」
    「もう来てくれないのかと思っていたよ」
     ピタリと動きを止めた星は振り返った。隣で立つ景元の声に心底驚いたという顔をして。
    「なにこれ。どういうこと?」
    「夢であって、夢ではないということだ」
     微笑みを返せば、何か思い当たることでもあったのか星は手すりに突っ伏して顔を覆う。暫くして、のろのろ顔を上げると言いづらそうに口を開いた。
    「あんたは羅浮を一番に考えなきゃいけないから、告白されても迷惑だと思った」
    「君は、私が羅浮に生涯を誓っているとでも思っているのかい?」
     言葉を詰まらせる星に、景元は笑いをこぼす。
    「今はその時ではない。ただそれだけだ。それ以上も以下でもない。次を進めるには時期尚早なんだ」
     羅浮の地盤はまだ緩い。特に信頼できる人手が一番足りていない。薬王秘伝と幻朧も、星穹列車の力を借りなければならないほどだった。
     時間の感覚に疎い長命種ならではかもしれないが、緩やかな時は未だ坂を上るか下るかを決めかねている。景元でさえ一人で回さねばならないことが多く占めているのに、この状態をどうして次世代に託せようか。未来に負担を強いるために将軍の座にいるわけではない。
    「長く俗務に追われ続けて、他者への関心も薄れていたと思っていたが、そうではなかったようだ」
    「それって」
    「私も、一人の男だったみたいだね」
     星のすぐ隣で、同じように手すりに肘をついた景元は柔和な笑みを浮かべた。
    「さて、星。私の答えは出た。次は君の言葉が聞きたい」
    「前に言ったって言うのは」
    「無しだ」
    「景元はもう知ってるでしょ」
     突如吹いた夜明けの風に、声が攫われてしまったと言うように微笑めば、少女はずるいとむくれてしまった。一挙一動を見る度、つい揶揄いたくなるのだから許してほしい。
     透けた体に光が射しこんでゆく。朝日の眩しさに目を細めた星の隙を逃さず、そっと肩を抱いた景元は半透明な唇に自分の唇を重ねた。
    「――すき」
     唇の下からこぼれた言葉に、思わず腕に力が入る。触れていた質量が段々と解けていく感覚に顔を上げた。
    「次に会うときは本物を頂こう」
     透けても分かるほど頬を真っ赤にした星は淡い光を残して消える。目覚めを想像した景元は口元に笑みを浮かべ、どこからか飛んできた一枚のイチョウを手にすると、孤独な葉を空に放って別れを告げた。
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