月照らして「月がきれいですね、日和さん」
寮の中庭に置かれたベンチで月光浴をしてたら、いきなり声をかけられて驚いたね。
「巽くん、びっくりさせないでよもう、悪い日和」
「はは、すみません」
なんていつもの清らかなほほえみを浮かべて隣に立った。
「座らせていただいてもよいですかな」
「ん、いいよ、少し話そうか」
元玲明の革命児で元僕の相棒候補でジュン君の救い主だったり。一時期の彼の勢いはもうすごかった、今でこそ太陽の異名は僕のものだけど、あの頃は彼にこそふさわしい言葉で、今でもそのままだったら僕はきっと彼に照らされる月になっていたかもしれない。
「巽くんは、なにをしていたの」
「俺は、ベッドに入っても寝付けなくて、夜風に当たっていたところでした」
「それは僕たちのシャッフルユニットの事が何か関係あるのかい」
「そうです」
もうすぐ始まる月都(ゲット)スペクタクルの合同練習、レトロさとアップテンポな曲調が、不思議とぴったりマッチしていてにぎやかな雰囲気になっている。
「緊張してるの」
黄色い光に照らされた横顔からはそんな感じには見えないけどね。
「むしろ逆です、ウキウキするというか気持ちが高ぶっていて。まるで運転しているときのような心持です」
「ああ、そっちね、おたくの怪人さんが怯えていたね、確か」
「そうなんですか、俺もまだまだ練習が足りませんな」
数々の企画やライブを乗り越えてきたALKALOIDを年長者であり経験者として引っ張ってきた彼は今、以前再会した時のような落ちこぼれではなかった。
「僕たちのパフォーマンスで暴走しないでほしいね」
こちらに向けた輝く瞳に、くぎを刺しておかないとね。
「ええ、気を付けます」
少しの間続く沈黙、気まずい空気ではなく落ち着くのはなんでだろうね。
「僕がもし」
「え、」
「僕がもし月に帰るって言ったら、巽くんは止めてくれるかい」
「それは、もう二度と会えないということですかな」
「そう」
「そうですねぇ」
あごに手を当てて考えている、ほんのたとえ話のつもりだったのにずいぶんと真剣だね。
「本当にもう会えないのであれば全力でとめるかもしれませんな、でも帰ることが本当に日和さんの幸せなら、例えば愛する者たちが待っているのなら、俺は喜んであなたを送りだしましょう」
「なんだか薄情なんだね」
「本当は、俺が故障して貴方が新しいパートナー、メンバーとともにデビューした時には、すごく遠くに行ってしまわれた気持ちになりました。俺は月の都ではなく東の楽園で輝く存在に近づくことはもうないだろうと」
「ものすごく壮大な例え話だね」
「文筆が趣味なもので、でもこうやって語り合うことができているから、だからきっと一度離れてしまってもまた、舞い降りてくれることを信じて待つことができると思います」
この人はよくもまあ、こんな照れちゃうセリフをさらりと言えたもんだね。
「もちろんかなわぬ思いはあるかもしれません、その時は心の片隅にいつも貴方を置いて、俺は俺の人生を生きさせてもらうつもりです」
悔いなく生きて、次の世であなたに会えるように。
「ふふ、おもしろいね。そんなに思われているなんていい日和」
少し涼しい風が吹いて、雲が月を隠した。
「ずいぶん遅くなってしまいました、そろそろ晃牙さんが心配するので戻ります、日和さんとお話しできて嬉しかったですよ」
「それは僕もだね、これからしばらくよろしくね」
「こちらこそ」