一つのフィナーレ「ニキー話は済んだか」
「ちょうど今終わったとこっすよ」
「んじゃ、次は俺っち達が借りてくぜー」
「あまり変なこと教えないでほしいっす」
「大丈夫、ちゃんと正しいことを伝えるだけだから」
いつも通りのふざけた口調で、割ってきたのは燐音だった。
「すこーしおつきあいよろしく」
巽はわけがわからないまま、手を引かれていく。
玄関ロビーを抜け、エレベーターでコズミックプロダクションのフロアへ向かう道すがら、
「実はな、起きないんだ日和ちゃん」
「起きない、ですか」
「そう、あの後俺っちがケアにまわって、危険な状態は抜けたはずなんだけどな、クスリが効きすぎたのか、Subdropしたのか意識が戻らねえ」
「それは、大変ですね」
例の一件からは4ー5時間ほど経過したくらい、目覚めないことで騒ぎ立てるほどではないかもしれない。
「人ひとり深い眠りに落としておいて呑気なものですね、お前の愛はその程度だったのですか」
HiMERU が、優しく説明しようとしている燐音を制して怒りをぶつけていた。
「実際、ただ混乱して疲労しているだけだと思われていた、けどその割には誰のケアも介入も受け入れない」
「メルメル、ちょっとこっち来い。しかも、生命維持のための点滴とかは日和ちゃんのキレイな腕にはしのびなくてな、早めの解決をしたいってわけだ」
HiMERU を抱き寄せてなだめながら訥々と話す。
あれだけ大きな感情をぶつけた相手である巽なら解決できる、または、覚醒につながる反応を引き出せるのではないかとなったらしい。
着いたぜ、と立ち止まったのは燐音が日和をケアしていた部屋。
コンコンコン
3回ノックでドアを開くとベッドの横には七種茨とP機関が勢ぞろい。
ベッドの上には眠り姫となった日和が横たわっており、その顔色は白く、その唇は蒼かった。
「少し遅いのではないですか」
副所長が苛立ちを隠すことなく近づいてくる。
「悪い悪い、この人にも色々と心の準備がいるかと思ってな」
「それで結果はどうなんです」
視線は自然と巽に集まる。
当然ながら戸惑ってしまう。
「俺でいいのですか」
「あなた以外誰がいるというのですか、さっさとやってください」
茨が苛立ちを隠すこともなく詰め寄った。
「副所長ちゃん、流石にこんなに大勢の目の前じゃ2人ともびっくりしちゃうっしょ」
「そうです、一度席を外した方がいいと、HiMERU も思います」
結局何かあったらすぐ呼びなさい、とナースコールのようなボタンを置いて集まった皆は立ち去っていった。
そうして残される静寂の中、祈るように手を組む。心を落ち着けて、そして立ち登る静謐のGlare。
「俺はまた愚かなことをしてしまいました。日和さんへの気持ち、日和さんからの想いに気がついていて目を背けた、君からのまっすぐな感情は俺が受け取るべきではないと」
歩みより、軽く組まれた手に触れて。
「その瞼を上げて、君の瞳を見せてください、その口から朗らかな声を聞かせてください」
そして、心が導くままにそっと口づけを落とした。
どのくらい、こうしていただろう、窓も時計もない部屋で、眠り姫はまだ起きることはない。
「やはり間違いを起こしてしまった俺は、もう許されることはないのでしょうか、ただ願わくば俺の代わりにあなたに目覚めて欲しいです」
そう乞うのは傲慢な罪なのだろうか、やはり俺ではだめなのか、人を呼ぼうと思って手を離そうとした瞬間。
クッ
指先が動いた気がした、気のせいだろうか、無意識だろうか。
「だ、れ、、、」
掠れた声
「日和さん、目を覚まされたのですかっ」
「た、つ、みくんなの」
「そうです俺です、辛いところはないですか、今人を」
そうして、ナースコールに伸ばそうとした手を、意外なほど強い力でとめられた。
「おみずちょうだい、あと、けあをしてほしいね」
「俺でいいのですか」
少し身体を起こして支える。
渡された冷水をゆっくりと飲み込んで、少し出しやすくなった声で、腕の中の太陽は告げた。
「君以外にはありえないね」
しばし沈黙の後、ゴクリと唾を飲み込んだのはどちらだったのだろうか。
「日和さん、Safewordを決めます。あんなことがあった後なので、いつもと違うことや不快なことがあれば必ず使うと、約束してくださいね」
「それは命令(command )かな」
挑戦的な発言、少し調子が戻ってきたらしい。
「そうですよ」
「じゃあ『悪い日和』にするね」
「わかりました。確認のためにもう一度その言葉を言ってください」
「悪い日和」
そのやりとりが始まりの合図だった。
「日和さん、手や足を動かしてください、痛いところはないですか」
グーパーグーパーしたり、膝を曲げてみたり。動きのコミカルさに反して、2人の表情は真剣だ。
「少し指先が震えるかも」
「やっぱり診てもらったほうが」
「大丈夫、このくらいなら」
「では汗もかいているみたいですし、着替えましょうか、strip(脱いで)」
パジャマのボタンに手をかけるが、うまくいかない。
「巽くんごめん、できない」
焦れば焦るほど滑ってうまくいかない、このままだと心配されて、play を中断されるかもしれない。
じわっと涙がたまるのがわかって、それを優しく拭う手があった。
「大丈夫ですよ、お手伝いさせてくださいね」
一つ一つ外されて、あらわになった肌を温かいタオルで拭かれて、乾いた服を着させてくれる。
全部が終わった後、ぎゅっと抱きしめられたら、耳のそばにある巽くんの心臓の音が聞こえた。まるで僕が巽くんのものになったみたいでなんだか安心するね。
「キス、したいです」
「いいよ、というかさっきしてたよね」
「気づいてらしたんですか」
「ぼんやりとだけどね、あれで目覚めたから」
ぽかん、としたのは一瞬だったね。最初はふんわりと触れるように、徐々に押しつける力が強くなってる。呼吸を忘れてて、苦しさを思い出した時にはお互いに肩で息をしていた。
「いつもこんなことをしてるの」
もしかしてその先も
「そんなことはありません、、、日和さんだけです。こんなことをしたくなったのは」
おやおや、もしかして僕より顔が赤いんじゃないかな、
「ねえ、もっと命令してほしいし、もっと褒めてほしいね」
なんだか立場が反対で、だから満たされない気持ちがうずく、
「日和さん、俺への気持ちを話していただけますか、俺は日和さんとplay をしている時が1番満たされます。できれば日和さんもそうであってくれれば、幸いです」
「そんなのもちろん僕もだよ、巽くんには僕だけ出会って欲しいね」
「ふふっ嬉しいですよ、よく教えてくれましたね、ありがとうございます。good boy (いい子)」
腕の中に閉じ込められて優しく頭を撫でられると、何か頭の中で溶けていく感覚にみまわれて、巽くんを見上げると、額にキスをくれた。僕だけの特別、僕にしかくれないプレゼント。
「辛い思いをたくさんさせてしまいました。ですが、そこまで俺のことを思っていてくれたと分かったのは、幸せなことです」
「うんうん、もっと早く気づくべきだね」
「そうですね」
たくさん撫でられて、今までの愛を、僕への特別をささやいてくれて。すごく満たされたね。
そして、そのまま2人で眠ってしまったね。
キュウ
小さくお腹が鳴って、空腹感に気がついた、そういえば最近調子悪くて、食べられないことが多かったからね。
「日和さん、come (おいで)」
呼ばれるままに行くと、美味しそうな野菜のスープとおじやが用意されていた。
「起きられる前に報告を兼ねて、食事の準備をさせてもらいました。コズプロのキッチンはとても実用的で驚きましたよ」
優しい味がして、喉に引っかかることなく落ちていく。こんなに美味しいと感じたのは久しぶりだね。
「ありがとう、ごめんね、取り乱したりして。巽くんを誰かに取られた気がして、僕のものじゃないのにね」
「いえ、こちらこそ。俺にとって日和くんは特別な感じがしていたのですが、存在が大きすぎて手の届かない、望んではいけない人だと思っていたので素直になれずにいました」
「ふふっ、僕はこんなに近くにいるのに、おかしいね」
そう言ってその肩に体重を預ける。
「あの」
「なあに」
「これはcommand ではないのですが、お願いがあります」
「巽くんからなら何を命令をされても聞いてあげるね、なんだか改まって不思議だね」
くすくす、なんだかおかしいね、お願いなんてしないで命令してしまえば、僕がそれをこなしたら、そうしたら巽くんが褒めてくれれば、お互い満足できるのにね。
「俺のパートナーになっていただけませんか。やはり俺には日和さんが必要です」
やっぱりそこのなんだ、一番欲しかった言葉だからむねがいっぱいになっちゃう。
「僕からもお願いするね」
その後、それぞれのユニットに呼び出され。
「日和くん、おめでとう。巽くん、しあわせにしてあげてね」
「風早氏、殿下の事をくれぐれも頼みましたよ、何かあったら活動に差し支えますので」
「おひいさん、うらやましいっす」
「巽先輩、おめでとう」
「タッツン先輩と巴先輩、ラブすぎてたおれそう」
「巽さーん、おめでとうございます。本当によかったですぅ、椎名さんにもお伝えしておきますぅ」
それぞれの言葉をはなむけに、二人の新しい関係は始まった。この後、実はもうひと騒ぎあるのですが、それはまた、別のお話。
Fin