その大男の拳が振りかぶられた時でさえ、私の頭の中にはただ冷たい未来予測しか動いてはいなかったのだ。
エンカクを護衛にと指名すると、ケルシーは目に見えてうんざりとした表情を作る。もう何度目かわからない結論のわかり切ったやりとりすべてにNOを返し、早々にその他の手はずを整えていく。彼女の心配ももっともだろう、どちらかといえば心配よりも面倒事を引き起こすなという警告のほうが近いのかもしれないけれど。私がエンカクを連れて行くのは非常に限られた会合だけであり、つまりは何もかも更地にするようなトラブルが確定している場合である。
よって、向こうの連れてきた黒服のサヴラの拳がエンカクの顔面にめり込んだ時、私はまばたきひとつせずに会談相手の顔を見ていた。相手の表情は喜悦に満ちていた。彼は人体が損壊する音を聞くのが三度の飯より大好物という異常者で、頑丈なサルカズを対象とできることに非常にご満悦だった。背後に控えた六名全員がそのために雇われているプロフェッショナルである。嫌気がさすような酷い職場だ。無言で身動ぎひとつしないエンカクの顔面からぽたりと赤いしずくが落ちる。拭われもしないそれはシャツの襟もとから順番に赤のまだら模様を描き、彼の分厚い胸板がひとつぶひとつぶを丁寧に受け止めた。
「それでは、こちらの条件を受け入れる気はないと」
「見ての通り。まあ、その結論を無事に持ち帰れるおつもりで? こっちも甘く見られたモンだなァ!?」
お、自分が優位に立ったと判断した瞬間に本性をあらわにするなんて映画でも最近はロクに見ないような陳腐な展開だぞ。ぞろぞろと手に刃物やアーツロッドを持ってこちらを取り囲もうとする彼らに目を向けるまでもなく、私はかたわらの今の今まで動かずにいてくれた彼にひとつ頷きをかえす。
「頼む」
ようやく出た許可に、彼は無言で上着のボタンを外した。窮屈な上着から腕を抜き、シャツの袖口の私の見立てたカフスを無造作に床に落とす。それでもなお無手にすぎないサルカズを、取り囲んだ彼らは嘲笑いながら見ていた。耳元に隠した通信機からは別動隊からの報告が順次上がってくる。さて目の前の男がそれを知るのは果たして何分先か、それとも永久に来ないのか。口元にまで垂れた鼻血をぬぐったエンカクの舌先がゆっくりと好戦的に動き、そして部屋の中を一陣の炎が吹き荒れた。