最初に思ったのは、エンカクさんって意外に高っけぇ洗剤使ってるんだなっていうことだった。
エンカクさんといえばうちの部署ではそれなりに有名人だ。というのもうちは調達部門の中でも施設管理、特に地下菜園関連の物品を取り扱っていて、その業務範囲に療養庭園の荷も含まれるからだ。園芸部にお届け物です、と通達すると大体あの人が取りに来てくれるので、うちの部署では顔を知らないメンバーのほうが少ないだろう。フォルテの同僚でも台車を使うような大型コンテナを軽々と担いで持っていく姿には結構ファンも多い。だって力持ちって無条件にかっこいいだろ? 俺も鍛えてはいるんだけどなかなか筋肉がつかなくって、まあいいんだ俺の愚痴は。そのエンカクさんが、夜中のランドリーにいるところに偶然出くわしたっていう、その話がしたいんだから。
ロドスのランドリールームは居住区内にもいくつかあって、その中でも一番端にある、ちょっと小さめなのがここだ。場所が悪いからか二階の広いランドリーがいっぱいの時でも空いてることが多くて、俺は結構愛用してる。で、今日も溜まった洗濯物抱えてランドリーに行ったら、先客としてエンカクさんがいてびっくりしたんだよ。
あの人とそこのランドリーで会うのは初めてだった。ランドリーって大体同じ時間とか曜日に行くから、同じ時間に使うやつは否が応でも顔覚えるだろ? でもこの時間ってほとんど誰もいなくて、だから俺はわざわざ深夜とも早朝ともつかないこの微妙な時間に洗濯しに行くんだけど、そしたら壁際にぬっとでっかい黒衣のサルカズがいたわけ。まーそりゃ正直に言うとビビったよ。ひきつった顔でいちおう会釈したら、向こうはチラッとこちらを一瞥して小さく頷いてくれたから、俺はいそいそと反対側の端のランドリーに持ってきた洗濯物を放り込んで、あとは端末を見るふりをして時間をつぶすことにしたんだ。
それでもさ、視界には入ってくるんだよ、小さいランドリールームだから。エンカクさんの腰かけてたベンチの横には洗剤のボトルが入ったバッグが置かれていて、しかもその洗剤が結構お高めのやつだったから、エンカクさんって高給取りなんだなって内心うわーってなってた。俺は療養庭園にいる姿しか知らないけど、前衛オペレーターとして外勤にも出てるらしいから、かなりお給料いいんだろう。でなければロドスでの一般的な流通品の洗剤じゃなくてわざわざヴィクトリアから取り寄せた品なんて使わないだろうから。調達部門所属だから、そのへんの区別はつくよ流石に。腕組みしながら目をつむっているだけだけど、オーラが凄いもんな、エンカクさん。静かな凄みっていうかさ。
なんて、チラチラ横目で見ながら端末でニュース見てたら、あっという間に自分の洗濯は終わってしまった。乾燥まで終わった洗濯物を適当に畳みながらバッグに詰めなおしてよいしょっと立ち上がったけど、向こうはまだ洗濯が終わる気配がなさそうだった。どうやら大型のランドリーを使っていることからもけっこう洗濯物溜めるタイプなのかな。それもちょっと意外だ。まああんまり長居しても気まずいので、来たとき同様会釈だけして退散しようとしたときに、ふらりと入り口に人影が現れた。
「洗濯、あとでいいよって言ったのに」
「お前のだけじゃない。ついでだ」
へ~~~~エンカクさんって恋人いたんだ~~~~! 衝撃ですっごい悲鳴上げそうになったけど、なんとか堪えた俺を褒めたたえてほしい。いや、叫ぶだろう、確かにすっげぇイケメンだけどさあ! なんて内心挙動不審MAXの俺のことなんて視界にも入れずに、恋人さん(仮)はすたすたと壁際のエンカクさんのほうへと進んでいく。
「だって、洗剤それ使ってくれてるし」
「いちいち俺の部屋に戻って取って来いと?」
「私、あのフローラルのやつ好きだよ」
「購買部の特売品だぞ」
そっかー高級洗剤は恋人さんのだったんだーお気遣いできるイケメン、モテないはずがないんだよな……知ってた……。その後もお二人は静かにイチャイチャと恋人同士の会話をくり広げておられたので、俺はそーっと気配を消してその場から退散することにしたのだった。
そういえば今更なんだけど、恋人さんの声どっかで聞いたことある気がするんだよなぁ。
「せめてシャツは自分のを着てこい」
「いいじゃないか、どうせこの時間に通る人間がほぼいないのは確認してる」
「そういう問題じゃない」
「じゃあどういう問題なのかな」
気分よく、えいやとばかりに抱き着いた体はすでに夜の熱を忘れ去っていたけれど、私は構わずにぐりぐりとその広い胸元にしがみつく。そんな私を片手でぞんざいにあやしながら、エンカクはため息とともに口を開いた。
「監視カメラはそこだぞ」
「エンカク、あっちの隅に移動する気はない?」
「ない」
「そっかー残念」
なんて話しているとようやく洗濯が終わったらしい。私をべりっと引きはがすと、彼はてきぱきと機械からシーツやら服やらを取り出して畳んでいく。私は戦力外通知を遥か昔に出された身なので大人しくバッグを広げて詰めていく係だ。
「あれ、これも洗ってくれたの」
「……おぼえていないのか」
「昨日の君、そんなに余裕なかったんだ」
「帰るぞ」
「わ、待って待って」
そうしてしがみついたら、片手に洗濯物を抱えたままひょいと肩に担がれてしまったので、私は嬉しくなってそのかっこいい角にキスを贈ったのだった。