「貴公もまた……」
などと重岳に例の表情で言われて動揺しない人間はまずいないだろう。たとえそれが、冬になって寒くなってきたから寝ているときに尻尾を抱きしめてくれないと拗ねているだけであったとしても。
彼と私が寝台をともにし始めてから季節が三つほど巡った。彼と初めて枕を交わしたのはまだ春の雷光が尾を引く暗い夜のことで、翌朝いつものように鍛錬に向かおうとする背中に赤い跡を見つけ慌てたことをまだおぼえている。それからほどなくして私の部屋には彼のための夜着がまず置かれ、タオルに歯ブラシにひとつまたひとつと互いの部屋に私物が増えていき、そして重ねる肌にじっとりと汗がにじむような暑さをおぼえる頃には、私たちはすっかりとひとかたまりになって眠るようになったのだった。彼の鱗に覆われた尾にまだ情欲の残る肌を押し当てるとひんやりと優しく熱を奪ってくれて、それがたいそう心地よかったものだからついついあの大きな尾を抱き寄せて眠る癖がついてしまった。ロドスの居住区画は空調完備ではあるが、荒野の暑さ寒さというのは容易にこの陸上艦の鋼鉄の壁を貫通してくる。ようやく一の月が眠そうに頭をもたげ、月見に程よい高さにのぼるようになってきた頃、私は名残惜しくもあのすばらしいひんやりと涼しげな尾を手放して使い古した毛布を手繰り寄せることにしたのだった。だが。
「あれだけ熱心に抱いてくれていたというのに、その心はとうに秋空の下に旅立ってしまったのだな」
私はしょんぼりしていますとあからさまに全身で訴えてくる彼に、うっと言葉に詰まる。彼の尾が魅力的であるのは古今東西未来永劫不変の真理であることは間違いない。間違いないのだが、それはそれとして寒いのだ。彼の尾はその表面が鱗でおおわれているため、どうしたってひんやりとした手触りである。夏の間はまだいい。ひんやりとしたそれにスリスリ頬ずりしながら眠りに就くのは至高の入眠方法だった。だが現在の季節はすでに雪の足音すら聞こえ始めている晩秋、いくらぶ厚い夜着に身を包んでいるとはいえ寒さが裾から忍び寄って来る季節なのである。万年不健康記録を更新し続けているドクターはただでさえ平均体温が低く、冬の間は布団にヒーターを仕込むことさえ頻繁にあった。そろそろヒーターがきちんと動作するかどうか確認しておかねばという矢先に、しずしずとはいえ鱗に覆われた冷たい尻尾に素肌の背をくすぐられ、ひゃあと情けない悲鳴を上げてしまったのが此度の発端なのである。
「重岳、最初に言っておくが、私は君のことが好きだし、君のことを厭うたことはない」
「では貴公に厭われた私の尾はどうしてくれようか。その目に映らぬよう大きな布で覆ってみせようか」
「あなたの尻尾だって当然愛おしいとも。ねえ、パジャマの上からぐるぐる巻きにしてもらうのでは駄目かい」
「アーミヤというあの娘御が選んだというその夜着の肌触りは確かに素晴らしいものではあるが、貴公の肌にはとうてい劣る」
「うーん、素肌にはさすがに冷たいんだよなあ」
再び例の顔をされてしまったので心がグサグサと痛む。私にも良心と言うものは残っていたんだな、などと感慨にふけっている場合ではなく、そもそも彼を悲しませるつもりなど最初からないのだから何とかして星三クリアの道筋を見つけなければならないのだ。彼は私に触れたい、私は寒いと困る。寒かったり冷たかったりしなければ問題はない。つまりは、ああなんて単純明快な解決法!
「重岳。もしもあなたが嫌でなければ、なのだけれど」
寝台に寝そべってくれるようお願いすると、不思議そうな表情を浮かべながらもその長身はドクターの狭い寝台に身を延べた。その尻尾がまだ名残惜しげにドクターの腕を撫でてくるのに微笑み返しながら、ドクターもまたその隣のスペースにころりと寝転ぶ。ここまではいつも通りだ。いつも通りの距離だって素敵なのだけれども、本日はその先に進むとしよう。ごそごそと身動ぎをしてもう少しだけ彼に近づくと、ドクターはえいやと気合を入れてからその大きな身体に抱き着いた。
「すべすべの尻尾だって素晴らしいのだけれど、寒い季節はあなたのあたたかい腕で抱きしめてくれないだろうか」
そろりと顔を上げて、おずおずと尋ねる。呆れられたかな。子供のような振る舞いだと幻滅されてしまったかもしれない。けれども恐る恐る見上げた彼の不思議な色彩の瞳は少しだけ大きく見開かれたあと、ゆるりととろけるように細められたから。
「勿論だとも。なるほど、最初からこうしてしまえば良かったのか」
背中を抱きしめてくれるあたたかい腕に、ほっと安堵の吐息がこぼれた。首元に頬をすりよせると、くすぐったかったのか軽快な笑い声が私の髪を揺らす。どこもかしこもぴったりとくっつけて、毛布の中でひとつになりながら、彼とこうやって過ごせるなら寒い冬だって悪くはないなとドクターはうっとりと微笑んだのだった。