リボンの有効活用方法について「エンカク! サルカズは誕生日に年の数だけ角にリボン巻いてお祝いするって本当!?」
「本当なわけがあるか」
色とりどりのリボンを握りしめて帰宅した上司兼同居人兼恋人に、エンカクは重い溜息を吐いた。
「今日はさ、うちのオフィスでクリスマス会やったんだよ。といってもティータイムにプレゼント交換しただけなんだけど。予算だけあらかじめ決めておいてくじ引きを作ってね」
「お前の部署は暇なのか?」
「年末で月末なこの時期が暇なはずないだろう。こんな楽しい催しを企画でもしない限りやってられないんだよ」
私が用意したのはサーミでも人気のハンドクリームで、と聞いてもいないことをべらべら喋るその手には、いまだに色彩豊かなリボンの数々が握られたままである。できるだけそれらを視界に入れぬよう視線をそらしながら、エンカクは電気ポットのスイッチを入れた。
「コーヒーでいいな」
「あ、それならこっち使って。私がもらったプレゼントが、インスタントコーヒーの詰め合わせだったから」
ちょっとお高いやつ、と続けられた企業名には聞き覚えがなかったものの、この男が言うのならば良い品であるのだろう。湯を沸かしている間に男の分のマグカップを戸棚から取り出していると、横から伸びたか細い腕がその隣の色違いのカップを手に取った。
「君も飲むだろう?」
当然のように問われた内容に、エンカクは一瞬頷くのが遅れた。荒野であればこの間に三度は首が飛んでいただろう。この細い指にサルカズの喉を絞め殺すほどの握力はなくとも、血色の悪い指先一つでおのれは死ぬのだということをエンカクは何よりも理解していた。
「そんなに不機嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。せっかくの君の誕生日なのに」
「祝えと言った記憶はない」
「じゃあ祝われたことはおぼえてくれてるんだ。嬉しいな」
どだい、この男に口で勝てるはずがないのだ。にこにこと差し出されたスティック状の包装には、豆の産地らしい見知らぬ土地の名前が印刷されていた。
「まったく、リボンの件ではすっかり騙されてしまった。道理で『ちゃんと写真撮ってきて下さいね』なんて念押しされるはずだよ」
「その出来のいい頭は偽物になったのか? 用済みなら挿げ替えてやろうか」
「いたたたた、もげる! まだ用事があるからこの首はこのままにしてほしいな!」
わっしわっしと掻き混ぜてやった髪には、細かい銀紙の屑がついたままだった。一体どういう方法でプレゼント開封をすればこんな惨状になるというのか、もたもたとインスタントコーヒーの開け口と格闘する男を見かねて、エンカクはその手からパッケージを取り上げてやった。
「その『どこからでも開けられます』って絶対嘘だよね……」
「どのメーカーもお前ほどのひ弱な握力は想定していないだけだろう」
やや歪になった開け口からカップへと中身を注いでいる横で、酷い! だの私の彼氏かっこいい! だのと聞こえてきた気がするが、エンカクはいつものことなので無視を決め込む。そうして暴れるのに飽きた男がエンカクの背中に抱き着いてきたのをそのままにさせながら、沸騰した湯をカップへと注いだ。
「わ、ほんとにいい香りだ」
「そうか」
嗅覚は鋭いというのにどうして舌はああも鈍いのか、エンカクは二人分のカップを持って、背中に軽すぎる体重の男を張り付けたまま入り口のミニキッチンから部屋の中へと歩き出す。ベッドの上の読みかけの雑誌を横のデスクへと放り、活字に反応した小さな頭を軽く押さえてから、コーヒーの入ったカップを渡してやった。
「こぼすなよ」
「あれ、今月号?」
「飲み終わってからだ。春先のことを忘れたのか」
「ちぇー」
夜中に半裸でシーツを洗濯しているとどんな目で見られるのかを思い知らされた事件についてはエンカクだって忘れたかったが、あの時は男の火傷を治療することのほうが最優先であったのだ。それはそれとして腹は立つので、エンカクは頑として男と雑誌の間を遮り続けた。口を付けたコーヒーは、いつも買ってくるものと大した違いはわからなかったが、隣の男が機嫌よくエンカクにもたれながらカップを傾けるのは、まあ悪くはない気分だった。
「嘘だったのはショックだけどさ、エンカクこのリボン似合うと思うんだけど」
「いい加減諦めろ」
蒸し返された話題に、コーヒーを噴きかけた。黒いコートのポケットから再び顔をのぞかせた色とりどりのリボンにとうとう頭痛さえ感じながら、エンカクは男の妄言を秒で切り捨てる。
「角も髪も黒だからさ、こういう鮮やかな色も映えるよね」
「どさくさに紛れようとしても無駄だ」
これ以上の惨禍を避けるために男の指からリボンを取り上げれば、男は悔しそうな顔でぶつぶつと恨み言をつぶやき続けた。
「さっさと飲んでしまえ、寝るぞ」
「私だってさ、せっかくの誕生日なんだから誕生日らしいことしてみたいんだよ。まあプレゼントはちゃんと準備してるけど、こう、恋人らしい雰囲気とかさあ」
「そもそもリボンはプレゼントに巻くものだろう」
「そうだね、これじゃああべこべだ。君が祝われる側なのにプレゼントになってしまう」
「……」
「なんだい、その悪い顔は。ええっと今日は朝から小児病棟の特別訪問があったから疲れててね」
「そうか」
「ええと、どうして私の手からリボンを取るのかな、そして長さを確かめて何をしたいのかな?」
「飲み終わったな? マグは机の上に置いておけ」
「質問に答えてもらってないんだけど!?」
「せっかくだから有効活用してやる。ああ、写真も撮るんだったか? なあ、祝ってくれるんだろう? ドクター」
それがどう有効活用されたのかについては、エンカクのプライベート端末に鍵付きで保管されている写真のみが知るのであった。