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    マトマトマ

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    マトマトマ

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    めちゃくちゃ苦戦中だから、一度キリのいいところで上げておくことで逃げ場を無くしておきます

    頬を滑る風に誘われて目を覚ます。
    麦藁の束から体を起こせば、穴が空いた天井から刺す一筋の日差しと、独特の涼しさが朝であることを告げていた。
    握り込んでいた杖がその手中にあることに安堵を覚えながら、くぁーっと背伸びをする。道具弄りをして夜更かしをした眼をごしごしと擦りながら、少女は立ち上がった。

    「ふわぁ……」

    用意してあるバケツの水でぱしゃりと顔を洗って、適当に乾かしてあったタオルで拭う。あかぎれに冷たい水が染み入っていくなれた痛みを欠伸をして誤魔化しながら、胸ポケットに夜の成果を詰め込む。
    夜なべして制作したそれは、いつにも増して自信作だ。安全な距離を確保して放り投げれば、あの憎き騎士にだって一瞬の隙を作るくらいできるはずだと、想像の中で笑みを溢す。

    「ま、当たればの話だけどね」

    日差しを受けても尚襲ってくる睡魔を退けて、小さな小屋から出る。
    身体全身で陽の光を浴びれば、潮の匂いを乗せた風が頬を通り抜ける。 すぅっとその風を取り込めば、何年も変わることもない匂いに安心を覚えた。

    「そうだ。わたし、あと少しで……」

    だが、小屋の壁に記してある印を見れば、あと数日でその匂いともお別れをすることになることを思い出す。そうなればわたしは育ったこの村から旅立ち、今まで育ててくれた村のみんなに報いるために、為すべきことを為さなくてはならない。

    「はぁ……」

    しかしそう言いながらも、別に心が浮き立っているわけでもない。村を出てすることは決まっていても、それはやるべきことではあって、やりたいことではないのだ。

    けれど、特に楽しみも目標もなく生きるには、ほんの少しここにいる時間は長すぎた。縋るものはあっても目標がない人生というのは、やはり酷く疲れてしまうものだから。

    「うん。だから今日も練習しなくちゃね」

    華麗な動きで杖を振り回し、的確な指示で仲間を鼓舞する。そんな、想像することすら出来もしない夢を実現する為に、わたしは今日も黄金の麦畑へと駆けるのだ。

    「あ、少しいいかしら」

    と、そんな時、ふと見知った声に呼び止められる。振り返れば、この村でわたしの母親となってくれていた女性が手招きしていた。

    「はい。なんですか?」
    「これ、あげるわ」

    見目麗しい風の氏族の女性が、薄い三日月を口元に浮かべながら差し出す。細く綺麗な指先から受け取ったそれは、一通の手紙だった。

    「これは……」
    「そう。招待状よ」

    受け取ったそれの裏を見れば、そこには確かに流麗な筆跡で、この村と代表者の名前が記してあった。差出人の名前を見てみれば、それは数ヶ月に一度開かれるという、ここからずっと遠い街の舞踏会への招待状だというのが見てとれた。

    「あなた、もう少しでこの村をでてしまうでしょう?だからその前に何かしてあげたいと思っていたのだけど、最近は先立つものが多くて困っていたの。そんな時に、丁度よくこれが届いてね」

    世俗に疎いわたしにもわかってしまうような、華やかな街の舞踏会への招待状。それをこんなにも気前よく渡してくれる理由を楽しげに語る母親の様子。

    「……わかりました。行ってきます」
    「ええ。楽しんできてね」

    わたしの姿を上から下まで眺めながら、母親である女性は言う。その視線の意味が何となく理解できるから、わたしは何を言うでもなく母親にぺこりと頭を下げる。そして渡された手紙をポケットに詰め込むと、元の目的地へと足を向けた。



    畑への道中を足取り重く歩きながら、思考もまた鈍く巡らせる。
    当然と言えば当然だが、こんな島外れの村の生まれでは、わたしの人生に舞踏会というものは縁遠い。なればこそ、やはりというか、当たり前というか。

    「……ほんと、何を楽しめっていうんだか」

    別にそういう場の雰囲気が分からない訳でもない。お洒落な服を着て、美味しいものに舌鼓を打って、奏でられる楽曲に身を任せる。
    そしてそんな中には、御伽話のような運命の出会いが、あったりなかったり。

    「いや、そもそもそんなこと、わたしには関係ないか」

    まぁだがこれはあくまで理想の話。こんなところには必ずヒト同士の見えないコミュニケーションが発生することを、わたしはよく知っている。見栄や世間体というのは、妖精社会でもあり得るものなのだ。
    それにこれは、きっといつもの彼女たちの思いつきだ。偶々もらった招待状をめんどくさく思ったのかなんなのかは知らないが、『取り敢えず捨てるよりかは、楽しんでから捨てよう』という、いつもの目論見がこの瞳を使わなくても透けて見えていた。

    「行かないとどうせバレるし、行ってもどうせお笑いものだし……あーあ。もういっそのこと、これ投げ込んでやろうかな」

    胸ポケットから取り出したガラス瓶を眺めながら、悪い笑みを浮かべてみる。人に当てることはしないけれど、頭上で炸裂させるだけでしょうもないことに心血を注いでいる連中に大きな混乱を呼べることは間違いない。
    だが、間違いなく捕まる。言いたくはないが、わたしの非力な力では、きっとパーティを警備しているであろう牙の氏族一人を倒せても、二人目を倒すことは出来ないだろう。

    「……せっかくここまで来たんだもん。こんなバカなことで終わりたくない」

    惰性で定めた目標だが、挑むことすらなく終わるのは流石に寂しすぎる。今の所ただ短い上に成し遂げたこともない価値がない人生だが、そう簡単に諦められるほど諦めは良くないのだ。

    「今日は出来るだけ爆発物系のものを使うのはやめよう。行くからには、せめてできる限り身なりは整えないとね」

    もしこんな状態で桃色髪の少女や、自分の背丈よりもずっと大きい騎士にもう一度会ったら嫌だし……と考えて、わたしをライバルだと言ってくれたあの子は、きっと今はそれはそれは忙しくしているのだろうと悟って、また惨めになった。

    「……はぁ」

    今日で何度目かもしれないため息は、やはり何度聞いてもいい加減呆れてしまいそうになるくらい、冴えないものに聞こえた。

    旅立ちの日は近づいている。
    これはその前の、最後の寄り道だ。今はただ、夢に見る暴風に耐えるように、耐え忍べばいい。




    「やぁ、元気にしていたかい」
    「……ぇ」

    言われるがまま村から出立し、監視の目がいつものようにそそくさと消え去ってから暫くたった頃。夕焼けの光が夜のとばりに刻一刻と呑まれて行ってしまいそうなとき、突然声がした。慌てて周囲を見渡しても、木々に囲まれたここでは、暗がりのせいで人影は見えない。だからもしかしたら別の誰か……いや、でも、この声はよく聞き知ったもので、焦がれたもので。

    大切なものはいつもあっという間に取り上げられてしまうけれど、この声だけはわたしの方からいずれ探しに……

    あれ?でも杖は今、わたしの手元にーー

    「ストップ、そこまでだ。これから舞踏会に行くんだろう?なら、あまり寄り道をしている暇はないからね」

    姿は見えない彼は確かにそういって、わたしが持つ杖を見えない力で進行方法に引っ張った。慣れない感覚に驚きながら、それでも彼の声は確かにこの杖から聞こえていることに、とても安心を覚えた。

    「今から君に魔法をかけてあげよう」
    「魔法?魔術じゃなくて?」
    「あぁ。このわたしの、とっておきの魔法さ」

    そんな安心と彼の突拍子もない言葉によって、ふとした違和感なんて気にならなくなった。それにとぼとぼと一人歩いていた道を、二人の声を響かせながら歩くなんて、そんな小さくてどうでもいいことに心がひどく躍ったから、わたしは彼の言葉に目を少しだけ輝かせた。

    「まずは馬車だね。この距離を一人で歩いていては、あちらについたとき君の足が棒になりかねない」
    「なにを~?わたしはもうあなたの知っているひよっこじゃないんですよ。体力にはそれなりに自身が……」
    「お約束なんだ。いちいち突っ込んでいるとめんどくさいことになってしまうよ」

    何年振りかも分からないのに、姿は見えずともどこかため息を溢すように聞こえた彼の声音には懐かしさを感じない。だから彼の言葉にむ〜と唸っていると、何かがこちらに向かって来ている音が聞こえて、自然と構えてしまう。

    「ええ、そうですとも。今はこの私が引く馬車に、黙って乗り込んでくれさえすればよろしいのです」
    「……馬が喋った」
    「馬ではありません。妖精です。ただ馬車という文化に心を奪われただけの、ね」

    だがその構えも虚しく、瞬きのうちに自身の隣を何かが走りぬけてきたかと思えば、砂煙を上げて急制動をかけた。そして立派な荷台を引いてきた馬が、振り向きざまに歯並びのいい白い歯を見せて喋る。
    馬ではなく妖精だと言うソレは、一応ヒトの言葉を話す点は妖精だと判断できなくもないが、一般的常識でいう妖精とはあまりにもかけ離れているような気がしてならない。

    「これも同じで突っ込んだ方が野暮?」
    「あぁ。これもそうさ」
    「そっか……」
    「なんだかうかがわしい目を向けられていますが、報酬として約束されている人参に目を瞑り、これもまた見逃しましょう」

    やっぱり彼()のことを知れば知るほど妖精ではなく馬なのではないかという葛藤が生まれるが、気にするだけ無駄なことであるとも悟った。どうでもいいことには基本拘らない方が楽であることを、わたしはもう悟っているのだ。

    「さて、次は……」
    「はいはいはい!ぼくもう待ちきれないんだわさ!」

    時間がないと言っていた癖に勿体ぶるように喋る杖の彼の声を覆うように、荷台からとても元気な声がした。すると、わたしの半分の大きさもない小さな妖精が、中から飛び出してきた。

    「こんにちは!……ん、こんばんはだったかな?まぁそんなことよりも」
    「あ、あなたは?」
    「ん?あぁ、僕は見ての通り、ただの小さな仕立て屋さ」
    「仕立て屋……?」
    「そう!さぁそんなことよりもう時間はないんだ、急げや急げ!」
    「え、あ、ちょっ……!?」

    現れた仕立て屋と名乗る少女は、わたしを荷台の方に力一杯に押し込んでいく。思わぬ膂力に驚いた時には、既に彼女は小さな身体を思う存分に動かして、わたしの体に何かを巻き付け始めた。最初のうちは体をまさぐられている感覚に少し抵抗もしたが、悪意が感じ取れずその動きが逆に作業の邪魔になっていることを察したわたしは、そのままなすがままにされることにした。
    そしてそろそろ身体中ぐるりと回ったかと思えば、「よし、あとは任せて!」と、今度は逆にわたしを荷台から放り出してしまった。

    「い、いったい何を……」
    「君のためのドレスを用意してもらっているのさ」
    「ーーどれす?」

    聞きなれない単語に呆然と繰り返した言葉に、杖の中の彼があぁと静かに頷いた。

    「君のその姿が悪いと言っているわけじゃない。ただ、社交場に出向くには、少し役不足なのは拭えないだろう?」

    優しく諭すように語りかけてくる言葉をどこか他人事のように思いながら、胸の中で反芻する。久しぶりに出会った師と、そんな師からの思いもしない贈り物に、思わず頬を軽く手で引っ張る。しかし頬に走った軽い痛みの感覚は、それでもどこか他人事のように感じた。

    「まるで本当に夢のようじゃないかって?」
    「うん」
    「たまにはいいんじゃないかい?好きな夢を見たって」

    杖から聞こえる言葉は、相変わらず優しかった。けれど、どこか誰かに言い聞かせるような言い方のようにも聞こえてしまって、素直に頷くことが出来なかった。
    腑に落ちない感覚はどうしても拭い去ることはできなくて、もう少し彼に話を聞いてみようと杖に向かおうとした。だがその前に、馬車の中から完成に喜ぶ仕立て屋の声が聞こえてきた。

    「おや、さすが糸紡ぎの妖精を自称していることはあるね。仕事が早い」
    「ねぇ、」
    「悪いが、今はそんなことよりも準備の方が優先だよ。さ、行っておいで」
    「……うん」

    二の句を告げさせてくれない彼の言い回しはこれが初めてではない。そしてこういう時は基本、わたしがどんな言葉を無理やりつづけようとも、彼の煙に巻くための弁舌に叶うことはないことも知っている。だから、せめてもの抵抗にと、不満顔を杖に向けながら馬車へと足を向けた。



    「ーーすごい。すごい、きれい」

    ひらり、ひらり、とその場でくるりと回ってみせては、動きに合わせて真っ白な布が揺れる。落ちかけの夕焼けを反射する装飾は、宝石のようにきらきらと輝いていて、まるで純白の空に浮かぶお星さまのよう。

    「だろう?急なオーダーだったからちゃんと出来るか心配だったけど、君のイメージは十分伝えて貰っていたからさ。手直しもほんの少しだけで済んだ」

    満足げに胸を張る小さな仕立て屋の言葉に大きく頷き、ありがとうと、心からの感謝を述べる。
    ドレスなんて、他人が身に着けていることを見ることはあっても、こうして自身を彩ることなんて一生ないだろうと思っていた。ましてや、こんなにきれいで美して、自分なんかには、本当にもったいないぐらいの装いなんて。

    「鏡を見て。気に入らないところがあったら、まだ少し直せるからさ」

    誘われるがままに荷台の中に備えてあった鏡の前に立ち、まじまじと自分の姿と向き合う。
    我ながら、あまり起伏の富んだ体つきではないことを知っている。だからこういう大人が参加するような舞踏会に自分が参加するには、まだ早いと勝手に思っていたけれどーー

    「そんなことないさ。きみは黙って笑ってさえいれば、花畑の中でも一際輝く一輪になれるよ」
    「……うるさいです」

    いつの間にか荷台の中に建てかかっている杖の失礼な感想に対して、今回ばかりは返す言葉に覇気を持てない。
    だって鏡の中のわたしの表情は、驚きと戸惑いと喜びと、その他たくさんの感情に溢れていたのだ。まるで綺麗な宝物を手にした子供のような、そんな気持ちで一杯だったから、彼の軽口に対する感情を探すことが出来なかったのだ。

    「……髪、飾り」

    わたしは今、頭の後ろで二つに纏めていた髪を、全て下ろしている。その長い髪の毛には、小さな星のような髪飾りが煌めいていて。

    「気に入ってくれたかい?ならそれを作ってくれた職人も、きっと本望だろうね」
    「……そうだったら、いいな」

    そっと小さなお星様に触れながら、思わず笑みをこぼす。彼はこれを失敗作だと言っていたが、やはりそんなことは冗談でもあり得ないと、改めて思う。
    だからこそ頭の中にいる彼と、これを寸分違わず作ってくれたもう一人の誰かに向けて、心からの感謝を心の中で浮かべたのだった。




    「さて、きみの準備が整ったことだし、あとは任せるよ」
    「やはりあなたは来てくれないのですね」
    「あぁ。そろそろおっかない取り立て屋が私を見つけてしまいそうでね。……大丈夫。君たちには迷惑をかけないさ」

    気持ちに区切りをつけた様子を見計らったように、彼は言う。ここまで手厚く用意してくれたのに、お披露目にはやはり付き合ってくれないらしい。まぁなんとなくこうなる予感もしていたから、特に驚きもしなかったが……それでも、最後に聞きたいことがあった。

    「最後に一つだけ、いいですか」
    「なんだい」
    「どうしてこんなことを?」
    「……そうだね。単なる気まぐれと言っても、きみは満足してくれないのだろう?」

    問いかけに対する問いかけには、ただ視線だけで応えた。どこかでわたしを見ているのだろう彼には、きっとそれだけで十分だと思ったからだ。

    「他人がとても素敵な夢を見ていると、自分の心まで湧き立って応援したくなるだろう?これはその応援の一つさ」
    「それは、誰の夢ですか」
    「誰だって同じさ。ありもしない星を探しているのは、何もわたしたちだけじゃない」
    「……そっか。そう、だよね」

    やりたいこともなりたいものも、結局まだ見つけられていない。けれど、かつて幼い頃にした会話を、まだお互い覚えている。何気なく交わした時間は、きっとこれからもわたしの胸に残っているのだろうし、彼もそうなのだろう。
    だから彼はこんなにも素直にわたしの質問に答えてくれてーーだからこそ、ここで本当にお別れらしい。

    夜の帳は、既に下りきっていた。

    「さぁ、行っておいでお姫様。12時になったら戻っておいでなんて野暮は言わない。……今日はきっと、いい夢を見れるよ」
    「うん、ありがとう。ーー行ってきます」
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