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    うづきめんご

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    うづきめんご

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    パイロット×乙姫のつもりのちあかなパロです!

    #ちあかな
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    #千奏
    Morisawa Chiaki×Shinkai Kanata
    #千年奏

    うみとそらとらんでぶぅ 奏汰は視線を遥か上空に向けた。
     そこには海をそのまま天井に写したような、どこまでも青い空が広がっている。雲ひとつない綺麗な青の中を、一機の飛行機が駆けていく。それは所詮『戦闘機』というものであったが、奏汰には細かい種類の違いはわからない。ただ、あの燃えているような赤い機体には誰が乗っているのかは知っていた。
     ついに。待ちに待っていた人が、帰ってきたのである。
     はやる気持ちを抑えながら、奏汰は海の中に一度戻り急ぎ泳いで陸地のほうへと向かった。奏汰には空を飛ぶことはできないが、海の中ならば人間よりは多少はやく移動することができる。領土の半分近くを海岸線と接するユメノサキだが、人が足を踏み入れることのできる海岸は三割程度に留まり、残りは切り立った崖になっていた。
     目指すは一点。その僅かに外海と交流できる浜の一か所に、小さな洞窟があった。周囲からは目立たない入口を潜ると、その狭さからは想像できないくらいの広い空間が中には広がっている。しかも天井に空いた穴から降り注ぐ太陽光のおかげで、明るく暖かい。
    「ちあき!」
    「おお奏汰!」
     果たして待ち人は、そこに居た。奏汰は浅瀬から陸地に上がって、たっぷり水を含んだ桃色の衣が地面を擦るのも気にせずに、『ちあき』と呼んだ青年の胸の中に勢いよく飛び込んでいく。『ちあき』も両手を広げて、奏汰の身体を受け止めた。抱き着いて顔を埋めた先の衣服からは少し油の匂いがしたが、そんなものも奏汰にとって『ちあき』を構成するもののひとつだった。
    「だいぶ、ひさしぶりですね……?」
     ぎゅっと自分のジャケットを握りながら見上げてくる奏汰に、彼――千秋は「うっ」と言葉を詰まらせた。千秋はユメノサキの空軍に所属するパイロットである。国内外の空を飛び回り、各地の平定に貢献してきた。この度滞在してきた地は内戦が終わったばかりの発展途上国で、復興の支援員として派遣された形だ。主に物資の輸送を担っていたのだが、インフラ設備がほぼ壊滅してしまったために支援が長期に渡ったのだ。
    「さみしくて、しんじゃいそうでした~」
     抱きついたまま千秋の胸板のあたりにすりすりと頬を寄せて甘える仕草は、まるで小動物のようだ。その愛らしさに千秋の胸がボッと熱くなる。
    「ごめん奏汰。寂しい思いをさせてしまって」
    「ふふふ。『うそ』ですよ。ちあきは『おしごと』ですから」
    「奏汰ぁ……!」
     千秋は感極まって、奏汰のことを一層強く抱きしめた。水を含んだ奏汰の衣服は冷たく濡れてしまっているが、構わずに腕に閉じ込める。奏汰の肩口に顔を埋めて息を吸い込むと、潮の香りが胸いっぱいに広がる。千秋はこの香りを嗅ぐと、ああ帰ってきたのだと実感できた。
    「ちあき、『おつかれ』? ですか~?」
     腕の力が弱められる気配がなく、身動きできない状態の奏汰は千秋に問いかけた。
    「う~ん……」
    「おしごと、たいへんなんですか……?」
     千秋は少し唸った後、深くため息をつく。そして奏汰の身体を離し、声を絞り出すように話し始めた。
    「実は、仕事でトラブルがあってな」
    「『とらぶる』?」
     曰く。軍では幹部の中の上澄みにあたる御偉いさんが行方不明になったのこと。従軍を全く経験せずに幹部に収まり、現場の知識はからきしのくせに口だけ出してくる人だったので評判は大層悪かった人だ。だが、政界からの天下りゆえにパイプは太く、権力側との交渉の際などには重要になってくる人物。政府への顔向けとしても、消息がわからないなら探さなければいけない。
    「ちあきは、いきているとはおもっていないんですね」
    「――」
     珍しくうんざりしたような口調の千秋に奏汰が問いかけると、彼はすんなりと頷いた。
    「その消息不明になった場所というのが、バミューダトライアングルのようなんだ」
    「なるほど?」
     バミューダトライアングル。フロリダ半島の先端とプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域のことである。古くより船や飛行機が跡形なく消える事故が多発しており、またその詳細な原因が判明していないことからオカルト的な謎の海域として有名である。
    「どう思う……?」
     千秋が、奏汰の表情を伺う。奏汰は海に住まう民。地上に住んでいる千秋より、よっぽど海の中には詳しいだろう。奏汰はうーんと少し考え込むような仕草をした後、何でもないことのように言った。
    「いきてないでしょうね。あそこには、にんげんが『そうぞう』もつかないような『もの』がひそんでいますから~?」
    「そうだよなあ――」
     実は以前奏汰から、彼の海域の危なさについては再三忠告を受けていた。人が立ち入ることは推奨できない領域だと、海路も空路も避けたほうがいい、と。千秋はきちんとその忠告を守っていたし、元から人々が畏怖を抱いている場所でもあったからあえて近づこうとする人もいなかった。だが、自己中心的な御偉いさんにはそんなものは関係なかったらしい。
    「ひとが『しんだ』かもしれないのに、ずいぶんあっさりしてますねえ」
    「うーん。元々軍部は例の幹部に振り回されていたからなあ」
     今回だって、散々周囲が迂回を宣言したにも関わらず、彼の我儘でバミューダトライアングルの真上を通ることになってしまったのだ。帯同機には千秋の同僚が乗り同じく消息不明になっているので、どちらかというと怒りを覚えている。
    「何より面倒なのは、捜索隊の編成に俺が抜擢されたことだ」
    「!」
     奏汰は驚いて顔を上げた。
    「なんで、」
    「危険な航路から帰還したことがある実績、だそうだ」
    「――それは、もしかして」
     千秋は頷く。確かに彼は一度危険な航路を進み、嵐の中を通り抜け自機が海へ墜落しながらも帰還したことがある。だけれどそれは千秋の実力ではなく、まさにそれが奏汰との出会いのきっかけで奏汰に助けてもらったからなのだが。上にそんな報告をするわけにもいかず、奇跡的に生還することができた、ということにしてある。まさかソレが仇になるとは。
    「俺のは実力ではなく運だから、と言って断ってはいるのだが……難しいだろうな」
     奇跡の物語は人々の興味を引く。権力と自己の欲望に満ちた組織でそんな物語が歓迎されるはずがなく、体よく厄介払いをしてしまいたいのであろうことを千秋は理解している。
     悔しさのあまりか、爪が食い込みそうなほどぎゅっと握りしめられた拳を、奏汰はじっと見つめていた。



    「たべちゃったそうです」
    「は?」
     ついに千秋が、例の迷惑幹部の捜索に出立する日が間近に迫った時。毎日のように奏汰との逢瀬の場所を訪れていたのだが、この日はしばしの別れを告げなければいけなかった。他愛のない話をしたりじゃれつくように触れ合ったのち、名残惜しく出立の日を伝えると奏汰は「そういえば」と告げてさらっと言ったのだった。
    「その、ちあきの『じょうし』さん? たべちゃったみたいです~」
    「――」
     奏汰との付き合いもそれなりに長くなり、人間と違う存在の空気感になんとなく慣れてきた千秋もさすがに絶句し、固まった。
     だがそんな彼の様子に奏汰は気が付かず、世間話の延長戦のように言葉を続けていく。
    「あそこにすんでいる『こ』にきいたんですれど、あくびをしたしゅんかんに『くち』におちてきたので、のみこんじゃったそうです~。ふこうな『じこ』でしたね~?」
    「そっ……そうか……」
     ぞわっとした、言いようのない悪寒が千秋の背筋を走り抜けた。同じ空間に居るのに、奏汰の口から語られていることがまるで全く知らない世界の話のよう。否、実際彼と千秋が住む世界は別のもので、本来は交わらないものだ。何の気まぐれかこうしてめぐり逢い仲睦まじく交流をしていが、改めて二人は違う『いきもの』なのだと思い知らされる。
    「と、とはいえだ。もう亡くなっているのだから諦めろ、無駄足だ、と俺が言ったところで誰も聞き入れないだろうがな。何より多方面を黙らせるには『捜索に行った』という事実が必要だ」
    「……きけんですよ」
     平素とはうってかわって真剣な声音で、奏汰が告げた。
     もちろん、そんなことは千秋にもわかっている。どうせこの軍行は何も成果を得られない。得られないどころか、自ら死にに行くようなものだ。無事に帰ってくれる保障はない。
    「うん。わかっている。でも、絶対帰ってくるから待っていてくれ」
    「――」
     千秋が奏汰の世界のことをよくわからないように、奏汰も千秋の側のルールはわからない。強い光を放つ夕焼けと同じ色の瞳を見れば、止めたところで聞きはしないだろうと容易に推測できた。
    「じゃあ、『これ』を」
     だから何も言わず、自分がいつもしているピアスを片方外して千秋の手に乗せた。
    「『おまもり』です。ぼくの『ちから』がこめられているので、かならずもどってこれますよ」
    「――」
     千秋は手のひらを開いて、そこにあるものをまじまじと見つめた。シンプルな、赤いピアスだ。いつも奏汰の耳元を彩っているもので、装飾品に疎い千秋の目にはそこら辺に溢れているものとの違いはわからない。だが実はそれは深海の一部のみに生息する種類の珊瑚で作られたもので、到底人間には手に入れられないものだった。しかも、奏汰の『ちから』がたっぷりと込められている。海に生息するものたちの間では、喉から手が出るほど欲せられるものだろう。
    「ありがとう」
     もちろん、千秋はそこまでの価値はわからない。ただ奏汰がくれたものだから大事にする、それでいい。肌身離さず持っていてくれれば『それ』は確実に千秋を守る。
    「ふふふ」
     渡したものがしっかりと上着の内ポケットに収められたのを見届けてから、奏汰は微笑んだ。
    「ちあき、『わすれもの』……ですよ?」
     可愛らしく、唇を差し出しながら。
    「っ――!」
     強請られた千秋は顔をボッと赤く染めて、あーだのうーだの呻いたり口をバクバクと開いたのち。
     観念したように、桃色の唇に口づけを贈ったのだった。



     あれは、ユメノサキに嵐が到来した日のことだった。
     嵐がくれば、当然海は荒れる。そうなると、人間の『落とし物』が沈んでくるのは当然のことだ。バラバラになった船の残骸、ぶちまけられた積み荷、そしておそらく人間そのものであっただろう『なにか』たち。見たところで楽しいものなんてないのだが、今回は少し奏汰の興味を引くものがあった。
     それは、船と一緒に沈んだ大きな鳥。少し前から、空を大きな鳥が飛んでいることを知ってはいたが、それは遥か頭上を飛んでいて海には降りてきてくれないので、どんなものか直接見たかったのだ。
    「――ありました」
     大きい鳥は、海の中では船と同じように砕けて散ってしまっていた。粉々になって飛んでいた時の原型はもうわからない。ただ大量の金属片と、人間のはずだった『なにか』が海を汚しただけ。奏汰はがっくりと肩を落とした。
     だが。
    「あれ」
     荒れた海の中で、ひとつだけ綺麗なまま沈んでいく『なにか』が視界の端に見えた。気になって、そちらへ向かっていく。
    「にんげん、ですね」
     四肢を海流に任せ、海の底へと引きずられるように消えていこうとしている。よく観察せずともあれは生きていないだろうな、と結論を出せるほど全く動かず、だけれど何故だか気になってしまってその人間の側へと寄っていく。
    「――」
     若い男だ。身体に目立った損傷はなく、きっちり着こまれた服がちぐはぐに感じるほど顔立ちも幼い。ふわふわと栗色の髪が水中で漂う様を見ていたら、このまま散らせるには惜しい命だと思ってしまった。
    「――!」
     その無意識の願いが通じたのかどうかはわからないが、突如若者の目がかっと開いた。海中でぱちぱちと何度か瞬きをした後、珊瑚と同じ色の瞳がさっと奏汰の姿を捉える。
     しまった、と思った。奏汰は本来、人間には存在が認知されてはいけない部類の生き物。なのだけれど、海の中では見慣れない赤の色に見つめられて、奏汰のほうも目が離せなくなってしまっていた。
    「!」
     見つめ合ったまま、どうしようと戸惑っているうちに、赤色の若者はどこにそんな力が残っていたんだという強さで奏汰の腕を引く。そして、その体を自らの腕の中に納めたのだ。
     何が起きたのか。状況を奏汰が整理するよりも早く、若者は凄まじい速さで海面へと泳ぎ上がっていく。
    「っ……! 大丈夫かっ!」
     ようやく顔が空気に触れ、肺に酸素を取り込んで。若者がまず口にしたのは、奏汰への心配の言葉だった。
    「えっ」
    「息はしているな!」
     もちろん、奏汰はそういう存在だから人間のように溺れることはない。だけど、彼には奏汰が『にんげんとおなじもの』に見えているようだ。違う、そうじゃなくて……とするために目の前の胸板を押して体を離そうとしたが、彼はびくともしなかった。それどころか、奏汰が離れていかないように強く抱きしめられる。
    「頑張れ! 俺と必ず岸までたどり着こう!」
     ぎゅうっという音がしそうなほどの力で高速されて、とても痛いし苦しい。でも。
    「……あったかい」
    「ん? どうした!」
    「いいえ」
     さすがの奏汰も、この人間が人間として自分を助けてくれようとしてるのだと気がついた。そんなのいらないのに。でも彼は、必死になって奏汰の身体を抱え荒波を泳いでいる。
    「――くそっ、」
     おそらく元々そういう心得があったのだろう。奏汰が見かけたことのある人間の中でも、彼は抜群に泳ぎが上手い。しかも向かっている方角も迷いはなく、真っ直ぐに陸地へと進んでいる。こんな人間もいるものなのか、と奏汰は感心していた。
    「もう少しの辛抱だぞ!」
     しかし。所詮彼は人間。どんなに正確に陸に向かって泳いでいようとも、果てしなく遠い沖合から泳ぎきるまでの体力を持ち合わせていない。
    「っ……」
     やがて。突然ぶつっと糸が切れたかのように、若者は動きを止めて意識を失う。力が尽きてしまったのだ。途端に、力の抜けた人間ひとり分の重みが奏汰の体にのしかかってきた。このまま、自然に任せて沈ませてやるのが生きとし生けるものとしての摂理ではある。だけれど、奏汰はあいにく『そういうもの』からは外れている存在であり、ほんの少しだけ、彼をこのまま自然に還すのはもったいないと思うくらいには興味を抱いていたのだ。
    「しょうがありませんね」
     奏汰は覆いかぶさってくるような形で気を失っている若者の体を、今度は自分が抱えるような形で持ち直した。海の中は奏汰の領分で、重みも何も感じない。
     そのまま若者が向かおうとした陸地の方へ移動を開始する。人間の住む場所の名前はよく知らないけれど、確かあそこはユメノサキと呼ばれている地だった。ユメノサキへ向かおうとしたのは、そこに住んでいるからなのだろうか――? 奏汰にはわからないことだらけだったけれども、ずり落ちそうな若者の体を抱えながらとりあえず陸地を目指した。
    「つきましたよ」
     嵐の中を泳ぎぬけて、無事にユメノサキの海岸へと辿り着いた。幸いなことに、若者と奏汰以外に誰かがいる気配はしない。奏汰は、遠慮なしに若者の身体を砂浜の上へと放り投げた。
    「――」
     しばらく待ったが、返事はない。
     もしかして、死んでしまったのだろうか。
     それならそれで海の仲間たちに引き渡すだけなのだが、若者の精悍な顔立ちを見つめているうちにこのまま死なせてしまうのは勿体ないという気持ちが芽生えていた。何の変哲もなさそうな、ただの人間なはずなのに。
    「――!」
     ひとまず呼吸の有無を確かめようと奏汰が顔を近づけた途端、若者は突如カッと目を開いた。
     海中で見た時よりももっと鮮明に輝く珊瑚の色が、奏汰の姿を捉えた。そして、ふわっと優しく微笑んだのだ。
    「……よかった、無事だったんだな」
    「え、」
     変な人間。奏汰は若者の言葉に、素直にそんな感想を抱く。奏汰のことを仲間だと思い込んで、自分も溺れそうになっていたくせに真っ先に心配をしてきて。
     でも。
    「きみが無事で、よかった」
     そう言って自分の姿を見て喜ぶ様子がとても眩しくて、奏汰は何故だかわからないが目が離せなくなってしまっていた。



     こんなに遠くまでやってくるのは久しぶりだった。奏汰は泳ぐのが得意ではなく、陸から離れたところを根城にするのはあまり好まない。近頃は千秋に会うためという理由もあり、ユメノサキの海岸から遠く離れることはほとんどなかったのだ。
     だけれど。今日は住み慣れた海岸線を離れ、世界最大の海である太平洋の大海原へ。広い海を真っ直ぐに南下していきバミューダ諸島を通過。そのまま北緯零度線の方角を目指し、どんどん進んでいく。
     進んでいくにつれ、あたりは暗く空気の流れが速くなる。
    「このあたり、でしょうか」
     目的の場所に着く頃には、あたりは嵐のような有様となっていた。ここはハリケーン街道をも呼ばれるほど、暖かい海水温の影響でハリケーンが発生しやすい場所でもある。奏汰はきょろきょろとあたりを見回し、意を決して海の中へと潜り込んだ。
     そこでは他の海と何ら変わらず、数々の魚たちが泳ぎ暮らしている。皆、珍しい奏汰の姿に驚いてはいたが、彼が会釈をすると同じように会釈を返してまたそれぞれの生活に戻っていった。
     奏汰はさらに深い海へ。太陽光が届かなくなって急激に水温が下がり、生命の面影も見えなくなった頃。そこに住む『いきもの』たちは姿を露わす。
    「こんにちは~」
     声に反応して、彼らはのそのそと顔を上げた。
    「ちあき、いませんか?」
    『……?』
     問いかけに対し、『いきもの』たちは互いに顔を見合わせて――しばし見つめ合った後、静かに首を振った。
    「ほら、にんげんがおちてきたでしょう?」
     少し苛立った口調で奏汰が更に問いただすと、ようやく彼らは何のことか理解をしたような仕草をした。
    「え? みんなちいさくて、あっというまに『しずんで』しまった? たべたかったのに? う~ん、それは『ざんねん』でしたねえ」
     奏汰は自分の足のずっと下、海の底を見つめる。だが、どんなに目を凝らしてもそこに見えるのは暗闇ばかりで、何も見えない。深い深い海の底に沈んでいった人間のことなど、到底見つけられないだろう。
    「……しょうがありませんね」
     だからここに来るのは辞めるよう、あれほど言ったのに。人間が無事で通過するには難しい条件が揃った海域、もし無事に過ごせたとしても『彼ら』のエサとなるのが相場なのだ。
    「でも、ちあきは『そこ』にいますよね……?」
     奏汰が鋭い視線を向けると、『いきもの』たちはビクッと身を震わせた。それから気まずそうにお互い視線を交わし合い、やがて観念したようにのっそりと身体を動かす。
     巨体たちが身を退かした場所に現れたのは、泡のようなもので守られた千秋。見たところ目立った外傷もなさそうで奏汰はほっと胸を撫でおろした。いつも会いに来てくれる時にも身に着けているパイロットの服も、ところどころ擦り切れてはいるもののひどく損傷はしていないようだった。
    「ちあきは、あげませんよ」
     依然周りで様子を伺っている『いきもの』たちに、奏汰はピシャリと言い放つ。
    「この『たましい』は、ぼくのものですから」
     あの嵐の日。奏汰を助けようとしたその輝きに惹かれてしまった。人間の血潮の暖かさも、口づけの儚さもなくていいものだったのに、千秋から与えられて知ってしまったのだ。千秋と交流をするようになってから知った暖かい日々は、もう何にも代えられない尊いもの。
    「このまま『ぼくのもの』にしてしまってもいいのですけれど、ちあきには、にあいませんね……?」
     彼は明るい地上のもとでこそ輝く。太陽の光を浴びて笑いかけてくれるその姿が、何よりも奏汰の心をやわらかく抱きしめてくれる。生憎空を飛んでいるところはまだ見れていないけれど、きっと地上に戻ればまたきらきらした瞳で大空を飛ぶのだろう。
    「だから、もっとおいしい『たましい』になって、ぼくを『ぽかぽか』させてくださいね」
     奏汰が千秋の前で祈ると、泡はすーっと上昇を始めた。海面を突き破り、荒れる海の上を滑って一路ユメノサキへ。 
     またあの海岸線で目を覚ましてくれるはずだから、今度は奏汰から「おはようございます」って声をかけてあげよう。


                 end
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