ウィルシャム あの頃から、別の命を抱きしめると温かいことを知っていた。
光の届かない地下の街。人工的な明かりで保たれ解放されることを知らない澱んだ空間の中。目を閉じても横になっても己の体を包むのが寒々しい空気だけだったが、唯一の相棒であるビゼルが寄り添ってくれるようになってからは、その小さな温もりと鼓動はシャムスの無頼を慰めてくれた。
抱きしめて、頬を寄せればするはずのない日向の匂いがする。暗い世界の中で、ビゼルがいればまだ地に足をつけて歩けるような気がしていた。
「――ビゼル?」
ふと目を覚ますと、いつもすぐ手に触れるはずの毛並みがなくてその名を呼んだ。
にゃお、と想像よりも遠くから返事が返ってくる。
「ん?」
音にならないほどの小さな足音を立てながら、ビゼルが寄ってきた。シャムスによく懐いている彼は名を呼ばれたのがよほど嬉しいのか、しっぽを立てたままスリスリと体を押し付けてくる。シャムスも手を伸ばして漆黒の毛並みを撫で――と、そこでシャムスは違和感に気が付いた。
ビゼルを抱いていないのに、あたたかい。
「――!」
そこから、自分を抱きしめる腕に気が付くまでそう時間はかからなかった。
「ウィ、ル……?」
そうだ。ここはロストガーデンではなく、エリオスタワー。太陽の光が降り注がず星の輝きも見えない地下ではないし、ウィルがいる。
先に収監されたルカに習い隔離部屋に軟禁状態だったシャムスだが、ビゼルに会わせてやりたいしサウスの部屋に来るだけならいいでしょう、とウィルがブラッドに頼み込みシャムスの歓迎会が決まったのだった。
「いや、でもこれは違うだろ」
ウィルとアキラとレンも来てブラッドたちが様子を見守る中わいわいと騒ぎ、どうせなら泊まっていけばという話が出て、じゃあ一緒に寝ようよとウィルが言いだし。一緒のベッドに入ったところまでは覚えている。
それからなぜ、背後から抱きしめられているのか。
「えーと、」
少々身を捩ってみたが拘束が取れる様子はなく、背後のウィルが起きる気配もない。ビゼルのアーモンド型の瞳が、困った顔をしているシャムスのことを不思議そうに見つめている。
まあ、いいか。
シャムスは抵抗を諦めた。ウィルはちっともビクともしないし、体温に包まれた体はぽかぽかして再び眠気に襲われてしまいそう。
「おやすみ、ビゼル」
少しだけ体勢を変えて、ウィルの胸に頬を寄せる。あたたかいそこは、確かにひなたの匂いがした。
にゃあ、と返事をしたビゼルもシャムスの首元で丸く収まる。