廃材に残る色彩 ゴミ箱とは、役に立たなくなったもの──ゴミを一時的に集める為の容器だ。ゴミを捨てるという行為は人類が宇宙に進出した後も生活の一部となっている。
勿論、ベネリットグループの御三家として数えられるペイル・テクノロジーズも例外ではない。ただ一点、普通と異なるのは人間も含まれていること。秘密裏にガンダムの開発を進める彼らにとって、パイロットは生体部品に過ぎないのだから。
◇◇◇◇
エラン・ケレスとスレッタ・マーキュリーとの決闘が、後者の勝利で終わった翌日。
晴れやかな陽光が映されたホログラムの下、地球寮の前に二人の生徒と大きな作業用ロボットが集まっていた。ハロの操作する作業用ロボットは吊していた大きな包みを空き地に下ろす。
ガシャンと中のものが擦れ合う音と共に、置かれた衝撃で布が自然と開く。姿を見せたのは、先の決闘で使用したフライトユニットの残骸だった。
ファラクトの攻撃で破壊されたそれは、既に原形をとどめておらず、どう見ても廃棄するしかない。だがたとえ壊れていても、これは購入した寮の所有物だ。モビルスーツは勿論、パーツも例外ではない。回収された残骸を引き取るか処分するか、スレッタの所属する地球寮の判断に委ねられる。
これも決闘のルールの一つであり、決闘委員会の業務の一つ。現に、今回の担当者としてエランが作業用ロボットの隣に静かに佇んでいる。
「どうだろう。また使えるかな…」
メカニック代表として呼び出されたニカは、再利用できるかどうか座り込んで破片をひっくり返しながらじっくり吟味する。
地球寮の財力はほぼ無い。地球寮に出資しているベネリットグループ傘下企業も地位は高くなく、現にインフラ施設を間借りして地球寮として利用するので精一杯である。フライトユニットの元となったジャンク品も、大枚を叩いて購入した商品だ。すっかり大赤字だったが、スレッタの勝利で何とか立て直せることができた。とはいえ、使えるものであれば使い倒したい。
「次の業務もあるから早めに決めてほしい」
「うっ……分かりました。もうちょっと待ってください」
急ぎつつも、一つ一つ手に取ってじっくり眺める。だがどれも破損しており、用途が見いだせない。念入りに調べていたが、悲しそうに頭を振るとため息をついて立ち上がった。
「無理そうだから捨てます。書類は……」
「これに寮長のサインを」
エランからタブレット端末を受け取った時、後ろから声がかかった。
「ニカさん、エランさん! 遅れました!」
地球寮の入り口から、赤毛を揺らして走ってきたのはスレッタだ。三人のもとへ駆け寄ると、フライトユニットを覗き込んで、おお、と声を漏らす。
「ぼ、ぼろぼろですね……」
「使えそうにないから処分することにしたよ。マルタンにサイン貰ってくるからここで待ってて」
タブレットを持って地球寮の中へ戻るニカを見届けると、スレッタは膝を抱えて座り込み、目を凝らす。組み立てられた当時の名残はなく、無残に破壊されている。戦闘の結果とはいえ、昨日の激しい戦いを支えてくれたパーツに後ろ髪を引かれるような思いで見つめた。
「……捨てちゃう、んですね」
「ここから再利用するのは難しいと思う」
どうぞ、と渡されたもう一つのタブレットを受け取る。寮長に加え、決闘者のサインも必要である。気は進まないがニカが判断したことだ、仕方ない。フライトユニットの処分に関する文章を人差し指で読み飛ばすと、同意欄にたどり着く。署名して掲げるように持ち上げればエランが取り上げてくれて、重さが消えた手は虚空を掴んだ。
こんな風に心も簡単に軽くなれば良かったのに。晴れ渡った空とは真逆の、曇天のように落ち込んだままだった。
「何だか、寂しいです……」
「ゴミなのに?」
小首を傾げて尋ねる瞳はとても不思議そうだった。たかがMSのパーツ、壊れれば真新しいのを用意するのは当然で、疑問に思うのも不思議ではない。いたたまれない気持ちになってスレッタは目を伏せた。
「私、エアリアルに他のパーツを付けて戦うの初めてで。地球寮はお金がないのに買ってくれて、頑張って作ってくれて、せっかく一緒に戦ってくれたのに。こんな別れ方になってしまって……」
ファラクトの圧倒的な機動力に追いつくことができたのはこれのお陰だ。尽力してくれたニカや他の地球寮の面々は勿論、実際に戦闘で活躍したフライトユニットにも感謝している。だからこそこんな痛々しい様子を晒され、捨てられようとしているのは胸が痛む。
「もし全く同じパーツが用意されたとしても、君はそう思うの?」
「えっ?」
問われた内容に顔を上げると、黄緑の双眸が目の前にあった。膝をついてスレッタと目線を合わせて真っ直ぐ射抜いている。眼力の強さは元々だが、揺れる瞳が必死さを物語っていた。
「確かにこれは元々ジャンク品だ。けれど、ニカ・ナナウラの腕があれば違うものからほぼ同じものを作ることができる。それでも君はそう思うの?」
何故切羽詰まった表情なのかはわからない。顔の近さにも普段は見ない切実な表情にも胸が高鳴って口をぱくぱくさせていると、エランは言い募る。
「答えて、スレッタ・マーキュリー」
「も、もも勿論です! これと、新しいパーツは別物ですから!」
勢いに負けないよう吃りながらも出した答えは満足できるものだったのか。眩しそうなものを見るように目を細めて、そう、と呟いた。
「優しいね」
「そ、そんなことは……。私は、ちょっとおかしいですから……」
モビルスーツであるエアリアルを家族だと思うような、という声は喉に突っかかって出てこない。褒められても何も気持ちが沸き上がってこないのは、あの言葉が耳にこびりついているからだ。
──そんなもの、僕には呪いでしかない。
もう一度、あの口調であの言葉で否定されてしまったら。あの時は鬱陶しいが一番響いた言葉だったが、こちらも中々きついものがある。また泣いてしまうかもしれない。
落ち込みそうになり、考えを追い出すように勢い良く頭を振った。今は仲直り出来ているのだから、考えなくてもいいはずだ。話題を変えようと視線を彷徨わせて、あの約束のことを思い出した。
「そ、そそそれより! 明日は週末で、約束した待ち合わせですね!」
「うん」
「すごく楽しみで……10時に待ってますね!」
「僕も──、楽しみにしてる」
一拍、二拍はゆうに空いた。目を合っているはずなのに、自分ではなくその向こうを寂しげに見遣るような視線で。
何かおかしい。いつものエランではないと勘が囁いた。滑るように懸念が口から出る。
「どうかしたんですか……?」
「なんでもないよ」
事も無げに一蹴する。レッタの眼差しから逸らすように立ち上がると、ニカ・ナナウラと呼んだ。いつの間に後ろに立っていたらしく、タブレットを受け取る。一瞥するとハロに再度残骸を包むように指示する。
「じゃあこれで。──元気でね、スレッタ・マーキュリー」
踵を返し校舎へ戻るエランに、ハロの載った作業用ロボットも続く。
彼の背をずっと見つめるスレッタに、ニカは後ろから声をかけた。
「エランさんとはお話できた?」
「えっと……」
振り返った顔は浮かないもので、目を丸くする。
「何だか寂しそうでした……」
「寂しそう? どうかしたのかな」
「わかりません……」
もう一歩踏み込めば教えてくれたのだろうか。しかし否定された時に感じた壁はすぐに越えられそうにない。
明日の待ち合わせを果たせば、もう少し仲良くなれる。聞けばきっと教えてくれる。そう自分を納得させたが、その疑問が解けることは無かった。
エラン・ケレスは、その次の日以降学園から姿を消した。
<了>
20230327