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    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

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    r_elsl

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    ワンライ企画に投稿させて頂きました。お題は雪。

     ざくり、と白銀を踏む。靴の裏に確かな感触を得ながらもう一度踏むと抵抗が弱まった。更に回数を重ねれば、雪の姿は消えて元の地面が顔を覗かせる。
     砕けて消えた雪をじっと見つめる黄緑色の双眸に、感情は灯らない。ただ何か一つの答えを得たように頷くと校舎へと踵を返した。

    ◇◇◇

     アスティカシア高等専門学園の大気調整システムに異常が発生してから、既に半日が経とうとしていた。
     カーテンを開ければ、見渡す限り広がる銀景色に誰もが目を見張ったのではないだろうか。粉のように乾いた雪は静かに降り積もり、吐息は白く霧散する。室内の温度調整は保たれていたものの、外はあるはずのない凍てつくような寒さ──いわゆる冬が訪れていた。
     校舎外は勿論通常決闘で使われる戦術試験区域も白く塗り潰され、授業はおろか決闘すらままならない。一通りの状況を把握した昼頃にシステムが修復され天候が元通りになるまで急遽臨時休校が言い渡された。頭を抱える教師達に対して生徒達は歓喜に沸いたのは言うまでもない。
     とはいえ普段から天気気温湿度全てに至るまで常に調整されている為、防寒具を持っている生徒はいないといっていい。ゆえに学園側はなるべく寮から出ないこと、出るとしても可能な限り着込み最低限にすることを通達したが、ここはアスティカシア高等専門学園。特に罰則のないルールなど守る訳がなく、皆一様外に飛び出して大はしゃぎしていた。
     地球寮も例外ではなく、一斉に駆け出しては思い思いに堪能している。ジャージの下に何枚も服を着込んだ格好をしており、アーシアンということもあり他の生徒より寒気対策を行うのがずっと的確で早かった。
     なおミオリネは一人、寮のベッドで筋肉痛に苦しんでいる。朝早々に異常を察知した彼女はスコップを片手に温室の雪かきに向かったのだが、予想以上の重労働に這うようにして戻ってきたのだ。明日も動けそうにない為、代理として体力のあるスレッタやチュチュ、ヌーノ、オジェロ達を行かせるとうわ言のように呟いていたが、当人達は一旦聞かなかったことにしている。

     「ふ、ふおぉ……!! これが雪、なんですね! 本当に真っ白で、──くしゅ!」
     地球寮の面々から教えてもらい、同じようにジャージの下に重ね着してきたはものの隙間から寒さが忍び込んでくる。体を縮こませてくしゃみをするスレッタに、ニカは笑いかけた。
    「風邪引かないように注意してね。はい、タオルを首に巻いて服に入れるとだいぶ暖かいよ」
    「ありがとうございます!」
     タオルを受け取りながら、はにかむように雪景色を眺めるニカにつられてスレッタも笑う。
    「ニカさん、嬉しそうです」
    「地球の、私の故郷にもこういう季節があって。日本って言うんだけど、雪ならではの遊びがいっぱいあるの。システム直るまであと数日かかるみたいだから沢山遊ぼうね」
    「かまくらとか、雪合戦とかですよね! ライブラリの漫画で読みました! わあ、楽しみです!」
     知識でしか知らない、水星では体験し得なかったことをできると思うと、自然と浮足立ってくる。しかもたくさんの同年代の人たちと。
     楽しいことが共有できる──そう思ったら、ここにはいない一人の顔が浮かんだ。いつも笑わないけれど、優しくて親切なあの人。
     雪ではしゃぐ様子など想像もつかない。静かな佇まいで過ごしている印象が強く、そもそも誰かと遊ぶことはあるのか。今日のような出来事があった日はどうしているか。あれこれ想像しても、どうも本人のイメージとはそぐわない。
     気になり出したらそれしか考えられなくなって、鼓動が煩いくらい速くなった。
    「そ、そそそういえば!が、学校はどうなってるんでしょう」
     悟られたくなくてなるべく平静を装ったが、声は裏返ってしまった。怪しまれているかもしれないと慌てたが、当の彼女は気づいていないようだった。
    「休校だから閉まってるんじゃないかな。忘れ物?」
    「ちょ、ちょっと行ってきます!」
     足首まで積もっていると、歩くだけでも普段とは違う重みを感じる。一見ちょっとした高さでも滑らないように気をつけてねというニカの気遣いに手を振りながら、足元に気を配りつつ校舎へと向かった。

    ◇◇◇

     校舎もまた白一色に染まっていた。
     見慣れぬ景色をじっくり見渡して見惚れていると、後ろから声がかかる。
    「水星ちゃん? どうしたのこんなところで」
    「シャディクさん! こんにち、は──?」
     一瞬誰だか分からず、振り返ったままの姿勢で固まってしまった。人懐こい笑顔、煌めくような長い金髪はシャディクそのものだが、制服の上に何枚も重ねて着ている服がどうにもちぐはぐだ。色も柄もまとまりがなく全部女物。がたいのいい体のサイズにも合っていなくて、何とも奇妙な格好だった。
     呆気に取られていると、シャディクは困ったように苦笑する。
    「普段の格好で確認しにくるつもりだったんだけど、寒いからとサビーネ達……グラスレー寮の子たちにあれこれと着せてられてね。仕事が終わったら彼女たちに返すつもりさ」
    「し、心配されてますね…?」
    「ははっ、遊ばれてるだけだよ。それはそうと、何しに? 決闘委員会もしばらく休みだよ」
     ……本来の目的を忘れるところだった。
    「今日、エランさんは見ましたか?」
    「朝はいたけどそれ以降は見てないな……寮にでも帰ったんじゃないか」
     遊ぶ様子が思い浮かばない、と思ったのは他ならぬ自分自身だ。そもそも雪に対し関心があるイメージもない。逡巡するスレッタにシャディクは軽やかに笑いかける。
    「電話してみたらいいんじゃないか。君の誘いなら断らないと思うよ」

    ◇◇◇

     シャディクに礼を言って、少し離れたところで生徒手帳を取り出す。
     少し前の決闘の前日ではすれ違っていて着信拒否状態だった。仲直りは出来ているし待ち合わせの際も楽しく過ごせたし問題ないはず、と深呼吸してから電話のマークを押す。何回かコールが鳴った後電話を取る音が聞こえた。
    『もしもし』
    「こ、ここ、こんにちはエランさん!」
    『こんにちは』
    「き、きききょ今日は雪なので!一緒にどうかなと思いまして!」
     緊張で頭が真っ白になった結果雑な誘い方になってしまった。自分自身に落胆して落ち込みそうになったが、エランの落ち着いた声のおかげで持ち直せる。水面が静かに凪いでいくような。そう思った矢先の返答だった。
    『そうだね、すっかり降り積もってる。でも僕は……いいかな』
     言い淀んだ後のやんわりとした辞退。本当に嫌な時はスルーするか強く拒絶するかどちらかだということを、決闘を通して知っている。拒否されたショックで尻込みしかけたが、今までとは違う拒否に何とか踏みとどまり、一歩前に出た。
    「……雪は、嫌いですか?」
    『そうじゃない。ただ──』
     再び言葉に詰まったようで何拍か置く。
    『ごめん、うまく言えない。僕のことは忘れて。他の人と遊んできたほうがずっと』
     楽しいと思うよ──。
     傷つけないように丁寧に断る様子に、距離を置かれたような気がした。
     足元がぐらりと揺れ、電話の声が随分と遠くから聞こえる。あの時ほどではないにしろ、見えない壁が出来てまた近づきにくくなるような──。
    「私は! エランさんと遊びたくて!」
    「え?」
     気がついた時には声を荒げていた。生徒手帳を握る手に思わず力が入る。呆気に取られたエランの声が耳に届いたが、一度ついた勢いは堰を切ったように言葉が溢れ出した。
    「か、かまくらを一緒に作りたいと思ってて! エランさんは3年生でシステム異常で雪が降るのも今回だけかもしれなくて! だから、だから、あの──。いい、いいい嫌じゃなければ遊びませんか!?」
     遊びたい、お話したい。それが出来ないならせめて一緒にいたい。以前のように強固な扉が出来て、二の足を踏んでしまって進むのが躊躇われるような状況は絶対に避けたかった。
     しかし威勢だけで突き進んだのも事実ですっかり興奮しており、「行くよ」というエランの返答に素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
    「ほ、ほほほ本当ですか!?」
    「準備したら行くから待ってて。待ち合わせ場所は──」
     ここからペイル寮は距離がある。到着までのおおよその時間と場所を確認し合うと電話が切れた。よほど緊張していたのか脱力して生徒手帳を落としそうになり、すんでの所で受け止める。
     ほっと一息つけたところで、胸のあたりに暖かいものがこみ上げてきて、嬉しさをこらえ切れずに相好を崩す。
     約束できた。これからエランと遊べる。鬱陶しいと拒否されずに受け入れてもらうことができた。
     生徒手帳を両手で握りしめると、破顔して額を寄せた。

    ◇◇◇

    「待たせてごめん」
    「い、いえ! 大丈夫です!」
     待ち合わせ場所に現れたエランはジャージの下に恐らく制服やTシャツを着込んでいて、普段より着膨れしている。それより目についたのが抱えている二本の大きなスコップだった。
     目をぱちくりとさせるスレッタにエランは首を傾げる。髪の動きとあわせて、タッセルがさらりと揺れた。一般学生にはやや華美に感じられる装飾も、端正な動きと合わせれば何の違和感もない。
    「かまくらについて調べたんだけど、多分必要だと思って」
     地球寮で借りればいいとすっかり忘れていた。真っ青になって、平謝りしながら差し出されたスコップを受け取る。
    「気にしなくていいよ。場所はどうする?」
    「そ、それなら大丈夫です。ついてきてください!」
     ベンチやタイル張りの通路を避けて林の中を進むと、雪が厚く積もった見晴らしの良い場所に出る。
    「広いね」
    「はい! ここなら雪が足りなくなる心配もないと思います」
     生徒手帳での検索結果を元にした初心者二人組によるかまくら作りは、難航したもののお互いの体力で無理矢理押し通すことが出来た。本当に詰まったらニカに電話することも検討していたが、パイロット特有の勘と機転で完成にこぎ着ける。
     真上に昇っていた日はすっかり落ちて、夕暮れに差し掛かっていた。
     検索結果の写真と比べるとややいびつな形をしているが、初心者にしては上出来ではないだろうか。得意気に眺めていると、エランがそっと口を開く。
    「中に入ろうか」
    「も、ももも勿論です!!」
     達成感に満ち満ちて失念しかけていたとは言えず、慌てて背中を追った。

     四つん這いでようやく入った先は、思ったよりも天井が高かった。身長の高い二人でも、体を折り曲げることなくある程度楽な体勢で寛げるだろう。何より──
    「外より暖かい、です」
    「そうだね。雪の熱伝導率の低さが理由だって」
     生徒手帳を仕舞って背筋を伸ばして膝を抱え込む。緊張して力んでいるような仕草だ。
    「エラン、さん?」
     正面をじっと見つめていた視線が、意を決したようにスレッタに向き直った。
    「さっきは一度断ってごめん。雪が怖かった。でも君といたら気にならなくなった」
     ありがとう、と目元を緩ませて微笑む顔は、宇宙で漂った時に見たものと同じだった。暖かな優しさと吸い寄せられるような包容力があって、何度でも見たいと思った、あの。
     視線を動かすこともできず、凝視したままおもむろに口を動かす。
    「どうして怖いと思ったんですか?」
    「自分のようで。どれも同じもので、何回も踏みつけられれば壊れるところが」
     僕はペイルの駒だから、と溢す様子は嘘を言っているようには見えなかった。むしろ鬱陶しいと拒絶された時の発言と近い印象を受ける。
    「今回だってそうだ。処分される予定だったのに計画が変わっ──あ」
     はっと口元を手で覆う。罰が悪そうに顔を逸らした。
    「喋りすぎた。今のは聞かなかったことにして」
    「機密事項ですか?」
    「うん」
    「じゃあこれ以上聞いても、何も答えられないってことですか?」
    「──うん」
     聞きたいことなんて山程ある。今だって言いかけたことの先を聞きたい。知りたいことはもっと。難しい立場なのは分かっている。
     知りたいのに、聞きたいのに。簡単に触れられる距離なのに、どこか壁を感じる。現に地面に置かれたエランとスレッタの手の間は、指先一つ分しかあいていないのに、抵抗を感じる。見えない立場の差だろうか。
     それでも、自分の為だけに知りたいと思えた初めての人なのだ。
    「もしエランさんがいなくなってしまっても、私、探しに行きます。時間はかかってしまうかもしれませんが、必ず見つけてみせます。だから待っていてくれませんか?」
    「雪のように埋もれてしまっても?」
     それだけ難しい状況なのだろうか。今日見た景色は真っ白で、地面どころか校舎もすっかり覆われて何も見えなかった。けれど、その中を掻き分けて会いに行った自分が浮かぶ。
     下唇を噛んで、思い切って手を重ねて握りこんだ。驚いたように目を見開くエランの顔に思い切り近づけた。食い入るように覗き込む。
    「エランさんは、エランさんです!」
    「──ぷ」
     吹き出したのを見逃さなかった。慌てて顔を背けて肩を震わせる彼に、むっと頬を膨らませる。
    「ふ、ふざけてないですよ!?」
    「分かってるよ。こんなにずっと悩んでた自分が馬鹿らしくなっただけ……ふふ」
     こみ上げる衝動を噛み殺して、スレッタに向き直る。先程よりもはっきりと笑みを浮かべて、嬉しそうに。
    「──待ってるよ。いつまでも」
     握り込んでいた手がそっとずれて、指が絡み合う。二人の気持ちは、確かに繋がっていた。


    <了>
    20230616
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