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    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

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    r_elsl

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    居酒屋ネタで4スレ。発売前の妄想の産物の為公式のドラマCDとは設定が異なります。

    ふたりの恋の盃 アドステラ市は、数多くの企業が本社を置く大都会である。
     天を貫くように立ち並び多くの人が夜遅くまで働く高層ビルからは、光が途切れることはない。また、企業が己の誇りをかけて出店していることもあってか、各地方から多くの人々が訪れる為朝から夜まで一日中人の気配が消えることはなく、「眠らない街」と呼ばれていた。同時に、業績が伸びず会社や店を畳まざるを得なくなることも少なくなく、次の日には跡形もなく消えているという言わば夜逃げも珍しくなかった。
     だが、そんなアドステラ市にも例外はある。
     夜の帳が下りると昼間の喧騒は嘘のように消えて、ひんやりとした静けさだけが残る郊外の闇にひっそりと佇む。女手一つで切り盛りし、卓越した知識とけむに巻くような独特な口調で、「居酒屋ぷろすぺら」は密かな人気を博していた。

    ◇◇◇

    「ありがとうございました。またお越し下さい、ませ!」
     会計を終えたスレッタは、精一杯声を張り上げて頭を下げた。
     手を振って出て行く最後の客の背に投げたそれは、ドアの向こうに広がる漆黒の闇に溶けて消える。母プロスペラと姉エリクトを手伝う為に学校から帰ってきたときは、まだ日が昇っていたのに。
     忙しさで忘れていた時間の流れをようやく実感すると、どっと一日の疲労がこみ上げる。授業を終えて真っ直ぐ帰宅して家業を手伝う日々には大分慣れてきたが、休みなく動けばどんなに鍛えていても疲れは蓄積される。重い体を動かして、やっとの思いで入り口の暖簾を下ろした。
     プロスペラやエリクトは奥で後片付けや明日の仕込みを行っていて、ホール担当はスレッタだけだ。ぐるりと店内を見渡して、やるべきことを確認する。位置のずれたイスやテーブルを整えながら拭き上げる為のふきんを探していると、入り口ががらりと開いた。
    「あの!すみません、もう閉店して──あ」
     立っていたのは、オリーブグリーンの髪の少年だった。スレッタと同じ学校の制服を着て、鞄を肩にかけている。髪の色よりも透き通ったイエローグリーンの瞳が静かにスレッタを捉えた。
    「スレッタ・マーキュリー」
     印象に違わぬ落ち着いた涼やかな声が、真っ直ぐ耳に届く。
    「エ、エランさん!?」
     驚きと嬉しさのあまり文字通り跳ねた。学校や休日のお出かけで話すことは出来ても、家業の手伝いの最中に会えたことは今まで一度も無かったのに、どうして。
     いつの間にか、名前を呼ばれただけで吹き飛んでしまったかのように、先程までの疲労が嘘のように体が軽くなっていた。彼の顔をもっと近くで見たい。無意識に小走りで彼の元へ駆け寄る。
     近くで見れば、普段なら整えられている髪は少しほつれていて、鋭い眼差しもどこか虚ろだ。
     しかしスレッタの姿を捉えると、目元が和らいだ。普段は物静かな雰囲気だが、笑うと周囲の空気も一瞬で穏やかになる。スレッタはこの笑顔を宝物として胸に秘めている。
    「今日はたまたま早く終わったから。間に合って良かった」
     エランもまた会社に雇われの身で、休みの間もペイル社が展開する料理教室のアルバイトに駆け回っているのだ。最近は彼自身が講師として教室を開くことも増えたという。
     そんな生活の中でも時間を割いて会いに来てくれた。熱い顔がますます熱くなった。
    「じゃ、じゃあせめてお茶でも飲んで行ってください。お話したいですし」
    「いいの? もう店じまいのようだけど」
    「エランさんなら大丈夫です!」
     さあさあ、と手を引いてカウンター席へと誘導する。ポットからお茶を注いだ湯呑みを彼の目の前に置いてから、あ、と声を漏らした。
    「そういえば、夕食はもう済んでますか?」
    「いや……スタジオに次の予約が入ってて急いで撤収したから」
    「じゃあここで食べていってください! お母さんにお願いしてきます」
     その提案は予想していなかったらしく、目を丸くしてスレッタを見上げる。
    「いいよ。帰って適当に済ます」
    「駄目です! エランさんは自分の食事に関しては凄く杜撰なんですから。今日は私がおもてなしさせてください!」
     わざわざ寄ってくれたお礼が少しでも返せるなら、この上なく嬉しい。
     どん、と誇らしげに胸を張る彼女にしばし呆然と見上げ、吹き出すように笑った。
    「じゃあお願いしようかな」
    「──はい!」
     満面の笑顔でスレッタは奥へ走り去る。一人残されて、エランは湯呑みを手に取り口をつけた。
     スレッタの入れたお茶が、熱さを伴って喉と食道を通っていく。胃に温かさがじんわり広がる心地よさに口元を緩めた。

    ◇◇◇

     食事をするエランの所作は美しい。

     唐突な娘の申し出を喜んで受け入れてプロスペラがささっと作ったのは、焼き魚定食だった。きれいな焼け目のついた白身魚に、ご飯、具沢山の味噌汁、漬物と、育ち盛りの男子高校生にとっては少ない量だが、普段あまり食べないエランにとっては丁度いいだろう。
     箸を取って、淀みない仕草で頭と尾をつなぐ中骨に箸を入れる。パリっと焼かれた皮を切って開くと、湯気がふわりと立った。ふっくらと火の通った身をほぐして、頭から尾ビレへと箸を進めていく。
     料理教室を行うにあたって、ペイル社で調理だけでなくマナーに至るまでとことん仕込まれたらしい。以前尋ねた時言葉少なに嫌そうな表情だったので、あまりいい思い出ではないのかもしれない。本当はもっと知りたいのだが、聞き出せるような雰囲気ではなく未だ心残りなのは胸にしまってある。
     それにしても、とスレッタは視界に映る景色を再確認する。
     背筋を正し、髪を耳にかけて伏目がちに食事を進める姿は、普段から纏う端麗な雰囲気をより際立たせていた。隣で独占していいのかと、疑問を思う程見惚れてしまう。でも自分だけの特権という事実を幸せに噛み締めていると、いつの間にかイエローグリーンの瞳が視界を埋め尽していた。
    「ひゃ、ひゃい!何でしょう!?」
     びっくりして後ずさるが、相手の表情は変わらないままスレッタを見つめる。
    「考え事? どうしたの?」
    「な、なな何でもない、です……」
     あなたの姿が綺麗で惚れ惚れしていました、なんて本人に言えるはずがない。
     絞り出すような否定の言葉に少し訝しげだったが、視線を外し食事へ向き直った。だが再開する気配はない。今度はスレッタが眉間に皺を寄せる番だった。
     覗き込む仕草を見て取って、エランは口を開く。細い声だった。
    「アルコールが飲めない未成年が居酒屋で食事をするのは、不思議だと思って」
    「うちはランチもやってますが、その時は私達ぐらいの人たちも結構いらっしゃるみたいですよ。だからおかしくないと思いますが……」
    「そう、なんだ」
     箸が行き場所を求めて、先が少しだけ動く。
    「会社の付き合いがあるから、僕もあと数年したらこういうところで飲む必要がある。でも何も思い付かないなんだ。自分の姿が、何も」
     おかしいよね。
     両親を早くに亡くし兄弟揃ってペイル社に引き取られ、半ば強制的に従事させられている彼は、浮世離れした雰囲気がある。唐突に現実に引き合わされ、戸惑っているのかもしれない。
     小さく呟く声は、どこまでも落ちてしまいそうな重さを伴っていて。スレッタは無意識に手を伸ばす。
    「私と一緒に飲みましょう!」
    「スレッタ・マーキュリー……?」
    「数年後も隣にいます。だから、お酒も飲めます」
     エランは、腕を掴まれて目をぱちくりさせている。
    「最初に飲むのは母と姉は決まっているんですけど。二番目は、エランさんがいいなと思っていて」
     家業が居酒屋なので、自分の将来の飲酒についてはどうしたって持ち上がる。二人ともスレッタが飲めるようになる日をとても楽しみにしているので、期待に応えたい。でもその次は、大切にしたい人と過ごしたい。
    「せっかくなのでパーティー感覚で、色んなお酒をたくさん持ってきて、少しずつ味を確かめたり。あっ、で、でもエランさんが飲めるかどうかは考えてませんでした……」
     数年先の話なので、ぼんやりとしか決めていなかった。それにエランが飲める体質かどうかも分からないのに飲める前提の内容はまずいのでは、もし飲めない体質だったらどうしようと青ざめかけた時、エランの肩が揺れた。
     口を抑えて顔を背けたままひとしきり笑った後、スレッタに向き直る。口元は緩み、喜色を浮かべている。
    「君の考えることはいつも楽しそうだね」
    「ほ、本当ですか!」
    「うん、楽しみにしてる」
     良かったぁ、と受け入れられた喜びで一気に心が晴れやかになる。照れもこみ上げてきて指を捏ねたが、やがて嬉しさが上回って顔を綻ばせた。
    「ありがとうございます、エランさん」
    「それはこっちの台詞」
     そっと手が伸ばされて、頬を両手が包み込む。一気に顔が近づいて、目を瞑って身構えたが、あたたかな感触は口ではなく瞼に落とされた。
     瞼にキスの意味は、憧れ。
    「一緒に大人になろうね」
     熱いものがこみ上げてきて視界が滲んだが、はい、と答えるのがやっとだった。思いの強さが伝わるようにと願いながら、両腕でエランを強く抱き締めた。

    <了>
    20231029
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