※6話決闘後
誕生日。名前。
人間は産まれたとき、それらを授かって一個人として認識される。
だが、そうではない場合も往々にしてある。
祝福もなく名前もない人間は、どこにもいない透明扱いだ。いいように使われ、不要になれば捨てられる。まるで最初からいなかったかのように。そういった人間には、抗うか、諦めて受け入れるかの二択しか存在しない。
実験の過程で殆どの記憶を喪った場合もそ 同じだ。他人の顔を被せられ、他人の名前で生活する姿に、意志以外己と呼べるものはない。
だから、祝いたいという気持ちだけで正直十分幸せだった。それ以上は分不相応だと彼女からの誕生日会の約束を断った直後、柄にもなく固まる。
以前鬱陶しいと拒否したときよりも、はるかに真っ青な顔だった。
◇◇◇
エアリアルに乗ってエランと共に戦術試験区域を離脱し、格納庫で降り立って、重力のある地に足をついてようやく落ち着くことができた時。ずっと考えていたことを思い切って打ち明けたが、返ってきたのは少し間を置いた後の拒絶だった。
宇宙空間でのやり取りで少しだけ近づけたと思ったのに。抱えるヘルメットが随分重く感じて、抱え直した。また駄目だったか、という絶望が心を覆い、視界が滲んでいく。
ただ以前と違うのは、エランが狼狽したことだった。どこか慌てたように口を開く。
「ごめん。君が悪くないよ。ただ、僕には不釣り合いだと思って」
「そんなのおかしい、です。祝ってもらう権利は、誰にでも、あり、ます」
冷えて動かなかったはずの口が自然と開いて、怒気が滲んだ言葉が出ていく。慌てた様子のエランを見て、少し心の余裕ができたからかもしれない。しかし、次の言葉で再び言葉を失った。
「顔も名前も、記憶すらない人間にも?」
「──え?」
「ペイルの方針や実験の過程で。他人のものに作り変えられて、何もないんだ。だから、誕生日を作って祝いたいと言ってくれて本当に嬉しかった」
それで十分幸せだよ。
諭すように言う口調とは裏腹に、瞳には諦めの感情が見え隠れしていた。
幸せのラインを自分で決めてしまっている。でも、祝いたいのも占ってまで相性を知りたいのも、目の前のあなただけですと言っても伝わらない気がして、下唇を噛んだ。
「……顔や記憶はどうしたらいいか、よく、わかりません。……でも名前は、誕生日と同じです。私が、名付けます」
ヘルメットを掻き抱いて、エランを見上げれば、窺うように見るイエローグリーンの瞳と視線が交差した。
大丈夫、と自分を鼓舞する。前みたいに目を逸らしていなければ、立ち去る気配もない。話せばきっと届くと、息を一つ大きく吸い込んだ。