陽だまりの庭で微睡む あたたかい日差し。
ふわりと頬を撫でる風。
木漏れ日に誘われるように、スレッタは身じろぎと共に瞼を押し上げた。
「ん……」
少し開いただけで差し込む眩しさに思わず目を細める。
頭もぼんやりして霞がかかったよう。なんとか瞬きを繰り返すと、霞んでいた視界が次第にはっきりしてきた。
まず飛び込んできたのは木々と立ち並ぶベンチ。鮮やかな緑が、さわさわと優しく葉音を立てている。
毎朝とは全く違う風景。普段の地球寮のベッドではなく学園の外だということに気づいてぱちり。頬にあたる暖かな感触から何かを枕にして寝ていたことに気づいてぱちりと、二度目を見開いて記憶が少しずつ蘇る。
待ち合わせしていたのだ。ここで、エランと。
授業や試験に加え、度重なる決闘、温室の世話、株式会社ガンダムの仕事。あまりの忙しさに体が悲鳴を上げた。パイロットとして鍛えているとはいえ、立て続けの疲労はこたえた。
エランもまた決闘委員会の業務やペイル社での用事もあり、なかなか時間が合わない中で合間を縫って約束したのに。待っている間、いつの間にか眠ってしまったようだ。──膝枕の上で。誰のものかは考えなくてもわかる。
(けど、どうして……?)
半分恐る恐る、もう半分は興味津々で、ゆっくりと上を向いた。すぐ見えたのはカーテンのように垂れ下がるオリーブの髪。次いで静かに閉じられた瞳。
想像していたよりもずっと穏やかで、無防備で、あどけない。こくり、こくりと船を漕ぐ姿は愛くるしい。自然と感嘆の息を漏れる。
起こしたくないけれど触れてみたくなりそっと腕を持ち上げる。さらりと流れるオリーブの髪を避けて、頬を撫でる。少年らしく引きしまった頬は、滑らかな肌触りだった。
寝転んだ姿勢の視界の大部分をエランの寝顔が占める光景に相好を崩していると、やがて呻くように眉根が寄せられ、ペリドットの瞳が姿を現した。
「……スレッタ・マーキュリー……?」
焦点が定まらず、スレッタの向こうを見ているかのような曖昧さ。次第に光が灯ると明確に彼女を捉えて、じっと覗き込む。小さくても通る声は、普段よりもふわふわしていた。
「……ベンチに直接うつ伏せになるよりは良いと思ったんだけど。首、痛くない?」
エランがここに来た時には、スレッタは既に突っ伏して熟睡していたという。
心配して、気遣って、更には目覚めた状態を確認して。向けられる細かい配慮がくすぐったくて、スレッタはふにゃふにゃと口元を緩ませる。
「えへへ、ばっちり大丈夫です。お昼時でぽかぽかしてて気持ち良かったです。エランさんの寝顔も見れましたし」
「一緒に寝るつもりは無かったんだ……ただ、君の頭の重さとあたたかさがちょうど良くて」
幼さを残した珍しい表情を思い出してふふと笑うと、本人はぷいとふてくされたように顔を背けた。その仕草も普段の落ち着いた様子からは想像できない子供らしさがあって、また笑みが漏れる。
他人から膝枕されたのは始めてだったが、こんなに心地良いなんて。なら、共有すればもっと楽しい時間になるのではないか。
「エランさんもどうですか? 膝枕」
おすすめですと誇らしげに胸を張ると、ペリドットの瞳が細められた。訝しむように睨まれる。
「さっきまであんなに寝ていた君に言われても。疲れてるんだから、もっと休むべきだよ」
「大丈夫です! この通り元気もりもりです!」
「……本当に?」
更に凄まれて口ごもる。見抜かれていた──エランに嘘はつけない。
「確かにまだちょっと怠いですけど……でも、今は膝枕を体験してほしくて……」
「……そこまで言うなら」
後でよく寝たほうがいいよと言い残して、覆い被さっていた体が起こされた。天井が開けたスレッタは意気揚々と起き上がる。
「さぁ、どうぞ!」
叩いて誘導した太ももに、エランはゆっくりと頭を下ろす。仰向けになって体の位置を整える彼に、スレッタは笑いかけた。
「どうですか?」
「こういうことをするのって平気だったんだね」
「……へ?」
思いがけない言葉に丸くするブルーの瞳を、少年は静かに見返す。
「誰かに見られるのを気にするかと思ったから」
そう、そうだった。
ここは学園の敷地内、誰が通りかかってもおかしくない。すっかり浮かれて失念していた。
「え、えと、あの、」
混乱して、思考が真っ白になっていく。だが、自身を射抜くように真っ直ぐ見つめるペリドットに視線を惹き付けられる。どんなに吃ったり慌てたりしても、あの時以外不快な感情に染まることの無かった色は、スレッタの心を凪いだ海のように落ち着かせた。
(エランさんの目、好きだな……)
同時に、この時間をもっと過ごしたいという思いが一気に現実へ引き戻した。
「そ、それよりどうですか!痛いところはないですか!?」
スレッタの様子に不思議そうにこてんと首を傾げたが、視線を外してゆっくり瞠目する。染み入るように、うん、と頷いた。
「風も暖かさも、普段より感じられて心地いいい。何より──君がいる」
手持ち無沙汰に空をかいていたスレッタの手を取って、頬に寄せた。慈しむように両手で包み込む。予想していなかった出来事に心を奪われて、息を呑んで見守るしかない。
「いつもの苦しさが嘘のようで、静かで穏やかな気持ちになるんだ。……不思議だね」
「……私も、同じ気持ちです」
相手の目を見て機嫌を窺っていた故郷ではあり得なかった、布越しの温もりを確かめながら寄り添う。
「幸せっていうんですよ」
「そうか……これが幸せなんだ」
お互いに見つめ合って、顔も何もかも熱いのにそこに恥ずかしさはなく。満ち足りた幸せに微睡むような空間が、二人を包んでいた。
<了>
20240131