Repairing『えー、忘れ物? そんなのしたかしら?』
あれは2年半ほど前。世界の平和を最大のライバルと引き換えにし、その後闘いにも心が湧かず茫々と過ごしていた頃のこと。
水のボトルを傾けていたベジータの背後で、ブルマが素っ頓狂な声を上げたのだった。
『アタシあの時そっち行ってないもの。どうせヤムチャ達の……あ、よしよしトランクス~』
片手間に赤子をあやしながらの電話は続いた。
電話口の相手にはうっすら察しが付く。恐らくベジータが修行を重ねていた裏では、残りの戦士達による悟空の看病や、セルの捜索などが進められていたのだろうが……それにしてもだ。
(闘いの中で、私物さえろくに管理できんとは……マヌケ共め)
内心ひとりごちて空になったボトルを放る。
早々に清掃ロボがゴミを感知し圧縮してしまうので何も問題ないのだが、それでもベジータの所業を見たブルマはむぅと顔を顰め受話器から耳を離した。
『もう、ちょっとベジータ! ……え? もしもし何? 剣?』
未来からやって来た少年との邂逅以来やけに所帯じみてきた小言を無視し、テラスへ出たベジータは南の空へ飛び立った。
◆ ◆ ◆
小さな島に降り立った瞬間の「圧」にウミガメはヒレで頭を覆い、ローテーブルの向かいでくつろいでいたクリリンと亀仙人も唐突な訪問者に身構える。
『うわぁ……よりにもよってアイツが来ちゃいましたよ……だから言ったじゃないですか。オレがブルマさんのとこ行って届けてきますって……』
『オイ、聞こえているぞ。クズ共』
顔を合わせるより早くベジータはドアを蹴り開けた。
突然の非礼に驚きの声を上げたクリリンの胸に目当ての剣を見付けると、家ごと吹き飛ばさんばかりに高まっていた気が収まっていく。
『……あ……お、オイ……コレさ……トランクスの……ひっ!?』
視線も合わせず武骨な鞘をぶんどると、平たい鼻先ギリギリへ剣を抜き放つ。
潮風のせいか鋭利な刃はすっかり曇り、長く磨かれていなかったであろう刀身は無残に切っ先を砕かれた――半年前。人造人間達と闘った――時のままの姿を晒した。
『――父さん!!』
金色の髪と共に奔った一閃。頑なに名を明かさず、それでも「団結して闘うべきだ」と口やかましくついて回っていた少年が、飛び出してきた瞬間が蘇る。
サイヤ人の母星を、そしてナメック星をも滅ぼしたフリーザをあっという間に切り刻んだ剣は、^18^号の細腕に弾かれあっさりと砕かれた。
長いようで短い修業と闘いの末。人造人間の脅威は去り、純血のサイヤ人はまたひとり数を減らし、未来からの使者は青年へと成長して帰って行った。
そして唯一手元に残された鋼は穏やかな潮風に身を任せ、ひっそりと錆びていく。
己の存在も手入れも忘れられ、やがて柄からも抜けなくなった時。その経過こそ、青年の願った平和な未来が訪れた証になるとでもいうように。
(そんなことを許すとでも思うのか? このオレが……!)
ぎちりと鈍い音を立て、きつく柄を握り込む。
まったく。戦闘経験も浅く、力の見極めも甘いマヌケらしい考えだ。
あんなガキが自分の息子などと情けない限りだが、ならば全てを尽くし抗ってやる。
『コイツはもらっていくぞ』
静かに剣を収めると、動けなかったクリリンはようやく何度か小さく頷き、亀仙人も息子の剣を引き取ることに異論はないのか「よかろう」と豊かな髭をしごいた。
◆ ◆ ◆
『剣か……剣ねぇ……』
今時珍しいなぁ。と咥えタバコのまま、ブリーフ博士は中庭の池にエサを撒く。
偉大なるホイポイカプセル発明者と言えど、武器の手入れとなると話は別なのだろう。
ベジータが持ち込んだ剣の修繕に、博士は難しそうに唸るばかりだ。
『金属を磨くくらいわけないだろう。さっさとやれ』
『ん~……そう一筋縄ではいかないんだな。刃の角度や厚さの好みもあるしねぇ。それに最近あんまり流行ってないから、直せる人も減る一方だとか……って、お~い?』
最後まで聞くことなく、ベジータは途中で踵を返した。
これ以上は時間の無駄だ。さりとて宛があるわけではない。どうしたものか……
剣を担ぎ直して廊下へ戻ると、宙に浮かぶ青い毛皮が見えた。まさか……
『よぉ、ベジータ! 久しぶりだな!』
爽やかな蝋梅色のスーツ。ふたつの大きな過り傷。会わなかった期間を感じさせない人懐こさで軽く手を上げた地球人はブルマと交際を解消して久しいはずだ。
(……どういう神経してやがるんだ……)
そしてベジータとブルマの間には息子がいる。それもセルゲーム以前からだ。
いくら昔馴染みといえ、人妻の実家へひょいひょい顔を出すなどいくらサイヤ人の感覚といえど理解が及ばない。神経が図太いどころの話ではないとも思う。
『おっ、その剣ってひょっとしてトランクスのか? そうだろ?』
そして目聡い。ブルマもかなりの物だと思うが、ヤムチャも『髪を切った』だとか『口紅を変えた』だの。やけに細かいところに気が付くのだ。
……些末事だが、元盗賊であったという話もあながち嘘ではないのかもしれない。
『こっちに忘れていっちまったのか……確かにセルゲームの時、剣なんて持ってなかったよな。アイツもしっかりしてるように見えて、案外――』
ヤムチャの言葉がどこか親しげなのは、比較的友好的だったトランクス絡みだからだろう。
確かにサイヤ人の王族というには鋭さも警戒心も足りないが、それを赤の他人に言われるのは我慢ならない。
『失せろ。貴様には関係ないことだ』
思わず持っていた剣を振り抜くと、ヤムチャはプーアルを抱え後方へと飛び退った。
一瞬。ベジータへの不満を訴えようとした眼が剣先を認め、訳知り顔で顎をしゃくる。
『なるほど、読めたぜ。剣を見つけたはいいが、研げるヤツがいないんだろ?』
失せろと言ったはずだ。と、とうとう殺気に髪をざわめかせ始めたのだが、それを無視して『善は急げだ!』真新しいスーツが庭の方へと走って行ってしまった。
一見、殺気に慄き逃げ出したようにも見えたが、庭先へ出たヤムチャは『早くしろよー』とベジータに向かい気安い態度で手を振っている。
『貴様の世話にはならん!』
『そう言うなって! 変わりもんだけど、腕のいい職人を知ってるんだ!』
『オレが居た方が話が早いぜ!』と言うが早いか、ヤムチャはお供を置いてさっさと飛び立ってしまう。
地球人ごときに借りを作るのは御免だ。
しかし、この剣が地球人による作であること。そして刀匠の伝手がない以上、ここは付いていくほかにないのかもしれない。
『下手な仕事をしやがったら、まとめてぶっ殺してやるからな!』
舌打ちをひとつ。『クソッタレ!』と吐き捨ててベジータは剣を背負い、後を追った。